イジメ
「虐めっ子と虐められっ子って、どっちが悪いの?」
俺があの人とまともに交わした初めての会話だった。第一人称が「僕」から「俺」に乱暴に変わる少し前だ。
地獄から救い出し、生きるための強さを教えてくれた。あの人が作ったルールでクラスに秩序ができた。その秩序は大波のように一瞬にして、生徒たちを飲み込み、猛火のように皆を激しく焚き付けた。
あの人はいつしか憧れになった。
無意識のうちにあの人の色んなものを真似た。髪型から仕草、口癖や考え方に到るまで。とにかく何でも先生から吸収しようと必死だったんだと思う。そして、気がつくと一番真似たのは戦い方だった。神崎先生になりたくて。
~2002年 春 江戸川区 瑞江~
戸森 勇気は気が弱く、少し肥満気味の普通の子だった。勉強の出来は良くも悪くもない。何処にでもある一般的な区立の中学校に入学した。
頭は良くも悪くもない学校。不良だらけでもなく、優等生ばかりでもなく、至って普通の公立中学校である。
入学した中学校は大半が同じ小学校出身の者で、戸森のクラスも半数が同じ小学校の出身だった。
顔馴染みがいる新しい学校生活でも、やはり半数は知らない顔もいる。さらに今までの生活とは一変して、学業に重きを置き、小学校とは全く違う学校生活が始まろうとしていたことで、それなりの緊張感があった。
大抵入学したばかりでは同じ小学校出身の顔見知り同士に繋がりを求める。そして、時間が経つにつれてクラス全体に馴染むのだろう。戸森は“馴染めない”ということなど露ほども思わなかった。
入学式が終わり、戸森は自分のクラスである一年一組に入室し、自席に腰を下ろした。出席番号十二番は真ん中の列の前から二番目の席だった。
前後左右は知らない顔だったが、初日に色々な会話ができたことが良かった。冗談を言って笑い合い、打ち解けると、これから始まる中学校生活に対しての不安は期待に変わっていた。
まだ幼さの残る中学一年生に最初から“壁を作る”者は殆どと言っていいほどいない。戸森も勿論その一人で周りも似たような雰囲気だったので、すぐに馴染めた。
変わったのは次の日からだった。
前日は談笑していたはずの那森さんが朝に挨拶をしても、下を向いたまま「おはよ」と小さく返した。
何人かで会話をしても、戸森が入ると返事も素っ気ないものになり、会話の輪の中から離れたがったり、別のグループに移った。顔が向いても視線が戸森を見ていなかった。それでもその日、戸森はそれほど気にならなかった。
日が経つにつれ、戸森に対して冷たい態度をとる者は増えていき、いつしかそれがクラス全体に広がっていった。
一カ月後には戸森の声には誰も反応しなくなった。
最初は無視だけだった。そして、戸森を避けるようになった。掃除の時間も戸森は一人だった。戸森が床を掃くと、他の生徒は机を運び、戸森が机を運ぶと他は床を掃いた。
日直もペアになる生徒は戸森と共に行動する者はいなかった。
無視が続き、エスカレートすると戸森に対する嫌がらせも起きた。
朝、戸森が登校すると下駄箱にあるはずの上履きがなくなっていた。
その日は先生に洗うために前日に持ち帰ったが、換えの上履きを持ってくるのを忘れたと言い、スリッパを借りて事なきを得た。
その日の帰りには靴がなくなっていた。
帰り際、下駄箱付近でクラスメイトの話がたまたま戸森の耳に入った。朝の戸森の反応を隠れて見ていたらしかった。
上履きが無くなったときの戸森の反応、今までの虐めの話、次の虐めは何をやるか、次に誰を誘うか、聞こえてきた話は戸森の心を深く傷つけた。主犯は同じクラスの新垣だった。
新垣には一年先輩の不良と付き合いがあることを知っていた戸森は、新垣に対して恐怖心を抱いていた。
戸森は新垣たちが帰るまでじっと息を潜めていた。
数日後、登校して席につくと机の中には戸森を誹謗中傷する内容がびっしり書かれた紙が入っていた。その紙は気持ち悪いから学校に来るなという言葉で締めくくられていた。
戸森はその紙を丸めて鞄にしまった。
自分に対する周りの視線や囁き声が恐怖と初めて感じた。
まだ十二歳という年齢の戸森は虐められてる事実を親に言うことができなかった。登校拒否をして、親に気付かれることが、先生に言って親に連絡されることが、親に助けを求めることができなかった。
一学期が終わり、夏を迎えた。




