表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/398

46

 臨時の師として修行を付け始めて三週間。六人ともハッキリと成果が表れている。

 三週間で全員がランクアップして、B-以上に成ったのだから十分だろう。

 これで臨時のサンドニア教室も終わりだ。

 修行の合間にメリアたちとのデートも無事終えられたし、そろそろエクズシス帝国を発って次の国に向かおうかと思っている。


「うん。みんな頑張ったね。とりあえず修行はこれで終わり。良くついて来たよ。ご苦労さん」


 かなりのハードペースの修行に誰一人脱落しないでつていて来たのだから大したものだ。


「ありがとうございました。何から何までお世話になってしまって、本当に感謝で一杯です」


 深々と頭を下げるルークは、確かに感謝もしているだろうが、同時にやっと終わると深い安堵も浮かべている。彼は元々B+ランクだったのがねこの三週間でA+までランクアップしている。

 短期間でありえないほどレベルアップしている事に驚愕しながら、それを可能にする過酷では表し切れない地獄に憔悴しきってもいるのが良く判る。

 正直、十分に強く出来たし、これくらいが彼らの限界かなと思ったから、この辺りで終わらせておこうと判断した面もある。


「自分たちはまだまだ甘かったのだとこの三週間で痛感しました。あなたに教えられた事はこれからの教訓にしていきます」


 別の意味の教訓に聞こえるのは気のせいじゃない。今のはルインだが、兄のミリアルドも同意見だろう。

 

 臨時の弟子入りが終わって、なお、更なる力を求めるのなら、正式に弟子入りも考えていたけれども、この様子では誰も弟子入りを望まないだろう。

 俺に鍛えられるのを望んだのを後悔しているようだし・・・。

 まったく失礼な。・・・当然なのかも知れないけどね。

 流石に少しやり過ぎたかと思わなくもない。弟子の育成とは本当に難しい。

 まあ、奴隷として過ごした日々が生温かったと思えるほどの地獄を糧に、これからの人生を無事に過ごして行ってくれ。


「まあ、俺の修行についてこれたキミたちなら、これから先どんな事にも打ち勝っていけるさ」

「はい。どんな障害も乗り越えられる自信が付きました」


 自分で言っておいてなんなんだけど、そこで素直に頷かれると若干へこむ。

 彼らにしてみれば偽りざらざる本心なのは判るんだけどね。


「私たちだけでなく、他の皆の事まで色々とめんどうを見てもらって、本当にありがとうございます」


 ニーナは深々と頭を下げるが、そちらについては俺たちもどうしても気になっていたので、要らないおせっかいを焼いただけなので気にしないで欲しい。


「それこそ気にする事はないわ。単なる気紛れだしね」


 その気紛れに付き合わされた方はたまったモノでは無かったかも知れないが、俺としてはあれで良かったと思うし、同じ気持ちなのでミランダに特に反論する気も無い。

 

 要するに、俺たちが彼らを厳しく指導したのは、奴隷とされた事による心の傷を少しでもどうにかする為なのだ。

 特に性奴隷にさせられていた人たちは心に深い傷を負っている。だからこそ、その傷に目が向く暇もない激しい修行の様子を見せつけて、呆気に取らせると共に、悲しみや苦しみに囚われて周りが見えなくなっていたのを、無理やり現実に連れ戻したのだ。

 やり方が正しかったのかどうかは判らない。ただ、あのままではどうしようもなかったのも確かだ。彼女たちには何時までも過去に囚われずに、前を向いて生きて欲しい。

 それも所詮は俺たちの我儘に過ぎないが、過去の傷に囚われ続けているよりは良いはずだと思う。

 そのための生贄になった彼らは本当に堪ったものでは無かったと思うが、そこは人助けだと思って諦めてもらうしかない。


「その気紛れのせいで地獄を見たキミたちにしたら、いい迷惑だったと思うけど、それについては諦めてくれとしか言いようがないな」


 彼らが視た地獄を思えばこちらにへこむ余地も無いのも判っているのだけども、こちらの意図も判っていてそこまでかとも思ってしまうのだ。まあ、これは単なる我儘だ。

 ぶっちゃけ、メリアたちも自分がこの地獄をはじめから体験していたら間違いなく脱落していたと戦慄していたのだ。ノリノリのミランダ以外の全員が引いていたので、我儘以前の問題として無理があるだろう。


