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「・・・もう、本気で勘弁してくれ」
考えが甘かった。面倒どころの騒ぎで済むはずがない。
頼むから俺を休ませてくれ!
忙しいだけならまだいいが、ひっきりなしに現れる来客がひたすらにウザい。
要件は判っているから少し待て、こちらにも色々と準備があるのは判るだろうと怒鳴り散らかせればどれだけいいか・・・。
四百機以上ある装機竜人の方はともかく、空中戦艦の数は四十一だけ、大してヒューマンの国だけでその数は八十に上る、全ての国に回す事が出来ないのだから、他国を出し抜いてでも手に入れようと必死になるのは判るが、少しは落ち着いて、冷静になれと言いたい。
こちらは初めに、少なくても発掘品の調査が終わらない限り手放す気はないと断言しているのだから、交渉の為に訪れる各国の大使へに対応に時間を取られれば、それだけ調査も遅れて、仮に交渉が上手くいって手に入れられる事になっても、実際に引き渡す日が遠くなる事ぐらい少し考えれば判るだろうに、
或いは、余りの煩わしさ交渉の類を一切受け付けなくなる危険性とかを考えないのだろうか?
実際、余りの煩わしさに、本気で宣言しようかとも考えているほどだ。
更に、元々は五十万程度の人口の防衛都市でしかないリスリルに、世界中の国の大使が集まってきているので、その関係でもトラブルが続出している。
言ってしまえば見栄の張り合いなのだが、国の威信をかけて他国よりも劣る宿に泊まる訳にはいかない、少なくてもあまり関係の良好でない国に隙を見せる様な真似は出来ない。
ついでに、接触の機会が増える俺と同じホテルに自分たちだけが泊まれないのは、出し抜かれる危険性が圧倒的に高くなるので、絶対に看過できない。
そんな訳で、、どこの国の大使たちも俺たちと同じ、リスリルで最も格式高いホテルに泊まろうとするのだが、如何せん客室には限りがある。
元いた客を追い出したとしても全ての国の大使団を止められる訳がない。それなら、大使団の代表と、数人の護衛だけがホテルに泊まる程度の程度の妥協をすればいいモノを、この機会に出し抜こうと下心満載で争い合うのだから目も当てられない。
結局、争いの仲裁まで俺が取り仕切る羽目になって、しかもそんな事が度々起きるので、精神的な疲労がドンドン溜まっていく。
それでも、ベルゼリアやマリージアの様に、俺との繋がりがあるために落ち着いて行動してくれる国があったのが救いだろう。
ベルゼリアは俺の母国で、家族から俺が確実に取引してくれると伝わっているので、最早余裕だし、マリージアにも、次期王太子のレイルに連絡を取って、確実に取引する約束をしているのでこちらも余裕だ。
あと、アスタートも、当事国として確実に取引すると確約しておいたので、こちらも安心して落ち着いた対応をしている。
ようするに、この三国がストッパーになって何とか他の国を抑えてもらっているのだが、それでもなお、イヤになるほどの騒ぎになっている。
「お疲れさまてずアベルさん。本当に大変ですね」
「ありがとう。しかし、無駄な騒ぎばかり起こして、仮にも国の重役にありながら、自分で自分の首を絞めている事が解らないのかね?」
冷えたジュースを差し出してくれたアレッサに礼を言って、一気に飲み干した後に、思わず本気で理解できないと愚痴を、疑問をこぼす。
本気で、発掘された空中戦艦と装機竜人を手に入れるために派遣されたハズのあの各国の大使団は、一体何をしているのだろうか?
彼らは騒ぎを起こすたびに、確実に俺からの印象を悪くしている事にすら気付いていないのだろうか?
子供だと思って甘く見ているとでも?
既に千年ぶりのレジェンドクラス候補とされ、それでなくても、ES+ランクにある俺を侮っているとしたら救いようのない愚か者だ。
そのあまりの救い様の無さに、共犯関係の三国の代表は呆れを通り越して苦笑いしている。
彼らにしても、現状の無秩序ぶりは頭痛の種だ。何とかしたいところだが、あまり高圧的に出る訳にもいかないし、裏取引がバレるのも避けたい。
・・・実際の所はもろバレだろうが、確証がないので他の国も強く出れない。だからこそ、下手に上から押さえ付けるとは反発が強くなってより収拾がつかなくなる。
負のスパイラルの連続か、本気でいったん交渉の中断を宣言しようかと思うぞ・・・。
・・・ベルゼリア、マリージア、アスタートの三国は、他の国が醜態をさらせば晒すほど、その国の弱みを握れるので本気で止めようとはしないだろうし、
その程度の事は初めから解っていたから別に良いんだが、他の国は本当にどうするつもりだ?
