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「さて、新たにノインも仲間になったところで、次は何処に行こうかね?」
既にエクズシス帝国を離れヒュペリオンで適当に飛んでいるのだけども、実は次の目的地がまだ決まっていない。とりあえず砂漠はもういいので、海峡辺りをうろうろしているのだけども、何時までも目的地も決めずに彷徨い続けている訳にもいかない。
「そんな訳で、ノインは何処か行きたい場所はあるかな?」
「えっと、・・・私良く判らない」
行き先なんて誰が決めても良いと思うので、初めて海外に出たノインに行きたい国はあるか聞いてみるけれども、ある意味答えは当たり前のモノだった。
「いきなり聞いても応えられる訳ないでしょ。バカな事言ってないでさっさと決めてしまいなさい」
ミランダの突っ込みも当然だろうけれども、だからどうして行き先を決めるのが俺?
「そう言われても俺もそんなに各国の特性とか詳しい訳じゃないし、とりあえず、海か北の雪山にでも行ってみようかと思うけど」
旅は事前に下調べを万全に派ではなく、旅先での新しい驚きを楽しみたい派なので、ネーゼリアの地理については実はあまり詳しくない。
そんな俺に次の行き先を勝手に決めろと言われても困るとだが・・・。
「海にはマリージアに行ったんでしょ、それなら次は雪山。永久凍土の魔域に接して、国土の三分の一も凍土に閉ざされた北のローレラント真国が次の目的地ね」
そう愚痴るとミランダがアッサリ目的地を決める。
だからやっぱりミランダが決めた方が良いって、と口にするより前に睨まれる。
「だから、目的地を決めるのはキミの仕事だって言ってるでしょ。次にどんなとこに行きたいか言ってくれれば、私が見合った国を提示するから、どんなとこに行きたいのかだけでも早く言ってよね」
「はあ、まあいいか・・・。それで、ローレラントってどくな国なんだ?」
イマイチ釈然としないのだが、次の目的地に決まった国について尋ねてみる。
「ローレラントは埼北に位置する極寒の国よ。海にも面しているけれども、一年の半分は流氷に覆われているわね。最低気温は氷点下六十度を下回るから、うっかりすると凍死して氷像成りかねない国よ」
これまたエクズシス帝国とは真逆の極端な国だ。だが、
「北の海の幸か、美味しそうだな」
マリージアとはまた違った極上の海の幸が楽しめそうだ。
「灼熱のエクズシスとは対極の料理が楽しめるのは事実ね。海鮮系の料理の美味しさは確かにピカイチだから期待していいわ」
「楽しみです」
どうやらノインも初めての異国の料理に興味津々のようだ。
瞳を輝かせているノインに、早速ミランダがお勧めのローレラントの料理をレクチャーしている。
まず欠かせないのがふんだんな海産物の旨みたっぷりの鍋料理と、極上のシチューだそうだ。それにピロシキに似た物に、パイ包み焼きなど、食べ逃すなど考えられないので、極寒の地でありながらむしろ、食事目的で訪れる観光客が多い国なんだと、
それは聞き捨てならない情報だ。夏に避暑に訪れるのでも、スキーなどのレジャーに訪れるのでもなく、美味しいモノを求めて訪れる者が後を絶たない国とは、今まで行かずにいたのが悔やまれる。
「それじゃ、ローレラントに行くのは決定として、ここからだとどんなルートを通って行くんだ?」
「位置的にはアスタートから北西だから、ここからだと、このルートで、途中この国を通って行くわね」
何時の間に覚えたのかヒュペリオンのコンソールを操作して地図と飛行ルート、それに通る国の情報を映し出す。行った事の無い国を七つ通るのか・・・。
