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シャリア視点、二回目です。

 指定された一ヶ月が過ぎようとしている。

 アベルが選定の儀を受ける日が近付いてきている。

 だけど、正直に言えばこの所の私たちはそれどころじゃなかった。

 ミランダさんに言われて以降。私たちは真剣に悩み続けてきた。

 ひょっとしたら、こんなに自分自身と向き合ったのは生まれて初めてかも知れない。

 だけど答えは出ない。

 

 私たちはどうしたらいいのか、私たちはどうしたいのか?


 ごく当たり前の迷いに何時まで経っても答えは出なかった。

 ただ、もうここで冒険者を止めようとは思わない事にした。

 それはただ現実から逃げたい思いの表れに過ぎないと気付けたから・・・。

 だから、私たちはミランダさんの言う様に悩み続けながらも、現実と向き合って少しづつでも前に進んで行こうと思う。


 そんな私たち事はともかく。今はアベルの事。

 私たちにはそもそも、選定の儀の結果どんな事が待ち受けているのかまるで分らないけれども、ただ一つだけ判るのは、どんな結果になってもその後に必ず大騒動が巻き起こるのは確実だという事。

 アベルはそういう人だ。

 本人は全然望んでなくても、騒ぎの方からアベルを目指して舞い込んでくるし、本人の何気ない行動が簡単に大騒ぎを引き起こしてしまう。

 生まれながらのトラブル・メーカー。

 本人は嫌がるだろうけれども、アベルを称するのに一番適切なのはコレだろう。

 ユグドラシルの時も、結局は最後に世界時の花なんて言う類を見ない貴重品を見つけ出して、ユグドラシル全体を大騒ぎにしていた。

 もっとも、アレは本当に良い意味での大騒ぎだったけれども。

 私たちも一緒に取った蜜の味は本当に至福だった。

 正直言って、あんな極上の甘露を知ってしまって、私たちはこれから大丈夫なのか不安になってしまう。

 今まで大好きだったスーツの数々が、全然もの足りなくなってしまいそうで怖い。

 かと言って、場合によっては同じ重さの金の十倍以上の金額で取引される世界樹のの蜜を気軽に使える訳がないし、そんなに気軽に使っていたらあっという間に無くなってしまう。

 アベルが引き起こした世界樹の蜜の騒ぎは、私たちにとって本当に深刻な問題になってしまっている・・・。


 ・・・それはさておき、今回も同じような騒動が起こるのは確実だと思う。

 問題は、前回のような良い意味での大騒ぎになってくれるかどうか・・・。

 もしも、万が一にも悪い意味での大騒ぎが起きてしまったらどうなるか判らない。

 それだけが不安ではあるのだけれども、本人はもう完全に割り切っているみたいで、オーガの大軍以降も私たちをスパルタで鍛え続けている。


「あの、流石にこのペースはどうかと思うんですけど・・・」


 それは良いのだけども、正直、私たちがついて行けない・・・。

 うん。全然良くないね。


「そうかな? そんなにハイペースのつもりは無いんだけど」


 私たちの訴えに当の本人はおかしいなと首を傾げている。

 お願いだからアベルの基準で物事を考えないで欲しい。


「このくらいで根を上げてちゃダメよ。もっと頑張らないと」

「いえ、アベルもミランダさんもやり過ぎですよ。余りペースを上げ過ぎてもどうかと思います。戦いを通して自分たちで感じた事を振り返ったり、反省点を洗い流すなどの研究もしないといけませんし」

「詰めに戦いに身を投じて、最前線で経験を積むのもいい経験になると思いますけど、同時に自分たちの戦いを客観的に見直す事も重要だと思います」


 どこまでもイケイケのアベルとミランダさんに、ユリィさんたちがフォローを入れてくれる。

 実際、戦いを通して得る物も多いけれども、同時に自分たちが得た経験を私たち自身が正確に把握できていないと思う。

 その所為でまた、今自分に何が出来て何が出来ないのかが解らなくなってきている。

 そろそろ、自分たちをもう一時見詰め直す時間が欲しいのだけど・・・。


 まあ、アベルたちが私たちに実戦経験を多く積ませようとしている理由も判る。

 要するに、魔物別の攻略法を実地で身に付けさせようとしているのだけれども、確かに必要だと判るけれども激しすぎると、厳しすぎると思う。

 正直、余りにも怒涛の勢いで次から次へと様々な魔物と戦わされ続けているので、それぞれの魔物の最も効率的な攻略法を覚えきれていないし、感覚として掴み込めてもいない。

 お願いだからもっとゆっくりと、私たちが対応できるペースで教えて欲しい。

 

 頭がパンクしそうで、これからの自分たちの事を真剣に考えたいのにそれどころじゃなくなってしまっていたりする。

 ひょっとしたら、それを狙っているんじゃないかとみ思えてしまう。

 本当のところは聞いていないから判らないけれども、どちらにしても私たちの為を想ってくれているのに変わらないのだから、嬉しかったりする。


「そうか? そうだな。じゃあしばらくは休むとしようか」

「その方が良いかもね。そろそろキミも選定の儀の準備をしておいた方が良いでしょうし」


 ユリィさんたちの説得のお陰で、ようやく少し落ち着く事が出来た。

 これで、色々と考えたり悩んだりすることも出来るけれども、とりあえず、まずは魔物の特性と攻略法の整理から始めておこう。

 正直、余りに膨大過ぎて早くまとめてかないと忘れてしまいそうで怖い。

 忘れたら忘れたで、またアベルたちが教えてくれるだろうけれども、そうなるとまた同じ怒涛の実地教育が実施されるのは目に見えているので、なんとしても忘れてしまわない内に叩き込んでしまって、もう一度繰り返すような事態に陥ってしまうのだけは避けたい。


