表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/398

50

ノイン視点です。

 目の前に画面に映し出される光景に言葉を失う間のはこれで何度目になるだろう?

 苛烈なんて言葉じゃ言い表せない。私がほんの数十分前まで身を置いていた戦場とは全く別の、ただその光景を見ているだけで魂が擦り減らされていくような感覚に襲われる。世界の終わりを済めしているかのような激戦の様子が映し出されている。

 

 アベル・ユーリア・レイベスト。私を生まれた時から繋がれた牢獄から助け出してくれた人。

 私よりも年下の十二歳に過ぎないのに、ES+ランクの冒険者であり、魔域の活性化を終焉に向かわせ、多くの貴重な古代文明の遺産を発掘し、既に多大な功績を上げている上、千年ぶりのレジェンドクラス候補とまで言われる今、最も注目されている人。

 私が彼と出会ったのは単なる偶然にではなくて、私たちの状況を知ったミランダさんが仕組んだ事だったらしい。

 どうやったら何十年も極秘裏に続けられていた犯罪の詳細を国外から、それも短時間で調べられるのかが不思議だけど、彼女については不条理の塊だから考えるだけ無駄との事。

 この二人に出会って私の人生は一変した。

 

 文字通りの意味で全てが変わった。

 私たちを奴隷にしていた奴らは全員が捕まり、極刑に処せられてもう居ない。

 私たちは今まで奪われていたモノを取り戻し自由になった。

 私にとっては本当に生まれて初めての、初めて得る自由。

 だけど、今までただ命令されるままに行動する事しか許されていなかった私には、これからどうしたらいいのかがまるで分らなかった。何をしたらいいのか、どうやって生きて行けばいいのか、どうしたらいいのかがまるで分らない。

 そんな私に、彼らはまず強くなるようにと、自分たちのもとで修業をしないかと持ち掛けてきた。

 正直、私には受けるべきなのかどうかも判らなかったけれども、一緒にいた皆が、私にとって唯一の、大切な仲間たちが全員迷うことなく受けると答えたので、私も彼らの元で修業をして、強くなる事にした。


 それからの三週間は本当に地獄だった。

 奴隷として過ごしていた十四年が生温く、天国であったかのように感じられるほどに過酷な日々だった。

 後で、それでもアペル本人が書協の為にこなしていたメニューと比べれば生易しいどころではないくらいにグレードを落としていると聞いた時には、やっぱり彼は私たちとは全く別のなにかだと再確認できた。

 だけど、そんな過酷な日々を過ごす事で私はこれからの事を、自分の事を考えられるようになった。

 そして出した結論は、今のまま、みんなと一緒にはいられないと言う私にとっては重く、受け入れがたいものだった。

 私には家族はいない。母は私が物心つく頃には殺されていたし、父親は初めから居なかった。

 そんな私にとって共に戦う仲間だけが全てだった。嵌められて奴隷に落とされても決して屈しない、何時か絶対にこの犯罪を暴いて自由になると諦めずに、虎視眈々とその日を待ち続けていた仲間たち。 

 彼らとの関係だけが、何一つ持たない私の全てだった。

 だからこそ理解した。今のままじゃいけないと、私は大切な彼らと一緒には居られないと・・・。

 

 私は、私たちが囚われていた犯罪の象徴だ。

 そんな私が隣に居たら、彼らはいつまでたっても過去の、これまでの重荷から抜け出せない。

 大切な人たちだからこそ、彼らには幸せになって欲しい。何時までも奴隷として囚われていた過去に囚われて欲しくない。

 だからこそ、私は彼らの前が居なくならないといけない。

 だから、私はアベルに正式に弟子にして欲しいと頼んだ。余りの過酷さにみんな修行が終わるのを心から待ち侘びているのを知っていたから、誰も正式に弟子になろうとは思ってもいないのを知っていたから、私は皆と別れるために彼の弟子になるのを選んだ。

 勿論、理由はそれだけじゃない。アベルとミランダさん、二人の絶対的強者によって全てが有無も言わさずに覆される様子を見て、自分を、大切な人たちを守るためには力が必要なんだと痛感したからこそ、強くなるために、力を付けるのに最も最適な方法を選んだのも一つ。

