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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
35/39

鈴木 康夫


 ファイトから二日後、目が覚めた鈴木は学校に登校することで緊張していた。

 あの日から二日が経った。


 あの日のことはまだ鮮明に覚えている。地下室の寒々とした室内、黴くさい空気、人の熱気、戸森の強烈なパンチ、全てが鮮明に頭の中に残っている。

 鈴木はこの日に戸森たちに会うことに緊張していたのだ。


 鈴木はいつものように登校した。いつも通る通学路を通り、いつもの時間に学校に着いた。


 教室の扉を開ける。


「やっちゃん、おはよう」

 戸森に声を掛けられ鈴木は驚いた。


 教室を入る際に誰かに声を掛けられたことなど、一年生の運動会でクラスが学年優勝を果たした時、その余韻がまだ残る二日後にテンションが高い女子に掛けられて以来ないことだった。


「お、おはよう」


「お、やっちゃんおはよう」

 ファイトに参加した者たちが鈴木に挨拶をすると、クラスメイトたちは不思議な顔をしていた。

 新垣はこの日も遅刻ギリギリの時間に登校したが、鈴木と目が会うと笑った。



 ファイトに参加していないクラスメイトは仲間ではないということは勿論ない。しかし、特別な時間を過ごした者はやはり特別な仲間だった。



 毎朝、土手を走る戸森についていく新垣も体力がついたのか、戸森と同じペースで同じ距離を走るようになっていた。


 朝日を浴びならか走る時間は気持ちよく、走り終わった後は爽快な気分だった。

 冷たい風も走り終わる頃には心地良い。


「やっちゃんはファイトを見るのが楽しかったんだって。自分もファイトしてるようで、また見たいって言ってたよ」

 二人で十キロを走った後に、軽いランニングで体を慣らしている時に戸森が口にした。新垣は喋ることができなかった。


「ファイトしなくても、見てるだけっていうのもいいかもね」

 新垣は一生懸命頷いた。




 次のファイトにも鈴木は顔を出した。その日は、ファイトせずに全員のファイトを見ているだけだった。

 みんなの熱気に包まれる鈴木は楽しそうだった。


 十月も終わりを迎える頃にはクラスで話すことも多くなっていた。


 ある日、鈴木から話があるので放課後に会いたいと言われた戸森は新垣とのトレーニングがあることを告げて断ったが、新垣も一緒にということで放課後に鈴木と会う約束をした。


 放課後、三人は図書室で落ち合った。


「突然、ごめんね」

 戸森と新垣に申し訳なさそうに謝る鈴木。

 新垣は早くトレーニングがしたいために無愛想だった。


「いいよ、別に。どうしたの?」

 戸森の言葉に鈴木は静かに口を開いた。


「僕……これからもあの会に行きたいんだ」

 鈴木の言葉に戸森も新垣も唖然とした。


「うん、来なよ」


「いや、僕は病気だから……その……ファイトできないから……」


「うん、ファイトしない方がいいよ」

 ファイトをすれば最悪の場合、死に至る。戸森たちにしてみれば、こっちから願い下げだった。


「う、うん、そうなんだけど、それだと、やっぱり、駄目だよね」


 鈴木が負い目を感じることはファイトもしない自分が、殴り合いの会にいることが()(たま)れないというものだった。

 自分がどうなるかも分からない状況で、手加減されたとはいえ、本気で殴り合ったのだ。鈴木は立派な仲間である。

 戸森も新垣も、殴り合いの会のメンバー全員が同じ気持ちである。


「やっちゃんはもうあの会に出たからこれからも来ていいんだよ。何にも気にする必要はないよ」


「うじうじして余計な心配してねぇで、やりたいことやれよ! 見たいなら見に来いよ。そんなことより、俺らはトレーニングがあんだよ!」

 新垣の言葉に鈴木は深く頷いた。


「僕は……戸森君の凄いファイトが好きなんだ。新垣君の激しくてトリッキーなファイトも大好きで、伊藤君の力強い殴られても(ひる)まないファイトも、杉田君の凄い速いパンチが飛んでくファイトも、勝田君のファイトも、みんなのファイトが大好きなんだ」

