先鋒と次鋒
橋の下は意外にも目が見えないほどの暗闇ではなかった。橋上に設置してある電灯の光が入ることと、橋の高さがあるために光が入りやすかった。
総勢三十人という大人数でも周りには何もなく、人通りもないこの場所は何をやっても通報される心配はなさそうだった。橋を渡る車の姿さえ見えない。
新垣の前にはこれから喧嘩をする相手が立っている。
ファイトに慣れた戸森たちは有利なことと不利なことがあった。
新垣はこれから喧嘩だというのに落ち着いていた。落ち着いて相手を観察していた。自分よりも背が高いその相手はボクシングのように構えた。
有利な点はこの冷静さを保てるところである。
オーソドックスな構えから右利きだということが分かる。背が高い相手はリーチが長いため、新垣は懐に入りそのリーチを潰そうと冷静に考えた。
不利な点はグローブに慣れたことだ。
「いけっ!」
中村の言葉で相手は新垣に向かっていった。
相手は射程距離に入るといきなり大振りのパンチを打ってきた。後方に振りかぶった右腕が新垣に襲い掛かる。
が、そのパンチは虚しく空を切った。
射程距離に入り、相手が振りかぶった瞬間に新垣が相手の虚を突いて懐に飛び込んだ。
飛び込むと同時に新垣の右アッパーが相手の顎を打ち抜く。
それが見事なカウンターとなり、相手は後方に態勢を崩した。
新垣の喧嘩にその場の全員が興奮した。
二中の生徒たちは沸いた。
新垣が容赦なく追撃する。
再度、懐に入った時だった。新垣はTシャツを掴まれた。
強引に引っぱられた新垣は態勢を崩し、相手のローキックをまともに腿に受けてしまった。
激痛に思わず顔が歪む。
Tシャツを脱がなかったことを新垣は後悔した。
相手は新垣のTシャツを掴んで離そうとしない。
一瞬の出来事だった。
相手が頭を後ろに振るとそのまま新垣の顔面目掛けて頭突きを見舞った。
新垣は掴まれたままならばと、相手のボディーにフックを見舞うために頭を下げた。
相手の頭突きは新垣の顔面ではなく、頭頂部に入った。それも当たりどころが悪く、相手は鼻を頭頂部に叩きつけてしまった。
「がっぁあ!」
相手の鼻から鮮血が流れた。
新垣はそのままボディーにフックを見舞い、やっと離れたところで、下がった顔面に膝蹴りを見舞った。
見事に顔面の中心を捉えた膝蹴りにより相手は鼻骨を骨折し、そのまま倒れて悶えた。
新垣は一勝を守った。
新垣が勝つと杉田たちは声を出して喜んだ。
掴むことに慣れていない、掴まれることに慣れていないということが、これほど弱点になるとは考えつかなかった。
新垣が荒い呼吸をしながら、戸森たちの元へ戻ってきた。
大粒の汗が滝のように流れている。
「カズ、最後の頭突きもらってたら、危なかったね」
「あぁ、あいつ強ぇわ。喧嘩慣れしてる」
「他の奴もたぶんそうだけど、宮部は何かやってる」
二番手の津村は新垣の喧嘩に感動していた。
自分も新垣の後に続こうと意気揚々と相手と対峙した。
喧嘩が始まると声を出して向かっていった。
その様子に戸森たちは苦笑していた。
戸森も新垣も、みんな初めの頃のファイトを思い出していたのだ。
勢い良く飛び出した津村は腰の入っていないテレフォンパンチを簡単にガードされると同時にカウンターをもらっていた。
まるで喜劇かコントを見ているかのように呆気なかった。打たれ弱い津村はカウンターを受けると、そのまま地面に手を着いた。
勝負はついた。
しかし、相手のローキックが津村の顔面を捉えた。
ボールのように吹っ飛ぶ津村は仰向けに倒れた。
相手は追撃するように津村に馬乗りになると拳を振り下ろした。
飛び出したのは戸森と新垣、杉田、伊藤だった。
しかし、戸森たちが止める前に怒号が飛んだ。
「おい! 菅原っ! 止めろ! 追い討ちすんな!」
中村の言葉に相手の動きが止まる。
「前の奴の見てなかったのか? 新垣とか言う奴は綺麗な喧嘩してたろ! もっと正々堂々とやれ!」
「すいません」
菅原は静かに津村の体から離れた。
戸森たちが津村を運び怪我の具合を見ると、心配はなさそうだった。
心配そうに津村を見ている中村に対して戸森は大丈夫だという風に頷いた。
中村の言葉に戸森は自然と笑みが零れた。
戸森は中村のことを嫌いになれなかった。
正々堂々と勝負をする中村を好きになっていた。