 大切な人たちとの別れは辛かったけれども、もう二度と会えない訳じゃない。何時か胸を張って会える日のために頑張っていこうと決意して新たに人生をスタートした。


 そうして正式に弟子になって、これから更に過酷な修行が待っているのかと身構えていたけれども、実際に待っていたのは骨休みの観光旅行だった。

 アベル曰く、これまで休みなく働いていた上に、面倒事の連続でいい加減ウンザリしていた所だから、この辺りで戦いから離れて少しは羽を伸ばしたいとの事。

 その気持ちは良く判ると素直に思った。

 私から見てもアベルは、彼は働き過ぎだと思う。

 私よりも年下の十二歳の子供なのに、いったいどこを目指しているんだろうと困惑するくらいにがむしゃらに働き続けて、戦い続けている。

 正直いってちょっと怖い。

 だからこそ、少しは休まないといけないよなと、のんびりしようとするのに逆にホッとしたのは内緒。

 ミランダさんの案内で信じられないくらい美味しいモノを一杯食べて、観光名所を周ったり名産品を買ったりして楽しんだお休みは、だけど三日目で呆気なく終わってしまった。

 これから行く予定の国、ローレラントで発生した魔域の活性化。この世界で最悪の凶事。

 記憶では複数の国が滅び去り、数十億もの死者を出す大惨事になった事すら過去にはあったと聞いた。この前起きたマリージアでのモノも、アベルの活躍によって最小限の犠牲で速やか終結させる事が出来たけれども、それでもなお、数十万人以上の死者を出した世界の、人類の存亡を賭けた戦い。


 アベルとミランダさんに戦いに参加して欲しいとの要請が来て、二人はすぐにそれに応じた。

 三日で終わった休日に、絶対に終わらせた後で戻ってきてもう一度始めからやり直すと宣言していた。

 なにがなんでも働かせようと、休ませまいとするかのような事態に相当怒っているみたいだった。


 そうして急遽、アベルの飛空艇ヒュペリオンでローレラントに向かう事になったのだけど、その途中でとんでもない事が判明した。

 行く先々でトラブルに巻き込まれるなんておかしい、アベルが行くと決めたら三千年も起きていなかった魔域の活性化が急に始まるなんておかしいと思ったら、全部、ミランダさんに仕組まれていた事だった。

 どうやら彼女は、ローレラントで魔域の活性化が始まっているのを知った上で、アベルがそこに行くように誘導していたらしい。

 その上、今回にの戦いに余り余裕がないのは彼らに責任があるから、目的地じゃなくてもどの道、行くしかなかったとの事。

 どういう事なのかと疑問に思えば、彼らが発掘してSクラスに売り渡した古代文明の装機竜人のお陰で、現在のところ多くのSクラスが引きこもり中だとか・・・。

 元々、Sクラスは常識の治外の超絶自由人。文句を言ったところでどうにかなる訳も無く、しかも、趣味に没頭しているけれどもそれも確かに世界を守るために必要なのだから始末に悪い。

 そんな訳で、現状をどうにかする為にもアベルとミランダはどう足掻いても行かない訳にはいかなかったとの事で、いざとなったら逃げると宣言しながらも、二人は持てる力の限りを尽くして戦い続けている。

 

 勿論、私も全力で戦っている。死力を尽くして、常に極限まで集中した最高の状態で最善の判断のもとに敵を倒していく、魔物を殲滅していく。そうしなければ次の瞬間には殺されている。命が無いとハッキリと理解させられる。これまでの戦場とは比べ物にならない過酷な激戦地。

 メリアさんたちの助けが無かったら私は確実にこれまでに何度となく死んでいる。

 まだまだ甘かったのだと、現実を知らなかったのだと痛感させられる戦いを何日も繰り返して、戻ってくるたびにモニターに映し出される光景に息を飲み、言葉を失っている。

 正直、私は自惚れていた。戦闘奴隷と言う使い捨ての駒として戦わされ続ける日々を生き永らえ、アベルの課す地獄の修行も乗り切って、魔域の活性化という絶望に対しても十分対抗できると思い上がっていた。マリージアで起きた魔域の活性化を、今の私よりもランクが低かったメリアたちが切り抜けられたと聞いていたのも理由の一つかもしれないけれども、ともかく、私は現実を知らないまま思い上がっていた。

 だけど、現実はそんなに甘くはなかった。

 私はこの世界の絶望の本当の深さを知らなかったのだと痛感するに十分な程に、待ち受けていた戦いは今迄とは比較にならない程に凄惨だった。

 

 魔域の活性化に対抗するために人類は持てる全ての力を集結する。

 私が居た戦場だけでも数千を超える戦車や戦闘車、戦闘機に空中戦艦などが配備されて休むことなく砲火を撃ち続けていた。

 あらん限りの砲撃は爆音となって響き渡り、戦場では完全防音の魔道具で耳をふさいで音を閉ざさしていなければ音の衝撃だけでショック死してしまうほどの轟音と地形すら変える程の爆発の衝撃が常に充満していた。

 それだけの砲火をもってしても魔物の大軍を殲滅しきる事は出来ない、それどころかほんの一部を食い止める程度しか出来ていなかった。砲火をものともせずに殺到して来る魔物の大軍との熾烈な戦いは休む間もなく続けられ、私だけでも、一回の戦闘で線引き以上の魔物を殲滅しているハズだ。だけど、どれだけ倒しても魔物の侵攻が途切れる事はない。

