神崎の目的
一週間も経つと吉田の顔の腫れは殆ど引いていた。
ボコボコに顔を腫らせた吉田が登校するとクラスメイトたちは騒然とした。
それは生徒たちだけでなく、教諭間でも問題となった。瑞江第三中学校との諍い事もこの時に初めて教諭間で認識した情報だった。
そして、吉田の怪我の原因が他校が絡むデリケートな問題であり、発端が自校の生徒であるのではないかということを知った教諭たちは誰もこの話題に触れようとはしなかった。
吉田の問題に触れようとする教諭はおらず、いざとなれば警察に被害届けを出せばいいという考えだった。
そして、梅雨が明けるとお天道様を恨みたくなるような暑い夏が来た。
季節感を感じさせる真っ白な半袖の盛夏シャツを全校生徒が着る中、袖を捲ることもせずに長袖シャツを着て登校しているのは戸森だけだった。戸森は自分がしたいように学校生活を送っていた。
ファイトの前にあった木内の突然の告白も、戸森が登校しても何事もなかったかのように木内は振舞っている。
顔を会わせるだけで気不味い戸森だったが、暫くすると何とも思わなくなっていた。
戸森が教室に入ると先にいた生徒たちは今朝方の話で盛り上がっていた。
新垣が登校すると、話すのはやはり今朝方にあった出来事であった。
「戸森、三中の奴らが二中の門の前で屯ろってんだよ」
さすがに無視を決め込めなくなってきたのか、新垣が三中のことを話題にするようになってきた。
「あぁ……いたね」
「あれ、ずっと三年待ってんだよ。って戸森、あんま興味ないだろ?」
新垣の話を上の空で聞く戸森だった。
「そう……だね」
戸森は三中のことなど頭になかった。本当に眼中になかったのだ。
戸森の憮然とした態度に新垣も伊藤も杉田も頼もしさを感じていた。
少し格好良いと思っていた。
「まぁ、俺らには関係ねぇけど」
口では言いつつも新垣は気掛かりで仕方がなかった。
吉田とのファイトが終わると、いよいよ学校では夏休みの話が出るようになった。
夏休み中のファイトは毎週でもいいと思った戸森は神崎に打診してみることにした。
放課後、教室に一人残る神崎を見掛けた戸森は声を掛けた。
「先生、ちょっといいですか?」
戸森の声に顔を上げた神崎は短く「何だ」と答えた。
戸森は今目の前にいる神崎が神崎ではない気がした。
ものを教える立場の人間を先生と呼ぶ、今の社会は教科書に載っていることだけを教える立場にある者を「教師」と呼んでいる。
「教師」が似合わない神崎を見ると戸森はある疑問が浮かんだ。
「神崎先生は何で教師になったんですか?」
戸森の素朴な疑問だった。
「似合わないか?」
「似合わないです」
率直な戸森の言葉に神崎が笑う。
「公務員とか似合わないと思います。何で教師なんかになったんですか?」
「嫁探し」
「嫁探し?」
意外な答えに戸森は声が裏返った。
「公務員なら結婚できると思ったからな。それと、教師を選んだのは一番『人と出会える』と思ったから」
「人と出会える?」
「こんなに親身になって人と接する機会はあまりない。その子の将来に関わるようなタイミングで接することが出来る。俺みたいな奴と出会ってその子は最悪だろうけど、俺は楽しいんだよ」
「俺は運が悪かったってことですね」
「ははっ、そういうことだ」
空気が一旦緩むと戸森は夏休みのファイトについて話そうと思った。
「先生、ファイトのことなんですけど……」
「神崎先生」
突然、教室の扉が開くと、女子生徒が割って入ってきた。
戸森は口を噤み、その場を離れた。
神崎の本当の目的を戸森が知るのはまだ先のことである。




