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エイシャ視点、二回目です。
植物系にしろ昆虫系にしろ、真っ二つにしてもどちらもそのまま動き続けたりする厄介な性質を持っている。
その為、物理攻撃系で相手にするには不向きな魔物なのは確かで、しかも、頑丈でそもそも物理攻撃が効き難い相手でもある。
ではどうするか?
一番簡単なのは、単純に燃やしてしまう事。
どちらも火に弱い性質の魔物が多いので、ある意味で最も妥当な方法だけれども、これでは素材も消し炭になってしまう。
そこで色々と手段を用意るのだけれども、昆虫系の魔物相手であれば、ほぼ一つの手段で大半の相手に対応できる。
どうするかと言えば、極めて単純。
外側から焼く間のではなくて、魔物の体内から焼き尽くしてしまえば良い。ただそれだけの事だった。
そもそも、昆虫系の魔物の素材で使われるのは大半がその強固な外殻。
本当にごく一部を除いて、昆虫系の魔物はそもそも食用とするものは皆無だし、ナメクジやカタツムリなどのごく一部の種類の魔物を覗いて、昆虫系の魔物のみが錬金術や魔工学、薬学などの素材として使われる事も無い。
よって、素材となる外側さえ無事なら、中身はどうなっても何の問題の無いのだそうで、だからこそ中から焼き尽くしてしまうのが一番簡単で手っ取り早いそうだけども・・・。
だけど、言うまでも無くこれはかなり難しい。
極めて高いレベルでの魔法の制御を必要とする。
だけど、私たちはアベルにこれまで散々魔力と闘気の制御を叩き込まれてきたので問題なく出来るようになっている。
アベル曰く、それこそが基本にして極意。どれだけ高めていってもこれで終わりという上限はない。
それは判っているけど、一体どこまで私たちを連れていくつもりなのだろう?
このままいけば、数年後には私たちもSクラスに成っているのは確実。
常識では考えられない速度で強くなってしまっている。
ハッキリ言って、これからの事を考えると怖くて仕方がない・・・。
だけど、これも考えても無駄だろう。
現実逃避の気もしないでもないけれども、今はそれよりも地獄の修行の成果をまとめ上げるのが先。
余計な事を考えていて、修行の成果を身に付けられなかったりしたら、目も当てられない惨劇が待っているのは確実なのだから、集中して気を引き締めてあたらないといけない。
とりあえず、昆虫系の魔物の討伐方法のまとめは、基本的に内部から焼き尽くしてしまう形で構わない。
或いは、焼き尽くすのではなくて凍らせてしまうのも有効。昆虫系は冷気に弱いので、完全に凍らせてしまえばそれでお終い。こちらの場合だと、素材を無駄無く全て手に入れられるけれども、手に入れてどうするかはまた別問題。
因みに、本当にごく一部だけれども、昆虫系の魔物を好んで食べるもの好きもいるらしい。
彼らに言わせると、エビやカニに似ていながら更に極上の味だそうだけども、試そうとは本気でカケラほども思わない。
なお、当然だけどアベルもミランダさんも、ユリィさんたちも全員、昆虫系の魔物を食べはしないそうで、内心もの凄くホッとしたのは秘密。
昆虫系の魔物がエビやカニ系の魔物よりも美味しいとの情報は、ミランダさんの知り合いにそのごく一部の昆虫系の魔物を好んで食べる人がいて、その人から聞いた情報だそうだけども、何度となく美味しいから食べるように勧められたそうだけども、断固として断った経緯があるとか・・・。
次に植物系の魔物だけども、こちらは更に厄介だったりする。
昆虫系と違って、植物系の魔物の場合、素材として活用できるものが多いので、燃やしてしまうのは却下。その上、凍らせても実はあまり効果がない。
そんな植物系の魔物の討伐方法は、ある意味で最も簡単な方法とも言えなくもない、魔石をくり抜いてしまうという方法。