そろそろ、大使団の醜態が本国にも伝わっているハズだ、国のトップが本当に無能でない限り、真っ青になって事態の収拾に動き出すだろうが、
それで収まったとしても、既に無駄に費やされた三週間もの時間が返ってくるわけじゃない。
「この三週間は、本気で無駄になったよな・・・」
「それは、・・・・・・確かに」
思わずこぼれた愚痴をアレッサも躊躇いながらも否定はしなかった。
この三週間、どうにか交渉をと食い下がる各国の大使たちの相手に揉め事の仲裁に時間を取られっ話で、肝心の空中戦艦や装機竜人の調査も満足に出来ていないし、メリアたちの訓練も滞ってしまっている。
本気で時間を無駄にしただけだった・・・。
それも、確実にもうすぐ終わるハズだが、つい先日、来るのは判っていたけれども、ついに、空中戦艦や装機竜人に興味を持った趣味人のSクラスが来て、混乱に拍車がかかったのだから目も当てられない。
・・・と言うか、あの人、完全にからかって遊んでたよ。
初めて会う自分以外のSクラスは、ミランダ・アルマーク。俺と同じES+ランクで、二百五十歳になる女性だが、外見上は精々二十歳程度の美人で、オマケにかなりの悪戯好きだ。
大物の登場に慌てふためく大使たちの様子に、事情を察した彼女は、諫めるのではなく煽り立てて、からかい倒して遊んでいた。
彼女のおかげで、今日は何時もよりも更に疲れ果てたが、彼女の目的も判っているので文句も言えない。
ようするに、彼女はバカな大使団に止めを刺したのだ。他のSクラスまで来ている中での醜態だ、本国側も真っ青どころの騒ぎではない。彼らの命運は完全に潰えた訳だ。
これで、三週間も悩まされたバカ騒ぎも終わる。
なので、彼女にはお礼を言ってもいいくらいだが、本気で面白がって、遊んでいたのも事実なので、どうも素直にお礼を言う気になれない。
なんだろうか、俺なんかとは年季が違う常識の治外の一端を垣間見た感じだろうか?
とりあえず、これから彼女の相手をしなければいけないのだけども、掃討に苦労しそう、苦戦するだろう事は間違いない。
「まあ、それももう終わりだけど、これから更に苦労しそうだな。俺が言うのもなんだか、あれがSクラスか・・・」
「あはは・・・、その、がんばってくださいね」
少しだけ話した時の事を思い出したのか、アレッサは乾いた笑みを浮かべる。
今まで、Sクラスの判断基準は俺だけだったので、俺がSクラスの代表例だと思っていたのだろうが、実際に他のSクラスと出会って認識が違った事を思い知ったのだろう。
・・・俺とは比べ物にならない。
なんなんだ? あの自由な生き物は? フリーダム過ぎるにも程があるだろう!?
俺自身、自分がこの世界で自由に生きているとは思っていた。
国の思惑をまるっきし無視して冒険者として、自由に世界中を旅してみて回ろうとして、実際にしているのだから、貴族家に生まれた責務を放棄して自分勝手に生きていると言われても文句は言えない。
普通の人間からすれば、どうしようもなく自由気ままに生きているように見えるだろうが、彼女と比べればまだまだ甘いと思い知らされる。
流石に二百五十年のの年季は伊達ではないのか、俺たちの事も思う存分、翻弄してくれた。
ここに、アレッサしかいないのも、メリアたちは既にノックアウトしているのと、ユリィとケイはまだ捕まっているからだ。
立場的にSクラスの知り合いもいるユリィとケイは、奔放なミランダともある程度渡り合えていたので、逆に彼女に気に入られてしまい。いじり倒される羽目になってしまったのだ。
おかげで、こうして少し休む事が出来ているのだけれども、二人には非常に悪いと思う。
と言っても、流石に少し休まないと気力が持たない。
「正直、Sクラスがあそこまで奔放だとは思いませんでした。アベルさんとのあまりの違いにびっくりしています」
「まあ、俺はまだ十二歳に過ぎないからな。まだそれなりに気を使っているんだよ」
応えながらも、少し気を使い過ぎていたかも知れないとも思う。
流石に、あそこまで奔放には出来そうもないが、要らない我慢などする必要もないかと、もう少し自由に生きても良いかも知れないとは感じた。
「いずれは、俺もあんな風に自由に生きれるようになるのかね?」
「それは止めましょう。アベルさんは今のままが一番いいです!!」
だから、思わず漏らしただけなのだが、アレッサは過敏に反応する。
常に一緒にいる師が、あそこまでフリーダムではやっていけないと本気で思っているのだろう。
気持ちは判るが、アレッサ自身、いずれは俺や彼女と同じSクラスに、常軌を逸したフリーダムの権化になることを忘れていないか?
