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「戻られたかアベル殿。これ程短時間で選定の儀を進められるとは、流石は世界樹の使徒として新たなレジェンドクラスに名をつなれた御仁であるな」
転移魔法で選定の儀の始まりを告げた会場に戻ると、いきなりレギン王の爆弾発言に出迎えられた。
その一言に会場に驚愕と混乱の輪が一気に広がっていく。
ケイはそんな様子を冷ややかに見まわしながら、父王のやり方に呆れた様に溜息を付いている。
俺としても本気で勘弁して欲しいんだけど・・・。
何か、すぐにでもレジェンドクラスになった事が知れ渡るような事態に遭遇すると言われた気がするけれども、それはあくまでレジェンドクラスの魔物が現れての事であろうと思っていたのが、いきなりレギン王に暴露されてしまっている。
「趣味が悪いですよ。父上」
「この位の事でそう目くじらを立てるな。こんなものはほんの序の口に過ぎぬぞケイよ」
ケイがそんな父を咎めるのだけども、完全にどこ吹く風だ。
「ただいま戻りました。それと、選定の儀で聖域の鉱山に立ち寄った折、そこに居た管理者たちが忽然と姿を消す事態に遭遇したのですが、一体何事があったのかご存じありませんか?」
尋ねる形をとっているけれども、俺としてはもう確信がある。確実にレギン王はあそこで起きた事の詳細を把握している。
何時までも疑問のまま残しているのは精神的に良くないので、早くこのモヤモヤを解消して欲しいのだけど。
「それについてはこちらでも把握しておる。すぐに説明してもよいのだが。まずは選定の儀を終わらせてしまうべきであろう」
これははぐらかされたと言うよりも、全てが終わってからの方が説明するのにも良いという事だろう。
まったく面倒なとも思うけれども、俺としてもここまで来たら早く終わらせてしまいたいとも思う。
それに、何が出来上がるのかにも興味がある。
不安もあるのだけども、ここまで来たら俺の本質を映し出す物が一体何なのかを早く確認したいとも思う。
「判りました。それで、最後の試練は一体どうすればよろしいのですか?」
このまま進めるのは良いけれども、実は最後はどうすればいいのか詳細を聞いていない。
そもそも、いくら何でも鉱物から金属を精製して更に加工する技術など持ち合わせていない。
それを言ったら、鉱物を採掘するのも同じなのだけども、アレは採掘と呼べるようなものじゃなかった。
多分、これから行われる精製も同じなのだろうけれども、一体どうやって行われるのか想像も付かない。
「なに、簡単な事だ。採掘してきた二つの鉱物をあの祭壇に捧げ、キミの魔力と闘気を送り込めばよい。それによって、キミの性質をそのまま映し出す物が生み出される。」
裁断か、今まで気が付かなかったけれども、確かに裁断と呼べるモノがある。そして、その中央に魔域の聖域にあったモノと同質の何かがあるのも判る。
魔域にあったモノとも、聖域にあったモノとも違う。無色透明の球体。それでありながら確かにそこに在る事が解る不思議な何か。
そして、今更ながら、魔域の鉱山、聖域の鉱山、そしてこの王都が一直線に位置している事に気が付く。
多分、それもこの儀式に関係しているのだろう。正確に言えば、世界そのものと繋がる何かと・・・。
「判りました。では・・・」
ここで駄々を捏ねてもしょうがないので、さっさと儀式を終わらせてしまう事にする。
流石に、ここまで来て邪魔をするバカも居ないようで、さっきまで騒いでいた連中も息を潜めて成り行きを見守っている。
目の前には祭壇と呼ぶには質素な造りの炉の様な何か。
その中央に浮かぶ透明な球体に二つの鉱物を捧げると、まるで初めから無かったかのように消えてしまう。
後は、魔力と闘気を込めれば終わり。
勿論、全力で込める。
それにしても、ある意味でお手軽な儀式だとも思う。
魔域に入って鉱物を取ってくるのは命懸けだけども、聖域の方は危険はないし、自分の手で鉱物から金属を精製し、更に加工して行く工程は完全に省かれている。
全ては、この球体が当事者の魔力と闘気を基に成すのだろうけれども、何がどうなっているのか全然わからない。
まあ、考えるだけ無駄と割り切って、さっさと終わらせてしまうべきだろう。
透明な球体に触れて全力で魔力と闘気を込める。
ここに来る前に魔晶石で魔力を回復しているので全開だ。
闘気の方はそうはいかないけれども、十分に回復しているし問題ない。
瞬間、球体が輝く。
だけど、それは何と表現したらいいのだろう?