「まずは途中のクレストでゆっくりとしましょう。そろそろユリィとケイ以外のお目付け役もキミのもとに来る頃だし、確実にまた人数が増えるのだから、仲良くやれる様に十分なコミニケーションも取りたいし」
「そこは程々にな・・・」
ミランダが満足する程のコミニケーションはシャレに成らない。下手すると来て早々にノックアウトしかねないので控えて欲しいモノだ。まあ、多分それが狙いなのだろうけれども、それくらいで根を上げるようではこれから先、俺たちと一緒にはいられないと・・・。
今迄を鑑みると確かにその通りで反論のしようもないのがなんとも・・・。
とりあえず、ここで迂闊に口を開くと酷い事になりそうなので、ミランダが何時の間にか入力しておいたらしい各国の情報から、クレスト王国のものを見つけ出したみてみる。
クレストは前回、マリージアからアスタートに行く際に通り過ぎた国の一つだ。マリージアの北に接する国で当然海には接していないが、北に三カ国に跨る巨大な湖、地球のカスピ海のようなモノに接している為に、内陸なのに魚介類も豊富に取れる国だ。
比較的穏やかで過ごしやすい気候に恵まれて、農業や酪農などが盛んな、更にチーズなどの育てた牛の乳から作る乳製品が有名な国でもあるらしい。
当然、それらのモノをふんだんに使った料理が出され、ピザなどはこの国が本場と言われているらしい。
ピザは良いな。前世でもよくたべていたわりと好物だ。
転生してから、正確には強くなってから食べる量が前とは比べ物にならないほど増えているから、大食いチャレンジなんかをやってみるのも良い。旅を始めてからのこの半年、余りにも殺伐とし過ぎている。ここいらで少しゆっくりと、骨休みをしても罰は当たらないハズだ。
そんな事を思いながら、ミランダ製の観光ガイドを読みながら、進路を決めて進み始める。
「ここがクレストか、マリージアとはずいぶん印象が違うな」
そんな訳で早速やって来たクレスト。ピザの本場なので勝手にイタリア風の国を想像していたけれども、どちらかと言うとギリシャ風? な街並みを見渡しながら、すぐ隣なのにここまで違うのかと、目に見える文化の違いに感心する。
観光は旅の醍醐味の一つだ。今まであまり堪能できなかったことが多かったので、この国では出来れば思う存分堪能したいところだ。
「首都アルテミア。人口五百万人。革細工が有名で、一流の職人が集まっている職人の街でもあるわね」
「革製品か、俺にはあまり関係ないけれども、一応見ておくかな」
本当にミランダは良く知っている。実際に来たのは百年ぶりらしいけど、一度行ったらその国の全てを味わい尽くすまで滞在して楽しみ尽す主義だそうだ。
当時、この国でどんな騒ぎが起きたのか知りたい気もするが、深く考えない方が精神衛生上にも良いだろう。
とりあえず、革製品と言えばジャケットやスーツ、それにバックなどだろう。
どれも俺には必要ない物だから、見て回ってもあまり意味がないだろうが、まあ、バックなんかに興味を持つ女性は多いらしいから、ノインの情緒育成に見て回るのもありだ。
生まれた時から奴隷として扱われてきたノインは、やはり感情や情緒面で大きな欠落が見える。これから少しずつ人として成長していけばいいのだけれども、人間の治外の集まりの俺たちと一緒なのが果たしていいのかは判らない。まあ、バックとかの普通の女の子が興味を持つ者を見て回るのは、第一段階としては妥当だろうと思う。
「それは後でね。まずはアルテミアに来たら真っ先に行かなきゃならない場所があるわ」
マリージアの隣国であるのに、実はアレッサもこの国は初めてだそうで、ミランダの観光案内に従ってみんなでついて行っているのだけど、着いたと思ったら真っ先に向かっているのがどこなのかまだ知らない。
口ぶりからするとホテルでもないみたいだが・・・?
