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アリア視点、二回目です。
気が付けばアベルくんが聖人に成ってました。
ユグドラシルで授かった世界樹の使徒も多分同じだろうから、アベルくんはエルフとドワーフから共に聖人と認められた事になる。
これがすごいなんて言葉じゃ言い表せないくらいの事なのは私にも判る。
二万年の前から、私たちヒューマンはエルフやドワーフなどの他種族との綱領を断絶している。
それはかつて、ヒューマンによる世界統一を掲げて戦争を仕掛けた愚かな王が原因だと聞く。
ヒューマンから他種族へと一方的に仕掛けられた戦争。
その愚行。凶行によってヒューマンは呆れられ、切り捨てられたのだと言う。
正直、戦争を引き起こした私たちヒューマンが悪いのは判るけれども、だからと言って見捨てなくてもいいんじゃないかなと私は思ってしまう。
だけど関係が断絶した後、二万年の間に幾度となく関係の修繕が図られ、その度に全てヒューマンが台無しにしてきた結果、ヒューマンと他種族の関係の断絶が続いているのだと聞かされると何も言えなくなってしまう。
多分、当時のエルフやドワーフたちは、暴走するヒューマンから少し距離を置いて、自分たちの国の中のヒューマンへの不満などを解消しつつ、ヒューマンの方も落ち着くのを待っていたのだと思う。
そうして、状況が落ち着いてから関係を改善しようと考えていたのだろうけれども、その思惑をヒューマン側が崩してしまった結果、三万年も関係が断絶する事態に成ってしまったんだろう。
そう考えると、自分たちヒューマンのバカさ加減に悲しくなる。
アベルくんもミランダさんも、今の状況は良くないとどうにかしようとしているけれども、その為にもアベルくんが得た聖人の立場は有効かもしれない。
それにしても、アベルくんは理解しているのでしょうか?
今回の一件で、実質自分がケイさんの婚約者に決まった事に・・・。
多分、全く判っていませんね。
同時に、ユリィさんの婚約者にもなっているのだけども、それにも全く気が付いていないと思う。
そう言う事に関してだけ、どうしようもなく鈍感になる人だから、今までの私たちの苦労から見ても、間違いなく理解していません。
それもどうかと思うけれども、同時に二人が羨ましいです。
一年も一緒に居るけれども、私たちとアベルくんの関係は何も発展していなかったりする。
アベルくんが私たちをとても大切に思っていてくれているのは判っているけれども、それはまず弟子としての前提が入ってくる。
純粋に仲間として大切に思っても暮れているけれども、私たちの求めているのはもっと違う関係。
恋人として、互いに愛し合う者同士として一緒に居たい。
そう思うのだけども、この一年間関係は全く進展していない。
告白してしまえば良いだけの話なのは分かっているのだけども、それで今の関係が崩れてしまうのが怖くて出来ずにいます。
アベルくんも私たちの事を大切に思ってくれているし、好意も抱いてくれているのは判るから、告白してしまえばそれで全てOKだと思うんだけども、どうしても一歩が踏み出せないでいるから、既成事実としてアベルと婚約した形の二人が羨ましい。
「これでお二人が一歩リードですか・・・」
自分ももっと距離を縮めたいと思っていながら行動できないもどかしさから、言葉が少し不満げになってしまっていた。
「実際の所は何も変わらないと思うけどね。何と言ってもアベルが気付いていないんじゃ意味がないし」
ユリィさんとケイさんは苦笑気味です。
実際、実質的な婚約者に成っても、アベルくん本人が気づいていないんじゃあ意味がないのも当然です。
「正直、彼に期待しても意味がないと思うし、いい加減、そろそろ私たちが動くべきなのは判っているんだけどね」
「正直、中々言い出せないまま時間が経ち過ぎた気がするのよね」
それは私も思う。
一年もダラダラと今の関係を続けて来たために、今更告白して次の関係に進むのが難しくなってしまっている。そんな現状が、更に私たちを臆病にしてしまう。
「これが、初恋に悩む乙女の純情なのね。正直良く判らないわ」
そんな私たちの様子にシャクティんたちは苦笑します。
彼女たちは私たちと違って、アベルに好意を抱いている訳ではないので、私たちの悩んでいる様子を生暖かく見守っています。
それがなんともこそばゆくて、なんとも言えない気持ちになるのは何故でしょう?
「私たちはまだ、誰かを真剣に好きになった事がないから、正直少し羨ましいんだけどね」
そう続けるのはヒルデさん。天人の彼女の純白の翼には何時も思わず目を奪われてしまう。
シャクティさん。ビルダさん。クリスさんの三人はまだ誰かを好きになった事がないのだと言う。
そう言う私たちも、アベルに出会うまでは恋愛なんて全く無関係の生活を続けていたけど。
だからか、少し気になってしまう。三人はアベルの事が気にならないのかな?
私たちは一緒に居る内に、気が付いた時にはもう魅了されていた。気が付いた時にはもう好きになっていたのだけども、ハッキリと自分の気持ちを自覚したのはいつの事だったろう?
何か、随分と長く無自覚のまま一緒に居た気がするけど・・・。
そうすると、ひょっとしてシャクティさんたちも、本人が自覚してないだけで実はもうアベルの事が気になっているんじゃないだろうか?
