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タイタスでの戦闘も問題なく行えて、ユグドラシルの政治闘争からも距離を置けてなによりと思っていた矢先に、メリアス王とシュトラ王子から連絡が入った。
別に凶報がもたらされた訳じゃない。
無事に国内のバカ共を一掃できたとの事だったけれども、それと同時に二人ともう一度会う事になった。
イヤ、二人と同時に合うのは初めてか・・・。
何か嫌な予感しかしないのだけども、会わない訳にもいかないので、名残惜しいがタイタスを離れてミスティルティンに向かう真っ最中である。
まあ、レジェンドクラスの魔物の襲来なんて事態が発生しなかったので俺としてはホッとしているのだけども、あの二人にどんな無理難題を吹っ掛けられるかもしれないのだから、油断は禁物だ。
できれば、何事も無ければいいのだけども、そもそも、バカ共の一掃が無事に終わったからと言って、何事も無ければあの二人がワザワザ俺たちを呼び寄せたりはしないだろう。
そんな訳でどんな無茶ぶりをされるかと戦々恐々としながらミスティルティンに到着。
ヒュペリオンを降りると、待ち構えていた騎士たちに王城へ強制連行。そのまま二人と相対する事となった。
早いよ。せめて心の準備をする時間が欲しかったんだけど、そんな暇も与えずに一気に物事を運んで、自分たちのペースに引き込む。まあ、そんな所だろう。
判っていても対策がなかなか取れない有効な手だ。
「やあ、良く来たな。キミたちのおかげで長年の頭痛の種をようやく終わらせられたよ」
「いやホントに、あのバカ共の傑作ぶりには、笑いを堪えるのが大変だったよ。まあそのおかげで、長年の鬱憤も少しは晴れたけどね」
ホントに嬉しそうに出迎える様子には、それはそれはとしか言いようがない。
実際、彼らは相当の期間を国の膿を取り除くための準備に費やしてきたはずで、その手間と苦労を思えば相当な鬱憤やストレスを抱えていた事だろう。
メリアス王はさっさと王位を息子に譲って引退したいのに、バカ共が邪魔で出来なかった訳だし、シュトラ王子は敵を油断させるのと父王の憂さ晴らしのために脳筋ロリコンのレッテルを張られる羽目になったのだ。
今回の一件でどんな役職のどれだけの人数が排斥されたのか知らないが、彼らが今後どんな扱いを受けるにしても同情の余地はないだろう。
あくまでユグドラシルの国内の問題であって、そもそもユリィ以外には一切関係の無い話だし。
「それは良かったですね。ところで私たちは一体どのようなご用件で呼ばれたのでしょうか?」
それよりも問題なのはここに呼ばれた理由だ。
何か本気で面倒な事を押し付けられる可能性もある。ここは一気に本題に入った方が良いだろう。
「随分と警戒されているようだな。まあ、用があって呼んだのは事実だ。まずはその話を済ませてしまうか」
やっぱり何か厄介事を押し付けるつもりのようだ。
イヤ、別に用があるからといってそれが厄介事だと決まった訳ではないのだけども、これまでの経験からするとそうとしか思えない。
この前と同じ席順で向き合って座る。
現王と次期王。この二人が一筋縄ではいかない人物なのは理解している。
「まあそう警戒する事はない。ユリィたちは当然知っている事だが、もうすぐ世界樹ユグドラシルの光臨期に入る。その前にキミたちにも世界樹の洗礼を受けておいてほしいのだよ」
「これを逃すと次は百年後になるからね。その前にどうかと議題に上がっていたんだよ。でキミたちの今迄の功績を考えればここで世界樹の洗礼を受けてもらっても問題ないと判断された訳だ」
光臨期とは一万年周期で訪れる世界樹の活動期の事だそうだ。
およそ百年の間世界樹の霊力が飛躍的に増幅するそうだが、その詳しい理由やメカニズムはエルフたちも判ってないらしい。
ただ判っているのは、光臨期に入った世界樹へは誰も近付く事すら叶わない事。
実際に過去、光臨期中の世界樹の領域にはレジェンドクラスですら立ち入る事が出来なかったと記憶に残たっているそうだ。
その前に世界樹の領域で俺たちの洗礼を済ませてしまおうとの事。
世界樹の洗礼とはその名の通り、世界時の加護を受けるエルフにとって最も神聖な儀式。
俺とミランダ、それにケイやシャクティたちにはそれを受ける資格があると判断されたそうだ。
流石に、メリアたちは保留。
その代わりに、洗礼を受ける俺たちに立ち会って世界樹のもとに立ち入る許可が出た。
「それにしても、まさか洗礼を許可するとは、お父様たちも随分と無茶をしますね」
「そうでもないさ。確かに彼らは我らと関係が断たれているヒューマンではあるが、彼ら個人はその様な事とは関係なく、信頼に当たる人物だ。それからの事を考えればむしろ当然の処置だ」
フム。やはり何かしら思惑があるらしい。
まあ当然だろう。世界樹はエルフにとって何よりも大切な、神聖なものだ。
その洗礼を受けるという事は、他種族であってもエルフとして認められたという事になる。
確実に三万年ぶりの地宇内な出来事として後世にの歴史に残る事態だ。
そこまでの思い切った行動をとる二人の思惑は?