「これでようやく少しは落ち着けるね」


 ホテルの自分たちの部屋に戻って、ようやく落ち着く事が出来た。

 

「そうね。でも、何時の間にかこの環境に慣れてしまってきているのも怖いけど」

「確かに、そうでする・・・」


 アレッサさんが苦笑気味に周りを見渡すのに、全員で全面的に同意する。

 今いるのは最高級ホテルのデラックス・スイート。一泊で一般家庭の年収を超えるような金額が飛んでいく超高級ホテルの最高の部屋。

 そんなホテルの部屋にいるのが、何時の間にか当たり前になってしまっている。 


 ・・・前はこんなんじゃなかった。

 アベルに出会う前はそもそも、こんなホテルに泊まれるような収入なんて得られるハズもなかったから、全くの無縁の世界だったし。

 出会ってからも最初の内は余りに自分たちに見合わない最高のもてなしに恐縮しまくりで、貴重な調度品が平然と並べられている部屋にいるだけで胃が痛くなっていたのに・・・。

 気が付けばごく自然に寛げるようになってしまっている・・・。


 ・・・いや、今の私たちの収入を考えれば、このクラスの宿に泊まるのも当然なのは判っているんだけどね。

 アベルが言う様に、高い収入を得ている者は、それに見合っただけの出費もするべきなのは判ってる。

 必要な貯蓄は当然するべきだけども、無意味にただお金を貯め込むだけなのは害悪でしかない。

 それに、私たちは既に三百年は遊んで暮らしていってもお釣りが出る金額を貯蓄している。これ以上溜め込むよりもドンドン使っていった方が良いのは判っているし、その意味でも一泊で普通に考えたらとんでもない額が必要な高級ホテルに泊まるのは効率がいいのも判っている。

 判っているのだけど、今の状況に既に慣れてしまっている自分たちが正直怖い。

 冒険者は実力が上がれば上がるほど、高ランクに成ればなる程に収入の跳ね上がる職業だけれども、これは何かが違う気がする。

 それに、私たちがこうして高収入を得られているのは、全部アベルのおかげでしかない。彼はそんな事はない、私たちが自分の力で得たものだというけれども、私たち自身が自ら勝ち取ったものだとはどうしても思えない。

 結局はアベルに負んぶに抱っこでしかない私たちがこんな環境に慣れてしまっているのが、どうしようもなく怖い事だと思う。


「まあ、今は考えても仕方がないですよ」


 これも、考えないといけない事だと判っているけれども、今はそれよりも優先するべき事がある。


「そうだね。それじゃあまず、情報をまとめてみようか」


 なんだか現実逃避をしているだけの気もするけれども、今はやるべき事があるのも確かなので、まずはそれに集中する。


「まずは、植物系と昆虫系の魔物についてまとめましょう」


 魔物は侵略してくる異世界の生物たち、その中にはオークやオーガ等の私たちと同じ向こう側の人種であろうものもいるし、肉食系から草食系の動物に相当するものもいる。鳥もいれば魚もいるし、水生哺乳類系

もいる様に、当然の様に植物系や昆虫系の魔物もいる。

 そして、この二つの系統の魔物は多くの冒険者が避ける、極めて厄介な魔物だったりする。

 そもそも、この二つの系統の魔物たちは他の系統の魔物よりも単純に生命力が強い。

 それは、普通の昆虫や植物などでもよく見られる事。エイと潰したと思ったGがまだ生きていたり、積んだはずの雑草があっと言う間に生い茂ってしまったり、昆虫や植物の生命力の強さは驚くほどに高かったりする。

 普通の昆虫や植物でもそれ程の生命力を持っているのだから、植物系や昆虫系の魔物の生命力が異常な程に高いのもむしろ当然なのだけども、そんな生命力の塊のような魔物を、素材を手に入れるために出来るだけ傷付けないで倒すなんてもう、ほとんど不可能事に近い。

 だからこそ、普通の冒険者は相手にしないし、軍や騎士団にしても完全に焼き尽くしてしまって、素材など二の次で相手をするのが基本になっている。

 だからこそ、素材も手に入れられてしかも確実に倒せる攻略法はまさに秘伝。

 教えてもらえるのを誇りに思って当然の極意だろう。

 だからこそ、とりあえず今は、自分たちの事を悩むよりなによりも、私たちを認めてくれたアベルの期待に応えられるように、教えてもらえたことを真剣に覚えていきたい。

 まずはこれから、何か、これも全部、アベルに誘導されている気がするけれども、気にしても仕方がないと割り切って集中しよう。


「さあ、頑張りましょうか」


 私たちは気持ちを新たに、目の前の課題に取り掛かった。




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