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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
26/39

中堅と副将

 一勝一敗である。


 四番手の熊田が負けることを考えると、次の伊藤が勝たなければ負けたも同然であった。


 伊藤もその事を分かっていた。


(すぐる)、頼んだ」

 新垣の言葉に伊藤が頷く。


「伊藤、そんなに気張らないで。

 素手はグローブと違うけど、伊藤なら素手の方が慣れてるよね」

 伊藤は空手を習っている。ファイトをやり出してから空手を習いだしたのだ。


「あぁ、サンキュー」

 

「頑張れよ」


「カズ、戸森」

 離れようとする新垣と戸森が伊藤に振り向く。


「カズ、戸森、本当にありがとうな。俺、自分が情けなくてよ。俺は何もできなかった。お前らがいなかったら、ただ、泣いて終わりだった。本当にありがとう」


「英、勝てよ」

「頑張って」

 新垣と戸森の言葉に伊藤が力強く頷く。


「任せろ」




 宮部が伊藤を待ち構えている。


「来いや!」

 宮部の声で伊藤の喧嘩が始まった。



 宮部は不思議な構えをとった。

 ボクシングのような顔面を守るような防御を取らず、柔道家のように手を前に構えることもしなかった。


 握り拳を中段に構えた宮部の姿勢は背筋が伸びて美しかった。


 空手を習っている伊藤も構えはやや手を落とした形であるが、宮部のそれは空手に似ているが非なるものだった。


 構えた伊藤がステップを踏む。

 伊藤が習っている空手はフルコンタクトであり、打撃だけでなく、投げも認めている。そのため、総合格闘技のように実践的な空手だった。


 伊藤が近付くと宮部がその分距離を取る。


 伊藤は必要以上に深追いしなかった。伊藤の慎重な闘い振りから宮部からの圧力を感じているのだと戸森は思った。


 伊藤が遠距離から速いステップで近付き、足刀蹴りを放つと宮部が(さば)いて(かわ)した。

 その瞬間、伊藤の顔面が弾かれたように打たれた。


 伊藤が打たれると周りから声が上がった。


 伊藤は速過ぎる攻撃に何が起きたのか分からなかった。


 宮部の攻撃は突きである。


 最速の速さを持つ打撃「ジャブ」と同等のスピードを持つと言われる「直突き」と呼ばれるものだった。


 宮部の使う武術は日本拳法だった。


 打・投・極という打撃、投げ技、関節技がある日本拳法は最強とも言われるほどの格闘技である。



 空手対日本拳法、接近して殴り合った場合どちらが強いのか。

 周りの者たちは固唾を飲んで見守った。


 宮部のフットワークに攻め切れない伊藤は相手に翻弄されていた。


 伊藤はカウンターを簡単に当てられた。


 伊藤が蹴り技を出せば、打ち終わりの隙に突きや蹴りを受けた。


 伊藤が突きから近付こうとすれば、(さば)いて投げられた。


 伊藤はボコボコになるまで殴られ蹴られた。


 瞼は紫色に腫れ上がり、鼻血を流していた。

 まともに呼吸ができない伊藤は苦しそうだった。


「もういい、英、もう止めろ!」

 悲痛な杉田の叫びだった。


「いや、伊藤は何か狙ってる」


 当たる様子のない前蹴りを伊藤は多用していた。

 スピードもなく、力も乗っていない前蹴りはお世辞にも上手いとは言えなかった。


 下手な前蹴りだった。体重が乗らずにただ足を上げているだけである。中足も膝の角度が曲がり過ぎているために攻撃とは言い難いものだった。


 そんな下手くそな前蹴りを放つと(かわ)され、引き際に直突きを食らった。


 もう、何度も繰り返している。



 相手の攻撃を(かわ)すか、受けるか、(すんで)のところで判断する日本拳法は柔軟さを保つために手を中段に構える。

 