判らない。情報が足りない。
イヤ、情報を得る機会はいくらでもあった。ユリィから話を聞いていればすぐに答えは出たはずだ。
チラッと両脇の二人の様子を窺えば、ミランダもユリィも相手の思惑を理解しているのが解る。
理解していないのは俺だけだ。
これは完全に俺のミスだ。
情報を得る機会も術も十分にあったのに、それを活かせなかったのだから言い訳のしようもない。
まあ良い。後悔も反省も後にしよう。
同じミスを二度と繰り返さなければいい。
それよりもこれはまたとない機会だ。ほぼ諦めていた世界樹のもとに行く機会を得たのだ。
洗礼と当時に世界樹の葉や枝などの採取も出来るかも知れない。
錬金術の素材として最高峰の貴重品。ヒューマンの俺たちではそもそも手に入れる機会そのものが皆無の超絶レア素材。千載一遇のチャンスなのだから、この機会を逃す手はない。
向こうも、それが解っているからこそ、絶対に断らないと確信して提案してきているのくらい、さすがの俺でもは判る。
「洗礼は一週間後だ。それまでに準備を整えておいて欲しい」
なお、ヒューマンが世界樹の洗礼を受けるのは実に四万年ぶりの事なのだそうだ。
ここ三万年は完全に関係が断絶していたのだから当然として、その前も実に一万年に渡ってヒューマンが世界樹の洗礼を受ける事はなかったそうだ。
「世界所の洗礼か一体どんなものなんだろうな?」
一週間後に迫った洗礼の儀式。
エルフにとって最も神聖な儀式が一体どのようにものなのか、今から興味が尽きない。
正直、こんな機会に恵まれるとは思ってもいなかった。
できれば、ヒューマンとエルフの懸け橋になれればと思ってはいたが、実際には何の手立ても無かったのが実情だ。
現実問題として、ヒューマンとエルフやドワーフの関係を修繕するためにはまず、ヒューマン至上主義のバカ共をどうにかしないといけない。どうするにしても、まずはそれを片付けないとどうしようもないのだけども、実はそれが一番難しい。
劣等感なのかコンプレックスなのか知らないが、明らかに他種族に比べて脆弱なヒューマンは他種族を貶める事で何とか自分たちを保っている節がある。
これはどうも至上主義のバカ共に限った事ではなくて、この三万年の間にヒューマンの社会全体に潜在的に蔓延してしまっている感じがするのだ。
どうにも、他種族からあまりの愚かさに関係を断たれたという事実を、自分たちは優秀だから他の種族の力など借りなくても社会を維持できるから、脆弱な他種族との関係を自ら断ったのだと置き換えている節がある。
そうする事で、ヒューマンだけが劣った種族として見捨てられた現実からフライドを守っていると言ったところかも知れないけれども、ハッキリ言ってそんな現実逃避に何の意味も無い。
そもそも、三万年前の転生の救い様の無いアホさ加減が原因とは言え、いい加減にヒューマンによる統一国家など造ったところで、魔域の防衛すら満足に出来ずに一瞬で瓦解するどころか、そもそも、世界征服を目指して戦争を始めた時点で、ヒューマンという種そのものが残らず殲滅される事態になる事くらいは理解しても良いだろうに・・・。
そう、もしも万が一にもそんなバカな真似をしようものなら、今度こそ確実にヒューマンはこの世界から完全に消え去る事になる。
三万年前、転生者が引き起こした救い様のない惨劇は、そこまでヒューマンと他種族との間に深い亀裂を生んでいるのだ。
正直、初めてその事実を知った時には頭を抱えた。
本気で何をやらかしてくれているんだと、救いようのないバカな転生者に罵詈雑言の嵐をブツケタモノだけども、そんな事をしても何の解決にもならない。
とりあえず、同じ転生者が仕出かした不始末だ。後始末をする義務があるかと調べ始めたのが、俺ヒューマンと他種族との友好の懸け橋になれたらと思う様になったキッカケだろう。
ついでに、この時に調べて分かったのだけども、ハッキリ言って十万年前のチート転生種以外は俺にとって天敵に近い。三万年前の救いようのないバカ共ほどではないけれども、これまでの転生者がやらかしたのが後になって色々と問題になったりして、今の俺の頭痛のタネになっているのがどれだけあった事か・・・。
