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「礼を言うぞアベル殿。キミのお陰で目障りだった連中も一掃できた。考えていた維持用の成果が得られたよ」
選定の儀も終わり、王の執務室に再び呼ばれた俺たちに、レギン王は上機嫌で礼を言ってくる。
「それはどうも、それよりもいい加減説明を願います。どうして俺が選定の儀を受ける事になったんですか?」
いい加減、説明してもらわないと納得できない。
ユグドラシルの時と一緒で、国の膿に成るバカを排除する為かと思ったが、どうも先程からの様子を見ていると、それは本命ではなかったようだし、一体何が目的で今回の件を仕組んだのか、そろそろ説明して欲しい。
「そうだな、そろそろ説明するべきであろう。そもそも、今回の一件はケイの事があって仕組んだものなのだ」
「私のですか?」
「うむ。正確には其方の婚約者の件だな」
自分の婚約者と言われて、ケイは不思議そうに首を傾げる。
だけど、俺たちにとっては聞き捨てならない話だ。イヤ、立場を考えたらいてもおかしくないのだけどね、今までケイ本人から婚約者がいるとかの話を一切聞いていなかったから、居ないものだと思っていた。
「私に婚約者などいないはずですけど?」
「うむ。確かに正式に婚約を結んだ者はいないな。正確には婚約者候補共だよ」
婚約者ではなくて婚約者候補と、同じ様に見えて実は全く違う。
そもそも、候補と言う時点で複数人なのは確実だし、実際に婚約するかも未定となる。
「その婚約者候補の件なのだが、其方が旅をしている間にかなり話がまとまったな、ケイズ家の次男、グレースリッヒを正式に婚約者としようとなったのだが、実際に対面して正式に婚約する機会を整えようとしていた矢先に、其方がアベル殿のもとで研鑽を積み想定よりもはるかに早くSクラスへとなった事で話がまた振り出しに戻っての」
家柄の面でも、実力の面でも釣り合いが取れる相手として見出された相手だったのに、ケイの実力が想定よりもはるかに上に成ってしまったので釣り合いが取れなくなってしまったとご破算になったそうだ。
実際、既にケイはS+ランクまで実力を伸ばしている。このままいけば、数年後には父と同じSクラスの最高峰、ES+ランクまで力を伸ばすかもしれない。
「その上、ケイは個人でグングニールを、発掘された太古の装機竜人を保有しておるからの」
「実質レジェンドクラスに匹敵するとなると迂闊に婚約者も決められなくなったと」
その辺りの事情は分かったけれども、そればどうして今回の一件に繋がるのだろう?
「そうなのだがな、そこで今度は候補に挙げられたグレースリッヒのメンツの問題が出てきての」
愚かな事だと本気で嘆く様子から、多分だけど、そのグレースリッヒとやらがケイの婚約者に慣れなかった事で相当な事をやらかしたのが知れる。
本気で何をやらかしたのか、逆に興味が出て来るのだけども・・・。
「メンツですか? 単に婚約者候補として見合いの席を整えられたのが破棄されただけで?」
「うむ。正確にはプライドと言うべきかも知れんがな」
「それは・・・」
ケイが呆れて絶句している。
とは言え、まあ、気持ちも判らないでもない。
この世界は何処までも実力主義の社会だ。
実力が見合わないからと婚約者から外されるのは、実際にはこれ以上ない屈辱だ。どれだけ矜持が傷付けられたか、それによって周りから嘲笑された事か・・・。
いや、実際に笑う者はいないはずだけども、本人は周りからバカにされ、嘲笑されている気分になってしまうだろう。特に、王女の婚約者候補にまでなるほどの格式の高い家柄では尚更だ。
まったく面倒臭い話だし、酷い話だとも思うけれども、こればかりは実力社会の業としか言いようがない。
それに、全ては受け止める本人次第でもあるのだ。
そしてまあ、今回の場合は完全に負けてしまったと・・・。
「アヤツもA+ランク。数年後にはSクラスに成るのも確実と言われる実力者であったのだがな」
逆に、それ故にプライドも人一倍高かったのだろう。俺からすれば無意味としか思えないけれども・・・。
正直、そこでプライドやらメンツやらが潰されたと憤るくらいなら、努力して周囲を見返すほどに強くなればいいだろうがと本気で思う。
勿論、それが容易な事じゃない事は判っている。
そもそも、若くしてA+ランクにまでなり、Sクラスとなるのも確定と言われるまでになるのはどれだけの努力が必要か、才能だけに胡坐をかいて到達できるような生易して領域ではないのだ。
「アヤツ自身もそうだが、周りが黙っておらぬでな、結局騒動に発展する事となってしまったのだ」
ああ、多分これは本人よりも周りが暴走したみたいだな。
自分ではそのつもりがなくても、周りが勝手に暴走して取り返しのつかない事になってしまう。
しかも、暴走して製あくの事態を生み出した張本人たちはちゃっかりと責任逃れしたりするのだから始末に負えなかったりするんだよな・・・。
「出来れば穏便に済ませたかったのでな。其方にもある意味で関係する事であるし、利用させてもらう事にしたのだ。これが、其方に選定の儀を受けてもらった理由の一つだな」
ケイの婚約者候補の暴走を止めるのが裏で行われたいた今回の一件の主目的だったようだ。
説明されれば納得するしかない。
