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そんな訳でクレストに着いてから三日、防衛都市にも向かわず、魔物の討伐も休んで穏やかに過ごしているのだけども、別にサボっているつもりは無い。今までが働き過ぎだったんだ。
魔物との戦いは命懸けの熾烈なモノだ。心身ともに疲れ果てる激戦で、本来なら毎日休まずなんて出来るような生易しいモノじゃない。
休息をとるのはむしろ当然で、一週間や二週間くらい前線を離れて休息したたとしても文句を言われる筋合いはない。
ミランダの案内でクレストの名所を回っている俺たちは、しばらくはこのままバカンスを楽しんでもいいかなと思っている。
今迄が働き過ぎ、無茶のし過ぎだったのだ。
結局、アスタートでもエクズシスでも、バカの相手や事件の経過を見ながらも魔物の討伐は続けていたし、何事もなく穏やかに過ごせたセイグケートとルシンでも欠かさず魔物の討伐に駆り立っていた。
流石にそこまで頑張らなくてもだれも文句は言わない。
頑張り過ぎも逆に良くないし、ここらで息を抜くのも覚えておかないと、ホーカーホリックならぬバトルジャンキーになってしまう。
何事も程々が一番だ。適度に休めないようでは人生も楽しめない。
別に言い訳してる訳じゃなくて摂理だ。
これから先、下手をすれば何千年と生きるのだから、今からそんなに生き急いでも仕方ない。もっとゆったりと、のんびり過ごすのを覚えないと息切れしてしまう。
「それにしても、本当に一流ホテルの食事が物足りなくなるとはな」
「当然よ。あの店は私のとっておきなんだから」
丸一日かけて楽しんだミランダのとっておきの店の部屋は、あくまでもミランダの私室なので、当然ホテルに移っているのだけれども、一流の料理人が最高の食材で作りだか料理が物足りなく感じてしまうのだから恐ろしい。
少なくてもこれから先、ピザはあの店の以外では満足できなくなってしまいそうだ。この国に居る間に出来るだけ作ってもらっておいて、アイテム・ボックスで保管しておくべきかも知れない。
そうしないと、ピザが食べたくなる度にわざわざここまで来なくてはいけなくなる。
「革細工も確かに見事だったな。興味なかったのに、自分の分を買うとは思わなかった」
昨日、早速この国一の革細工の名工の工房とお店に行って、その出来に思わず衝動買いしてしまった。
前世も含めて三十二年、衝動買いをしたのは初めてだ。
それだけの、思わず欲しくなって、手に入れなければ確実に後悔すると確信できるほどの品物だった。
要するに、この世界では革細工の中に革の鎧などの装備品も含まれるのを忘れていて、実際に目にして心を奪われたのだけども、俺が衝動買いしたのは革製の鞘だ。優れた機能性を持ちながら芸術的に美しい逸品で、追加でオーダーメイドも頼んだほどだ。
剣なんて基本、アイテム・ボックスに仕舞ったままで、戦いの時など必要な時に抜身のまま取り出すだけだったから、剣身を収める鞘なんてそもそも持っていなかったのだけど、実際に見てみるとどうしようもなく欲しくなった。
「興味ないってね。キミも大概よね。というか、邪魔なのは判るけど、アイテム・ボックスに仕舞いっぱなしじゃなくて護身用の短剣ぐらいは身に付けていたら?」
「せっかく買った物のを有効活用しないのもなんだし、それも良いかも知れないな」
「まあ、実際の所、使う訳でもないんだからそうなるけど・・・、キミも身も蓋も無いわね」
そう言うミランダも、実際に剣の類を身に付けている訳じゃない。
ファンタジーの世界観を打ち壊すようだが、地球での創作モノのように実際に剣などの武器を常に身に付けている冒険者など皆無だ。
何故か? などと疑問を挟むまでも無い。そんなモノ持ち歩いていても邪魔なだけだからだ。
アイテム・ボックスにマジック・バック。便利な収納系のマジックアイテムが一般に普及しているこの世界では、わざわざ装備品を日常から身に付けているようなバカはいない。
これも前に一度話した気もするが、もう少し深く掘り下げると、
そもそも冷静になって考えて欲しい。
戦場で身に付ける鎧を日常から身に付けていたようなバカが歴史上存在したか?