なんとなくそんな気がするけど、聞かない方が、言わない方が良いと思う。
「どうかしたの? 何か言いたそうだけど」
「何でもないですよ」
そう思うと逆に気付かれたりするんだけど、ここは誤魔化せてもらいます。
でも、本当にどうなんだろう?
少なくても、私たちとアレッサさん、それにユリィさんとケイさんの二人は間違いなくアベルくんを愛している。
だけど、ノインちゃんは少し違う。彼女の想いはどちらかと言うの家族への信愛に近い。
そして、シャクティさんたちの本当の想いはいったいどうんだろう・・・。
知りたいのか知りたくないのか、自分の気持ちが良く判らない。
自分自身の想いが良く判らない。
本当に、一体どうしたのだろう?
「それはそうと、ユグドラシルとレイザラムでの用事も一段落して、これからまたヒューマンの国に戻る事になるけれども、戻ってからが更に大変そうね」
場の空気を換える様に、メリアが話題を変える。
だけど、それは確かに良く考えなければいけない。
基本的にはアベルくんとミランダさんが動いて、あっと言う間に解決してしまうとも思うけれども、私たちもシッカリと気を引き締めておかないといけない。
「どうなのでしょうね。やはり三万年と言う月日は大きいと思いますが」
関係が断絶してか二万年。その間に様々な思いが交錯している。クリスさんの言う様に、これから先は一筋縄ではいかないと思う。
それらが怨念の様な柵になって、互いに歩み寄ろうとするのを妨げる。そんな光景が目に浮かぶ気がする。
本当に、どうしてこんな事になってしまったのだろう?
そもそもの原因は、二万年前に救い様の無いほどにバカな事に、ヒューマンによる世界性はなんて夢物語に踊らされたバカな人たちが戦争を起こした事に始まる。
それがキッカケでヒューマンは他の種族の国々との国交を断絶させれれて、ボッチの種族になってしまった。
その後、折を見て他種族側の方から関係の修繕を図る動きがあったのに、ヒューマン側から尽くを棒に振ってしまって、結局、二万年も関係が断絶したままになってしまった。
少し調べれば誰にでも判る事実だと言う。
だけど、恥ずかしい事に、私はアベルくんから話を聞くまで知らずにいた。
エルフなどの種族との交流がずっと昔から途絶えている事は知っていても、どうして、どんな理由でそうなったのかを知らずにいた。
多分、多くのヒューマンが同じだと思う。事実を知らないまま。ただ他種族から関係を断絶させられている事だけを知っている。
それが大きな問題なんだと思う。
「やっぱり、多くの人が史実を、事実を知らないでいるのが問題だと思う」
ヒューマンだけが孤立する事になった理由。その歴史的な出来事が既に忘れ去られて、失われて等しいのが何よりの問題だと私は思う。
「事実さえ知れば、改めて考える事が出来るから」
何も知らないまま、ただ、他種族から綱領を拒絶されている事を腹立たしく思う人も多いだろう。
正直に言えば、私自身、ヒューマンの側の暴挙から関係が断絶したと知っても、少しやり過ぎじゃないかと思ってしまってもいる。
でもそれは、多分、二万年前にあった出来事の詳細を私が知らないから。
多分、聞けば詳細を教えてくれるであろう、調べれば自分で辿り着けるであろう二万年前にあった、これ程の事態を引き起こすキッカケになって事件の詳細を私は、私たちは知らない。
多分、今までは無意識に逃げていたんだと思う。過去にあった悍ましい事実を知るのを、自分たちヒューマンの醜悪な部分を見たく無くて逃げていたのだと思う。
だけど、これからはそうはいかない。ちゃんと現実をシッカリ知らないといけない。
そうでなきゃ、これからヒューマンの在り方そのものの変革に挑むアベルくんの傍にはいられない。
それに、知らないのは私たちだけ・・・。
アベルくんとミランダさんは当然知っている。ユリィさんたちもシャクティさんたちも、それにアレッサさんも知っている。
知らないのは私にメリアちゃん、リリアちゃんにシャリアちゃんにエイシャちゃん。それにノインちゃんの六人だけ、私たちだけが本当の事を知らずにいる。
だから私たちは、まず二万年前に起きた事の詳細を知らないといけない。
かつて何があったのか、私たちの先祖は、かつてのヒューマンはいったい何をしてしまったのか・・・。
「知らなければよかったと後悔するような現実もあるかも知れないけれども、それでも、ちゃんと向き合わないといけないから」
「そうだね」
何時までも知らないままではいられない。アベルくんが一体何を知り、どうして一部のヒューマンを愚劣と嫌悪するのか、その理由をちゃんと知らないといけない。
「だからアレッサさん教えてください。二万年前、一体何があってヒューマンは他の種族から関係を断絶される事になったんですか?」
「それじゃあ話しましょう。二万年前に私たちヒューマンが犯した罪を・・・」
今更かも知れないけれども、ようやく真実を知ろうとした私たちに、アレッサさんは静かに真実を、二万年前に起きた出来事を語り出した。
そして、私たちはようやく世界の現実を知る事になる。




