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思いのほか早かったな。
遺跡の入り口になる泉のほとりで待つこと約一時間。ユリィとケイは勿論、メリアたちも全員無事に辿り着いた。
実の所、今回の試験はメリアたちにはかなり厳しい物だった。
死ぬ事はないが、今まで俺が教えてきた事をフルに活かしきり、互いに最善の連携で切り抜けなければ突破できない、極めて厳しいレベルに設定したのに、彼女たちは平然と、それもこんなに早く乗り越えてきたのだ。
これは、素直に嬉しい。
彼女たちは、俺が思うよりも確実に、シッカリと成長しているのだ。
これは、何かお祝いをしたいところだな。彼女たちの成長を祝いたい。
そうすると何がいいかな、ここはやはり、今しがた仕留めたレッド・ヒュドラの肉が良いだろう。
レッド・ヒュドラのテール煮込み。タンシチュー。ヒレ肉のロースト。リブ肉のステーキ。これに決まりだ。極上の美味で、遺跡探索の成果と、彼女たちの成長を祝うとしよう。
そう考えると、実にいいタイミングで来てくれたものだと、ワザワザやられに来てくれたレッド・ヒュドラに感謝する。
向こうにしてみればたまったモノでは無いだろうが、あえて今日、外へ向かっていった自分の不幸を呪ってくれ、それに、どの道、外に出た所で、アスタート竜騎士団が総力を挙げて討伐していたハズなので、遅いか早いかの差でしかない。
俺としては、極上の食材が早々に手に入って嬉しい限りだ。
「みんなお疲れ。思ったよりも早かったね」
「そうですか、良かったです。頑張ったかいがありました」
「みんな頑張っていたわよ。キミに認めて欲しくて一生懸命だったんじゃないかな」
笑顔で出迎えると嬉しそうに応えてくれる。何やらケイが茶化してくるが気にしない方向で、
「メリアたちもこれで今の自分の実力がハッキリ判っただろう。その上で、自分に出来る事と出来ない事、生き抜くために必要な事と覚えるべき事も見えて来たんじゃないかな?」
自分の実力を正確に把握しておくのは、戦いに勝ち、生き抜く上でこれ以上ない程に重要な事だ。だが、彼女たちは今まであまりの成長速度に自分の今の力を正確に測る機会がなかった。
その意味でも、今回の件はいい経験になっただろう。
「はい、今の自分に必要な事がハッキリと解りました。これからもよろしくお願いしますね、アベル師匠」
「よろしくお願いします。師匠」
リリアが真剣な表情で頭を下げて、五人がそれに続いて頭を下げる。
なんだろう。こういうのもやっぱり良いかも知れない。
「勿論。みんな俺の弟子なんだから、どこに出しても恥ずかしくない最高レベルに仕上げてみせるよ」
それで手放すつもりも無いけど、とは言わないでおく。
多分だけとも、彼女たちは全員がSクラスにまでなれるはずだ。彼女たちがSクラスにランクアップするのと、俺がレジェンドクラスになるのどちらが早いか知らないけれども、
彼女たちにすれば、そこまで強くなれればもう用はないかも知れないが、それでハイそうですかと逃すほど俺は甘くない。これからもシッカリと付き合ってもらう。
「それじゃあ、皆もシッカリと今の自分を確認できた事だし、遺跡調査が終わったらお祝いをしよう。ちょうど、レッド・ヒュドラが手に入ったから、最高の肉料理を楽しめるハズだ」
そのためにも、美味しい物で釣るのは非常に効率的だろう。
俺自身、何時かはレジェンドクラスの魔物の肉を、それらで作られた至上の更に上を行く、今まで味わってきた者とは比べ物にならない味を楽しみたいと思う。
どれ程、極上の体験が待ち受けているのか想像もつかないが、彼女たちを釣るための、繋ぎ止めるための最高の材料になるだろう。
「それは楽しみだね。今まで食べたのもかなりのものだったけど、それよりもはるかに素晴らしい極上の美味が楽しめる訳だね」
何かケイが目を輝かせている。
前世のドワーフだと、どこまでも酒に拘るイメージだけども、彼女を見ていると肉料理への拘りの方が強い気がする。
勿論、それを肴に飲む酒への拘りも相当なものだけれども、まず、何よりも肉、食事への拘りが半端ではない。
まあ、前世の地球のドワーフのイメージは、存在しない空想上の種族へのモノなのだから、実際のドワーフと違っていて当然なのだけれども、ドワーフは食いしん坊種族なのだろうか?