確かに俺にもある意味で関係するし、そもそもの原因が俺だともいえたりする。ケイが俺の弟子に成らなければ、こんなに急激にレベルアップしたりしないで、ごく円満に事が進められていたハズなのだし・・・。
ただ一方で、仮にお見合いをしてもその相手が無事に婚約者に成れたかは甚だ疑問だ。
と言うか、ケイが婚約者を望んでいたか自体が怪しい。
確実に本人の意思とは関係なく進められていた話なので、婚約者候補との見合いの話が来てもケイが拒否していたと思う・・・。
まあ、政略結婚も王侯貴族の義務の一つなのだけども、別に絶対ではない。ケイは魔物を倒し国と国民を守る使命を確実に果たしているので、政略の道具としての義務までは実質負う責任は無かったりする。
それに、実際の所ケイがユリィと離れて誰かと結婚する様子が思い浮かばない・・・。
これも何かの勘違いかとも思うけれども、ユリィとケイの二人は何か怪しい雰囲気すらも感じてしまう程に仲が良い。
「そんな事があったのですか、言ってくれれば、私が正式にお断りしたのに」
「其方がそう言うと判っていたからこそ、伝えずに極秘裏に事を進めたのだよ」
予想通りにバッサリ切り捨てるケイに、レギン王が呆れたように肩をすするてみせる様子に俺も思わず苦笑してしまう。
「しかし、予想通りの反応をするな。やはり、其方の婚約には無理があったか」
「実際必要性がないはずです」
取り付く島もないケイの様子にヤレヤレと溜息を付いてみせるが、俺とはしては、無理だろうと判っていたならどうして婚約者候補などの選定をするかなと疑問に思うのだが・・・。
「出来れば無駄な事はしたくなかったのだがな、是非にもと進めようとする勢力に押し切られてしまってな、其方がユリィ殿と一緒に旅を続けて戻ってこないからそういう輩も出て来るのだがな」
どうやら、今回の一件の大本はケイにあるらしい。
自由に旅を続けて戻って来ない王女を利用して利権を得ようと画策するゆからが出てきていたと。
「当然、今回の事でそやつらの排除も行っておる。これもアベル殿に選定の儀を行ってもらった理由の一つだな」
国の、民の為に戦う以外に王女としての責務を放棄する其方の行いが問題なのだ、もう少し自分の立場を自覚してくれと続ける声には、かなり本気の色が見えたけれども、多分、ケイとしては清海がないだろう。
その証拠に知らん振りをしている。
勿論、ケイにも王族として生まれた者としての自覚、覚悟はある。それは前に本人からも聞いている。
だけど、今は自由を楽しみたいのだという。
王族として使命に縛られただけの堅苦しい生活に入る前の自由な時間を楽しみたいのだと、その想いはユリィも、シャクティたちも同じだと言っていた。
「まあ良い。其方は其方の成すべき事を成しておるのだしな。思うが儘に好きに生きるがよい」
もう諦めたというよりも、始めから解っていたといった様子だ。その証拠に浮かぶ笑顔は苦笑ではなく、純粋の我が子を思う慈愛に満ちたものだ。
「アベル殿もどうかよろしく頼む」
「私に出来る事など限られてますが出来る限りは」
そこで俺に振られても困るのだけど・・・。
正直、俺は貴族に生まれた義務とか責任とかを全て放り出して、好き勝手に生きている状態だ。
辛うじて、冒険者として魔物を倒し続ける事でその使命を果たしているけれども・・・。
あ、その意味では今のケイたちと一緒か・・・?
まあ、ケイは弟子であり大切な仲間だ。俺に出来る限りの事はするつもりだけど。
「言われなくても私は自由に生きる。それに今回の件は、私を利用しようとかする奴らをのさばらせていた父上の責任。私は悪くない」
ケイさんよ。ここでその発言はないと思うんだけど?
「其方な・・・」
「聖域の管理者たちの事もそう。あんな堕落した奴らを何時までものさばらせていたなんてどうかしている」
随分と辛らつな事でて、これって、ひょっとして怒っている?
自分の国でバカ共が好き勝手していたのが許せないのかも知れない。
「それは確かにな。特に、聖域の管理者たちをアベル殿に一掃してもらう事になったのは恥ずべきだろう」
そうは言っても、人の社会は確実に不愛して行くもので、しかも長い時を重ねた既得権益は中々切り崩すのが難しい。
それでも、国の浄化作用がもっとシッカリしていれば、俺を仕掛けに使う事も無かったと言う事だろう。
その辺りは中々難しいと思うけれどね。
腐敗を取り除くのは確実にやらなければいけないけれども、急ぎ過ぎたり無理をし過ぎれば、歪みや反発を呼んで国を乱す事になりかねない。
その所為でどうしても後手に回ってしまうのも仕方のない事だ。
それでも、やらずにただ腐敗して行く国を放置するのとはまるで意味が違う。
「まあ、結果としてアベル殿のお陰で、この国の膿も取り除けた。これからは何も問題も無いのでゆるりと過ごされよ」
それにしてもレギン王よ。俺に選定の儀をやらせた理由の一つを説明してないけど?
まあ、これについてはむしろ、言うまでも無いのかも知れないけどね。
今回の事を通して、俺はエルフの国ユグドラシルと同じく、ドワーフの国レイザラムとも深い繋がりが出来た訳だ。
何と言っても、聖人認定された訳だし・・・。
まあ良い、とりあえずもう少し、今度はゆっくりとこの国を楽しんだら、問題だらけのヒューマンの国に戻るとしよう。
戻ってからの事を考えると、頭が痛くなってくるのだけど・・・。