 鈴木の本心が聞けて戸森は嬉しかった。ただ、場所が悪かった。静かな図書室で鈴木の声は大き過ぎる。戸森が鈴木を(なだ)めると、「ごめん」と呟きしおらしくなった。


「みんな好きだよ。だから、やる方も見る方も燃えるんだよ。前に動画撮ろうとして怒られた奴もいたし」

 戸森の言葉に相槌を打つように新垣が「あったな」と言った。


「前から聞きたかったことなんだけど、戸森君は、強い人とファイトしたい?」

 鈴木の突然の質問に戸森は答えを窮した。


 新垣は黙りながら戸森を見ていた。三中の中村や冨樫といった強敵と殴り合った戸森は新垣には頼もしく、恐ろしく、喧嘩が好きな男に見えていたのだ。


「いや……どうだろう、でも、強い人に勝つと嬉しいかも。嬉しいっていうか……分かんない、やってる時はそれどころじゃないから。でも、やってる時は、没頭してる時は相手を倒すのに必死でその瞬間は嫌いじゃないね」

 戸森は強い奴と闘うことが好きなのだと新垣は思った。それは自分たちとは懸け離れた次元にある「闘い」である。


 戸森の答えに鈴木は納得したように頷いた。


「僕は見たいんだ。僕が出来ない体だからなのかもしれないけど、見てるだけで興奮して、何ていうか、あの場にいるだけで生きてる実感が得られる。僕もあの会のメンバーとしてあの会を盛り上げたいんだ」


 鈴木の言葉に戸森は笑った。


「うん、みんなで盛り上がろう」


「あの会の大半が三組だよ。うちのクラスは“fight class”なんだよ」

 自分のクラスが“闘うクラス”であるのは少し可笑しく思えた戸森は薄く笑った。


「副担が副担だからな」


「神崎先生のクラスになって良かった」

 鈴木の言葉に戸森が頷く。


「僕も……みんなの仲間になりたい」


「もう、仲間だよ」


「僕もファイトを盛り上げようと思うんだ」


「やっちゃんは病気があるから無理しない方がいいよ。マジで死ぬよ」


「うん。だから、みんなとは違う形で盛り上げたいんだ」

 鈴木の言葉に戸森も新垣も首を(かし)げた。


「“class”には階級って意味もあるんだ。僕はみんながいつか階級みたいなもので闘えたらって思うだ」

 この話を聞いた時からある思いが戸森には浮かんでいた。


「面白そうかも。強さの階級があったとして、その階級の中でファイトすれば、ファイトは盛り上がるし、実力差を極力広げないようにできるね。

 ただ、問題があるね」


 戸森と鈴木のファイトはメンバーの全員が危険であると思っていた。そのため、本気のファイトではないと、作り物だと思っていた。

 単純に冷めるファイトである。


 しかし、戸森は鈴木を痛めつけることなくファイトを盛り上げた。


 神崎の采配により決められているファイトであるが、今まで事故などがないのは実は、神崎の見事な采配に()るものだと今更ながら気付いた。

 今後、新たなルールを作ることによる弊害が生まれることも分かっていた。その内の一つが神崎の指名がなくなる可能性があることだった。

 そして更に問題があるが、鈴木には考えがあった。


「クラスごとに振り分けると、人数が少ないから毎回同じ相手になる。

 だから、例えば、AからCまでのクラスがあったとして、Bクラスの上位はAクラスとファイトできて、Cクラスの上位はBクラスとファイトできたりっていう、階級を上げる機会があったりしたら、より盛り上がるのかもしれないと思ったんだけど……」


 戸森は鈴木の意見に納得した。


 そもそも、このクラス分け自体、神崎が納得するかどうかも怪しいものだが、戸森が納得したのは、クラス分けをした場合、戸森が以前からしたいと考えていたことが可能なのではないかと思ったからだ。


