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「さあ、それじゃあ始めようか」
初めての実戦に心が高ぶるのを抑えきれないまま、俺は相対する竜騎士たちに戦いを始めようと告げた。
あの後、どうにか母の誤解を解いて、国に戻ってきてやらなきゃいけない事なども無事に済ませ、父と母への縁談話を止めて、とりあえず、やるべき事が済んだところで竜騎士団から提案があったのだ。
つまり、発掘して装機竜人を使っての模擬戦。
竜騎士団側の思惑も透けて見えるけども、これは俺にとっても願ってもない提案だった。
せっかく手に入れたというのに、これまでバカ共の相手やら何やらで、実際に乗って使う機会がなかったのだ。
これでは何のために発掘したのか、手に入れたのか判らない。
せっかくの可変ロボットなのだ。自分の手で思う存分動かしたい。
ネーゼリアに転生して一番の楽しみにしていた事がようやく実現できるようになったのに、今までおあずけ状態だったのだ。ストレスが半端ではなかった。
本気で、一歩間違えればあのバカ共を、大使団のマヌケ共を皆殺しにしていたかも知れない。
そんな訳で、あちら側の思惑はともかく、竜騎士団の提案は渡りに船だったので、二つ返事で快諾した。
それでまあ、現状に至る訳だけど、俺は勿論、発掘した装機竜人の中で俺が使うと決めていた機体。
対する竜騎士団は、指揮官用のドラグニル・ロードを素材に造られた装機人が八機。
一対八の対決だ。
前にも説明したと思うが、指揮官用の機体は装機竜、装機人のどちらも上位種、ワイパーン・ロードにドラグニル・ロードを素材に造られており、十メートル程の大きさの一般機の倍の、二十メートルの大きさを誇る機体だ。
対して、俺の駆る装機竜人は、さらに上位種となるワイパーン・オブ・インフェルノを素材に造られており、本来なら、元となった魔物と同じ五十メートルの機体になるのだが、製作段階で錬金術で素材を収縮強化する事で、二十五メートル程の大きさになっている。
とりあえず、機体の大きさはほぼ同じ、機体性能では圧倒的な差があるとはいえ、一対八の上、俺は機体の操縦については全くの素人、竜騎士団側としては、万が一の事も無いように万全の態勢で、勝利を確実としたうえで勝負に臨んだつもりだろうが、残念ながらそう簡単にはいかない。
俺も負けるつもりは毛頭ない。
実戦とは言え、あくまでも模擬戦、機体を壊してしまう訳にはいかないので剣は実剣ではなく模擬剣。魔道砲などの砲撃戦用兵装も封印して、あくまでも近接戦だけでの戦いになる。
それこそが装機人の神髄なのだけど、せっかくの機会だ、思う存分に楽しませてもらう。
簡単に終わるなどと油断しないでくれると嬉しいのだけど、はてさて、どうなるか?
因みに、両親の縁談話については速攻でケリをつける事が出来た。
元々、本命はベルンとメリル、何より俺だったというのもあるが、両親に仲の良さが有名だったのも大きい。無理に割り込んで良好な夫婦仲を壊すような事になったらそれこそシャレにならないとさり気なく言って回れば、早々に縁談の話は立ち消えたのだから、我が両親ながら想像を絶するラブラブぶりだ。
流石に、兄と姉、ベルンとメリルの二人の縁談についてはどうする事も出来なかったし、元々、何かするつもりも無かったし、当たり前だが、これを機にとばかりに俺との縁談を持ちかけてくる強者もいたが、そちらは適当にあしらっておいた。
なお、そのついでに実は既に俺の弟か妹が既に出来ているのが判明した。
妊娠四か月ほどで、俺が出てすぐに判明したらしいが、驚かせようと今まで秘密にしていたらしい。
それならそれで、その事をさっさと伝えれば縁談話も立ち消えとまではいかなくても、少しは収まっただろうにと思うのだが、この手の問題は一気にケリをつけないと、色々と厄介な事になるから始めから俺に任せるつもりだったらしい。
・・・いやまあいいんだけどね、確かにその判断は正しかったし、下手に動くと縁談を押し付けられる可能性が高かったから、俺が戻るまで動かなっかったのは正しい判断なのだけど、
まあ、俺も弟や妹が増えるのはともかく、義母兄弟や義父兄弟が増えるのは厄介な匂いがしすぎで、絶対にゴメンだったから良いのだけど、何なのだろうね、この微妙な感じは?