日本の戦国時代でもいいし、中世のヨーロッパでもいい、武士や騎士など、戦いに身を置く者が確かに存在した訳だが、彼らは戦いの無い平和な日常も常に鎧兜を身に付けて何時でも戦えるようにしていたか?
答えは否。そんな狂人は歴史上一人もいなかった。にも拘らず、どうしてかファンタジーの創作モノでは街中で休んでいる合間も鎧を身に付けたままに冒険者などが良く描かれる。
イヤイヤ、ありえないから。なんで街中でフル装備で練り歩かなければいけない訳?
外から戻って来たばかりならともかく、街に入って落ち着いたら剣や銃を含む装備品は全て取り払って、普段着に戻るに決まっている。まさか、戦闘用の防具、血と砂塵に塗れた服装を普段着にしているとでも?
冷静な考えて、もしそんな事をするような奴が本当に居たら頭がオカシイ。
武士は常に刀を身に付けていたとの反論も、要するにあれは自分が武士階級の人間だと証明するための身分証代わりに過ぎない。戦時用でもない街中で斬り合いを日常的に繰り返していた訳でもないのだから、アレは単なる飾りに過ぎない。
いつ襲われるかも判らないのだから、護身用に装備している?
そんな訳がないだろう。そんな殺伐とした、治安維持も満足に出来ないような領地は存続できない。領民は一人残らず逃げ出すし、戦国時代なら真っ先に潰される。
そもそも、この世界は前世の日本以上に街中の治安が保たれ、法治国家として潤滑に機能している。むしろ意味の無くフル装備で徘徊しているような奴は通報されて逮捕されるレベルだ。
更に、そもそもこの世界では都市間を繋ぐ交通網、飛空艇や地下鉄などの交通手段が発達しているので、街と街の間の移動を徒歩や馬車などですること自体が無い。
冒険者も移動は基本的に飛空挺や地下鉄などを使うので、武装して街の外に出るのはあくまでも魔物の討伐に、戦いに行く時だけだ。それ以外は普段着の、ラフな服装をしている。
冷静に考えれば判るだろ、例えばデートの時、ガッチガチの完全武装で、剣に弓に矢までそろえた何時でも戦えると宣言しているような格好で行くと?
間違いなく、その場で振られてさようならだ。
冒険者だから、戦う職業だからと許される訳がない。状況に応じて相応しい身だしなみを整えるのは基本だ。
そんな訳で、今の俺たちのも観光に回るのに、デートといえるかは微妙だけどそれに相応しい服装だ。
間違っても戦場に出るような格好はしていない。
護身用の短剣を身に付けておけばとの話も、冒険者だとすぐに判る飾りとしてだ。
ありえない仮定の話だけども、もし仮に何者かに襲撃を受ける様な事があっても、攻撃は防御障壁で完全に防ぐし、襲撃してきた相手も魔法で即座に制圧するから短剣を使う余地は全くない。
「基本的に俺たちが剣を使う機会自体がそうそう無いし、持ち歩くとか考えもしないから仕方ないと思うけどな」
「それは言えてるけどね・・・」
基本的に戦いの主体になるのは魔法だ。
魔法で距離を詰めずに確実に仕留めて行く。それが最も確実で安全な戦い方なのだから、わざわざ敵の攻撃が届く距離まで近付けてから剣で戦うなんてバカな真似をするハズがない。
剣はあくまでも魔法で倒しきれずに接近を許した時の保険だ。
或いは討伐した後、素材が剣で仕留めた方がきれいに傷付けないで回収できる時は剣で仕留めるが、少なくても俺もミランダも、メリアたちも最近は剣を主体に戦う事はまずない。
因みに銃は論外だ。あんな物は既に何の役にも立たない領域で俺たちは戦っている。
銃で倒せるような魔物だたらそもそも苦労はしない。Sクラスどころか、Aクラスでも上位の魔物になると巡航ミサイルでもダメージを与えられるか甚だ疑問なのだから、携帯火器程度では牽制にすらならない。
「せっかくの休みなんだからそんな話は止めよう。それより、そろそろじゃないのか」
「まあいいけど、ちなみにもう着いてるわよ」
本日の目的地はスイーツの専門店。