・・・人の事を言えないだろうと自覚はしているが、
「あくまで、遺跡の調査が終わったらだよ。それじゃあ、そろそろ行こうか」
そう言って俺は全員に水中移動の為の魔法をかける。
この魔法は、水生の魔物との戦いには必須なのだけれども、結構、使える者の少ない難しい魔法でもあったりする。
魔法そのものが難しいのではなく、複数の属性を併せ持つ魔法なので、少なくても水と風の魔法属性を持っていないと使えないので難しい。
これもテンプレだけれども、全属性の魔法を使える者なんでまずいない。全十八属性の内、二・三属性を使えるのが大半で、十属性以上を使える者などほとんどいない。
メリアたちはかなり才能があるのか、メリアとリリアが五属性、エイシャとアレッサが七属性、シャリアとアリアが八属性を使える。なお、ユリィとケイは十属性を使える。
・・・俺の使える属性については、言わずもがなな気もするが秘密と言う事で、
まあとりあえず、そんな訳で水と風の両方の属性の魔法を使えないとダメなので、水中移動の為の魔法は使い手が少ない。
勿論、彼女たちの何人かは使えるけれども、全員が使える訳ではないので俺がかける事にした。
水中は透明度が高く、周りがハッキリと解るが、生物の姿は全くない。
火山の影響で、水の成分が生き物が暮らすにはそぐわないモノになってしまっているのだ。
そんな死の世界を潜り、泉の底の遺跡の入り口に辿り着く。
このまま開けると中に水が入り込んで水没してしまうので、入口の周辺に水を防ぐ結界を張ってから、巨大な飛空艇の製造工場にしては小さい、まあ、飛空艇の搬入路ではなく、生産する技術者たちの為の出入り口であったのだろうドアを開ける。
中に入ったら、早速ドアを閉めて結界と水中移動の魔法も解く。
「ここが遺跡ですか」
アリアが興味深そうに辺りを見渡している。
アリアだけじゃない、メリアやリリアもアレッサも、ユリィとケイも興味深そうに辺りを見回したり調べたりしている。
「一様、注意してくれ、遺跡の防犯機能は生きているハズだから、何かしらの仕掛けがあるのは確定だからな」
そう言うと、さっと俺の元に集まってくる。今よりもはるかに優れた魔道技術を持っていた十万年前の遺跡だ。当時としては大したことの無い程度の防犯設備でも、今では阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出すのも十分に考えられる。
ここは、俺に全て任せようと言う彼女たちの判断は正しい。
頼られて悪い気もしないし・・・。
と言っても、ここはまだ技術者たちの為の入り口であり、要の生産工場はずっと奥だ。
元々人の行き来が多かっただろうこの場所に何か仕掛けられている可能性は低いし、防犯設備もそう大したものではないだろう。
問題なのは工場の入り口だ。
最重要ブロックの入り口には、当然、厳重なセキュリティーが敷かれているだろう。
俺たちはこの工場の正規のIDを持っていないので、不法侵入者として排除対象になるのは確実。出来ればこの工場のIDを手に入れられればいいのだけども、IDの登録者でないため使えないのがオチだろう。
「とりあえず調べてみよう」
目的は工場の設備だけれども、それ以外にも色々と残っている可能性もある。せっかくの未発見の遺跡なのだから、自分たちの手で隅々まで調べないなんてもったいない。
何気なく使われている魔道具一つとっても、今の物よりも高性能で、当然、価値も高いだろう。
ついでに言えば、魔物の脅威が減り、過剰な戦力が必要なくなったとこの工場の破棄を決めたのは、例のチート転生者たち自身なのだから、この遺跡にも彼らが後世に残したメッセージが残っているかも知れないのだから、探さない手はない。
「遺跡と言っても、見た目は今とそう変わらないね」
「それはそうさ、ここは元々、飛空艇の生産工場だったんだ。人が常に出入りして使う施設なんだから、物語の様に迷宮の様になっていたり、無数の罠が張り巡らされているなんてことがあるハズがない」
メリアの感想に苦笑するが、実際、物語なのでの遺跡探査しか知らなければ、そんな感想が出て来るのも当然だろう。良くあるダンジョンのような危険に満ち溢れた、様々な罠が張り巡らされた迷宮を突破した果てに、最奥に宝物庫があるなどと言う作りの遺跡が実際にあるハズがない。
冷静になって考えれば判る事だが、遺跡はかつての人々が普通に使っていた施設の跡だ。当然、日常的に使っていたのだから、行き来するだけで命にかかわるような施設があるハズがない。
かつての宮殿などの遺跡であっても、当然、他のどの施設よりも防犯のセキュリティーは厳重なのは当然でも、使われていた当時は主に人の手によって守られていたハズなのだから、そうそう殺人的にトラップなどがあるハズもないし、ある意味定番の、遺跡そのものが崩れるトラップなどがあるハズがない。
・・・そんなトラップなど、冷静になれ、いったい何を考えている?