まあいい、理不尽な気もしないでもないが、この憂さ晴らしもついでにしてしまうとしよう。
そんな訳で、竜騎士の皆には是非とも頑張って欲しいモノだ。あっという間に瞬殺なんて不甲斐ない真似はしないでもらいたいが、はてさて、それは彼らの実力次第だ。
百戦錬磨の竜騎士団の中でも、特に実力の優れた八人のハズなので、実力的には問題ないだろうが、果たしてどこまで楽しませてくれるだろうか?
「双方、準備は整ったようだな。それでははじめ」
そんな事を考えていると、模擬戦の開始の合図が王から告げられる。
そう、何と王が直々に観戦している御前試合になっている。
いや確かに、冷静に考えればそうなるわな。
王の号令と共に二機の装機人が動く。俺を左右から挟撃する形で距離を詰め。袈裟懸けの鋭い一撃を繰り出してくる。
同時に残りの機体も動き出し、俺が先制攻撃に対してどう対応しても、即座に次の攻撃に入る態勢を整えている。
二機の攻撃の鋭さも、連携も実に見事だ。これは期待していいかも知れない。
これなら、存分に楽しめそうだ。
俺は半歩ずれて斬撃を躱し、同時に右の機体の剣の付け根に突きを繰り出す。
振り下ろされる途中で予期せぬ衝撃を与えられ、持っていた剣が吹き飛ぶのを相手が理解するよりも早く、初手の攻撃が躱されたと次の攻撃に移ろうとしている機体の内、最も近い機体へと一気に距離を詰める。
初手は譲ったが、何時までも相手の行動を待つつもりは無い。
複数の敵と対する時には、特に相手よりも素早い動きで常に先手を取り、相手の行動を制限する必要がある。常に戦闘のペースを自分のモノとし、相手に冷静な状況判断をする余裕を与えず。思考と視野を狭くさせ、動きを制限させた上で殲滅する。これが対複数戦における基本だ。
ただ、それだけでは面白くない。相手の竜騎士にも、存分に本来の実力を発揮して欲しいところだ。
一気に距離を詰めてくる俺の動きに対応して、相手もまた突っ込む形で鋭い突きを放つ。
その動き自体は良い。だが、状況判断はまだまだだ。仲間の騎士との連携を取り、俺の動きを封じて一気に戦いを自分たちのモノにしたいなら、ここはあえて待ち受けて、自分は撃破されるのも覚悟の上で俺の攻撃を受け止めるべきだった。
数の有利を最大限に生かすためには、時として自己犠牲の判断も必要になる。その覚悟がまだできていないのか、圧倒的に有利な状況であえてやられる危険を冒す気になれなかったのか、まだ、俺を圧倒して倒せると油断しているのか?
どちらにしても、このままでは面白くない。油断と自惚れを捨て、全力で挑んでももらわなければ、ワザワザこの試合を受けた意味がない。
一撃で沈めるのも簡単だが、ここはあえて挑発しよう。
俺は突撃と共に放たれる突きをすり抜けて避けるのと同時に、相手の剣の付け根に突きを放ち、手にした剣を弾き飛ばす。更に機体に蹴りを入れて吹き飛ばし、その反動で機体の方向を転換し、元の場所へと戻ると共に、最初に攻撃してきた二機のうち、無視する形になった左の機体へ、こちらに気付いて攻撃してくるその剣の付け根に一撃を叩き込み、三度剣を弾き飛ばす。
同時にその場を離れ、俺を包囲しようとしていた相手から一端距離を取る。
さて、前座はこのくらいで十分だろう。
流石にここまでされて油断したままでいるほど愚かでもないだろう。
装機竜人の操縦が初めての俺では、いくら圧倒的な性能を誇る優れた機体でも、満足に使えず、性能を引き出すことも出来ないだろうと高を括っていたようだが、残念ながらそんなに甘くはない。
確かに俺は装機竜人の操縦は初めての素人だが、マリージアでの魔域の活性化で無数のSクラスの魔物との戦いを切り抜けた戦歴の持ち主だ。
操縦者と直接リンクするダイレクトフィードバックタイプの機体の操縦など即座に適応できるし、複数の敵を相手にする経験も十分過ぎる程に積んでいる。
たかだか八機程度の数で、俺を圧倒できると本気で思っていたのだろうか?
