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鉄火丼に続いていただいた寿司もまた極上の一言だった。
シャリの米や酢に、醤油やワサビなど、使われる食材の全てが例が拘って造らせている1品。つまりはこれ以上ない程の極上品。そして使われるネタは職人たちが命懸けで採ってきた最高の物。それを最高の技術で寿司に仕上げるのだから、その出来は言うまでもない。正直、こんな寿司を食べてしまったら、これ以降他の寿司で満足できるか疑問なくらいだよ。
「至福だよ」
「流石はレイ様です」
「おっと、まだ満足するには早いよ。次は天ぷらだからね」
レイがそう言うと、何時の間にか寿司の職人に変わって、今まで居なかった料理人が姿を現す。
「私どもも準備は整っております」
「うん。頼むよ」
新たに現れた料理人4名。うん。この人たちもES+ランクの実力があるね。
寿司職人の人たちと同じで、何で料理人をしているのかなと本気で疑問に思うけど、多分、それは聞かない方が良いと思う。
まあ、疑問に思っているのは俺だけじゃないのは明らかなんだけど、誰一人として疑問を口にしないのは間違いなく、俺と同じように感じているからだと思う。これは聞いてはいけない問題だと。
そんな俺たちの葛藤を尻目に、料理人たちは見事な手際で用意を進めて行く。
天ぷら鍋になみなみと注がれた油は、見ただけで極上のごま油だと判る。
脂がちょうど良い温度になったところで、すかさず衣をまとわせたネタが放り込まれる。最初のネタはナスだ。包丁で切れ目を入れられたナスはすぐにも揚がり、そのまま俺たちの前に運ばれる。
「まずはナスからどうぞ」
「うん。頂くよ」
レイが箸をつけると同時に、次のネタが上げられ始める。次はどうやらシイタケみたいだ。
おっと見ていないで俺達も食べよう。天ぷらはやっぱり揚げたてを食べるのが一番だ。天ツユに少し付けて頂く。つくっとした衣と柔らかでいながらジューシーなナスのみが実に見事。ごま油の香りが食欲をそそり、それでいながら全く油のくどさがない。素材の旨味をそのまま楽しめるようになっている。
「うん。美味しいね」
「ヤッパリ、天ぷらは料理人の腕が本当にハッキリ済ますね」
特に天ツユに付けてもサクサクとした食感を全く損なわない衣は見事としか言いようがない。
寿司のシャリの分量や握る力加減などほんの僅かな違いが味を大きく変えるのと同じように、ネタの処理に衣のつくり方、衣の付け具合にネタに適切な油の温度の管理、最適な揚げ時間など挙げればキリのない料理の味を左右するポイントを、全て最高の手順でこなしているからこそ、この天ぷらは並ぶものがない程に美味しくなっている。
それこの天つゆも本当に見事だ。
どうやったらここまで天ぷらの味を高められるのか謎なくらいにスゴイ。
「続きましてシイタケです。こちらは塩でお召し上がりください」
「うん。これも美味しいね」
レイは揚げたての天ぷらを覚ましもしないで、塩を軽く振りかけてそのまま一口で食べると、アツアツなのもご馳走とばかりに満足げに頷く。
俺たちも少し塩を振りかけて、少しだけ息を吹きかけて冷ましてから食べる。
うん。本気で美味しいね。シイタケはきのこの中でも特に香りが強いけれども、この天ぷらはその香りを存分に楽しめるようになっている。あえて天つゆじゃなくて塩で食べるのも、香りを余さずに楽しめるようにする為だろう。
そして、香りと共にシイタケの旨みエキスが噛んだはしから口の中に溢れてくる。その旨みを極上の塩がさらに引き立てる。うん。味の面でも、天つゆよりも塩の方がより一層シイタケの旨みを引き出しているかも知れない。
「お次はシソシメジです」
続いてはシソで包まれたシメジ。いささか変則的なネタが来たけれども、これも美味しい。シソの爽やかな香りが意外な程にシメジと合っている。
「アスパラです。塩でどうぞ」
アスパラガスの天ぷらも実に美味い。特に心地よい歯応えが良い。
「キスをどうぞ」
江戸前の天ぷらの定番のキスだね。どうでも良いけどコレは白キスかな? それともキスの魔物なのかな?
