師弟関係
「ねぇ、ちょっといい?」
木内 恵梨香が新垣に声を掛ける。
休み時間に戸森が席を外すタイミングを木内は伺っていた。
「どうした?」
「戸森ってさぁ、何であんな傷だらけなの? 戸森だけじゃないけど、何か凄いボロボロじゃん。どうしたの?」
「ん? あぁ、何か……戸森はボクシングとかのジム通ってんだよ。他の奴らもそうだよ」
「何それ? そうなの?」
「そう」
「ふーん」
新垣の言葉を信じていない様子の木内だが、新垣がそれ以上のことを話さないと分かるとその場を離れた。
その日の昼休みに秋葉 美香と吉田 美里が戸森から離れた新垣に近付くと声を掛けた。
「新垣、最近怪我してないよね。もうジムっていうか、道場行ってないの?」
新垣もボクシングジムに通ってると嘘をついていた。
「行ってるよ。最近は殴られなくなったんだよ」
「良かったじゃん。戸森は傷だらけだけど、殴られてるってこと?」
「……まぁ、そうだよ」
「じゃあ、やっぱり新垣の方が強いんだ」
秋葉たちはジムの練習内容も何も知らずに、新垣と戸森が同じジムに通い、互いにスパーリングをしていると思い違いをしている。
「はっ? 違ぇよ! 戸森は強ぇよ。殴り合いだったらうちの学校で一番強ぇよ。ていうか、くだらねぇ話すんな」
一番強いと言われる戸森も稽古では神崎にかすりもしない。
「えっ? 戸森って強いの?」
お祭りの話は二中でも話題になった。三中との諍いを解決したのは二年の新垣 一成だと二中では噂になっていた。
三年生に自分の名前を伏せてほしいと、戸森本人たっての希望により、新垣の名前が流れたのだ。
「うるせぇよ! 戸森に聞けよ!」
「何マジになってんの? ボクシングなんてどうでもいいじゃん」
「うるせぇよ。もう俺に聞くな」
新垣は居場所を汚された気がした。殴り合いの会は踏み込まれたくない自分の居場所となっていた。
放課後のことだった。
「あ、新垣君、聞きたいことがあるんだけど、今いい?」
クラスメイトの鈴木 康夫が新垣に話し掛けた。吉田のようにガリ勉で体育の授業も休みがちな子だった。
普段は大人しく、絶対に関わらないようなタイプの違う二人だった。
新垣は嫌な予感がした。
「何だよ?」
不機嫌に聞き返す新垣。
「と、戸森君、最近怪我してるけど、大丈夫?」
「今日は何なんだよ! 何で俺に聞くんだよ! 本人に聞けよ!」
「ご、ごめん。その……お祭りのこと聞いてから、その、気になって」
「何がだよ?」
「戸森君が、三中の凄い強い人を倒したって聞いて」
「お前、その話誰から聞いた?」
「塾の友達。三中の子なんだけど、戸森君のこと聞かれて、イジられてたって言ったら信じられないって。三中の三年に中村って人がいるらしくて、その人は喧嘩が物凄い強いらしいんだけど、戸森君が喧嘩で勝ったらしいんだよね」
「戸森は勝ったよ」
「えっ? 知ってるの?」
「その場にいたからな」
「そうなの?」
「で、戸森が強かったら何なんだよ」
「……凄い、憧れるなって思って」
鈴木のことは知らないが、鈴木と同じことを新垣も思っていた。
鈴木はファイトを知らない。それなのに戸森を憧れると口にした。ファイトに参加しない者で初めて戸森を理解してくれる者に出会った。
新垣には戸森に対して悔やんでも悔やみきれない自責の念があった。
それは虐めていた過去である。
その罪を償っていない。そのことがずっと新垣の中で引っかかっていた。
戸森に対するみんなの偏見をなくすことは自分の罪滅ぼしだと新垣は思っていた。
二中に流れる三中との喧嘩の真実とは異なる噂を新垣は聞きたくなかった。
鈴木に戸森のファイトを見てほしかった。そして、戸森の凄さを知ってほしかった。
「鈴木、来週の土曜の夜暇か?」
新垣の言葉に鈴木は首を傾げた。
「うん」
「じゃあ、来週の土曜の夜に駅で待ってろ。教えてやるから」
新垣の言葉に鈴木が頷く。
次の日、昼休みに新垣から鈴木 康夫をファイトに誘ったことを聞いた戸森は怪訝な顔をした。
吉田の件もあったことから、大丈夫と判断したのだろうと、新垣の勧誘に対してそう思った戸森だったが、やはり不安を感じて放課後に神崎に相談した。
「先生、大したことじゃないんですけど、次のファイトには鈴木 康夫が参加するかもしれません」
戸森の言葉を聞いた神崎の顔が一変する。
「鈴木が?」
念を押すように確認する神崎。
「はい」
「お前が呼んだのか?」
「いいえ、鈴木がカズに何か聞いてたみたいで、そしたらカズが、土曜の夜空けておけって」
「ちっ」
神崎が不機嫌に舌打ちをする。
「俺も反対です。吉田の時はたまたま上手くいきましたけど、鈴木はファイト出来ません」
「そうだな」
「俺が言いましょうか? 鈴木に来るなって」
「鈴木が何でファイトできないと思う?」
「弱いからです」
「違ぇよ。あいつは血液の病気を持ってる」
「病気?」
「血が固まらないんだ。鼻血流しただけで、深刻な問題になるってなったら、ファイトなんて考えらんねぇだろ」
「えっ? もし、内出血したら?」
「度合いにもよるが、手術することもある。死に直結する可能性も出てくる」
「新垣は知らないで誘いました。鈴木に言って来させないようにしましょう」
「鈴木は好奇心から来るよ。だったら、味方に付けた方がいい」
神崎の言いたいことが分からない戸森は曖昧に頷いた。
「まぁ、ファイトさせなきゃいいですからね」
戸森の言葉に神崎が鼻で笑った。
「鈴木がやりたいって言っても、「お前は病気だからダメだ」って言うのか? じゃあ、仲間じゃねぇな。それを言われた鈴木はどう思うんだろうな」
「じゃあ、殴られて死ねって言うんですか?」
「鈴木とやるのはお前だよ。お前次第だよ」
神崎の言葉に戸森は絶句した。
血が止まらない鈴木を引き入れたのは新垣だった。どういった経緯で鈴木を誘ったのかは知らないが、病気を知っていたら絶対になかったことだった。
病気は創意と工夫でどうにかなる問題ではない。
勝ちたいという欲求が人一倍強い戸森は今回は手が出せなかった。
「お前、俺の弟子になれ」
神崎の突然の言葉に戸森が固まる。
「えっ?」
「俺の弟子になれよ。俺が教師になったのは嫁探しだけど、結婚して子供作るためだったんだよ。でも、強い奴がいたから、結婚しなくていいや。お前、俺の弟子になれよ」
「 何すればいいんですか?」
神崎の家に住むことを戸森は想像していた。
炊事、洗濯、掃除をまともにしたことがない戸森に下宿は難易度が高かった。
「週一くらいでスポーツセンターで技を教えてやるよ」
「やります」
こうして、戸森は晴れて神崎の弟子となり、晴明流柔術の後継者となった。




