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さて、世界樹の洗礼を受け、無事に俺とミランダは世界樹の巫女と使徒になり。ミミールとの対談も終わり、ユグドラシルでやるべきイベントを全てクリアした訳だが、その上でこれからどうするか?
このまますぐにドワーフの国レイザラムに向かってもいいのだけども、もう少しユグドラシルでゆったりしたいとも思う。
ぶっちゃけ、ある意味で怒涛の展開の連続で気の休まる間もなかった。
イベントを全てこなした後なのだから、これ以上は何も起こらないだろうし、少しゆっくりしたいし、洗礼の時に意を失ってしまってできなかった、世界樹の葉や枝の採取もしたい。
この国に来た一番の楽しみなのだ。それを逃したまま出ていくのはもったいなさすぎる。
正直、伝説のチート級アイテムでどんな物を造れるのか興味津々だ。
俺自身の運命。宿命については気にしない事にした。考えても仕方がないと諦めたとも言う。
実際にいくら気にしてもどうしようもない。
ならばここは気にしない方向で、どの道、これから結構な厄介事が待ち受けているのには変わりはないのだから、一々気にしていても仕方がないと割り切る形で、
まあ、ヒューマンの国に戻った後のバカ共の相手とか、色々と面倒な事が控えているのは初めから解っていた事。ただし、無事に終われば少しは過ごしやすくなるはずだ。
まあ、それはまだ先の話、
「そんな訳で、世界樹の葉や枝が欲しいんだけど?」
とりあえずは世界樹の葉や枝の採取だという事で、ユリィに直球で聞いてみたところ、
「アベルとミランダさんの二人は、巫女と使徒となったのですから、自由に世界樹のもとに行く事が出来ますよ」
なんと、使徒に選ばれた時点で自由に世界樹のもとを訪れ採取できるらしい。
これはすぐにでも行かなければならないな。
「ただし、採取にはルールがありますのでそれは絶対に守らなければいけません」
浮かれている所を注意されるが、これはまあ当然だろう。
世界樹はエルフにとって何よりも大切なもの、その一部を手にするのだから、相応の礼儀と節度が必要となるのは当然だ。
世界樹の真実を知った今だからこそ判るが、世界樹の葉や枝の採取するのは、言うならば神の一欠けを授かるに等しい行為なのだ、不遜な態度で臨んでいいものでは無い。
まあ、採取した後は茶にしようが、何に使おうが問題ないらしいが、世界樹の一部を得る行為はエルフにとって神聖に行為である事に変わりはない。
「それでどんなルールがあるんだ?」
「まず、採取には専用の衣装に着替えて向かいます。また、採取に使うのも専用の道具があり、それ以外の物の使用は禁じられています。更に、採取したものは専用の容器に入れて運びます。少なくとも採取が終わり世界樹の領域の祖に出るまでは採取した世界樹魔葉や枝などをアイテム・ボックスに入れる事は出来ません」
採取に必要な衣装や道具などは国が用意してくれるらしい。
後は初めと終わりに感謝の例をするだけで、採取中の振る舞いにまで細かい規定はないそうだ。
「思っていたよりも緩いな」
「表面上だけ繕っていても中身が伴わなければ意味はない。その意味でこれ以上細かく決めた所で意味はないと判断されたみたいですね。それに、一度巫女や使徒に選ばれても相応しくないと判断されれば称号を失う。選ばれた者の本質を見極めていくにはちょうどいい機会だという事なのかも知れません」
つまり、採取中の振る舞いや内心が巫女や使徒として相応しいか、改めて審査される判断材料になると、多分、過去にこれで相応しくないと判断されて称号を剥奪された者も居るのだろう。
細かな作法をシッカリと決められるよりも、ある意味でよっぽど厳しいのかも知れない。
「お二人の衣装と採取用の道具一式は既に用意されていますので、お望みならばすぐにでも出来ますよ」
「イヤ、流石に今日これからはないよ。何時でも良いなら逆に今はゆっくりと休みたいかな」
別にここのところ特に大きな事件が立て続いた訳ではないけれども、洗礼を受けたらいきなり意識を失ったり、ミミールに意味深な事を告げられたりと、精神的に疲れた気がするので、少し休みたいのだ。
ある意味では世界樹での採取も、趣味のための完全な気晴らしだ。
「まあ、この国でこれ以上の何か起きる事はないでしょうし、たまにはゆっくりするのも良いと思いますけど」
ユリィも異論はないみたいだ。というか彼女にしても若干、イベント過多のきらいにウンザリしているだろうから、ゆっくりと休めるなら休みたいだろう。
それに、俺としてはミミールから不吉な予言をされているので、せめてそれまでをゆったりと安らかでいたい。
願いが通じた訳でもないと思うけれども、特に何事も無くゆったりと休め、心身ともにリフレッシュして世界時の葉や枝の採取に望める事になった。
因みに、用意された衣装は何故か巫女装束に近い。
西洋ファンタジーのエルフが守護する世界樹ユグドラシルの巫女や使徒の正装が呪和風の巫女装束もどき。完全に違和感がありまくりなのだけども、多分、この違和感を感じているのも俺だけだろう。
だから是加瀬の常識に引っ張られてどうすると無理やり納得する。
カトリックの司祭服のような物とかいくらでもあるだろと思わなくもないが、それじゃあ採取なんて出来ないだろとも思う。
まあ、この巫女装束も動き易いとは言えないけど、
それ以前に、なんで俺の衣装も巫女装束なのだろう?