魔域の活性化中の激戦の中では、数千を超えるSクラスの魔物を相手に戦い抜いて来たのだ。
あの時の、死と隣り合わせのギリギリの状況と比べれば、八機程度の相手など取るに足らない。それこそ片手間に片付けられる程度でしかない。
少なくても全力で、持てる全てを出し切って何としても勝つのだと死力を尽くしてもらわなければ話にならない。
「その程度では話にならない。何か勘違いしているようだが、俺はES+ランク。自分たちとの圧倒的な実力差も理解できないようでは、そもそも騎士失格だ」
想定外の展開に呆然としている所に、容赦なく口撃を叩き込む。
プライドを粉々にされたとしても、驕りたかぶって現実を理解していないよりはマシだ。
「そもそも、どうして俺がこの模擬戦を引き受けたのか理解して無いようだな。そちらの思惑に気付かないとでも? 全て判って引き受けたんだよ」
ここまで言えば解るだろう。思い上がって高く伸びた鼻をへし折るためにこの試合を受けたのだと、
流石に、今までおあずけになっていた装機竜人の操縦の機会が巡ってきたからだけで受けた訳がない。
竜騎士団側の思惑は判りきっていたので、後で俺の不利益にならない様にバカな考えを叩き潰す予定だったのだ。
竜騎士団は国防の要。国を守る先鋭。
だからこそ、どこの国でもある種の驕りたかぶりが問題になる。
ある意味で仕方がないことかも知れないが、驕り、傲慢になり現実が見えなくなれば、そのまま壊滅の道を真っ直ぐに進むだけだ。
自業自得でしかないが、竜騎士団が壊滅すればそのまま国も終わる。彼らの所為で数千万の民が犠牲になるのだ。何の罪もない一般人に被害が及ぶのは避けたい。
そうでなくても、竜騎士団には父と兄がいるのだ。余りバカな真似をされては困る。
そんな訳で、実はこの試合、竜騎士団側の思惑はまる判りで、俺や国の重鎮、王などで話し合って決められて出来レースだったりする。
知らぬは本人たちばかりと・・・。
ここにきてようやく自分たちの状況に理解できたのか、観戦している竜騎士団も青くなって狼狽えている。この程度の策謀とも言えない程度を見抜けなかったのだ、思い上がって周りが見えていなかった証拠だ。
これでは言い逃れも出来ない。ようやくその事に気付いたようだが、もうどうする事も出来ない。
後は、せめて竜騎士が勝てばと一縷の望みを託すしかない。
当然その事に気付いているだろうし、何としても勝てと上から通信も入っているだろう。
これからは本当の意味で死力を尽くして戦うしかない。彼らは決死の覚悟で臨むしか無くなった訳だ。
これで俺も少しは楽しめそうだ。
さあ、決死の覚悟で臨む竜騎士団の先鋭の実力を見せてもらおう。
相手の纏う空気が変わった事がハッキリ判る。
全員が一気に仕掛けてくる。前衛として仕掛ける四機があえて直線的な動きを見せ、続く四機の動きを上手く隠している。
先程とは比べ物にならないほど鋭い斬撃が次々とくりだされてくる。余りの鋭さと速さに空気が悲鳴を上げ、斬り裂かれて真空を生み出している。
そうでなくてはいけない。俺は放たれる攻撃の全てを躱し、いなし、弾きながら満足する。
更に残りの四機が加わる。こちらに向かい投剣すると同時に、槍を鋭く突いてくる。
それも決して直線的にならず、味方の機影を利用してこちらの意表を突くように確実に仕掛けてくる。
そうでなくてはいけない。魔物の本能に任せて攻撃ではなく、竜騎士として実戦の中で磨き上げられた連携と最適な攻撃。
同士討ちする事なく、確実に敵を殲滅するために研鑽を続けられた技の冴えを存分に見せてもらわないと面白くない。
そもそも、八機すべてが剣を持っていた時点で、油断しているのは明白だ。
何故かなどと言うまでもない。剣は本来、複数の味方と同時に戦うには適さない武器なのだ。
時代劇などでよく多勢に無勢で挑んでおきながら一人や二人にぼろ負けするシーンがあるが、あれは悪役がやられるのは当然とか、単に腕の違いだけでなく、全員が剣を、刀を持って戦うなどと言う愚挙を冒し、互いに連携できず、数の有利を生かせないまま各個撃破されているからだ。
剣の斬り裂く動作は当然だがかなりのスペースを必要とする。一定空間に味方がいる場合味方も切ってしまうため、複数の味方と一緒に戦う時にはどうしても攻撃の幅が狭まる。
味方の剣を振るうスペースを確保しないといけないので、どうしても数に任せて一気に全員で畳みかけられなくなる。精々が、前後から挟撃する程度しかできないのだ。
それでは数の優位を生かせるとは言えない。
本当に数の優位を生かすのなら、相手を包囲して逃げ場をなくした上で、相手の間合いの外から槍で突いて確実に仕留める。
卑怯も何もない。最も確実で、効率のいい方法だ。
何よりも優先すべきは、味方の被害を最小限に止め、確実に敵を殲滅する事。そのための兵法や戦術であり、戦略なのだ。
それに、剣や槍しか持たない相手に銃火器で応戦するよりははるかにマシだろう。
まあ、この世界ではどれだけの火力の銃火器を持っていようが何の役にも立たない、俺の様な化け物が掃いて捨てるほどいるんだけど、
確実にこちらを包囲しようとして来る相手の動きを読みきり、決して包囲させないように立ち回りながら攻撃の全てを凌ぎきっていく。
一秒間に数百を超える一撃必殺の斬撃に刺突。観戦している内のどれだけが、戦いの様子を正確に把握できているだろうか?
