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シャクティ視点です。
繰り広げられる激戦は想像を絶するの一言でしかなかった。
アベル・ユーリア・レイベスト。これから共に旅をする人物は思っていた以上に信じられない人物の様だと今更ながら理解した。
彼と比べれば、不条理の塊とすら呼ばれるミランダさんの方がはるかに常識的だろう。
「彼は何時もこんな戦いをしているのですか?」
「何時もではありません。でも、前回のマリージアの時も確かに同じでした」
魔域の活性化は他に類を見ないこの世界の最悪の凶事。
もしも対抗しきれなければ少なくとも国が一つけえてなくなる事になる。
むしろその程度で済めば幸運で、過去には総人口の三分の一が失われる事態にすら発展したと聞く。
その原因を造り出したのが当時のヒューマンの暴挙で、それが原因で今に至るまでヒューマンとの間の関係が断絶しているのは良く知っている。
だけど今となっては過去に囚われて何時までも関係を断っている私たちの態度の方がむしろ愚かだと思わなくもないけど・・・。
話が逸れてしまった、
そうではなくて、場合によってはそれほどの被害を出してしまう事態にすらなりかねない魔域の活性化は最悪の凶事であり、それに対抗するために戦う術を持つ者は、世界を、大切な者を守るために命懸け戦う。
私自身、過去の活性化に際しては全身全霊をかけて戦いに身を投じた。
だけど、彼の戦いはそんなモノとは次元の違う、一線を越えた別のなにかだと思う。
その戦いは自分の命を一顧だにしない、顧みようとすらしない狂気に彩られている様にすら感じられる。
何が彼をそこまで駆りたてるのだろうか?
彼はまだ十二歳の少年でしかないハズなのに、その歳で既に新たなレジェンドクラス候補と呼ばれるまでの実力を身に付けている事といい、彼の戦いに、強さに対する姿勢には本当に狂気すら感じさせられる。
あえて近接戦闘に持ち込み、魔物を自分自身を囮に引き付け、十分に引き付けたところでアストラル系広域殲滅魔法ディス・フレイムで一掃する。
・・・ディス・フレイム。この魔法もまた想像を絶っする。
そもそも、そんな魔法は今まで聞いた事すらない。
ミランダさん曰く、十万年前に存在したジエンドクラスが使っていた魔法で、時と共に失われた魔法を彼が復活させたそうだ。
話を聞いた時には思わず耳を疑った。
ありえない。まず初めに思ったのは冗談にもほどがあるというモノだ。
むしろ、信じろという方が無理がある、余りにも荒唐無稽すぎる話だった。
今の彼の全魔力をもって辛うじて発動できる魔法。強力である反面極めて癖が強く扱いづらい魔法だという。
実際、一度使うたびに魔晶石による回復を余儀なくされるのではむしろ使い様がないだろうとすら思う。
そんな魔法すらも彼は平然と使う。
使う事で命に係わる致命的な隙がうまれてしまうのを承知の上で、それでも効率を優先しているのだと理解できる。
理解はできるけれども納得はできない。
どうしてそんな風に躊躇いも無く自分の命を賭ける事が出来る?
彼の戦いはまるで自ら死に向かっているかのように錯覚してしまう程に異常だ。
むしろ、自殺志望者だと言われた方が納得してしまいそうな程なのだから、その異常さも判るだろう。
だけど、彼は決して死のうとしているのではない。
それは彼女たちの話を聞いて、彼の表情を見て嫌でも理解させられた。
彼はただ、今自分の出来る最善を尽くしているだけ・・・。
その命を賭けて、この世界の最悪の凶事に立ち向かっているだけ。
自らの力で守れるだけの全てを守ろうとしているだけなのだ。
「まあ、ぶっちゃけ私も、初めて見た時には狂気を感じたわよ。あんな戦い方、常軌を逸しているにも程があるし」
まあ、むしろレジェンドクラス候補としては正しいとも思うけどと突けられたミランダさんの言葉に、思わず確かにと納得してしまう。
実際、私たちと比べれば確かに彼の戦い方は異常だけども、逆にレジェンドクラス候補としてみればごく普通だろう。
私たちもあまり親しく交流させてもらっている訳ではないのでハッキリとは言えないけれども、彼からはレジェンドクラスの人たちと同じ雰囲気がある。
「まあ、そう言う私も周りから見たら常識の通用しない、手に負えない相手らしいけどね」
「それは、ご自分でも自覚しているのですか?」
「自覚しているというか、Sクラスなんて基本、常識外の超絶自由人でしょ?」
そう言われると反論できない。私たちは周りがSクラスや元Sクラスの実力者ばかりだったので、実際に自分がSクラスに成っても、自分と周りの常識が全くかみ合わない事にすぐ゛には気が付けなかった。
冷静に考えると、私たち自身が生まれた時からごく一般的な常識とは隔絶して生きて来たのだから、私たちから見て異常だと彼をとやかく言う資格も無いのかも知れない・・・。
「それに、あの子は私と比べたらまだまだ甘いわ。もっと思う儘に気ままに生きればいいと思うけど、周りを気にしているタイプだし」
まあ、私と同じで興味の無い相手には一切気にも留めないけどと続けられたのはどうなんだろう?
