二中対三中
二日が経ち、花火大会の日を迎えた。
戸森と新垣、伊藤、杉田は日が沈んだ頃に学校に向かった。
そこには既に大谷、三上、須藤、谷垣の四人がいた。全員が殴り合いの会のメンバーである。
「みんな悪い、今日はマジでありがとう」
新垣の言葉に全員が首を振った。そして、全員が伊藤を心配した。
「七人か……」
杉田に不安が過る。
戸森は人数的には七人で十分だと思った。多過ぎても動きが鈍くなるだけである。
問題は戦力である。
本当であれば、勝田や木本に来てもらいたかったが、二人は喧嘩はしないとの事だった。
それは仕方のない事であり、今いるメンバーで三中とやり合うのである。
戸森たちは事前に話し合っていた。全て戸森が計画した事である。
「本当に上手くいくんか?」
「やるしかない」
「お、あいつら来たぞ」
杉田の言葉に全員が視線を送るとそこには秋葉 美香たちがこちらに向かっていた。
「おまたせぇー! って何でよ! 何で普通の格好なの? うちらばっちり浴衣だし! せめて、甚平くらい着てよ」
吉田 美里と秋葉 美香、水野 智子が浴衣姿で遅れて来た。
女子を連れてお祭りに行くことは戸森の考えた事である。
「甚平で喧嘩できっかよ」
新垣の独り言は聞こえていなかった。
「みんなスニーカーじゃん! 今はサンダルの季節じゃん! みんなやる気あんの?」
水野 智子のケバい化粧が日が暮れているお陰で見え辛くて良かったと男子は思った。
「サンダルで喧嘩できっかよ」
新垣の独り言は聞こえていなかった。
「とりあえず、行こうか」
戸森の言葉に全員がお祭りに向かった。
「ていうか、戸森、長ズボンって一番雰囲気出てないし」
戸森が住む瑞江から程近い神社で催されたお祭りは敷地内だけでなく、区で行う納涼祭として神社の周辺にまで露店と屋台が立ち並ぶ大規模なお祭りだった。
人混みから隠れるように木陰と参道を行き来する三人組の姿があった。
「お前、二中?」
三人組に声を掛けられたのは中学生だった。曖昧に頷くその中学生を殴りつけると三人組はその場を去っていった。
三人組はその場の人々を睨めつけながら闊歩している。
「お前、二中?」
「二中ぅ」とイキがって答える中学生を殴りつけて挙句に財布を盗るとすぐにその場から立ち去った。
ガラの悪そうな不良が徒党を組んで闊歩している。
三人組は三中の生徒だった。
「あいつら……調子に乗りやがって」
「ここで問題起こしたら、全部ダメになるよ」
今は三中の愚行を傍観するしかなかった。
戸森たちは遠目から隠れて見ることはしなかった。
「戸森も新垣も、みんなあんなの無視して、お店回ろうよ! せっかくお祭りに来たんだからさぁ」
女子生徒の秋葉 美香たちが心配そうに戸森たちに声を掛ける。
この場所に来た時から、彼らは殺気立っていた。
伊藤の家で三中への復讐を誓った戸森たちは話し合った。
戸森が口にした「来るのを待つ」という言葉の意味を新垣たちは問い質した。
「お祭りに必ず三中は来る。そこで奴らを待とう」
「じゃあ、人がいるな。いよいよ三年と一年呼ぶか。使えねぇけど」
「いや、人前でやったら警察が来るし、大人数でやっても見つかって通報される。見つからないで喧嘩しよう」
「どうやって?」
「たぶん、向こうもお祭りに来る時点で同じ事を考えてる。「事を荒立てたくない」気持ちは同じはずだから」
「何だそれ?」
「たぶん向こうは、二人組みか三人組で分かれて二中の生徒を探すはず。本体はどこか人のいない所で待機すると思う。
俺たちはそいつらを捕まえて本体まで連れて行ってもらう。
だから、秋葉たちを呼ぼう。女子がいると何かと都合がいいし。喧嘩になったら、家に帰せばいい。
まずは、三中の動きを探ろう」
その時にいなかった須藤たちにも今回の伊藤のことを話した。須藤たちはこの事に快諾して協力した。
しかし、勝田と本木にも声を掛けたが来なかった。
十一人という大所帯ということも勿論あるが、女の子といると不思議と絡まれない。
三人組が声を掛けているのは男しかいないグループだった。
戸森が目を付けたのは三中の変化だった。執拗なまでの二中への嫌がらせの仕方が変わったことに対して疑問を持った。
塚田の発端から数日続いた嫌がらせは二中の生徒間に恐怖を与えた。ゲームセンターで襲ったことなどである。
しかし、誰彼構わずに襲っていた三中はある日を境に、鳴りを潜めていつしか校門前で待ち伏せするだけになった。
三中の生徒が言った「中村先輩の変な正義感」がそうさせたのだろうと思った。