魔石は魔物にとって無くては成らない気管。魔石が砕ければどんな魔物でもその場で死に絶える。
だから、魔域の活性化などの非常時には、魔石を砕く討伐方法によって、一気に多くの魔物が殲滅させられたりしていたのは知っているし見ている。
だけど、この場合は少し違って。魔物の体をくり抜いて魔石を取り出してしまうというもの。
そもそも、魔物は種族ごとに魔石の位置する場所が決まっている。
だから、その部分をくり抜いて、或いは輪切りにして切り離して、魔物から魔石を引き離してしまう。
それは何とも合理的で、効果的な討伐方法なのだけれども、これが中々に難しい。
高位の魔物の中には、切り離したつもりでも、魔石に魔物の肉片や地が少しでも付着していれば、まだ魔物の体内にあるのと同じ扱いになってしまって、それだけで倒す事は出来ない。
結構シビアな対応が必要になるのだけれども、植物系の魔物の場合は段取りさえしっかりと覚えてしまえばむしろ効率的に出来る。
ただ、相手によって異なる段取りを全て覚えるのがなかなか大変。
それに、戦場で実際にこなせるように体に叩き込まないといけない。
本当に難しい宿題だと思うけれども、アベルやミランダさんは更に続きを課そうとしていた節があるから恐ろしい。
天才の恐ろしさの一端を垣間見た気がする。
アベルのおかげで、私たちも信じられないスピードで、常識ではありえないランクアップを続けているけど、あくまでそれはアベルが異常なのであって、私たちはごく普通の凡人に過ぎない。
そんな人外の天才と同じレベルを求められてもついて行けるはずがないのをいい加減に判って欲しい・・・。
「とりあえずこれで今回のおさらいは出来たね」
今回覚えた植物系の魔物の解体方法だけで実に百種類近くに上る。
うん。これはもう、討伐方法ではなくて解体方法でいいと思う。
「結局全部をまとめ上げるのに二日掛かりましたね。これでも結構早かったと思うんですけど」
「ユリィさんたちがフォローしてくれて、こうしてジックリと覚える機会が出来て良かった。そうじゃなかったら絶対に覚えきれなかった。確実に更に追加もあったハズだし・・・」
最近は表情も感情表現も豊かになってきたノインだけども、ここまで不満を表すのも珍しい。
やっぱり、彼女もアベルとミランダさん、二人の天才の無茶振りに閉口しているのだろう。
「本当に困ったものですよね。それに、アベルさんはどうも自分を凡人だと思っているらしいからさらに始末に悪い。いい加減自分の才能を自覚してほしいのですけど」
アレッサさんはそれはそれは深い溜息を付くけれども、それよりも、語られた内容の方が私たちには衝撃的過ぎる。
アベルが、あの天才にして天災が、自分の事を凡人だと思っている?
それこそ何の冗談だろう・・・。
「どういう事ですか? それこそ、そんなバカな話があるはずないでしょう?」
本当に意味が解らない。
ここに居るアレッサさん以外の私たち六人はそろって困惑するしかない。
「アベルさん自身も以前に言っていたけれども、彼がこなし、私たちもやっている修行方は全て十万年前の超越者たちが確立し、残した手法なのよ。私たちがここまで短期間に強くなれた様に、アベルさんも自分が強くなれたのは全てその手法の、十万年前の遺産によるものだと思っている」
いったんそこで言葉を句切ると、一つ溜息を付いて頭が痛そうに続ける。
「だから彼は、自分の実力も才能があったからのものではなくて、かつて超越者たちが残した、自らを鍛え上げた手法によるものだと考えている節があるの、私たちには、強くなったのは私たち自身の才能と努力によるものだと言っているのにね」
まったく困ったものよねとまた深く溜息を付く。
なんとなくだけど、実感呆れているのも判る。
それはそうだろう。私たちだって話を聞いたら呆れてしまう。
アベルが凡人?