まあ、俺もアレッサがミランダのようになるのは嫌だから、気持ちは判るのだけど・・・。
「なんだか失礼な事を言われている気がするけど?」
「そんな事もないと思いますけど?」
突然背後から声をかけられて、アレッサは飛び上がって驚く。
俺もアレッサほどではないが、内心驚きを隠せない。
全く気配が感じられなかった。
くつろいでいたので、戦闘時のようにあらゆる手段で周りの気配を探知していた訳ではないとはいえ、完全にこちらに悟られずに部屋の中まで入って来て見せたのだ。少なくても、俺が彼女に同じ事をするのは不可能だと断言できる。
「余り驚かせないで下さいよ。こちらは余り慣れていないんですから」
「悪いね。つい、何時もの癖でね」
これが経験の差かと感心しながら、俺はともかく、他のみんなには気を使ってくれとクギを刺すと、朗らかに笑ってかえされる。
何時も、こんな風に誰かの部屋に入っているのかと、怯えて俺の後ろに隠れてしまったアレッサをあやしながら呆れる。
確実にしているのだろうと、彼女を見ていると確信できる。される方はたまったモノでは無いだろうが、付き合いが長くなればもう諦めるのだろうか?
諦めて何の反応もしなくなったら、更なる悪戯の餌食になるのも目に見えている気がするが・・・。
「それで、いったいどうしたんですか? それとユリィとケイは?」
「なに、少しキミと話がしたいと思ってね。それと、あの二人ならもう寝ているよ。何か余程疲れる事があったらしい」
間違いなく貴方の相手をしてだとは言わないでおく。間違いなく判っていっている。
「お話ですか? それでは私はこれで失礼しますね」
「ああ、別に秘密の話じゃないから、貴方も一緒に聞いて」
すかさず逃げ出そうとしたアレッサは、失敗してしょんぼりする。
気持ちは判るが我慢してくれ、俺としても彼女と二人きりは勘弁して欲しい。
ミランダにもアレッサにも座るように勧め、俺とミランダは向き合って、アレッサは俺の隣に腰掛ける。
「まわりくどいのは好きじゃないから、ハッキリ言えば、私がここに来たのは、発見された空中戦艦や装機竜人に興味があったのも確かだけど、一番の目的は貴方に、レジェンドクラス候補の貴方に会って本質を確かめる為よ」
「でしょうね」
向かい合って座るとすぐさま切り出してきた内容に、俺も当然頷く。
初めから解っていた事だ。今よりもはるかに優れた文明を誇っていた一千年前の遺産も確かに興味深いだろうが、それよりもまず興味を引くのが、俺自身な事は、
「千年ぶりのレジェンドクラス候補。私たちを遥かに超える力を持った僅か十二歳の少年。関心を持たない方が無理よ。それ程、キミは今の世界の中で脅威なのだから」
「自覚をしていますよ。自重する気はありませんけど」
今更、周りの目を気にして生きるつもりは無い。目立たずに生きるのは不可能だと判りきったからない。思う存分、自分の好きに生きさせてもらう。
「だろうね。それで構わないよ。今の君ならば問題ない。もっと自由に生きればいい」
「そうさせてもらいますよ。貴方ほど、自由奔放に生きれるようになれるかは判りませんが」
だが、正直憧れもする。何物にも縛られない生き方は理想だ。
会って間もないのに、そんな判断を下せるのかなんて、無駄な質問はしない。
彼女は来た瞬間から、俺の事を観察し続けていたのだ。
大使団をからかいながら、メリアたちを翻弄しながら、ユリィとケイで遊び倒しながら、俺の情報を残らず集めていた。
一目見た瞬間から解っていたので、止めもしなかったし、気にも留めていなかったが、どうやら、俺は彼女に合格点をもらえたらしい。
「それにしても、合格点を貰えた様でホッとしましたよ。若すぎて危険とみなされるかとも思いましたから」
「そんなくだらない事を問題にはしないさ。確かにキミは余りにも若すぎるけど、本人がそれを十分に理解している。理解した上で利用している。それならば問題ない」
ああやっぱり、俺が時間を無駄と判りながら、あえて大使団を放置していたのもバレているな。
他のみんなには悪いけれども、これからの旅を快適に過ごすために、あえて大使団の正体を収集しないで放置して、各国に貸しを作っていたのだ。
実の所、さり気なく扇動して煽り立ててもいた。