 上段、中段、下段からの攻撃に対して即座に対応するためである。


 しかし、それは日本拳法の受けが特化しているのかと言えばそうではなく、やはり当たる攻撃は当たってしまう。


 宮部は特に受けが上手いわけでもなかった。


 立つのもやっとの伊藤が再度、前蹴りを放った時だった。


 宮部が渾身のカウンターを狙い、腕だけで打っていた直突きを腰を入れて体ごと前進した時だった。


 伊藤はこのたった一度きりの機会を伺っていた。

 ボロボロの体では一度しか出せなかったのだ。


 このまま、手打ちの直突きだけ打っていれば宮部の勝ちは揺るがなかった。



 前蹴りは空手だけでなく、日本拳法やキックボクシング、ムエタイ、テコンドーなどの蹴り技を使う格闘技には必ずある技である。

 直線距離を最速のスピードで蹴る技は中足を正確に当てれば絶大な効果がある。

 しかし、他にも蹴り離しとして相手との距離を開けるために使用したり、距離感を掴むために使われたりする。


 伊藤は距離を測っていたのだ。


 突進するように近付いてきた宮部の眼の前で、身を縮めた伊藤は一瞬で独楽(こま)のようにキュンと回転した。


 宮部は驚くと同時に腹部に激痛が走った。

 

 後ろ回し蹴りだった。


 前蹴りの足が曲がり過ぎているのは回し蹴りの距離感を掴むためであり、体重を乗せなかったのは、軸足に体重を乗せるためであった。



 伊藤が勝てる要素が一つだけあった。


 それは宮部が防具に慣れているところであった。

 打たれ脆いのだ。


 伊藤の体重が乗り、遠心力を利用して加速した踵が(えぐ)るように宮部の腹部に減り込んだ。


 宮部は腹が破裂したのかと思った。


 腹を蹴られた宮部は後方に吹き飛ぶとそのまま転げ回った。


 「肉を切らせて骨を断つ」攻撃は見事に宮部に届いた。

 


「あ゛ぁ゛ぁぁっ!!」

 腹部を抑えながら転げ回る宮部に近付くと伊藤は馬乗りになった。

 馬乗りの態勢から頭上で拳を振り上げると宮部が頭を抱えながら叫声を上げた。


「ひぃー!」

 

 宮部の打たれ弱さに伊藤は勝ちを得た。


「まだやるか?」

 伊藤の言葉に宮部が首を振る。


「参った」

 宮部が降参すると伊藤は手を下ろした。


「俺は……妹からもらった物を返してほしいだけだ」

 伊藤の眼差しに宮部は何度も頭を下げた。


「悪かった。申し訳ないことをした。すいませんでした」

 頭を下げる宮部がポケットから携帯電話を取り出すとストラップを取り外した。

 それは球状のクリスタルの中に誕生石が入った綺麗なストラップだった。

 妹からの贈り物で伊藤が大切にしていたものだった。


「これがお前から盗んだ物だ。この通り返す。悪かった」

 宮部から受け取ると伊藤は立ち上がった。


「もういいよ」





 良かった……。

 伊藤の喧嘩が終わると戸森たちは全員胸を撫で下ろした。


「これ、俺たちもう用事済んだよな」

 三年の津村も熊田も杉田の言葉にドキッとした。

 途中で終われるわけがないが、戸森たちの雪辱は晴らせた。


「うん、でもやろう」

 戸森の言葉に全員が頷く。


「お前ら……何でそんなに喧嘩慣れしてんだよ」



 次は三年生の熊田の番である。


 その喧嘩に全員が言葉を失った。

 相手は三中の三年生、百瀬という男子だった。


 一方的というよりも一瞬で勝負がついたために何もできなかった熊田が哀れで仕方がなかった。


 熊田が近付いた瞬間に百瀬の素早い左右フックが熊田の顎を捉えた。

 崩れ落ちる熊田にチョップブローを打ち込むと熊田は意識を失った。


 子供の喧嘩どころではない。戦力差があり過ぎる喧嘩の範疇を超えた闘いに新垣たちに戦慄が走った。


 勝田並みの強さを誇る百瀬は冷たく動かない熊田を暫く見つめると、その場を離れた。


 新垣たちが即座に熊田の手当てをした。



 百瀬よりも強いと言われる中村はどれほど強いのか、新垣たちは想像もできなかった。


 二勝二敗であるが、勝敗などどうでもいい。逃げろと新垣は言いたかった。


 しかし、戸森は違った。



「やろうか」


 新垣だけではない。その場の全員が戸森は違う世界にいると思った。



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