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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
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転機



 戸森は中学二年生になった。この年、戸森の人生が一転することになる。


 中学二年生になって赴任してきた先生は戸森 勇気が在籍する二年三組の副担任で神崎という名前だった。


 神崎は生徒の間でも不気味な存在だった。


 年齢は二十代後半でありながら、若い先生にありがちな生徒との親近感が全く感じられなかった。とにかく、笑うことも、泣くことも、怒ることもあまりなく、感情を表に出すことがなかった。


 生徒の誰も神崎と会話しようとしなかった。しかし、神崎のことを嫌がる者は一人もいなかった。





「新垣ぃ、お前まだデブのこと虐めてんのかよ」


 新垣は不良の先輩とつるむようになっていた。一年先輩の塚田は新垣の虐めの話を気に入っている。


 二年生になり、新垣は三年生の塚田から三年生の溜まり場に呼ばれるようになっていた。


 事実、新垣は先輩たちから認められていた。仲間として調子に乗っていいと許されていたのだ。


 不良漫画のように自分も今いるこの場所がこの学校の中心となっていると思い違いをしていた。


 自分の今いるこの場所が居場所なのだと思っていた。


「はい、この間なんて、顔面殴ったら鼻血出して泣いたんスよ。今度は前歯折ってやろうって思ってます」


「はははっ、お前怖ぇーな。あんま虐めんなよ」


 新垣は先輩の塚が笑うのが嬉しかった。


 エスカレートする暴力は塚田を喜ばせるためであり、認めてもらいたいからだった。





 まだ小学生のように幼かった中学一年生とはまるで変わった雰囲気の中学二年生。戸森も戸森の周りも少しづつ大人になろうとしていた。


 二年生に進級し、クラス替えが行われても、一年一組で率先して戸森を虐めていた新垣 一成と再び同じクラスになった。


 更に虐めはエスカレートし、暴力を振るうまでになっていた。


 新垣は昼休みに戸森を校舎から少し離れたプールの裏に呼び出すことが日課となっていた。



 校舎の一階に外に面する渡り廊下で繋がれた体育館があり、その先にプールがある。校舎とプールの間には体育館があるのだ。プールの授業は二ヶ月先までない、プールは勿論、プールの裏は誰からも見られることはなかった。


 新垣と仲のよい伊藤 圭と杉田 英もそこにいた。


 三人は戸森を呼び出しては、腹や背中、太股など見えない箇所を殴り、蹴り跳ばした。戸森は毎日のように呼ばれはしたが、顔を殴ることはたまにしかしなかった。


 そして、クラスに戻るといつものように無視された。


 ある日、プール裏に呼ばれた戸森はいつものように三人に殴られていた。その日、奇跡的な出来事が起こった。虐めの現場に神崎が現れたのだ。


 たまたま神崎先生がプール裏を通りかかった。


 新垣と伊藤と杉田は先生と目が合うと、三人は一目散に逃げた。


 戸森は助かったと思った。


 また教師に期待した。しかし、神崎は何事もなかったかのように通り過ぎていった。新垣たちも神崎もその場を去り、そこには戸森ただ一人の姿だけしかなかった。


 教師なんだから助けろよ。


 戸森は口元の血を拭いながら心の中で思うと、教師に失望した。


 放課後、戸森は一人で教室に残っていた。


 特に用事があるわけでもない、待ち合わせをしているわけでもないが、戸森はいつまでも一人で待ち続けた。日は傾き、夕日が教室に射し込む時間になると、一段と寒さが増した。


 扉が開き、神崎が現れた。神崎は戸森に気が付いたが特に気にする様子もなく、教室に入っていった。


 神崎が教室の扉を開けて教卓まで行くと、何かを探すように教卓の中を漁っていた。


「神崎先生、あの時、何で逃げたの?」


 戸森の声は静かな教室によく通った。


 夕暮れの日に照らされた神崎から戸森は視線を外さなかった。顔を上げた神崎が戸森と目が合う。


 普段の戸森ならこんな態度は決してとらないはずだった。


 それは新任の若い先生と舐めていたのかもしれない。もしくは、若い先生だからこそ、一年生の林先生の時とは違い、真剣に戸森自身の話を聞き、何かが変わることを期待したのかもしれない。