としか言えないだろう。
侵入者がある度に施設ごと消し去るようなことを当時はしていたとでも?
もし本当にそう思うのならば、本気で一回病院で精密検査を受けた方が良い。
実際、その遺跡が当時何に使われていたのかが解れば、基本的には、現在の同様の施設と似た構造と考えていい。この遺跡の場合は、飛空艇の生産工場なのだから、現在の同様の工場の間取り図を参考にすれば効率よく調査できると言う事だ。。
「基本的には現在の工場と同じようなつくりのハズだよ。まさか、破棄する時にワザワザ、侵入者を阻むために造り替えたりなんてするハズがないからね」
そう、ぶっちゃけ、破棄する時に大規模な改装工事でも行っていない限り、物語に出て来るような迷宮の様なスリリングな遺跡などありはしない。
そして、実際にそんな事をした奴がいたのなら、余程の狂人か、頭がオカシイとしか思えない。
破棄するためにワザワザ、莫大な費用をかけて垂物を造り替える?
どうかしているとしかえ思えないし、普通に誰かが止めるに決まっている。
「そうか、それじゃあ遺跡調査よりも工場見学って感じ?」
エイシャの感想は正しいが、だからと言って気を抜かれては困る。
俺は再度注意を促して探索を始める。
まずは玄関ホールになっている所から受付を過ぎて、オフィスとして使われていた所に、続いて応接室に食道、休憩室にロッカールームなど、ごく普通の会社の設備を見て回るけれども、大した物はない。
まあ、それも当然だろう。破棄されたと言っても、この工場は過剰な戦力が必要なくなったので、生産中止の為に破棄されたのだ。
突然の事故や災害で破棄されたのではないのだから、破棄されるまでにめぼしい物は持ち出されているに決まっている。
これもまた、物語などでよくある展開の様に、十万年前に突如として文明が崩壊したのならば、この遺跡にその崩壊の原因のヒントが残されているなんて展開もあるだろうが、この世界では突然の文明崩壊が起きた事など一度も無い。
と言うか、もし本当にそんな事が起きたならば、人類社会だけでなく、人類そのものが終わっている。
そんな災害がありながらも、当然の様に復興できるほど、この世界は甘くない。
「端末に当時の情報でも残っていないかと思ったんだけど、それらしき物は残てないな。残念。これは工場区画以外は大して期待出来なさそうだ」
一般事務に使われていた物などは残っていないが、逆に、工場内には必要なくなった兵器群も一緒に眠っているのは確実だ。
と言う訳で、めぼしい物がなさそうなのでこの辺りの探査は止めて、早速工場区画に行く事にする。IDなどが発見できなかったのは残念だが、見付けたとしても使えなかっただろうと思って諦めるしかないだろう。
せっかくなのだから、後の後輩の為に何か残してくれても良いのにと、この遺跡を残した転生者に思わなくもないけれども、それも流石に不条理だろう。
こちらはまあ、テンプレ通りなのか、お宝が眠っている工場区は遺跡の最奥にある。
工場区画とを区切る厳重な扉にはモニターが付いており、それでIDを確認して人の出入りを確認していたのだろうが、現在、何故かそのモニターにはこの世界では使われていない日本語が映っている。
(新たにネーゼリアに転生した同士に、この遺跡の全てを残す)
そう書かれた画面をクリックすると、次の文章が出てくる。
(私たちと同じ地球からの転生者であることを確認するため、いくつかのクイズに答えてもらう)
ああ、何かこういうパターンも物語では良くあるよな。そう思うと何か疲れた気もするけれども、とりあえず次に進める。
(カグヤの名の由来は?)