妹と一緒にいた伊藤が狙われたのには何か訳があったのだろうと思った。
三中に乗り込んでも意味はない。
遺恨が残るだけである。大義名分はこちらにある。塚田たち三年生とは戸森たちに関係ないのだ。
戸森たちは今まさに後を追うイキがっている三人組を狙った方がいいと判断した。
三中の生徒たちは辺りを睨みながら見回しており、誰かを探しているようだった。
それが塚田だということは戸森たちはすぐに分かった。
「戸森の言った通りだな」
「やっぱりいたね、あいつら。
わざわざ俺たちが三中の所に乗り込んでも話が拗れるだけだから」
「これからどうすんだよ? あいつらのとこにいつ行くんだよ?」
「二中の生徒っていうか、塚田のことを狩ろうとしてるんでしょ? 俺らはそれを待てばいいんだよ。接触するタイミングはある」
三人組が何かを見つけるとそこへ走った。
戸森たちも急いで三人組の後を追った。
そこにいたのは二中の三年生である津村 優介と熊田 明彦の二人だった。
連絡くらいは取れるだろうが、塚田を連れてくる事などできるはずもない二人だった。
三対二の人数的に不利な状況で二人は明らかに困惑していた。
絶好の機会だと戸森は思った。
「てめぇ、塚田の連れだよな! 塚田呼べよ!」
足を蹴られる津村は何もやり返す事ができなかった。
「呼んでも来ない」
消え入りそうな声を出す津村の頭を叩いた。
「聞こえねぇよ!」
「こんばんは」
戸森の声に三中の三人と二中の二人が振り向く。
その後ろにいる新垣たちの姿を目にすると津村と熊田は安堵の表情を漏らした。
三対十一と数の上で圧倒的に有利になると気が大きくなった。その表情自体戸森たちは気に入らなかった。
「俺らはあんたらを助けに来た訳じゃないよ」
「あ?」
津村が凄むと新垣は睨み返した。
「助けて欲しそうにしてるけど、こっちの用事が終われば三年のことなんてどうでもいいよ」
今冷静なのは戸森だけである。
「用事って何だよ?」
三中の生徒が辺りを気にしているようだった。
助けを求めているのか、人が来ればこの場を乗り切れると考えていた。
「やっぱり女子がいると何かと都合が良いね」
戸森も三中の視線を追うように周りを見渡した。
「周りの人たちは俺たちのことを気にしなくなる」
声を荒げてるわけではない。端から見れば、中学生同士が談話しているだけである。助けなど来ないのだ。
「人がいないところに行こうか?」
「あっ? お前ら俺らをボコっても意味ねぇぞ。今度はなぁ、三中全員でお前らのとこに乗り込むことになるぞ」
やはり今までは塚田だけを狙っていたのだ。
周りの者に迷惑を掛けまいとしていたのは分かっていた。
「今日来てるのは君たち三人だけじゃないでしょ? 三中でどっかに集まってるんでしょ? 中村って人が来てるならその人の所に連れてってほしいんだけど」
戸森の言葉に三中の生徒たちは顔を見合わせながらニヤリと笑った。
「いいぜ、来いよ」
戸森の推測は当たった。
三中に中村の元へ案内させるという話は事前に打ち合わせたものだった。
新垣たちは戸森の言葉を思い出した。
「有利な立場から急に不利になると、相手は困惑する。
そこで“逃げ道”を用意してやるとまんまと引っかかる。
俺らはそいつらに絶対に手を出さない。三中の奴らを無事に中村のもとに戻すことに意味がある。
中村が仲間を売ることはないと思うけど、簡単にこっちの要求が通るとも思えない。だから、こっちの要求が通りやすくなるように仲間の無事を最初に与える。
中村って奴の心象を良くしておいて損はないよ」
「んなことやって謝るか?」
「いきなりは謝らない。まず、非を認めないと思う。
だから、俺らが頭の中村の信頼を得る。
俺らは相手が何人で来てるか分からない状況で敵地に向かうんだ。三年とは関係ないって顔して。相手からしたら、不気味と思うか、馬鹿な奴らと思う。そこで俺らの土俵に持ち込む」
「戸森は“会のルール”を守りたいんだろ? こっちが四人であっちが八人以上ならやっていいんだろ?」
新垣が口にするのはルールその三である。
「いや、五対五でやろう。やり方は問わないって言ってたし。タイマン五回戦やろう」
ルールその四では五対五の喧嘩を認めている。五人を揃える事が問題となった。
「んな上手くいくか?」
戸森は薄く笑った。
「もう秋葉たちは帰りな」
戸森の言葉に秋葉 美香たちは戸惑った。
「戸森何言ってんの? 喧嘩でもすんの? 危ないじゃん! みんなも行かない方がいいよ」
吉田 美里の言葉に戸森は何も答えなかった。秋葉は新垣を見つめていた。
