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俺がへこんでいようが何だろうが、関係なく旅路は続く。
ユグドラシルへの航路と違って、同じ大陸にあるレイザラムへの道のりはそれ程かからない。
結局楽しそうなケイにボロクソに言い負かされた直後に着いていた。
ドワーフの国レイザラム。首都ブリギットは当然のように広大な鉱山と共にある。
ブリギットは確かケルト神話で鍛冶神の事だったはずだ。ユグドラシルでもそうだったけれども、この世界に地球の神話などに由来する名や地名などがいくつもあるのは、かつての転生者の影響なのか、それともそれ自体に何か意味があるのか?
まあ、一々気にしていても仕方がないだろう。その内に理由を知る機会もあるかも知れないし、それまでは放っておいても問題ない。
「これはまた、ドワーフのイメージそのままの都市だな」
「確かにね」
まあ、ファンタジー丸出しの、中世ヨーロッパ風ではなくて近代都市なのだけども、ドワーフのイメージ通りに鍛冶を営む者が多く。多くの鍛冶屋、それに優れた金属製の品々が売られている。
そんな街の様子を見ながら、俺たちが今どこに向かっているかと言えば、当然ながら王城だ。
ヒュペリオンから降りると同時に、待ち受けていた迎の騎士たちに連れられて、入国審査も何もなくあっと言う間に王との会談のために城へ向かう事になった。
なにかデジャブを感じるも何もなく、完全にユグドラシルの時と同じだ。
まあ、自国の王女のいる一向に入国審査も何もない気もしないでもないけど。
とりあえず、俺たちはこれからドワーフの王と対談するのは確定な訳だ。
来る前から解っていた事だけども、気が重いのは変わらない。まあ流石に今回は、ケイと一緒に旅をしている以上、初めて訪れて挨拶もしない訳にはいかないのは判っているけれども、そもそも、どうして行く先々の国で王との面会をしないといけないんだ?
そう言う立場にあるのだから仕方がないと言われればそれまでなのだけども、俺は気楽に旅をしたかったのに出来ないでいるのがもどかしい。
それも全て自業自得だと言われれば返す言葉も無いのだけどね・・・。
現実逃避はこのくらいにしておこう。
さて、これからこの国の王。ドワーフを統べるケイの父でもあるレギン・クレインス・レイザラムと対談する訳だけども、俺としてはユグドラシルの時のような厄介事とまではいわないが気付かれするような事に巻き込まれないと良いのだけどもと願うばかりだ。勿論、トラブルに巻き込まれるのもゴメンだ。
出来れば、何事も無く平和に過ごしたいのだけども、望み薄だろう事は判っている。
流石にもう、俺自身がトラブル体質と言うよりも、トラブルメーカーな事は自覚するべきだろう。
ここまで来て、何事も無く終わるとは思わない。
確実にこの国でも何か起こるのは間違いない。
「そう悩まなくても、この国にはそうトラブルや厄介事はないはずですよ。多分・・・」
最後に多分と付けたのは、ケイもユグドラシルで国の膿を出す大掃除がずいぶんと前から行われていたとは知らなかったからだろう。
そう言った事を自分の国でもやっていたとしてもおかしくはない。そう思っているのだろう。そして、同時に自分に知らせられないまま進められていたとしたらと思うと、侮られている様で、見縊られている様で不服なのだ。
「そうだと良いんだけどね」
例え国に何の問題も無くても、何かしらが俺を目指して突っ込んでくる気がする。
完全な被害妄想だと良いのだけど、そうならない気がしてならない。
とりあえず、そんな事をウダウダと考えている内に城に着いたようだ。
城と言うより城塞や要塞と言うべきか、そんな堅牢な威容を見せる城は、ユグドラシルの王城とは対極的だ。
「こちらで王がお待ちです」
案内されて通りながら確認してみても、内部まで質実剛健。戦いのための拠点を思わせる造りをしている。
そして、目の前には重厚な金属製の扉。
この先にあるのは王の執務室。そこが対談の場所となるようだ。
「ケイリーン王女並びにアベル殿ご一行が参られました」
「入れ」
ユグドラシルの時と同じやり取りの後に扉が開けられる。
ごく自然に執務室に入っていくケイにつられるようにして中に言っていくと、五十平米ほどのこれまた機能性重視の質実剛健とした執務室の中央に置かれたソファーに座る男性の姿がある。
間違いなく彼がレギン王だろう。彼一人だけで他に人はいないようだ。
対談の席とは言え、護衛すらいないのは本来なら不用心でしかないのだけども、彼にとっては必要ないだろう。彼もまたES+ランク。この国でもトップの実力者の一人なのだから。
それに、既に俺がレジェンドクラスにまで力を伸ばしているのは伝わっているだろうから、そうなると、当然俺に対抗するための護衛も限られているのだから、無駄な事はしないでいるのかも知れない。
いや、襲ったりなんか絶対にしないよ?
