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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
23/39

事件




 夏休み前日の終業式の日、戸森は女子生徒に声を掛けられた。



 クラスメイトの吉田 美里と秋葉 美香、水野 智子が戸森に近付くとその様子を木内 恵梨香が見つめていた。


「戸森、今月の二十九日にお祭りあるじゃん? 一緒に行かない? 新垣たちも誘ってさ」

 翌週二十五日を最後に当分の間、ファイトはない。


 ファイトがなく、夏休みにすることと言えば体を鍛えることくらいの戸森は曖昧に返事をした。




 楽しみのなくなった夏休みなど待ち遠しくなくなった。夏休みが終わり、九月になればファイトができると思った戸森は夏休みが早く終わればいいと思った。

 そして、そんなおかしな事を考える自身を笑った。




 終業式を終えた戸森たちは夏休みを迎えた。


 新垣と杉田、伊藤からもお祭りに行こうという誘いを受けた戸森はまた曖昧に返事をした。



 七月最後のファイトは暑い夜だった。


 その熱帯夜で行われたファイトでは意外なことが起こった。


 吉田がファイトに参加して三ヶ月の三上 啓太を殴り倒したのだ。

 三上は勝田たちと同じタイミングで入ったファイト参加者だ。


 その場の神崎以外の全員が驚愕した。


 殴られてもまるで痛みを感じないかのように殴り返す吉田の狂気じみたファイトに周りの者たちは声を失った。


 神崎は冷静に吉田と周りの者たちとの違いを考えていた。答えは分かってはいたが、目の当たりにして改めて人間を支配するある感情について考え直した。


 周りの者たちとの違いは恐怖である。


 恐怖を持たないとはいえ、フィジカルがない吉田である。

 そんな吉田でもある感情に支配されないだけでこのファイトはあり得るのだろうと思った。


 殴る事も殴られる事も気持ちよく感じるなら吉田のファイトは頷けるものである。


 ダメージを受ければ痛みを感じる。

 その痛みが拳というものに恐怖を与え、その恐怖心が腰を引かせて攻め切れなくさせる。


 吉田の迷いのない真っ直ぐな拳はカウンターで当たりやすく、中学生程度のタフネスならば一撃で相手を沈めるほどの威力があった。



「やっぱり戸森君のパンチが効く」

 ボコボコに顔を腫らせた吉田が戸森に向かって言った。


 自分はこんな奴と殴り合ったのかと戸森は思った。それと同時にもうやりたくないという気持ちになった。




 そして、夏休みに入り間も無く、ファイトが終わると戸森はやる事がなく暇になった。


 やることは体を鍛えることくらいだ。



 新垣からの着信があったのは夏休みに入って一週間後のことだった。



「もしもし」


『戸森、俺だよ! 新垣だけど』

 その声は幾分か焦りのようなものが見られた。


「どうしたの?」


(すぐる)がやられた』

 (すぐる)とは伊藤 (すぐる)のことである。


「えっ? やられたってどうしたの?」


『駅前のデパートに行ったら、三中の奴らがいたらしくて、そこで絡まれたらしい。英の妹もいて大変だったみたいだぞ』


「伊藤は今どうしてるの?」


『英は家にいる。怪我してっから外に出てねぇらしい』


「そっか」


『戸森、「そっか」で終わらねぇよな』


「え?」


『お前は今までシカト決め込んでたけど、それは俺らに火の粉が降りかかってこなかったからだよな? 英がやられたんだぞ?』

 新垣が言いたいことは報復であると戸森には分かっていた。


「俺らが構えたところで俺らは喧嘩するわけにはいかない。ファイトできなくなる方が俺は嫌だ。カズはいいの?」


『仲間がやられて黙ってられっか!』


 三中との抗争は避けられなかった。


「誰でもいい訳じゃないだろ? 誰彼構わずに襲ってたら、やってることは塚田と三中と一緒だよ?」


『だから三中と喧嘩だろ? 上等だよ! 俺らは少ねぇし、うちの三年はクソだからな! 数はこっちが少ねぇよ。戸森、お前ビビってんじゃねぇよな?』


「カズ、落ち着け。まずは伊藤に会おう。俺が会いたい。カズにも来て欲しい」


『……分かった』


「じゃあ、学校で待ち合わせよう」







 学校で落ち合った戸森はそこで待つ新垣の様子を見ると複雑な気持ちになった。


 行き場の無い怒りを露わにする新垣の隣には杉田の姿もあった。


 戸森の姿を見ると新垣は案内するかのように歩き出した。


 伊藤の家に向かう道中、三人は静かだった。


 ただ、家に着く直前に新垣が「英が戸森に会いたがってる」と一言だけ口を開いた。



 戸森は伊藤の家に初めて訪れた。

 中学校に入学して初めて訪れた友人宅である。


 伊藤も仲間に会いたいと、戸森に会いたがってると新垣は言った。

 戸森にはそれが嬉しかった。


 しかし実際に会い、落ち込む伊藤を見ると新垣の怒りが分かった。


 やわな鍛え方はしていない伊藤の傷の具合は大丈夫そうだが、精神的にかなり参っているようだった。一対一(タイマン)で伊藤がやられるとは思えない、妹の前で数人から殴られたのだろうと戸森は思った。


 その伊藤の様子に新垣は今にも三中に乗り込みそうなほど憤慨している。



「伊藤、大丈夫? 妹さんは無事?」

 戸森の言葉に伊藤 英は静かに頷いた。


「カズとも話した。カズは三中と構えようって言ってるけど、伊藤はどうしたい?」

 その言葉に伊藤は首を横に振った。


「復讐とかそんなんはどうでもいい。殴られた傷なんて痛くも痒くもねぇよ。ただ、妹からのプレゼントが取られたんだよ。

 戸森、俺悔しいよ」

 伊藤の肩が小刻みに震えると押し込めていた感情が一気に噴き出すように嗚咽を漏らして泣き始めた。

 戸森の中にある感情が沸き起こった。


「分かった。取り返そう……先生が帰ってくる前に終わらせよう」


「っしゃぁあ! そうこなくっちゃ! 仲間集めるか」


「まだ早い。ていうか、乗り込む気はない」


「あっ? お前まだ、うだうだ言ってんのかよ? 今行かないでどうすんだよ!」


「妹からのプレゼントは返してもらうし、詫びもしてもらう。けど、俺らは三中が集まる所には行かない」

 戸森の言葉に怪訝な顔をする新垣たちだった。


「相手が来るのを待とう」




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