同じ地球からの転生者と言っても、俺と彼らとでは違う地球の出身のようだが、彼らも自分たちとは別の地球からの転生者の存在を知っていたので、こういう、確実に同じ答えになる問題にしたのだろう。
流石に、竹取物語のかぐや姫は、並行世界の別の地球であっても別のものになっているなんて事はありえない。
(この遺跡、アマテラスは何を指す?)
答えを入力すると次の問題が出てくる。
残された遺跡の名前は日本神話になぞらえられていて、このアマテラス以外にも、既に発見されている遺跡でツクヨミやスサノオ、ヤタノカガミやアマノイワトなど、神々や神話に出てくる神器などの名がつけられている。
勿論、アマテラスは、天照大神、日本の、高天原の主神であり、太陽の神だ。
(スサノオが八岐大蛇を退治して得た剣は?)
草薙剣。或いは天叢雲剣。八岐大蛇の尾から出てきたと言う、所謂、ドロップアイテム。倒す前から持っていれば楽に戦えたのにと思う事もあるゲームの定番。
そう言えば、このクイズに間違えて転生者ではないと判断された場合、防犯機能で強制排除されるのだろうか?
どんな仕掛けが施されているのか、若干、興味も沸いたけれども、ワザと間違えて実際に試すつもりも無いので、正解を入力していく。
(貴方を私たちと同じ転生者と認める。ココに収められた遺産をどう使うかは貴方の自由だ。だが、使い方を誤れば貴方自身どころか、世界すらも破滅させてしまいかねない事を忘れない事だ)
最後のメッセージを残してモニターが消える。
これでロックが解除されたのだろう。
最後の忠告については、言われるまでもないがシッカリ気をつけるべきだ。ココに残されている兵器は強力な、今の物とは比べ物にならない性能の兵器ばかりなのだから、それを手に入れてよからぬ事を考えるバカも出て来るだろう。
戦争とか、戦争とか、戦争とか、
ヒューマンによる世界統一なんてバカな事を言い出すのが出てくる可能性もある。
遺跡調査をして、太古の遺産を発掘しただけでどうしようもない面倒事が増えるのはどうにかならないだろうか?
ならないね。地球でも実際に行け機の発掘が終わった後の面倒事が多いのは、考古学者にとって当然だったみたいだし、自分で遺跡探査をすると決めたんだから、諦めるしかない。
とりあえず、後の事を考えるよりも今は遺跡探索の本番を楽しもう。
「あのアベルくん? 一体何をしていたの?」
「セキュリティーを解除して、ドアを開けていたんだよ」
メリアが心底不思議そうに尋ねてくるのは当然だ。日本語が読めない彼女たちには未知の言葉の羅列が移り変わって行っただけだし、俺が何だか判らない何かを入力していただけだ。
実の所、彼女たちに日本語を教えて欲しいとせがまれているのだけど、今のところ教えていない。
彼女たちが日本語を覚えてしまうと、例の本やこの遺跡にも書かれている転生者云々などがバレてしまって、問い詰められて説明しなくてはいけなくなるのは目に見えているので、今のところはそんな危険を冒すつもりは無い。
「それじゃあ奥に進めるの?」
「ああ、いよいよクライマックスだ」
さっきのメッセージからも、この先に太鼓の遺産が眠っているのは確実だ。
古のオーバーテクノロジーによって造り出された超兵器の数々。トレジャーハントの醍醐味との対面に心が躍るのを抑えきれないまま、早速ドアを開け、工場区へと入る。