全ての攻撃を躱し、いなし、弾き、逸らし、同士討ちを誘うように仕向ける。
味方の斬撃が生み出した真空が機体を撃つが、その程度は気にも留めずに全力で攻撃を続けてくる。
どうやら理解しているようだ。少しでも攻撃の手を緩めれば、その瞬間に反撃に転じられると、もっとも、その認識はまだ甘い、俺の実力を正確に把握できていない証拠だ。
実際には俺は何時でも反撃に移れるし、一瞬で殲滅できる。
実際に戦ってハッキリ判った。
機体性能の歴然とした差に、操縦者の実力と経験の差。竜騎士団の実力は俺が思っていたよりもかなり高いが、それでもこの程度の数では俺の相手ではない。
向こうは流石の俺も、猛攻の前に裁くので精一杯と思っているだろうが、この程度は魔域の活性化の死戦に比べれば生温い。
これはまあ経験の差だろう。
竜騎士団は俺よりもはるかに長く最前線で戦い続けてきているが、常に死戦に身を置き続けている訳ではない。むしろ、千年以上活性化が起きていない今では、命に危険を感じる程の激戦すらもないに等しいだろう。要するに、最前線で戦い続ける先鋭と言えども、俺から見たら温室育ちの甘ちゃんに過ぎないのだ。
・・・いや、俺が普通じゃないのは良く判っているから、
いきなり魔域の活性化に巻き込まれて命を懸けた戦いを強いられるなんて、本来ありえないっと判っているから、
そこは突っ込みなしでお願いします。
俺がオカシイだけで、周りをそんな異常な基準で見る方がどうかしているのは判っているから・・・。
とりあえず、俺も十分に楽しめたし、機体の性能も十分に把握できた。テストとしてはもう十分だろう。そろそろ終わらせるとしよう。
「成程。そちらの実力は良く判った事だし、そろそろ終わらせてもらう」
宣言と共に動く。
今迄の倍の速度で相手の後ろに回り込み、振り向く隙も与えず、動きに気付く間も与えずに全機を切り捨てて無力化する。
模擬戦の為に設置されたセンサーが、八機すべてが致命傷となる一撃を受けたと判断して機体の活動を停止したのだ。
「何が・・・」
呆然とした呟きが誰からともなく漏れる。
「考えが甘いよ。装機竜人は装機人の上位機。性能が同じ訳がないだろうに」
とは言え、流石にここまでとは思いもしなかっただろう。
俺自身引くぐらいの性能の違いだ。
これは本当に、全ての性能を極限まで引き出すのはBランクやAランクでは無理だろう。確実にこの機体はSクラス専用機だ。
Sクラスでなければ機体性能について行けずに自滅する。ここで判って良かった。
メリルたちの機体を渡して使わせようかと思っていたんだけども、そんなことしたらやばいどころの騒ぎじゃない。渡す前に気付けて良かったよ。
これも本気でシャレにならない危険物だ。
これの取り扱いも十分に注意しなければいけない。
もうベルゼリアとマリージア、アスタートの三国には引き渡す約束をしているが、それにも注意しないととんでもない事になりかねない。
本当に十万年前の物は常軌を逸し過ぎだ。
これから先、また増えた厄介事に思わずため息が漏れた。




