殴り合いの会
「神崎先生、あんな顔するんだ」
煙草の話を聞いていたその場の全員が、この日の新顔である二年二組の須藤と二年一組の近藤の殴り合いにこの時、気が向いていなかった。
参加する人、全員が神崎の意外な面を見る。
それもまた一興だと戸森は思った。
クラスメイト全員を呼ぶことはかなわないが、今ここにいる全員が仲間で、今この場にいる仲間で全員が揃っているんだ。クラスメイトとは違う集りがあっていい。
雰囲気に呑まれ、興奮に酔いしれるファイトクラブ。
その場にいた全員が集団催眠に掛かったような錯覚に陥る。
僕たちは一つの世界を創ったんだ。世間から見れば、ちっぽけで、暗くて、乱暴で、近付きたくもない世界なのかもしれない。だけど、その世界を体感した僕たちにとっては、それは紛れもない僕たちだけのリアルな世界だ。平和という言葉をあてがわれたのんべんだらりとした退屈な世界ではなく、一瞬でもいい、強烈で最高に輝き生きている時間を体感できる僕たちだけの世界だ。その世界を僕たちは守っている。
秩序は人の道から外れたところにはない、でも僕たちの秩序が確かにそこにはある。
杉田が早速シガーケースから葉巻を取り出し、新垣と伊藤と戸森がその様子を見ている時だった。
「三上、くだらねぇことすんな!」
三上 圭が神崎の怒号に携帯電話を急いでしまった。勝田と本木の殴り合いを録画しようとしていたのである。
勝田と本木の動きも止まっていた。
「いいか、お前ら! 動画でも静止画でも映像を残そうとすんな! 目に焼き付けろ!」
全員が頷き、殴り合いをしていた勝田と本木さも頷く。
「続けろ」
再び向かい合うと、勝田は本木との距離を縮めた。
「先生が僕たちに教えたかったことって」
戸森の口から漏れた独り言の言葉だった。
「ん?」
反応した新垣が戸森の顔を見ると、戸森は恥ずかしそうに言葉を繋げた。
「いや、先生が僕たちに教えたかったことって何だろうね?」
「知らね」
神崎の考えは誰にも分からない。
「そうだよね」
「戸森」
「何?」
「この間、塚田先輩からお前のこと聞いたんだけど」
「あぁ、なんか、根性無しって言われた」
「ごめん、俺のせいでお前にまで迷惑掛けて」
「全然良いよ。何もされてないし」
「塚田先輩、弱そうだったろ?」
「うん」
戸森の素直な返答に新垣が笑うと二人は笑い合った。
「俺のこと、カズって呼べよ」
「えっ? いいの?」
「いいも何も、仲間だろ」
「うん」
友人への呼び方が変わり、更に第一人称が俺に変わった。そして、クラスメイトには絆のようなものができていた。勿論、神崎のお陰だ。
一生忘れることはない、この夜に味わった興奮と痛みは俺の人生の道標だ。
次の日、新垣も煙草を嗜んでいた。