「お次はハゼです」
ハゼの天ぷらも本気で美味しい。これは明らかに普通のハゼのサイズじゃないから、ハゼの魔物だね。ランクがどれくらいなのか知らないけど、ここまで美味しいとなると、駆らりの高ランクの魔物じゃないかな。
「アナゴです」
このアナゴは、間違いなく以前俺が狩って丼にしたのと同じヤツだよね。うん。天ぷらにしても素晴らしい。
「イカはゲソもどうぞ」
あえてゲソの部分も出してきたと言う事は、このゲソは相当美味しいんだろう。
どんなモノなのかなと期待して食べてみると、高まった期待をさらに上回る美味しさだよ。以下の身はぷりぷりでありながら容易く噛み切れる程に柔らかく、ゲソはそんな身寄りも更に柔らかいのに信じられないくらい濃厚な味わいだ。
「このゲソはスゴイ」
「本当に驚きです」
「どうも。続きましてエビです」
エビ天も2種類ある。どう違うのか楽しみだ。まずひとつめは伊勢エビを丸々挙げたような大ぶりのエビの天ぷら。もうひとつは更に大きなエビの魔物を切り身にした天ぷら。
どちらも美味しいけど、俺としては伊勢エビみたいなのの天ぷらの方が好みかな。味はもうひとつの方が濃厚なんだけど、こっちは身が本当にぷりぷりしていて、エビを食べているっていう満足感が半端ない。
「カニの天ぷらです」
次はカニか。カニの天ぷらも美味しいんだよね。エビとはまた違った味わいと言うか。焼いたり鍋で食べるのとは違う楽しみ方が出来るし。
「続きまして、貝の天ぷら3種です」
これはホタテにハマグリにカキだね。フライじゃなくて天ぷらで食べるのは初めてかも知れない。
うん。フライにした時とはまた違った美味しさがあるね。
「シメは、タイの天ぷらです」
徳川家康の大好物だったタイの天ぷらだね。もっとも、コレは徳川家康の食べてたものより比較にならないくらい美味しいだろうけどね。なんと言っても使っているタイの美味しさの桁が違うから。
さっき食べた寿司にも使われていた、100メートルを超える大きさのSS+ランクのタイの魔物。
寿司ではそのままと昆布締めにしたもの、皮目を残して炙ったものの3品を食べ比べたけど、こちにの2つあるのは何か違いがあるのかな?
因みに、俺は寿司では皮目を残して炙った物が一番美味しかったと思う。100メートルサイズのタイなので、皮の厚さもかなりのモノになる。それを身とのバランスを最高の割合に保ちながら皮も一緒に残すのには熟練の腕が必要になる。後、炙られた皮の旨みが本当に最高だった。
「こちらもひとつは皮つきか」
「鱗をキレイに剥ぎ取って、身とのバランスを最高に保つ割合で皮を残す。スゴイ技術ですね」
「そして、それだけの技術が必要なのが当然と思える美味しさ」
タイの天ぷらは、天下人が好むのも当然の味わいで、徳川家康がこの世界に来ていたら、今まで食べていたタイの天ぷらはいったい何だったんだと嘆きながら、この天ぷらを死ねまで食べ続けていたんじゃないかなと思わず妄想してしまう程に美味しかった。
「うん。キミたちも腕を上げたね。特にタイの天ぷらは見事だったよ」
「お褒めに預かり。光栄至極であります」
レイは確かにタイの天ぷらが気に入ったみたいで、これだけで一升瓶1本空けていたよ。
「じゃあ次は天丼だね。具材はお任せにするよ」
「判りました」
まだ食べるのかと言われそうだけど、当然まだ食べるよ。天丼を食べた後にまた寿司に戻っても良いくらいだし。
「お待たせしました。まずは鳥天丼です」
なんて考えている内に出て来たのは、鶏肉の天ぷらに卵の天ぷら付きの鳥天丼。と言うかこれって親子丼じゃないかな?
なんて考えながら、半熟と言うより温泉卵状態の卵の天ぷらを崩して、鳥の天ぷらにあえながら食べる。
うん。本当に美味しい。実に見事な親子丼だ。天丼で造られた最高の親子丼。成程、これをまず初めに持ってくるとはなかなか。
「そして海鮮天丼です」
意表を突いた天丼をはじめに出してから、正統派の天丼を出して来るか、なかなか挑発的だね。
海鮮天丼は、その名の通りエビにイカ、アナゴにキスなど盛りだくさんに乗っている。それらの具材が濃厚な天丼用の天つゆを纏って実に美味しそう。
特にこのアナゴが美味しい。さっきの寿司のアナゴも見事だったんだけどね。丼となると食べ応えが違うからね。
「あえて具材を絞らないで海鮮尽くしにしたね」
「はい。そちらの方がより一層楽しんでいただけるかと」
エビ好きなら、エビ尽くし天丼の方が普通ならよろ喜ぶだろうけど、この海鮮天丼は、それぞれの好みよりも更に上を行くと思う。
ついでに言えば、さっき天ぷらで食べた時とは明らかに違う味わいが、舌を飽きさせない。
「さて、満足してもらえたかなみんな」
「はい。本当に美味しかったです。大満足ですよ」
問題があるとすれば、ヅギから寿司や天ぷらを食べた時に、コレと比較してしまう事だけだね。
「気に入ってもらえてなにより、そうだみんな、私はアベルたちと一緒に旅をする事にしたから、みんなもついて来るように」
「「「「「判りました。お供いたしますレイ様」」」」」
うん? アレ?
ひょっとしてこの店の料理人たち全員ついて来るのかな?
ひょっとしたら、ひょっとしなくてもそのつもりで俺たちへの顔見せのためにココに連れて来たとか?
ありそうで怖い・・・・・・。
と言うか、人のことどうにか言えた義理じゃないけど、本当に何でもありだなレイも。
まあ、正直な所こんなに美味しい寿司や天ぷらが何時でも食べられるようになるんだから、文句なんてあるハズもないんだよね。