「まあいいじゃない、これも経験だと思えばいいだけだし、何かあったら連絡してくれれば駆け付けるし、今の貴方たちならこれからの人生もどうとでも、自分の思う様に生きて行けるでしょ」


 彼らには俺とミランダの端末の番号を終えてあるが、ほぼ確実に、余程の事が無ければ連絡してこないだろう。何があろうとなんとしても自分たちの手で解決しようと必死に尽力し、どうしようもなかった場合以外はかけてこないだろう。


「はい。ありがとうございます。いざという時には頼らさせてもらいます」


 その証拠に、応えながらもそんな時が出来れば一生来ない事を願っているのがまる判りだ。

 俺たちとの繋がり、伝手が出来たのは嬉しいが、出来れば絶対に頼りたくないと言うのが本心だろう。


「別に気楽に連絡してくれて構わないわよ。私も貴方たちのこと結構気に入ったし、オモシロそうな事なら何でも相談に乗るから」


 ミランダは絶対に判っていて揶揄っている。

 最後の最後までイジメるのは止めてあげてください。

 彼女なりの友愛の証なのかもしれないけれども、やられる方は堪ったモノではないので、その辺りを理解してあげると良いんだけどね・・・。

 ・・・彼女の場合、判っててやってるか、


「まあ、俺もキミたちが気に入ったのは確かだし、特に用が無くても連絡してくれても構わないよ。そんなに畏まらずに、チャット仲間が増えた程度に思ってくれていいから」


 そう言われても迂闊に連絡できないよと心の底で叫んでいるのが聞こえるが、俺としてはそのくらい気楽に思ってくれた方が助かるんだけど、いや無理か・・・。


「それに、また会う事もあるだろうし、とりあえず、また会う時を楽しみに、ひとまずサヨナラかな」


 地球の百倍の広さを誇る世界とは言え、人の生活圏は限られているし、彼らねこれからまだ数百年を生きるのが確定しているのだから、これから先、またどこかで会う事もあるだろう。むしろ、これから先、二度と会わないハズがない。

 現実逃避している彼らに、多少意地悪かなとも思うが現実を見せて、今日は、今回はこれで別れようとする。


「はい、その時を楽しみにしています」


 完全にビビりながら返してくる彼らの脳裏には、再開した俺たちに何だその体たらくはと怒鳴られて、更に厳しい修行を課せられる自分たちに姿が浮かんでいるのだろう。

 そんな事しないけど、そう思われても仕方ないか・・・。

 悪い事をしたなと、別れの言葉を間違えたかと悩む俺に、


「あの・・・」


 今まで黙っていたノインが真剣な眼差しで話しかけてきた。

 そう言えば、彼女から話しかけてきたのはこれが初めてかも知れない。

 その生い立ちから、彼女はどうしようもなく人見知りで、人間嫌いよりも、人間不信と言っていい程に他人を拒絶する傾向にあった。

 修行を受けている時もそれは変わらず。俺たちと一番距離を置いていたのが彼女だろう。


「どうかしたのかなノイン? 言いたい事があるなら何でも言ってくれて構わないよ」


 三週間程度の係わりで、それまでの彼女の人生全てが原因の心の闇に踏み込んで解消出来るハズもないのは判っていても、どうにか出来ないかと、気になっていたのは事実なので、出来る事ならしてあげたい。


「ここでお別れじゃなくて、私を正式に弟子にしてください」


 だけど、その願いは余りにも予想外で、俺は思わず聞き返すことも出来ずに完全に固まってしまった。


「駄目ですか・・・?」


 返事をしない俺に悲しそうに俯くノインの姿に、これまでにないほどに慌ててしまう。


「イヤ、そんな事はない。キミならば喜んでて弟子に迎えるよ」

「本当ですか?」


 本当に嬉しそうにパッと笑顔を咲かせる。彼女の心からの笑顔自体初めて見た気がする。

 いや、そうじゃなくて、何がどうなっている?