「ここよ。アルテミアに来たらまずここで思う存分楽しむ。クレスト観光の基本ね」
着いたのは隠れ家的な料理屋。入ってみて初めて判る外観で、初見で見付け出すのはまず無理だろうと確信できる穴場スポットを思わせる。
「随分と穴場的な店だけど、ここは何がお勧めなんだ?」
「勿論ピザよ。それにチーズを使った料理は間違いなくこの街で一番。これから止まる街で一番のホテルの食事が子供だましに思える程よ」
なんでも、百年前に訪れた時、一年がかりでしらみつぶしに調べ上げた中で最高の料理店で、その味を継承して味を絶やさない様に、Sクラスの権力を使って確実にこの店が残るように裏工作までしたらしい。
そんな訳で、残っている以上この店の料理が最高のモノなのは確定で、もし、万が一にも味が衰えていたならば物理的に消滅するのも確定と・・・。
「スゴイですね・・・」
ミランダの奔放さに成れてないノインが完全に引いている。
だけど、多分、俺も気に入ったら同じ事をするだろうから何も言えない。
ぶっちゃけ、美味いモノに対してはどんな手でも使うと思う。それに、そこまでさせるだけの超絶美味なのだ。これは楽しまない手はない。
「ミランダをしてそこまでさせる程の美味しさなんだ。まずは楽しませてもらおう。そしたら俺たちもこれなら確かにそこまでするなと納得してるかもしれないし」
「そうですね。せっかくのミランダさんのおすすめなのですから、存分に満喫させてもらわないと」
「チーズはグランニルの造る物が最高。この国のチーズがどの程度のレベルなのか楽しみ」
グランニルは成人の平均身長が二メートルを超える種族で、特に温厚と言われる人たちでもある。
彼らの造る乳製品は至高の一言に尽きると言われ、同じ重さの金の取引される事すらあると聞く。一度は味わってみたいが、これまた、大昔のバカ共のせいでヒューマンの国にはなかなか入ってこない。
エルフにドワーフの王族のユリィとケイは勿論食べた事があるだろうから、厳格な審査でこの国のチーズがどう評価されるかも楽しみではある。
「とりあえず、メニューを全部二十二人前ずつ持ってきて、飲み物はワインとビールで」
とりあえず全てのメニューを一人二人前ずつ食べて、気に入ったのを追加で注文していきなさいとの事。
ざっと見た所、全部で五十種類以上メニューがあるから、一人で百人前以上食べる事になるので、ノインは目を白黒させているけれども、本人は気付ていないだろうけど、既にB-にランクアップしているのでそのくらいは普通に食べれたりする。
店には他に誰もいない、事前に予約を入れて貸し切りにしていたらしい。そうしないと食材が足りるハズもないから当然か、
「俺は酒は飲まないんだけどな」
ついでにアリアもあまり飲まない方が良い。飲み慣れていないせいか酒癖が余りよろしくない。
暴れたり絡んだりするのではないけど、酒に慣れて変に酔わなくなるまでは、本人の名誉の為にあまり外で飲むのは控えた方が良い。
「何言ってんの、ここで料理を楽しむのに酒を飲まないなんて考えられないわ。それじゃあせっかくの料理の半分も楽しめないじゃない。何の為に料理な合わせたワインとビールが取り揃えてあると思ってるの?それに、今日はこのままココの地下に泊まるから大丈夫よ」
百年前、次に来る時の為にこの店の地下にを自分専用の宿泊施設を造っていたらしい。
到着と同時にこの店に直行。そのまま一日がかりで楽しむ為の準備を万端にしてあると・・・、ここまで行くと本気で凄いとしか言えない。
いつかまた来る時の為にここまでするかと思うし、そこまでしていたならどうして百年も来なかったんだと突っ込みたくもなる。
「まあいいか・・・」
深く考えても無駄だし、ここは素直に楽しんだ方が得だ。この世界では別に飲酒制限は設けられてないから、別に成人して無くても飲んでも問題ない。
テーブルには早速様々なピザが並べられている。確かにこれはビールと合いそうだ。
せっかくの料理なのだから、最高に美味しく食べられるようにした方が良い。
「料理の合間に嗜む程度なら問題ないな。それじゃ、早速いただこうか」