 倒しても倒しても、無限に湧き出て来る魔物の数を減らす事は出来ない。

 ただ防衛線のと突破を、侵攻を食い止めているだけ。

 果てることなく続く戦い。どれだけ続くのかも判らない、どれだけの魔物を倒しても終わりの見えない、無限に続くとすら錯覚させられる激戦。

 それは私が今まで体験して来た、経験してきた戦いとは全く違う。絶望と恐怖の支配する地獄そのものの戦場だった。

 

 だけど、そんな私の戦う戦場も所詮は絶望の淵にも満たない。

 アベルの戦う魔域内部の戦場。そここそがこの世界の絶望の全てを集約したまさに地獄そのもの。

 正直、画面に映し出される光景を見ても私には何が起きているのかほとんど理解できない。

 それは余りにも次元の違う領域。

 ここから二千キロも離れていない場所でこんな異常な戦闘が繰り広げられているのに、未だこの街が無事でいるのが不思議に思ってしまう。

 その余波だけで、私たちなど消し飛んでしまってもおかしくないハズなのにと真剣に不思議に思ってしまうほどの異常な戦い。

 アベルの戦いは凄惨なんて言葉で言い表せるような次元にはなかった。

 アレはもっと別のなにかだ・・・。

 命を賭けた。命を燃やし尽くして挑む死闘。

 その様子を画面越しで見るだけで私を恐怖に囚われて動けなくなってしまった。


 どうしてあんな戦いが出来るのだろうか・・・?

 私はどうしようもない恐怖に囚われて、次元の違う戦場を駆けるアベルに狂気すら感じてしまった。


 ・・・・・どうしてあ、んな地獄の中で平然としていられる?

 ・・・・・どうして、あんな命を燃やし尽くすような戦いが出来る?


 まともな神経をしていたらあそこに居るだけで間違いなく発狂していると確信できる光景に、私はその中に平然と身を置くアベルとミランダさんが自分とは全く違う、果てしなく遠い人なんだと思い知らされた気がした。

 だから、どうしようもなく怖くなった。心の底から溢れ出る恐怖を抑えきれなくなった。

 私はどうしようもなくアベルとミランダさんが恐ろしくなった・・・。


 恐怖にすくみ上って怯える挙動不審な私の様子に、私が二人をどう思っているかなんてすぐに判ったハズなのに、何も言わずに何時も通りの様子の二人が私にはもう訳が分からなくなった。

 それが逆に耐え切れなくて、私は二人に聞いた。そうするように誘導させていたのかも知れない・・・。


「どうしてお二人は、あんな戦場に平気で立つ事が出来るんですか?」


 私にはわからない。あんな地獄の中で平然と戦い続けられる二人が・・・。


「別に平気で戦っている訳じゃないけどね。ES+ランクと言っても、Sクラスの魔物の攻撃なんか喰らったら一瞬で死ぬのに変わりはないんだし」


 そんな私の問いに対して、アベルは心の底から深い溜息を付いて愚痴を並べ始めた。

 曰く、どれだけ魔力と闘気で強化しても、Sクラスの魔物の攻撃を防御障壁なしでまともに受ければ一瞬で消し炭になるし、掠っただけでも命はない。

 一匹や二匹なら防御障壁を破られる心配も無く安全に狩れるけれども、魔域の活性化中の戦いでは数えるのもバカらしい数のSクラスの魔物を相手に、何時防御障壁が破られるかという恐怖と隣り合わせの戦いを永遠と強いられ続ける。


「神経が擦り切れそうで身が持たんよホント・・・」

「キミの戦い方は苛烈過ぎるからね。もう少し安全マージンをとった戦い方を覚えた方が良いかもね」

「まさか、それを覚えさせるために経験を積まなけきゃとか言わないですよね?」

 

 何か不穏な空気を察したようなアベルが警護で問い返すけれども、ミランダさんは心の底からおもしろそうに笑うだけで答えない。

 そんな二人のやり取りに、私は自分の中の恐怖や怯えが消えていくのを感じていた。

 元々、そんなモノを感じること自体がおかしかったんだと今更ながらに気付く。

 活性化の脅威に立ち向かうために戦場に居る私の姿も、戦う力を持たない一般市民から見たら恐怖の対象になるだろう。

 自分とはあまりにかけ離れているから、もしもその力が自分に向けられたならばどうしようもないから、

そんな理由で人は他人に恐怖を抱き、自分とは違うと怯えて排斥する。

 初めから解っていたハズの人間のどうしようもない一面。

 そんな醜悪な姿を見せてしまったと思うとどうしようもなく恥ずかしい。羞恥に全身が赤くなっていくのがハッキリと解る。

 お願いだからそんな風に楽しそうに笑いながら見ないで欲しい・・・。

 更に赤くなって小さくなる事しか出来ないけれども、私はこの時ようやく、この人たちとの間に合った微妙な距離がなくなったのに気付いた。

 私はようやく、本当の意味で彼らと仲間になれた。

 ニーナたちとは違う大切な仲間。

 その確かな温もりが、私を確かに包み込んで力になっていく気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