和装系でも神官衣とかあると思うんだけど?
完全に女装と同じだと思うんだけどね・・・。
それにしても足袋に草履に似た履物とは徹底している。
完全にコスプレに思えるのは俺だけなのが何故か悲しい。
「あまねく大地の神樹よ。御身の欠片の祝福を」
世界そのものの意思が体現した存在。それを考えればこれ程に的を得た祈りも無いだろう。
本当にこの世界の意思によって俺は転生されたのか?
そう考えるとモヤモヤした感情が出て来るけれども、今は止そう。
どの道、どれだけ考えても答え何て出ない。それなら考えるだけ無駄だ。それなら余計に事をグジグジ悩まないで好きに生きた方が良い。
祈りを捧げると世界樹の領域の中に、そして飛行魔法で一気に上空へと駆け上がる。
目指す先は一万メートル以上上空。
世界樹の頂点に茂る派手がまず第一の目標だ。
世界樹の頂点部に生える葉は聖天葉とも呼ばれ、太陽の力と月の霊力を宿している。
その葉は淡い光を宿していて、夜空に星の様に輝くという。
どれだけ上昇を続けたか、ようやく世界樹を見下ろす場所に辿り着く。そこは地上二万メートルを超えていた。
世界樹の全長は一万メートル以上どころか、二万メートルを超えていたらしい。
どれだけ巨大なのだと呆れるし、この高さで青々と茂っている世界樹の葉が明らかにおかしいのだけども、これも突っ込むだけ無駄だろう。
透き通った宝石で出来たかのような美しい葉が生い茂っている。
「凄いな・・・。なんて光景なんだ・・・」
すぐに採取を始めるつもりだったのに、目の前の光景に圧倒されて身動き一つとれない。
すぐ下に広がる世界樹。見下ろすカタチで眺める光景は、これまでとは全く違う感動を与えてくれる。
圧倒的な生命の雄大さ。
目の前に広がる光景を表すならばその一言に尽きるだろう。
「この光景こそが、ユグドラシルの、我が国の源だと言われています」
全ての命の源、そう言われても何の疑問も無く納得するであろう光景が、ユリィの言葉の意味を物語っている。
このまま眺めていたい衝動に駆られるけれども、なんとか目的を思い出す。
「これが聖顛葉か」
早速手にした葉にひんやりと冷たく、不思議な感覚がする。
本当に宝石で出来ているのではないかと錯覚してしまいそうだ。
一つ一つ丁寧に採取していく。
そして、歯を採取して見えてくる枝。真似で推奨の様に透き通った透明な枝、天生枝を専用の鉈で切り取って採取する。
十分な量が取れたら高度を下げ、次は普通の葉と枝それに世界樹の雫を採取する。
世界樹の雫とは世界樹の葉や枝に着いた水滴、或いはむろに溜まった水の事。元々は朝露や雲の水蒸気に過ぎないが、世界樹の霊気を宿して冷水となっている。
勿論、洗礼の祭壇にある、世界樹そのものから溢れ出た神水ほどの力は宿していないが、それ自体があまねく病を癒やす霊薬でもある。
これで一通り採取は終わった。本当は後もう一つ、採取可能なものがあるのだけれども、早々容易く見つかるものではない。
世界樹の木の実。聖書における生命の木の実や知恵の木の実と等しいもの。或いは新たな世界樹の可能性。
あってもらっても困るので探さないけど、世界樹の素材の中でも群を抜いてチートなものだ。
だけど代わりに、ある意味で更に珍しい物を見付けた。
世界樹の花だ。
一メートルを超える純白の花。花弁は翡翠の様に輝き、雄蕊と雌蕊は金色。
これも貴重な素材だ。採取するのは当然だけど、その前に、その芳醇な香りにつられて、気が付けば花の蜜を舐めていた。
何をやっているんな一体と、本当なら自分に呆れる所なんだけども、そんな思いは一゜んに吹き飛んでしまう。
「美味い・・・」
甘露とはこの事を言うのだろう。これに比べればどんな極上のスイーツもかすんでしまう。
この花一つから採れる蜜の量は限られている。
出来れば十分に量が欲しいけれども、世界樹が花を咲かせるのは珍しいはず、
「これは運がいいですね。世界樹の蜜を手に入れられる機会なんてめったにないのですよ?」
「確かに見つけられたのは運がいいが、一つだけ手は大した量を得られない」
あまりにも極上の味わい過ぎて、ごくわずかにしか採れないのはまさに拷問に近い気がする。
「それは大丈夫ですよ。世界時の花は蜜を絶やす事はありませんから」
「はい?」
なんと、世界時の元で咲いている限り、花は至上の蜜を絶やす事なく溢れさせるのだそうだ。それ故に、世界樹の葉なの採取は絶対に禁じられているそうだ。
うん。当然だな。
とりあえず、俺たちは世界最高の甘露を一生楽しめる程の量を得る事が出来たのだ。
まさに至福。
また、この花はこれから先、溢れる蜜で数多の幸福を生み出し続ける事になる。