「帰れ」
新垣の言葉に秋葉は吉田 美里の手を引き、水野を連れてその場を後にした。
「行こう」
お祭りが催されている場所から離れた河川敷を歩いた。
お祭りの警備にあたる警察官は人員が限られており、警邏に人員を割くことができなかった。
河川敷には二十人以上のガラの悪い中学生がいた。
近付くほどに戸森たちを連れてきた三人組は生き生きとしている。
二十人の中に一際大柄な体格の者がいた。周りの者が媚び諂うように接している。
それが中村だと戸森たちはすぐに分かった。
丸刈りに鋭い眼光、その大きな体は今までの相手とは全く違うと思った。
「何だそいつら!?」
三中の中の金髪が訊ねる。
「こいつらが中村先輩のとこまで来たいってことで、二中の奴らです」
三人組の一人が駆け足で近付き答えた。
「何だと!? てめぇら二中か! 何しに来た? 塚田の差し金か?」
「落ち着け。お前ら塚田と繋がりがあるのか?」
戸森が中村の言葉に静かに首を横に振る。
「何しに来た?」
「三中の狙いは塚田でしょ? 俺らには関係ない」
「じゃあ、何しに来た?」
「俺らは別にあんたらと構えたい訳じゃない。話があって来た。
俺らの連れがこの間、三中に襲われた。その時にそいつは妹の前で殴られた挙句に妹からもらった大事な物を盗られた。
それを返してもらって、一言謝って欲しいだけだ」
「三中の誰かだ」
「んな卑怯な真似するかよ」
鶏ガラのようにヒョロヒョロの男が口を開いた。
「伊藤、この中にいる?」
戸森の言葉に伊藤は指差した。
鶏ガラとその取り巻きの表情が一変する。
「後ろからいきなり襲われた。倒れたところを三人くらいでボコられた」
「宮部……あいつの言ってること本当かよ?」
中村の言葉に宮部という男は声を大にして答えた。
「やってねぇ!」
中村の知らないところで二中生徒が襲われている事実があったのだ。宮部の必死に隠そうとする様子に中村の強さが伺えた。
「んなことやってねぇ」
シラを切る宮部。その時に宮部と一緒にいたと思われる者たちもシラを切っていた。
「やってねぇってよ。
俺らもよぉ、塚田にやられっぱなしで上の者に示しがつかねぇんだよ。塚田連れてくれば話は終わるからよ。塚田呼べよ」
「そっちはそっちで譲れないものがある。だけど、こっちも仲間がやられてる。一歩も引く気はない」
「上等だよ。こっちもねぇよ」
中村の言葉に三中は全員が臨戦態勢に入った。
新垣たちも一触即発の状態に拳を握る。
「こんな場所でもこの人数でやり合ったら、すぐに警察が来るよ」
「何だよ、ビビってんのか?」
中村の言葉に首を横に振る戸森。
「喧嘩しよう、双方で五人選んで、一対一しよう。五対五で勝負しよう」
「はぁ? 勝負だぁ?」
中村が戸森の提案に面食らったように頓狂な声を上げた。
「負けた方が相手の言うことを聞くって言うのは?」
戸森の言葉に中村は黙った。
新垣が伊藤の家で話していた話を戸森は思い出していた。
「三年の塚田の知り合いの中村って人が三中で一番強いんだってよ」
戸森は新垣から三中の中村の話を聞いていた。
小学生から柔道を続けて区の大会では優勝するも都大会では良い成績が残せず、今は練習にも身が入らずに燻っており、不良の真似事のようなことをしていると。憖っか腕力が強いために、先輩たちから信頼されタチが悪いとのことだった。
「五対五なら……中村をタイマンで引き摺り出せる」
不良に似合わない正義感を持つのは、それだけ義理人情に惹かれるだと思った。勝負事と言われて引けないのはそれだけ自分の強さを持っているからである。
中村は五対五の勝負に乗ると戸森は踏んだ。
「俺たちはただ大切な物を取り返したくて詫びが欲しいだけなんだ。俺らが勝ったら素直に応じて欲しい。俺らが負けたら、なんとか見つけ出して塚田を差し出す」
「俺らも塚田に詫びさせてぇだけだよ」
「誰彼構わず襲ってるのは違うの?」
戸森は宮部を見つめた。
「あっ? てめぇ舐めてんのか?」
戸森の言葉に宮部が噛み付く。
「まぁ、待て。俺の知らねぇとこでおめぇらは勝手やってたんだろ?」
「あいつが適当なこと言ってんだよ。ここでこいつらボコっちまおう」
「何で?」
中村の言葉に宮部は言葉が詰まった。
「何でって……こいつらが二中だからに決まってんだろ」
「こいつらは竹田たちに何もしねぇでここまで来させたんだよ。
仲間がやられて、なりふり構わずに好き勝手やった宮部とは違うんだよ。
ここで騒ぎになってサツの世話になりてぇかよ?