私自身、今こうしてここに居る時点で、人の事をどうこう言える立場にないとも思うけど・・・。
とりあえず余計な事は考えずに、彼の戦いを見守る事に集中しよう。
その戦い方の一つ一つからも、彼の人間性を知る事が出来る。
今は、彼の事を知るのが何よりも大切だ。
転移による奇襲に苦戦を余儀なくせされてい戦況は、近接戦闘を主体にする事で好転している。
辺りを埋め尽くすザコを魔法で殲滅しながら、転移魔法を使う魔物から優先的に倒していく。そうして戦況を少しづつ変えて行っている。
だけど、決して戦況は有利と呼べるようなモノじゃあない。
そもそも、魔物の数が異常過ぎる。
少なくても私がかつて参戦した魔域の活性化はここまで異常ではなかった。
こちらの戦略を読むような魔物の侵攻。
転移魔法を使うSクラスの魔物の異常な数の出現。
どれだけ倒しても終わる気配を見せない活性化。
どれをとっても不自然なまでの異常さだ。
現状、ここまで戦線を維持できている事が奇跡に近い。間違いなくレジェンドクラスが出てきて対応すべき事態だ。
それだけの危機を実質二人で支えてきたアベルとミランダさんの実力に改めて驚嘆する。
正直、一緒に戦っているからこそハッキリ判るけれども、アベルだけでなくミランダさんの実力も規格外だ。
明らかにES+ランクの枠を超えている。
本人は全く気付いていないようだけど、既にアベルと共にレジェンドクラスに匹敵する力を身に付けているのではないだろうか・・・。
転移によるヒット・アンド・アウェーを繰り返して確実に魔物を殲滅していくアベルの姿を見ながら、信じられない人外魔境に身を置く事になったモノだと改めて思う。
ただ一人、アベルという存在の為だけでこのパーティーはSクラスの常識すらも一切通用しないカオスな集団と化している。
そして、全員がそれをもう当たり前と受け入れてしまっていて、疑問にすら思わないのだから恐ろしい。
実際、彼女たちは既にアベルの手で常識の通用しない存在に造り替えられてしまっている。
数か月前まではE+ランクでしかなかったのに、今ではA+ランクで数年後にはSクラスにランクアップ確定?
二十年努力してもCランクどまりだったハズが、わずか数ヶ月でA+ランクにまでなって、しかもSクラスへのランクアップも確定?
確かに数年後にはSクラスにランクアップしているハズだったとは言え、気が付けば数か月程度でSクラスに成ってしまっている?
元々戦いの中に身を置いていたとはいえ、僅か一か月足らずでD-ランクを飛び越えてB-にまでランクアップ?
二百年以上Sクラスとして最前線で活躍してきたとはいえ、既に実力は頭打ちになっていたハズが、僅か二・三か月で比較にならない程に実力を伸ばしている?
ありえない。常識的に考えてとかそんなレベルじゃなくて、どうやってもそんな非常識な事が起こり得るハズがない。それなのに彼女たちはその常軌を逸した変化を当然だと思って疑問にすら感じない。
自分たちの身に起きている非常事態を説明しても、まあ、アベルくんと一緒に居れば当然だよと笑って答えるだけ・・・。
更に、貴方たちもすぐに実感する事になるよ、彼に常識とか固定概念とかそんなモノは一切通用しないってねと朗らかに返されるだけ・・・。
このまま彼と一緒に居れば、遠からず自分たちも同じようになっているのかと思うと恐怖すら感じてしまう。
恐ろしいとかそんなレベルの話ではないハズなんだけども、同時に、これ以上ないくらいに楽しみでもある。
自分たちがどれだけの高みに辿り着けるのか?
その答えが目の前に示されているのだ。それは余りにも魅力的過ぎる。
結局、私たちも世間では戦闘狂などと呼ばれる人種なのだ。
始まりは王族として生まれた義務からであっても、次第に自分がどれだけの高みに至れるか、なまじ至高の存在を身近に見て来たからこそ、自分はどこまで辿り着けるのだろうという探求心を抑えきれなくなってしまう。
だけども、心のどこかで至高の高みまでは辿り着けないと冷静に判断して受け止めてもいる。
レジェンドクラスとは余りにも隔絶した存在。どれだけ足掻いても自分たちではその高みに辿り着けないと本能的に理解させられてしまう。
だけど、目の前にはそんな理すらいとも容易く壊してしまいそうな存在がいる。
彼の元で自分たちは一体どこまで登り詰める事が出来るのだろう?
それは余りにも魅力的過ぎる。
自分は本当にここまでなのか?
自分はこの程度なのか?
今まで幾度となく味わってきた絶望と挫折。その先が彼の手によって開かれようとしているのだ。
むしろ、囚われるなという方が無理に決まっている・・・。
彼と共に痛いと思うのは、間違いなく利己的な思惑からだ。
だけど、私は既に彼に囚われて離れられなくなってしまっていると思う。
少しでも彼から何かを掴めないかと、その戦いの様子を真剣に見続けながら、私は心からそう思う。
そして、そんな思いに呼応するかのように戦場に急激な変化が訪れる。
「あれはマリージアの時と同じ・・・?」
呆然と誰かが呟く。
魔域全体を黒く覆う様に出現したなにか・・・。
半年前、マリージアで起きた不可解な活性化の終焉と同様の事態が、今ここで再び起きようとしていた。