それこそ、そんなバカな話があるはずがない。
確かに彼が強くなったのは既に確立された効率的な修行方を知る事が出来たからではあるだろう。
だけど、十万年前の超越者たちが残した遺産たる修行法は、決して誰にでも出来るような、誰もが強くなれるような生易して代物ではない。
正直言って、私たちがこなしている修行ですら、これまでにどれだけ逃げ出したいと思ったか判らない程に過酷なもので、これで強くならない方がおかしいと納得できる程だった。
そして、アベルが自分に課している修行は、そんな私たちの修行など比較大使様にすらなり得ない程に過酷に過ぎるものなのはこれまで一緒に居て良く理解しているつもり・・・。
あれほどの過酷な試練を自らに課して、乗り越え続けていながら強くならないはずがない。
そして、あんな過酷な修行を唯の凡人がこなせるハズがないのも、また自明の理。
実際、ミランダさんですらもアベルと同等に修行はこなせないでいる。
アベルが自信に課している修行、鍛錬は想像を絶する程に過酷なもの。
あれをこなせている時点で凡人なんてありえない。
正直、どうしてあんなにも過剰なまでに自分を追いつめるのか判らない。
思わずマゾなの? と真剣に悩んでしまった事もあるのは本気で内緒。
そんな事を考えていたなんて万が一にもバレたりしたら、それこそどんな事になるか・・・。
考えるだけで恐ろしい・・・。
「それはまた、随分とありえない勘違いですね・・・」
全員の想いは一緒。他に言い様がない。
本当にどうしたらそんな勘違いが出来るのだろう?
そして、アベルがスパルタな理由の一端も判ってしまった気がする。
「それはつまり、凡人の自分にもできるのだから、私たちだって大丈夫との基準で進めているのですかね?」
私たちの修行はアベルに比べれば格段に、それこそ比較にならない程に緩い。それでも本気で命の危険を感じる程に過酷なのだけども・・・。
何とかついて行けているのだし、このくらいは大丈夫だろうと私たちのキャパシティを遥かに超えた課題を時々課してくる気がするのはそう言う事だったのか・・・。
多分、今回の魔物の効率的な攻略法講座も、そんな感じで私たちにとっては無茶苦なペースで進められたのだと思う。
何時もなら止めてくれるストッパー役のミランダさんも、天才故にまあこのくらいなら出来るでしょと、凡人のキャパシティを超えているのに気が付かなかったと・・・。
「早急にアベルに自分が天才だって理解してもらわないと危険・・・」
本当に今更な、これまでにない身の危険を感じる。
なんでもっと早くに気が付いて、アベルと真剣に話しておかなかったのだろう?
「アレッサさん、それが解っているなら、アベルを止めて下さいよ」
そして、アレッサさんも判っていたならどうして止めてくれなかったのか?
「止められると思う? ミランダさんは天災過ぎて微妙に天然が入っているから、こういう面ではむしろ当てにならないし、ユリィさんたちとも一緒に何とか説得したりもしてきたんだけどね」
どうしてか、自分を凡人だと思い込む形で非常に頑固で聞き入れてくれないと、これまでの苦労をそれは深く嘆く。
それはもう悲壮にすら思えてしまって、一体今までどんなやり取りが続けられてきたんだろうと、背筋が寒くなる。
「自分たちの身の安全のためにも、貴方たちにもこれからはアベルさんの説得に参加してもらうわよ」
これに否はない。知ってしまった以上はやらない訳にはいかない。
アレッサさんも、これまでは必死に修行について行っている私たちに、これ以上の負担を賭けられないと気をまわしていたそうだけども、これ以上はそんな事を気にしている余裕はないと判断したみたい・・・。
うん。確かにその通りだともう。
私たちもA+ランクに成って、これから先はSクラスへと成るための更に厳しい修行が本格化して来るはず、ここでシッカリとアベルに釘を刺しておかないと、本当に命が危ない。
どうやらこれから先、私たちはアベルを相手に命を賭けた戦いに臨まないといけないらしい・・・。
何とか課題をクリアしたと思ったら、今度は更に、これまでの比じゃあない、ひょっとしたら人生最大かも知れない難問が待ち受けていたみたいで、正直言って頭が痛い・・・。