だったら、勝負して塚田引っ張る方が利口だろ」
宮部はそれ以上何も言わなかった。
「五対五面白そうじゃん、やろうぜ」
中村の言葉に戸森が頷く。
「塚田と違って話の分かる人でよかった」
戸森の素直な気持ちだった。その言葉に中村は笑った。
「五人選んでよ。こっちも選ぶから」
「分かった」
「中村さん、宮部は五人の中に入れて欲しい。うちの伊藤が借りを返したい」
戸森の言葉に中村は薄く笑った。
「中堅に入れるよ。宮部は強ぇぞ」
「中堅」という普段聞き慣れない言葉だった。
五人の内の三番手であり、柔道の団体戦などでよく使う言葉である。
中村は今でも柔道が好きなんだと戸森は思った。
「ありがとう」
戸森の思惑通りに事が運んでいた。
新垣たちは戸森に恐ろしさを感じた。こんなにも簡単に五対五のタイマン勝負に持ち込むのかと思った。
二中生徒と三中生徒たちは河川敷に設置している橋まで移動した。
橋の下ならば、人目につきにくく、逃げやすいと判断した。
何事もなく順調に事が進んでいる時こそ危ない。
戸森だけは不安を拭いきれなかった。
こんな時こそ勝田と本木がいて欲しいと素直に思った。
「カズ、一番手お願いしてもいい?」
戸森の言葉に新垣は「任せろ」と答えた。
「おい、お前らで中村の相手するのかよ? 中村は最後に来るぞ。負けてもいいように最後は弱い奴にするか、それか……新垣にした方がよくねぇか? 新垣が一番強いだろ? 最初に勝っとく寸法でいくのか?」
戸森たちは三年生の津村の言葉を無視するが、津村はそのまま話し続けた。
「新垣と俺と熊田で、三勝してやる。伊藤もやるんだろ? 新垣先頭に入れちまったら、あと一人、中村はどうするかだな」
「あんたらがいると負けるから入らないでくれ」
みんなの素直な気持ちを杉田が代弁した。
「あ? てめぇ先輩に生意気な口聞いてんじゃねぇぞ!」
「元々はお前ら三年がやらかして、周りに迷惑掛けてんだろ! 俺らはその尻拭いしてやってんだろうが!」
新垣が堪らず声を上げる。
「まぁまぁ、取り敢えず、五人決めましょう」
「カズと伊藤と杉田と俺と……」
「だから、俺がやってやるって言ってんだろうが」
埒が開かないと戸森は思った。
「じゃあ、津村先輩は二番手行ってください。三番手は伊藤で、四番手がすぎ……」
「俺がいくか」
「その方がいいな」
熊田が割って入ると津村が頷いた。
その言葉に戸森は頷いた。もうやるしかないと肚を決めた。
「マジで邪魔だわ」
新垣が聞こえるように大きな声で口にするが、聞こえてないフリをしていた。
「俺が中村とやる」
戸森の言葉にその場の全員が頷いた。
戸森ならやってくれると新垣たちは考えるが、三年生の津村たちは一番弱い奴だからという考えだった。
話し合いの結果、一番手が新垣となり、次いで三年生の津村、三番手が伊藤となり、四番手が熊田で最後が戸森となった。
ファイトではない喧嘩である。戸森は体の底から湧き上がる“何か”を抑えるの必死だった。