乳製品は何もチーズだけじゃない。バターや生クリームなど、お菓子作りに欠かせない物もこの国は品質が良い。となれば、それらをふんだんに使ったデザートも発展するのは当然だ。
そんな訳で訪れたのは国一番の名店と誉れ高いスイーツの専門店。
これから俺たちだけで店ににある商品を全て食べ尽すかも知れない。
食べ過ぎたろうと、そもそも戦ってもいないのにそんなに食べて太るぞと言われそうだが、魔物の討伐はしていなくても、魔力の循環などはしているし、魔晶石に魔力の補強をするので毎日魔力はほぼ空になるので、回復の為に莫大なエネルギーの補給が、つまりは食事が必要なので問題ない。
自分でも驚きだが、百人前以上食べても魔力の回復の為のエネルギー補給にまだ足りない。
燃費が悪すぎだろうと思わなくもないが、Sクラスはそんなモノだ。
前世だったら絶対に糖尿病になるか、食べ過ぎで胃が破裂している所だけども、いくら食べとも成長に必要な分まで回ってすらいないのではないかと思う今日この頃・・・。
・・・いや、旅を始めて半年が経つのに、一向に身長が伸びる気配がないのが若干気になるんだけどね。
そんな訳で、さっさと成長て俺の精神衛生的にも落ち着くためにも、食べ尽す勢いで行かせてもらおう。
「そんなに思い詰めなくてもその内成長すると思うけどね。まあ、本人の気持ちの問題だし、判らなくもないけど」
「そう思うならわざわざ言わなくていいから・・・」
同年齢よりも明らかに成長が遅いだけならともかく、どう見ても女の子にしか見えないのはいい加減何とかしたい所なのだ。とはいえ、ムキムキの筋肉質になれば良い訳でも無し、せめてもう少し肉付きが良くなってほしい所なんだけど、
そんな事を思っていると端末に着信が入る。それも、俺とミランダに同時にだ。
嫌な予感しかしないのだけど・・・。
「へえ、ローレラントで魔域の活性化が起きたと」
案の定というかフラグか?
どうしてこれから行く予定の国で都合よく魔域の活性化なんて数百年から数千年に一度の凶事が起きる?
俺か? 俺のせいか?
俺が目的地に決めたからそんな事が起きたのか?
「出来れば救援に向かって欲しいと。ああ、行くよ。行くともさ」
ローレラントでは実に三千年ぶりの魔域の活性化に、慌てふためいてSクラスへの救援要請を出して回っているらしい。
それはそうだろう。マリージアでの様子からも判るように、下手をすれば国が失われる事態だ。それも三千年ぶりともなればどう対応していいのかも判らなくなってくるだろう。
下手を打って国が滅びましたでは話にならない。ダメもとで連絡が付く限りのSクラスに救援要請を出して、出来る限りの戦力を整えているのだ。
本当はレジェンドクラスに来てもらいたい所だろうが、残念ながら過去のバカ共のせいで関係が冷え込んでる他の種族にしかいない上、そもそも滅多に動かないのだから無理だ。
となれば次に白羽の矢が立つのは当然、レジェンドクラス候補に挙げられる俺だ。しかも、今は同じES無州ランクのミランダまで一緒に居る。
ローレラントとしては何としても呼び寄せたい所だろう。
そして、おめでとう。俺は行くよ。
行くしかないだろ。
これが縁も縁も無い国ならともかく、これから行く目的地じゃあそうはいかない。
どの道これから行く予定の国なんだ。無視して途中の国で観光を楽しんで、魔域の活性化が終わってからようやく行く?
無理に決まっているだろ。そんな状況で行って観光を楽しめと?
出来るかそんな事!!
本当に、俺が行かざるおえない状況に仕立て上げられているかのような気がするのが、気のせいで済みそうもないのが腹が立つ。
何なの? 俺にささやかな平穏な日常を遅らせたくないとでも?
ふざけるのも大概にして欲しいんだが・・・。
これまで俺は働きずぎだったろ?
少しくらい休んでもいいじゃないか。ゆっくりと寛いで人生を謳歌する一時を楽しんで何が悪い?