まるで透明な光の輝き。
そして、その輝きが収まった後には俺の本質を映し出す物が生まれていた。
目の前に浮かぶのは刀。いや太刀か・・・。
純白の鞘に納められた一振りの刀剣。
無意識の内に手を伸ばし、手に持ちながらも、完全に魅了されてしまって言葉も出ない。
それは、芸術品のような繊細さと、実用品としての武骨さを併せ持つ一振りの太刀だった。
ゆっくりと鞘から抜き、剣身を現す。
これが俺の本質か・・・。
ゆったりと太刀を正眼に構えながら、ある意味で納得する。
この世界を楽しむ積もりだったはずが、何時の間にか自ら進んで戦いの中に身を置いている俺の在り方を示すのに相応しいだろう。
「素晴らしい。まさかレイザリアの太刀とは、それもこれほど美しい物は見た事も無い」
レギン王が素で感嘆の声を上げる。
その言葉に静かに成っていた周りがまた騒めき出す。
それも当然だろう。て言うか俺も驚きだ。まさか寄りにも寄ってレイザラム製とは・・・。
レイザラム。それはドワーフの国名の由来ともなる至高の金属。オリハルコンやヒヒイロカネを超える最高にして至高の金属とされている。
当然、その希少性はオリハルコンなどとは比べ物にならない程に高く。
また、その有用性も果てしなく高い。
かつて、十万年前の超越者たちはこのレイザラム製の装備を愛用していたという。
それは、彼らの絶対の力にすら耐える事が出来る程の圧倒的なまでの力を持った金属である事を意味している。
俺も装備品が自分の力に耐えきれないのに結構苦労した。
彼らの苦労はその比ではないだろう。
まあ、それはともかく、Ωランクの魔物の素材と同じく、超越者たちの力にすら耐えうる唯一の金属がレイザラムだ。
俺には分不相応な代物と言えるのだけども、俺が造った物だし、このまま俺が使っていいんだよな?
既に手放すつもりなんてないけど。
「これでアベル殿の性質はハッキリした。これ以降、アベル殿に無礼を働く事は決して許されぬと知れ」
レギン王がそう宣言すると、無念そうに、或いは絶望したように項垂れる姿がいくつか見えるのだけど、よく見たらその中に聖域の管理者たちの姿もあった。
いきなり姿を消したと思ったらこんな所に居るとは・・・。それにしても、この世の終わりみたいな様子だけどどうした?
「しかし、彼は聖域にて・・・」
「黙るがよい。聖域より追放され、管理者の任を解かれた汝らに弁解の余地はない」
それでも言い繕うとするのをバッサリ切られて項垂れる管理者たち。
「さて、先の疑問の答えだが、アベル殿も既に気が付いているように、聖域の管理者をしていた者たちは全員がここにおる。彼らが貴殿の前から姿を消してのは、聖域に拒絶されて管理者の任を解かれたからだ。故にこの者たちは既に全管理者に過ぎん」
続けられた説明によると、聖域の管理者とは聖域そのものに選ばれてなるのが基本だそうだ。
ただし、本当に聖域に正式に認められて管理者となる者は極稀で、多くは家柄や血筋などで選ばれる名誉職に成っていたらしい。
そんな彼らも管理者としての任にあるだけで過剰な程の権力を持ち、これまでやりたい放題を続けて来たのだけども、俺に対する愚行がきっかけとなって、聖域そのものから拒絶されたので、最早完全にこれまでなのだそうだ。
聖域に拒絶されるとは、聖なる地に相応しくないと判断された者が、聖域の意思そのものに立ち入りを阻まれる事で、早々起こり得る事ではないそうだ。
だからこそ、聖域の怒りを買うような真似を仕出かした彼らはこれで完全に終わりなのだけども、それでも、俺を散々に罵倒して、全ての罪を押し付けてなんとか没落を免れようとしていたらしい。
どこまでも図太いと言うべきか、厚顔無恥と言うべきか・・・、呆れるばかりだけども、それも俺がレイザラム製の神刀を造り出した事で完全に打ち砕かれたらしい。
「選定の儀にてレイザラムの神具を生み出せし者は、すなわち聖地に認められし聖者。これを貶める事は何人たりとも許されぬ」
どうやら、選定の儀をへと俺はドワーフに聖人認定されたようだ。
レギン王に恭しく傅かれながら、俺は現実逃避気味に理解した。
何が一体どうしてこうなった・・・?
誰か、説明を求む。
そして、恭しく傅いてみせながら、実はレギン王がこれ以上なく腹黒い顔をしているのを俺は見逃していない。
「新たなる聖人アベル殿に最大の敬意を」
絶対にそんなもの、欠片も払う気はないだろと心の中で突っ込みながら、どうやらこれでこの一連の茶番劇も無事に終わったらしいと、むしろ他人事の様に覚めてみる事にした。
この後できちんと説明があるはずだ、無かったらどうなるか・・・。
何故か一瞬びくりと反応したレギン王が事態の総まとめに取り掛かる様を横目に、俺は早く説明をと願っていた。




