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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
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失意



 八月生まれの戸森は夏が好きだった。


 夏休み期間中に誕生日を迎える戸森、小学校時代は友人がよく戸森の自宅へ足を運んだ。昨年まで友人が家に来ていたはずだった。


 夏休み期間中に行われる水泳授業が終わったある日の帰りだった、同じ小学校に通っていた原田君が戸森に話しかけてきた。


 四月から続く戸森を避けるような態度を謝るように近付き、話しかけてきた。それは戸森の誕生日に五人くらいでお祝いをしたいとの申し出だった。


 場所は小学校時代と同じ戸森の自宅、断る理由など無かった。

 戸森は地獄が終わると思い喜んだ。

 誕生日プレゼントは何がいいかと聞く友人に何もいらないと断り続けた。


 気に掛けてくれる友人の厚意が戸森にはこの上なく嬉しかった。


 トランプゲームや、テレビゲーム、今までの事を償うように友人は色々話した。戸森にとって久々の幸せな帰宅時間だった。


 戸森は誕生日までにみんなが楽しめるように話題のゲームソフトを五つも買った。三つはパーティーゲームで二つは話題のゲームだ。貯めてたお小遣いはなくなったが、戸森は気にならなかった。最高のおもてなしをしようと考えていたからだ。


 誕生日当日、誰も姿を現さなかった。







 夏が明けて、二学期を迎えた。



 戸森は眠れな日が続き、幼い戸森はとうとう耐えきれずに担任に相談した。


 担任の男性教諭は学年主任でもあった。戸森は今まで担任に相談しようとは思わなかった。


 学年主任が何かは分からなかったが、学年をまとめるようなものと理解し、頼りになると勝手に思い込んでいた。しかし、虐めの事実は話せなかった。自分が告げ口をすることにより、クラスを敵に回せなかった。


 虐めの事実が教師の間でも明るみに出ることで、虐めが無くなるどころか、一層白い目で見られ、腫れ物として扱われると思い、戸森は踏み切れなかった。いわば、担任に言うことは最後の切り札だった。


 放課後、戸森は担任の林に打ち明けた。はっきりと戸森の口から『虐めを受けている』と告白すると、林の表情が強ばった。


 戸森は話した。無視から始まり、掃除の時間のこと、日直の仕事、夏休み中の誕生日のことを、しかし、上履きと靴が隠されたことは言えなかった。


 林教諭は戸森が話したどの話にも興味を示さなかった。話せば話すほど、担任の気持ちが冷めていくのが戸森には分かった。追い詰められていた戸森は気が付かなかった、自分が話した話、そのどれもが大人にとってはどうでもいいことだった。


「暴力は振るわれたのか?」


 この時、林教諭の頭にあったものは暴行や恐喝の犯罪だった。


 林教諭の言葉に戸森が首を横に振ると、小さく「そうか」と呟いた。


「先生」


「何だ?」


「親には内緒にしてもらえますか?」


 その言葉を聞き、林の様子が変わったように戸森は感じた。


「大丈夫だ。黙っておく」


 『集団で無視をする』、『全員で悪口を言う』、これらの行為は虐めであるが、これらに対しては強権を行使することはできない。


 そう理解する林教諭は戸森の件も『仕様がない虐め』という認識だった。


 父兄に知られる心配がないと分かると、林はこの話題をいかにも面倒臭がった。何より林教諭自身のクラスから問題が起きるのを本人が嫌った。


 戸森が証言する事柄のどれもが他人には些事であり、取るに足らないものだと、戸森自身にもそれは気が付いている。しかし、そのどれもが、今の自分には大事なことだとも大人に分かってほしかった。


「ちなみに誰が率先してお前を虐めてるんだ?」


「……」


 犯人を明らかにすることで自分の問題が解決されれば、いくらでも名前を明かす。しかし、それは同時にクラスメイトを売ることであることが幼い戸森にも分かっていた。


「言えないのか?」


 口を割ろうとしない戸森に苛立ちを感じる林教諭。戸森は林の視線に耐え切れなかった。


「……新垣君です」


 新垣は入学当初から教師の間で目を付けられていた。


 活発というよりは、新垣を含む数人には不良に憧れる節があったからだ。名前を聞いた林教諭は納得した様子だった。


「新垣か……新垣にはお前から話したのか」


「話してません、話せるわけない!」


「何でだ?」


「だって……」


 分かるはずの戸森の言い分を理解しようとしない林教諭だった。


「自分が嫌なことされたら、普通言うだろ?知らないうちに戸森が何かやったかも知れないだろ?」


「僕は何もやってません!」


「分からないだろ?気付かないうちに何かやってるかも知れない。無視されてるって言うけど、話しかけられてるのに気が付かなくて、戸森が新垣を最初に無視したと相手は思ってるかもしれない」


「話しかけられたことありません」


「じゃあ、何で新垣が率先して虐めてるって分かるんだ?」


「それは……」


 戸森は自分が助からないことを悟るとこれ以上自分が傷つくことは言えなかった。


 林には一生上履きと靴のことは言えないと思った。


「言えないだろ?」


 林の言葉に戸森が素直に頷く。そして、その頭を上げられず、戸森は俯いた。


 人権の尊重の観点からも、子供たちが安心して学べる環境を作るのは問題を起こさないことで、いわば、不良のように『腐ったミカン』という問題が一つでもあれば、除外するしかない。除外すれば、その他大勢が円滑な学校生活が送れると林教諭の考えを戸森は理解した。


「分かりました」


 戸森は頭を下げたままその場を去ろうとした。


「戸森……虐められる方にも原因がある」


 その言葉にハッとし、顔を上げると戸森の目には冷めた林の瞳が飛び込んだ。


 戸森は腐ったミカンは自分だと分からされた。自分の非を認めるべきだと林は戸森に諭した。林教諭は親に連絡しないと分かった時点で誰が悪者になるべきか、今回の面倒事の落とし所を決めていた。


 戸森にとっての最後の頼みの綱などはなく、自分の甘い考えだと分かった。林先生を頼っても余計に傷ついただけだった。


 それからの学校生活は戸森にとってはまさに地獄だった。刺々しく冷たい教室に居場所もなければ、温かい言葉で励ましてくれる味方などいなかった。


 運動会、林間学校、合唱祭、全ての学校行事に楽しい思い出など作ることができなかった。


 中学一年生も終わりを迎える頃、戸森は両親から携帯電話を贈られた。小学六年生のときに欲しいとせがみ、息子である勇気のことを考えて機会を伺っていた、両親からの心の籠もった贈り物だ。


 今更いらないとは言えない。いらない理由がないからだ。


 連絡を取り合う友達がいないのを両親には言えなかった。

 そのため、『これで友達といつでも連絡が取れるわね』と母親から言われた戸森は心苦しかった。


 戸森が買ってもらった携帯電話に登録された件数は父と母の二件だけであった。



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