「いいじゃん。やっちゃん、それ面白いよ」

 戸森の本心だった。

 新垣にはいまいち伝わっていなかった。


「やっちゃんが考えたものを見てみたい。やっちゃんの考えといい、トレーナーとか監督とか似合いそうだよ」

 戸森の言葉に鈴木が首を横に振る。


「ミットすら持てない僕は使い物にならないよ」


 三人の声は静かな図書室によく響いた。

 流石に周りの目を気にしだした戸森たち三人は静かに図書室を後にした。





 次の日、興奮した鈴木がノートを片手に戸森の席に近付く。

 戸森と新垣、伊藤と杉田が親しげに鈴木に声を掛けた。


「僕なりにちょっと考えてみたんだけど、これはあくまで参考だから」


 鈴木のノートにはメンバーのファイトに関することが事細かに書かれていた。

 皆がまず目を引かれたのはグラフと数字だった。


 複数のデータが一見して見比べられる正五角形のグラフ、レーダーチャート、別名、蜘蛛の巣グラフが書かれていた。





◯戸森 勇気


 パンチ力ー20

 スピードー19

 テクニックー20

 体力ー18

 知力ー18


 総合 95


 備考、メンバーの中でも1、2を争うほど速いパンチと群を抜く強いパンチ力がある。

 ヘッドスリップなどのスピードはあるが、足を使わうことが少ないように思える。

 テクニックはトップレベルで、相手のパンチを見切り首を回転させて避けることごできるのは中学生では他にいない。相手を注意深く観察し、慎重に効果的な技を選ぶセンスがある。

 しかし、慎重さが仇となりスロースターターなのか、前半の勢いがない気がする。

 長いファイトでもパワーが衰えない体力がある。




 戸森たちが驚いたのはそのデータの正確さだった。

 「スロースターター」という言葉に反感を持った戸森だが、自分から打ちに臨んだことのある闘いは三中の中村戦と冨樫戦だけだと、この時に気が付いた。


 冨樫や中村のファイトを見ていれば、更に細かなデータが取れるのだろうと戸森は思った。

 鈴木がまともに見たファイトは前回のファイトたった一度だけなのだ。


 他の者も長所や短所だけでなく、その者の癖や得意技まで事細かに記載されていた。


 少ない情報から正確なデータを出した鈴木はある意味天才と言えた。


 伊藤がまじまじとノートを見つめる。


「あ、『一撃一撃は重いが、技を次に繋げようとしない。一発で終わる。追い足があれば、更に強くなる』。道場の先生と同じこと言ってるわ」

 伊藤が呟く。

 その場にいたメンバー全員が鈴木のノートを見たがった。


「見せてくれっ!」

 一番見たがったのは新垣だった。


「戸森君と新垣君、勝田君はAクラスだと思う。本木君もAクラスにしたら、杉田君も伊藤君もAクラスになるから、その三人と吉田君は今はBクラスとして、後の人はCクラスで良いと思うんだよね」

 鈴木の言葉に新垣は満面の笑みで聞いていた。自身が戸森と同じAクラスと言われたからだ。


「階級に分けてファイトするのか、この階級分けはまさしく“fight class”だね」


「これだったら、面白くなりそうじゃね?」

 伊藤の言葉に全員が頷く。

 次のファイトは次の週の土曜日、約二週間後である。


「おし! じゃあ、神崎先生に早速言ってみるか」

 もう会のメンバーたちは隠す気もないようだった。誰も自分たちなどには興味もない。女子からは男子がふざけていると冷たい視線を送るだけだろうと戸森も、他のメンバーも思っていた。