これについては、別に悪いとは一切思わない。大使団一行の未来は完全に閉ざされた訳だが、そもそも、俺を不快にするほど無能だったのが悪い。
国の要職にある者が無能なのは害悪でしかない。早々に排除した方が国の為なのだから、文句を言われる筋合いもない。単に自滅するように仕向けただけなのだから、自滅した自分が悪いのだ。
無能で愚かな自分を恨むならともかく、俺に責任を押し付けるのは勘違いもいいところだ。
「年の割に随分シッカリしているし、強かだ。キミならバカな奴ら名誑かされる心配も無いし、一安心だよ」
「貴方の心配は判りますが、あんなバカな奴らと一緒にされるのは心外ですよ」
彼女がここに来た理由は俺が戦争の引き金になりかねないかを見極めるためだ。
特に、強力な兵器の発掘に成功した今となっては、俺一人の動向で世界のパワーバランスを崩し、一気に戦争に突入する危険性があった。
ここに来ていた大使団の中にも、俺を取り込んで一気に自国の勢力を増そう程度ならともかく、俺と発掘品の力で世界統一などとバカな事を夢想していた、救いようのない愚か者すらいた。
正直、あんな愚か者が平然と国の要職についている事実に愕然としたほどだ。
だからこそ、排除するのに一切躊躇いも、容赦もしなかったのだけども、これでバカ共が一掃でき打訳でもないのが、頭の痛いところだ。
「未だに戦争なんてしようとするバカが居ること自体、理解不能なんですけど」
「それは私も同意見だが。人間の欲望は際限がないし、救いようのないバカと言うのも、必ず一定数出るものだからな。諦めるしかないだろう」
バカを全滅させる事は出来ないと、流石の彼女も諦めている様で、思わずと言ったように深い溜息をつきなずら苦笑している。
「まあ、今回のように国の要職などに就いた者でない限りは放っておくに越した事はない。一々相手をしていても面倒なだけなのだからな」
救いようのないほど馬鹿な考えでも、根絶するのは難しい、むしろ不可能なんだから、害がないなら放っておくしかないのは自明の理だ。
俺たちなら、手当たり次第に排除するのも不可能ではないが、どれだけ排除しても全滅させるのは無理だろう。
「自分たちだけ安全な場所にいて、状況が理解できないバカだけならともかく、現実を知っているハズなのに理解していないバカが居るのが厄介なのよね」
何時の間にか、彼女の愚痴に付き合う形になっている気がするが、二百五十年生きてきた中で溜まった鬱憤なのだろう。ここは素直に聞いていた方が良いだろう。
「特にヒューマン至上主義のバカ共。あいつらだけは本気でどうにかならないかしらね」
「それは確かに」
同意しながらも、自由奔放。自分の好きに生きている彼女をして、そこまで言わしめるヒューマン至上主義のバカ共の救い様の無さに、思わず戦慄する。
どこにでもバカはいるものだと判ってはいたが、そこまで救いようのないバカとはまだ会った事はない。どうやら、俺の認識はまだ甘かったようだ。気を引き締めなければいけない。
「今でこそ自由気ままに過ごせているけど、私も、今までバカ共の相手には散々苦労させられたからね。だから、今回のキミの件も、内心、ひやひやしていたんだよ、杞憂だと判ってホッとすしたし、キミをバカ共と同類化と疑ったのは悪かったけどね」
或いは、彼女の奔放さは、散々バカ共の相手をさせられてきた反動なのかも知れない。
どうしようもないバカ共を相手に、まともに相手をしてられるかと切れてしまったのが原因とか・・・。
ありそうで怖いのだけど・・・。
そうすると、俺もいつか、彼女みたいになる日が来るのだろうか?
願わくば、切れるまでバカ共の相手をしなければいけないような事になりませんように、
「いえ、それは仕方のない事ですし、気にしていませんよ」
俺の人となりを予め調べていても、実際に会ってみなければ判らないのだから、彼女の心配も当然だ。気にするような事じゃない。
「ありがと、ああ、それと、私もしばらくは一緒に居るから、そんなに改まって話す必要はないわよ」
「はっ・・・?」
最後に放たれた爆弾に、俺もアレッサも間の抜けた声を漏らす。
彼女と、ミランダと一緒に旅をする?
どうやら、まだまだ振り回される日々は続きそうだ。