こうなったら可及的速やかに行って問答無用で終わらせる。そして、
「もう一度戻ってきて、あの店で一日食い倒れから観光を再開してやる」
終わったらさっさとこの国に戻ってきて、思う存分観光を、休暇を楽しみながら、元々辿るハズだったルートで、それぞれの国を思う存分楽しみながらローレラントに戻ってやる。
ふざけるなよ。絶対に矢だ矢かな休暇を過ごしてやるからな。覚悟しておけよ。
せっかくゆっくりしようと思った途端に厄介事が舞い込みやがって、しかもまた、命を賭けたギリギリの死戦が待ち受けていると来た。
転生者に平穏はない?
冗談じゃない。絶対に平穏な、穏やかな日常を満喫してやる。
「キミといると穏やかな日常とは無縁の激動を強いられるみたいだね」
「それについては否定しないけど、断じて俺のせいではないとだけ言わせてもらう」
これについてだけは本気で争わせてもらう。断じて俺の責任ではない。
悪意すら感じる程に、行く先々でトラブルは起こるは、人類の存亡を賭けた戦いが勃発しているが、断じて俺が引き起こしている訳ではない。
「むしろ俺としては関わり合いたくないんだけど、向こうの方から勝手に近付いて来るんだよ」
「単に君がトラブル体質だからで済ませたら本気で怒りそうね」
「怒ると言うより、関係を絶たせてもらうよ」
「そこまで気にしてるの?」
俺の体質のせいで済ますには荷が重すぎるのが連発している。
もしここで本当に俺の責任だと証明されるような事になったら立ち直れない。というか冗談でも俺のせいにして欲しくない。
転生者の行く先にはトラブルが待ち受けているなんてジンクスは断じていらない。
俺が知っているだけども、十万年前の転生者はこの日では無い勢いで、常に厄介事と面倒事に晒され続けていたらしいけどね。
断じて同じ体験をしたいとは思わない。そんな事になったら命がいくつあっても足り無いでは済まない。
今ですら結構本気でギリギリのラインなのだ。というか、また挑む事になった魔域の活性化はマジでヤバい。
戻ってくるどころか、途中で死ぬ可能性の方が高い。
というか、魔域の規模次第ではレジェンドクラスの魔物が出てくる可能性すらある。ああ、これも何かフラグの気がするが、そんな化け物に出てこられたらひとたまりもない。
まさかと思うが、今回レジェンドクラスの魔物が現れて、俺が倒して正式にレジェンドクラスに仲間入りの筋書きとか?
しなりをライターが世界か、神とか呼ばれる超越者なのか知らないが無理だから、無駄な事してないで平穏な日常を楽しむストーリーを考えようよ。
「今まで三千年も起きなかったのに、俺が目的地に決めた途端にこれだ。勘弁して欲しいどころの話じゃないよホントに、まあ今回は、状況によっては今回は本気で逃げるけどね」
「それがいいんじゃない。所詮は他人事だし、命を賭ける必要も無いでしょ」
誰が何と言おうと逃げる。
誰が決めただか知らないシナリオが本当にあったとしても、そんなモノに付き合ってやる理由は無い。
ミランダは俺の都合は知らないけれども、危険になったら逃げるのに異論は無いようだ。
そもそも、冒険者は確かに魔物の脅威に立ち向かう義務と責任があるが、国に仕える騎士とは違い、国を守るために命を賭けて戦う必要はない。
活性化の規模がこちらの限界地を超えていて、守りきれないと、支えきれないと判断された時には逃げ出す事が正式に許されている。
国を護りきれないとハッキリと解ってなお、命を捨てて無駄に戦い続ける必要などないのだ。
そんな訳で、ヤバそうだと判断したら今回は真っ先に逃げる。
そうなっても非難される謂れはない。むしろ、存亡の危機に駆け付けただけでも感謝されていいくらいだ。
実際はどうなるか判らないけどね・・・。
絶対に逃げた方が良い状況に陥っても、逃げられないように仕向けられそうな気もするけどと、これからまた始まる極限を超えた戦いの日々を思い、俺は心の底から深いため息を付いた。