 神崎先生なら、己の保身や、利益を抜きにして話を聞いてくれるかも知れない。


 戸森の直感にも似た考えはあながち外れではなかった。


 神崎が何の用があって何故あの場に来たかなどは、戸森からしてみれば問題ではなかった。何故あの場で助けなかったかが、戸森には問題であった。


「逃げた?」


 神崎は記憶を辿るように視線を宙へ泳がせた。


「お前が殴られて、殴った連中が逃げた時か?」


 戸森は鋭い視線を投げたまま頷いた。


「お前、慰めてほしいのか?」


「ち、違うよ! 目の前でイジメられてるのに助けないのはおかしいって言いたいんだよ!」


 戸森の子供特有の焦る様子にも関心を向けない神崎はまるで冷めていた。


「この学年にイジメがあるという報告はないよ。まぁ、あっても、ちょっと小突いたり、小突かれたりみたいな小せぇことだろ?」


「教師がそんなこと言っていいのかよ! 殴られてんの目の前で見てんだろ!」


「殴り返せよ、殴られるのが嫌なら相手に言えよ。言えないなら、学校替えろよ」


「中学は義務教育だろ! 教育を受ける権利と受けさせる義務があるんだろ! こんな不当な扱いがあっていいのかよ! 教育基本法に違反してんだろ!」


 戸森がインターネットで得た知識だった。昨年、林に相談したときに見限られてから何かを捜し当てるようにインターネットの情報を貪った。問題を解決する為に奔走した結果が、何か責任を転嫁するという考えだった。


 学校教育法には教育そのものに加えて、学校側が通学する生徒の安全などを確保しなくてはならない。勿論、人一人の力には限界がある。


「受けさせる義務は大人にあるんだろ。憲法違反だろ! 教師は税金で飯食ってる公務員のくせに職務怠慢してんじゃねぇよ! 仕事してねぇじゃん! 生徒見殺しにしたこと言いつけてやる! PTAにでも、教育委員会にでも、校長にでも、親にでもチクってやる!」


 たがが外れた戸森は顔を真っ赤にさせてまくし立てるように叫んだ。


「勝手にしろよ」


 神崎は至って普通だった。


「いいのかよ?!」


「お前やってねぇじゃん」


「やってやる、絶対ぇ訴えてやる!」


 神崎はうんざりしていた。余裕をみせているわけではなく、実際に話を終わらせたがっていた。戸森にとって神崎の余裕のある態度が気に入らなかった。教師という職を失っても何ら問題はないというような、生徒を生徒として見ていないような。


「じゃあ、やれよ。ていうか、昨日、今日虐められたんじゃねぇだろ? 去年からでも、いつでも、やられたときからやれよ」


「……」


 戸森は言葉が出なかった。目は真っ赤になり、涙を堪えていた。


「やったんだろ?」


 神崎の真っ直ぐな視線が戸森に注がれている。


「えっ?」


「助けを求めて教師に相談したんだろ?」


 神崎の瞳は穏やかだった。


「……」


「誰も助けてくれなかった。苦しいんだろ?」


「……うん」


 やっと出た言葉は戸森の心の奥から絞り出た本音の言葉だった。戸森の瞳からは涙が溢れ、嗚咽を漏らした。


「俺にとってはどうでもいい、結局『自分がどうしたい』かだからな。仮にお前じゃない誰かが虐められてたとする、お前は助けるか?」


「……助けない」


 戸森は自分で助けられないと分かっている。戸森は涙を拭いながら首を横に振った。


「お前じゃない誰かが虐められてると仮定して、そいつは虐められたくないと思ってる。具体的にどうしたいと思う?」


 戸森は神崎の問いに自分を当てはめた。虐められたくないという漠然とした思いしかない。


 戸森は嗚咽をさえも堪え、黙っていた。


「虐められてる奴にどうしたいか聞いても、虐めがなくなればいいっていう他に、見返したいって奴もいる、もう関わりたくないって奴も、乱暴な奴は仕返ししたいってのもいるだろう。客観的に見てお前等の世代で、虐められることと(いじ)られることは同義語なのかもしれない。でも、当人からしたら違うんだろ?お前はどうしたい?」


「もう虐められたくない! もう、僕に関わらないでほしい」


「関わらないでほしい? 無視される方がいいんだな?」


 戸森の脳裏に昨年の地獄が蘇った。


「違う」


「違う?」


「普通の……普通の生活が欲しい」


「どんな?」


 神崎の言葉に戸森は言葉が出なかった。自分を虐めてる新垣はどんな生活を送っているのか?