 完全に理解不能です。

 助けを求めるように周りを見渡しても、理解不能なのはみんな同じようで、驚きに固まってどうしたらいいのか判らずに途方に暮れている。


「だけど良いのかい? 俺たちと一緒にこの国を出て行っても悔いはないのか?」

「大丈夫。私はこの国に残るべきじゃないから」


 一緒に国を出る事になるがとの問いにも即答する。

 どうやら、俺たちと修行していたこの三週間、ずっと考えていたようだ。この国を出て行く事を含めて全部を、


「そんなどうして? 私たちと一緒に居ればいいじゃない」


 誰にも告げずに一人で決めたのだろう。突然の告白にニーナは動揺している。彼女にとってはノインは妹の様なもので、これからもずっと一緒だと思っていたようだったから、驚きも大きいだろう。


「ううん。私はこの国に居るべきじゃない。私が居たら、みんなが過去に囚われてしまう。だから私はこの国から出て行く」

「成程、それが理由か」

「勿論、それだけじゃなくて、私はもっと強くならなければいけないのも理由」

 

 ノインにとってニーナたちは掛け替えのない大切な存在だ。だからこそ、一緒に居るべきじゃないと判断した。本当にどこまでも強く真っ直ぐな子だ。 

 彼女は今回の被害者の中でも最も過酷な人生を歩んできた。

 性奴隷に落とされた母から生まれ、生まれた時から奴隷として扱われ、母は飽きたと言われて、無理やり戦闘奴隷として戦わされて殺されている。

 彼女は生まれてからの十四年間をずっと奴隷として生きる事を強制され、母は既に殺され、父は忌むべき犯罪を犯した重罪人として既に極刑を受けている。

 彼女には家族も帰るべき家も何もない。あるのは、支え合って戦って来た仲間だけ。

 だからこそ、彼女は自分の大切な仲間にこれ以上過去に囚われて欲しくない。

 自分が居れば、彼らはどうしても奴隷として過ごした過去に囚われてしまう。それを彼女は望まない。だからこそ、大切な人たちがいるからこそ、この国を出て行く事を彼女は決めた。


 今回の事件、マリージアに続き、更に数十年にも及び、数千人が犠牲になった凶行に、既に国際社会は二度と同じ事が起きないように動き始めている。場合によっては、犯罪者の刑罰や借金返済の為の奴隷制度そのものの撤廃も真剣に協議されている。

 少なくても現行法の不備は徹底的に改善され、法の裏をかいた犯罪は不可能になるので、もう二度とこんな事が起こる事は、街ぐるみで犯罪を手を染める様な事はないだろう。


 だからこそ、彼女は大切な人たちに過去に囚われる事無く前を向いて生きて行って欲しい。心からそう思っている。


「私は全てを奪われたまま産まれてきて生きてきた。だから、これからはもう二度と誰にも、何も奪われないだけの、欲しいモノを手に入れられるだけの力が欲しい。私が私として生きて行くための術をどうか教えて欲しい」


 真っ直ぐに自分の思いを伝えてくる。

 本当に強いな。そしてどこまでも純粋で、誰よりも気高く優しい。

 気に入った。その凄惨に人生が彼女を鍛え上げたのか、それとも生まれついての資質か、どちらにしても彼女の意思は固く強く、決して折れないだろう。

 突然の事に戸惑ってていたニーナたちも、ノインの想いを知って何も言えなくなっている。


「良いだろう。キミの望みの全てを叶えてやる。俺について来るがいい」

 

 なら俺の答えは決まっている。 彼女の望む全てを叶えてやろう。

 こうして、新たに旅に出る前に俺の弟子が新たに一人増えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