アツアツを食べるのが美味しいので、グダグタと考えないで素直に従う事にする。
みんなも気にするだけ無駄だと思ったのか、素直に「いただきます」と早速ピザを手にする。
アツアツのチーズがとろけて濃厚な香りが漂うピザの中から、まずはチーズとトマトソースだけの一番シンプルなのを選んで食べる。
瞬間、口の中に広がる濃厚だけでくどさの全くない味わい。すかさずビールを一口飲むと、極上の味を更に相乗させる。
これは凄い。前世でもこちらでもピザは何度も食べたけれども、本当にこれは別格だ。今まで食べたのが子供だましにしか思えなくなる。
素材の一つ一つまで拘った至高の逸品。美味いと言葉を漏らすのすら惜しい。俺たちはそろって無言で食べ続けて、次から次へと運ばれてくる料理の数々をあっという間に食べ尽していく。
成程、ミランダが無理やりにでもこの味を残させたのが納得だ。こんな至上の美味が失われるなんて考えられない。人類社会の大きな損失だ。
それに、今日一日がかりで楽しむ予定なのも納得だ。
今日はもう他に何もする気にならない。思う存分、気が済むまで楽しむに決まっている。もし、今ジャマされたら問答無用で消し去るかも知れない。
むしろ自然とそう思えるほどに魅了し尽される極上の味だ。
王族として最高の味を身近に知っているユリィやケイまで夢中になっているのがその証拠だ。
料理の合間に少しだけ、ビール一・二杯だけのつもりが、気が付けばワインも合わせて結構飲んでる。明日、二日酔いになったりしないだろうなとも思うが、止められない。
ノインも酒は初めてのハズだし、年齢的にも飲み過ぎは気を付けた方が良いのだけど、ああ、アリアが完全に出来上がってきているな。
因みに、アリアの酔い方はお前ん坊型だ。感情表現がストレートになるというか幼児化というか、心の底からとハッキリ判る、純粋無垢な「大好き」を連発して、甘えてくる。
覚えていないみたいだから今は良いけど、覚えていたら一番ダメージの大きい酔い方だ。
今回はノインがターゲットになって、頬をつんつん突っつきながら、可愛いを連発して抱き締めている。当の本人はどうしたらいいのか判らないでオロオロしているけど、悪い気はしないみたいだ。
「今まで飲んでいなかったけど、アベルもお酒強いのね。どうして飲まなかったの?」
「初めて飲んだんだから、自分でもこんなに飲めるとは思わなかったさ。どうして飲まなかったかと聞かれても、別に成人まではいいかと思ってただけだし」
こちらも良い感じに出来上がっているメリアに適当に返す。流石に、前世に酒を飲んだ後の記憶が無く、そのまま死んだっぽいので控えていたとは言えない。
「アベルは旅に出るまで強くなる事にしか興味なかったみたいだし仕方ないのかな」
勝手に納得してくれたようでなによりだけが、別に強くなることしか考えてなかった訳じゃない。魔法にも興味津々だったし、魔工学に錬金術特に装機竜と装機人にはまるかぶりだった。
ついでに、美味い物については今と変わらず貪欲だった。
「食べ物に関しては変わらず貪欲だったけどね」
「それなのにお酒は飲まなかったの?」
酒と料理の相性は、世界が変わっても変わらないので当然の突っ込みだ。
「メリルはどうなんだ? 一緒に居るようになってからはあまり飲んでいないみたいだが?」
「私は、というか私たちは元々嗜む程度に、たまに飲むくらいだったから、アベルに弟子入りしてからはお酒を飲んでる暇もないほど忙しかったし、そう言う意味では、こんな風に飲むのも久しぶりじゃなくて初めてかも知れない」
アスタートの時もそれなりに呑んでいたけど、確かに今ほどじゃなかった。こうして羽目を外して楽しむのも初めてかも知れない。
実際、悪くない。こうして気心の知れた仲間とともに楽しむ時間は何とも言えない穏やかで優しい気持ちにしてくれる。
穏やかに過ごしていても常に戦いに身を投じているのには変わらない冒険者の肩書を忘れて、この国にいる間はこうしてのんびりと過ごしても良いかも知れない。
穏やかに笑い合う声を聴きながら、ほんの少し暗い魔物の相手をしなくてもいいかと思った。
少しくらい休んでも良いはずだ。