 新垣と仲のいい伊藤は? 杉田は? 

 どんな学校生活を送ってるのか。


 虐めっ子グループには女子もいる。新垣と同じ小学校出身でいつも新垣たちといる女子は吉田 美里、秋葉 美加、彼女たちの他にも何人かいる。

 グループに属さなくても、クラスの他の奴らは示し合わせたように戸森のことを無視をしている。戸森はそんな奴らのことを思った。


 戸森以外はみんな楽しそうだった。何故、自分以外のみんなは楽しそうなのか。戸森が一年生の時の担任だった林教諭の言葉を思い出した。


『虐められる方にも原因がある』


「先生……虐めっ子と虐められっ子って、どっちが悪いの?」


「……分かんねぇよ。そもそも、お前が虐められた原因は何だよ」


 戸森は首を横に振った。分からないという意思表示だ。


「いつからだ?」


「去年の四月」


「ここに入学したばかりの時か。小学校でも虐められてたのか?」


 戸森は力なく首を横に振った。 


「この中学でいきなり?」


 戸森が頷く。


「仲間意識が芽生えるときっていうのは色々ある。共通の何かを持ってる時だったり、敵だったり、目的だったり。入学したときにはお互いのことは知らない。仲間になるか、敵になるかも分からない。まだ、お前のことも知らない奴がいきなりお前のことを嫌いになるのはおかしいな」


 戸森は顔を上げて神崎の顔を真っ直ぐに見つめた。神崎の言葉を一字一句聞き逃さんとした。


「安心できる場所を空けるために、誰かの居場所を奪ったのかもな。お前、ハメられたんだよ」


「ハメられた?」


「何か悪い噂を流されたんだろ。それで虐めが広がって取り返しがつかなくなった。まぁ、今となってはどうでもいいだろ」


「よくない! 僕のせいじゃないってことじゃないか!」


 憶測で語る神崎の言葉を鵜呑みにする戸森は冷静さを失っていた。


「お前はお前の力でお前の居場所を作ればいい。それはここになきゃいけないのか?」


 生徒として見ていない。神崎は一人の人間として戸森を見ていた。自分も、相手も、その他全員が平等な人間だった。戸森も虐めっ子の荒垣たちも対等だった。判官贔屓のように弱者や敗者のように贔屓して見ることがなかった。


「……」


「普通の生活が欲しいって言ったよな?」


「うん」


「仲間と笑い合えるような、楽しい学校生活が欲しいのか?」


「うん」


 教卓から何かを取り出す神崎が戸森に何かを放り投げた。二人の間には四mほど距離がある。綺麗な放物線を描いて戸森に届けられたものは消しゴムだった。


「え?」


 戸森が不思議そうな顔を返すと神崎は投げ返せとばかりに手で合図した。


「返せばいいんですか?」


「そうだよ」


 戸森は神崎に投げ返した。放るのではなく、直線に速い球を投げた。消しゴムの球はそのまま真っ直ぐに神崎教諭の胸元で捕らえられた。


「いいじゃん。次は速いの行くぞ。しっかり捕れよ」


 戸森は頷き、三歩下がって距離を取った。それでもキャッチボールをするには短すぎる距離である。


「目を逸らすな。体の軸がブレないようにしろよ。体は真っ直ぐにしろ」


 すると振り被って投げた速球は戸森の顔面を正確に捉え、真っ直ぐに飛んできた。戸森は瞬きもせず、キャッチャーのように上半身を真っ直ぐに起こした状態で左手で捕った。左手が痛かった。


「いいじゃん」


 神崎の意図が分からず、返答に困りながら戸森は消しゴムを右手に持ち変えて投げ返した。神崎はあっさり捕った。


「いくぞ」


 神崎の速球は戸森の右肩辺りに飛んだ。戸森は全く動じずに右手で捕り、左手に持ち換えて速い球を投げ返した。


 消しゴムをキャッチした神崎は何かを考えていた。そして静かに口を開いた。


「お前に宿題だ」

「えっ?」



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