ケイの父親にケンカを売る理由なんて一切無いし。そんな非常識な事をやらかすつもりは本気でない。
「久しぶりだなケイ。短期間で随分と強くなったようだ。そしてようこそレイザラムへ、歓迎するぞアベル殿」
「お久しぶりです父上。お元気そうで何よりです」
「お招きいただき感謝しますレギン王」
まずはそれぞれに無難な挨拶を交わす。
さて、ケイの父親でもあるレギン王だが、地球では確かドワーフは胴長短足のずんぐりむっくりした小柄な髭を一杯に蓄えた姿だっとと思うけれども、実際はケイと同じように、成人していながら他種族よりも小柄であり、体格は筋肉質ではあるけれどもズングリムックリのどっしりした体型と言う訳でもなく、髭もはやしているけれども綺麗に整えられていて、誰も彼も同じに見えて見分けのつかない年齢不詳の小柄なおっさんではない。
むしろ、ドワーフ族は男性も女性もどちらも実年齢よりも確実に若く見られる種族のようだ。
いやそうじゃなくて、レギン王の容姿だ。
身長はケイよりも五センチほど高い程度。やはり小柄だ。それでいてスマートでありながら見ただけでハッキリと解るほどに筋肉質な引き締まった体をしている。所謂カイザル髭を蓄えた鋭い眼光。
瞳と髪はケイと同じ。
だけど、何所か抜身の刃を思わせる鋭さを持つ彼の容姿はケイとは似ていないと思う。
ケイは母親似なのだろうか?
とりあえず、確か彼も二百歳近くになるはずだけれども、年齢は完全に不詳だ。
これは髭の為だな。髭がなければ二十代程度にしか見えないだろう。
「まあかけてくれ。色々と話もあるのでな。すぐに茶も用意する」
勧められるままにソファーに座るが、当然の様に俺が王の対面となる。
俺の両隣にケイとミランダ。ほかの皆は思い思いに座って様子を窺っている。
「そう警戒する事はない。この国でもやはり、長い平和の代償として腐敗が起きてはいるが、定期的に排除する事にしているのでな。其方らを囮にして燻りだすような真似はせぬよ」
こちらが警戒している様子に苦笑してみせる。
フム。どうやらユグドラシルでの様な事はなさそうだ。いや別に、ユグドラシルの時も俺たちの知らない所で知らない内に何時の間にか終わっていただけなんだけどね。
「ただまあ、ユグドラシルでの世界時の洗礼と同じように、アベル殿には選定の儀を受けてもらう事にはなる」
「選定の儀をですか?」
ケイだけでなく、ユリィたちも驚いた様子だ。
来るまでに当然ながら、世界時の洗礼のように何らかの形でレイザラムとの関係を造る儀式が行われるだろうとケイに説明を受けていたが、その中で候補に挙げられたのに選定の儀と言うのは無かった。
彼女たちの驚いた様子からも、相当珍しい儀式なのだろうか?
「穏やかではありませんね。まさか選定の儀を持ってくるとは思いませんでしたよ」
「まあそうであろうな。こちらとしても心苦しいのだが、色々と事情があってな」
何やら不穏な空気なのは気の所為ではないはずだ。
どうやら早速厄介事に捕まったらしい。
「色々と聞きたい事もあるであろうが、説明は全て終わってからにさせてもらいたい。まあ、選定の儀を執り行うまでにはまだ時間がある故、それまでは気楽に過ごしてくれ」
一ヶ月ほどで準備も整うのでそれまでは自由にしていてくれとのお言葉で、対談は終了した。
本気で色々と説明して欲しい事が山済みなんだけども、それは少なくても一か月後。選定の儀とやらが終わってからになりそうだ。
それにしても、始めから覚悟はしていたけれども、早速厄介事の予告をされるとはヤレヤレとしか言いようがない。
まあ、一ヶ月は自由に過ごしていいとの事だし、それまでは特に問題もなさそうなので気楽に過ごさせてもらおう。
その前に、ケイに選定の儀について聞いておかないと。