 その日、戸森は帰り際に声を掛けられた。

 玄関の下駄箱で待っていたのは木内 恵梨香だった。

「戸森……一緒に帰らない?」

 戸森は新垣たちと話したことを思い出した。


「いいよ」

 戸森は下駄箱から靴を出すと玄関に向かって歩き出した。

 木内が嬉しそうに喜ぶ顔を戸森が無視する。


 外に出ると、数人の生徒たちがいるのが目に入った。

 戸森と木内は並んで歩き出した。


 暫く無言で歩く二人、校門から出てすぐの信号を渡った時に木内が口を開いた。


「最近、戸森が痩せて、女子がカッコ良いねって言ってるんだよ」

 少し前まではイジメられっ子だつた少年である。誰のせいで虐めを受けることになったのかは不明だが、今はその経験があったことに戸森は感謝さえしている。

 しかし、だからと言ってそいつを許すわけではなかった。


「そうなんだ」

 戸森は興味がなかった。


「戸森、痩せたよね。運動とかしてるの?」


「毎朝走ってる」


「マジで? 私も走れば痩せてキレイになるかな」

 木内のどうでもいい話を聞き流す戸森は木内の意図が掴めなかった。


 取り留めのない話をしていた二人だが、帰り道が別れる交差点に差し掛かると、戸森は杞憂であったとほっとした。

 何事もなく終われと思っていた戸森はすぐにその場を離れようとした。


「先々週の土曜日さぁ、戸森、何処に行ってたの?」

 突然の木内の言葉に戸森は動きが止まった。


「家にいたよ」

 戸森の言葉に木内の顔が険しくなる。


「嘘、四週間前のことも、私、知ってるんだからね。全部、知ってるよ」

 戸森は一緒に帰ったことを後悔した。何か取っ掛かりがあれば、虐めのことを聞こうと考えていたのだ。


「全部って?」

 戸森は平静を装っていた。


「お祭りのことも知ってるよ。それは偶然だったけど、あんたたちの後、ついてったんだからね。

 あんなの、警察沙汰になってもおかしくないじゃん。

 四週間前、新垣たちがサタデー何とかって言ってたの聞いて、絶対に何かあるって思って、土曜日に瑞江駅にいたら新垣の姿見て、ついて行ったら地下室に行ってたでしょ。私、出てくるまで待ってたんだからね」

 木内のその言葉を聞いた戸森はゾッとした。お祭りなど三ヶ月以上まえのことである。完全なストーカー行為である。


「殴り合いがどうとかって言ってたのを聞いて、最初は嘘だって思ったんだけど、地下室から出てきた戸森たち見たら……中で何やってんの?」


 戸森は何も答えなかった。


 何も答えない、何をしても応えようとしない戸森の大人振った態度に木内は(せき)を切ったように不満をぶちまけた。

 それは子供が大人に甘える行動である「()ねる」という行動に似ていた。

 木内は戸森に認めてもらいたいのだ。何をと訊かれれば答えることはできないが、それは木内の戸森に対する不器用な愛情に似ていた。


「本当に殴り合いしてるの? 止めなよ、傷害事件とかになったらどうすんの? 折角、戸森、成績良いんだから、良い高校入って、良い大学行って、幸せになりなよ。殴り合いなんて止めなよ! 怪我したら……危ないよ……」

 木内の目には涙が溜まっていた。


 木内の言いたいことは戸森には分かる。しかし、それは木内の狭い常識の中でのことであると戸森は思った。

 今、木内が生きる社会では受験前の、将来に関わる大事な時期なのだ。


 ここで木内に反論しても意味はない。


 木内が犯人かは定かではないが、木内の舌禍(ぜっか)により受けた虐めも、木内の迷惑なストーカー行為も、戸森は全てを受け流した。


 今更だよ。


 戸森は思うだけで口にはしなかった。


 「そうだね」と短く答えるた戸森は歩き出した。



「下品だよ! 神崎先生なんて、最低じゃん!」


 何にも無関心を装い、さもそれが上品であるかのような振る舞いは虚無であり、中身がないように戸森の目には映っていた。

 今の木内や他の生徒たちの生き方である。そいつらの生き方で目指す人生はさぞ上品なのだろうと戸森は思った。


「木内は何のために勉強してるの?」


「えっ? 将来……困らないじゃん。勉強できたら、選択肢が増えるじゃん。幸せになる確率が上がるじゃん! 私よりも勉強できるからって、あんたたちのやってることは最低で下品だよ!」

 模範解答的な答えも気に入らなかった。


「だったら俺は下品でいい。中身もねぇ、空っぽになんかなりたくねぇ。マネキンが上品かよ」

 戸森の精一杯の反抗だった。


 自分がファイトしている理由は簡単である、そこが居場所であるからだ。居場所がなくなったからこそ、居場所の大事さが分かる。


 それ以上何も言わず、黙って歩き出す戸森に木内は何も言えなかった。





 丁度その頃、新垣は瑞江駅近くのゲームセンターに足を運んでいた。

 ゲームをしに遊びに来たのではない。ある人物を探しいた。


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