まあ多分、俺も後にこの世界に転生した誰かに、何をやらかしてくれているんだと本気で罵詈雑言を浴びせられる事になるだろう事くらいは自覚しているので、人の事をとやかく言えるような立場にないのだけどもね。
それでも、今の所は三万年前のバカ共みたいな救い様の無い暴挙はしていないはず・・・。
多分だけど・・・。
我ながら断言できないところが辛い。
とりあえず、俺が後世の転生者にどんな目で見られるかは置いといて、問題なのは三万年の間にヒューマンの社会の中に根付いてしまっている屈託した感情だ。
いい加減に現実に向き合ってもらわないと、本気で種としての存亡に係わるのだけども、一体どれだけの人が解っている事やら・・・。
「何か、考えがおかしな方向に行ってるみたいだけど?」
何かドンドンウツになっていく考えを読んだみたいにミランダが呆れたように聞いてくる。
実際にドンドンおかしな方向に思考がずれて行っている事くらいお見通しだろう。
本当に、我ながら何をウダウダと考えているのだ思わなくもない。
「世界樹の洗礼を楽しみにしていたんじゃないのかな、キミは?」
「イヤ、そうなんだけど。ヒューマンの社会を冷静に外から観察してみると、本気で存続の危機が迫ってるなと」
「ああ・・・。それは私も感じたわ。こうして外からヒューマンの社会の事を冷静に考えてみると、確かに本気でヤバいわよね」
なんだかんだで、これまでヒューマンの社会の中でしか生きてこなかった俺たちは、その社会の危うさを理解できていなかったのだ。今回、こうしてユグドラシルに来て、ヒューマンの社会から離れて冷静に、客観的に見る事が出来るようになって、初めてその危うさが理解できた。
て言うか、本気で種としてヒューマンがまだ存続しているのは、エルフやドワーフなど、他種族の温情以外の何ものでもなかったんだな・・・。
「現実を知る事が出来たのは良いんだけど、どうにかしないといけない課題が多すぎるのをハッキリと突き付けられた感じで、単純に楽しめる気分じゃなくなってしまった感じだ」
「成程ね・・・」
当然ながら、メリアス王たちはそれらも全て織り込み済みだろう。
その上で、世界樹の洗礼を受けさせることで、俺たちとエルフとの確固たる関係を築くつもりなのだ。
つまるところ、現実にヒューマンを排除する事態になっても、俺たちだけは対象外と認定する処置の意味合いもあるのだと今更ながら理解してしまえば、純粋に楽しむのも無理がある。
「まあ、その辺りは今更考えても仕方がないと思うわよ。ヒューマンの社会の危うさはもうずっと前からの事で、個人でどうにか出来る問題でもないし」
「それは判っているけど、判っていてもどうにかしないといけないんだよ、シャクティ」
別にヒューマンが滅びようがどうなろうが関係ないと割り切れるほど、タンパクになれればいいのだけど、そうもいかない。現実の切迫した状況を知った以上、個人でどうこう出来るように問題ではないのは判っていても、どうにかしなければいけないのだ。
まあ、その辺りは戻った後でこれまでに縁が出来た各国のトップを巻き込んで一気に事を進めるしかないだろう。
ぶっちゃけ、あまりに急すぎる改革や変革は大きな軋轢や混乱を呼ぶなんて言ってられない。
どれだけ混乱しようが、軋轢を生もうが存続できているだけまだマシなはずだ。
「それはそうだけど、今は考えるだけ無駄でしょ。どのみち、ユグドラシルの後はレイザラムに行ってその後、戻ってからの話なんだから」
それも確かにそうだ。今更ながら事の重大さに気が付いて動転していた。
ヒューマンの現状が本気でシャレにならない状況なのは確かだけど、だからといって今日明日にも最悪の事態に陥る訳でもない。
まだ猶予は残っているのだから、今から慌てても仕方がない。
とりあえず、今は目の前の事に集中しよう。
そうは言っても、今更ながら知ったヒューマンの現状に頭の痛いのは変わらないのだけど・・・。




