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「やあ、久しぶりだねアベル」
レイは気さくにこちらに笑いかけてくる。
それ程会った事がある訳じゃないんだけども、彼女は多分、元々いた4人のレジェンドクラスの中で一番常識人だ。
それと、彼女は既にジエンドクラスに至っている。
力の差があり過ぎて正確には判らないけど、レオシルスたちを上回り、アスカ氏に匹敵する実力を有していると思う。
「レイさんもジエンドクラスに至ったんですね」
「ああ、真皇様の加護を受けてね。それと、シオンとキリアの2人を連れてくるようにとも伺っているよ」
「それじゃあ2人も」
「真皇様の加護を受ける事になるね」
[はい。その覚悟はあります]
「私たちも、世界の守り手としての重責を担うつもりです」
「良い心意気だ。だけど、そんなに気負う必要はないよ」
真剣な眼差しで応えるシオンとキリアに、レイは嬉しそうに笑いかける。
「真皇様もキミたちに重責を背負わせようとしている訳じゃない。キミたちの、私たち眷族の覚悟を見たいんだよ」
「覚悟ですか?」
「そう、天獣様や龍神様も同じだけど、かの方々は真の戦いに向けて動き出した世界の中で、私たち眷族の覚悟を試されているんだよ」
「つまり、これから先の戦いに挑む覚悟はあるかと」
「そういう事だね」
成程。覚悟か・・・・・・。
それは確かに必要だ。
これから先の戦いは更に過酷さを飛躍的に増していく。戦い抜く覚悟が、この世界を守り抜く決意が本当の意味でなければ、戦いの中で心が折れてしまうのは確実だ。
俺自身、ロキとの戦いの中で心が折れてしまいそうになった。
これから先、ロキおも上回り強大な魔物が現れた時、その絶望的なまでの力を目の当たりにして、ふただび心が折れてしまいそうになってしまうかも知れない。
それでも、俺はこれまでの旅の中で、自分自身に戦う覚悟と決意を持つ事が出来ていたからこそ、持ち堪える事が出来た。
それと同じ事だ。
ユリィにもケイにも、クリスにもヒルデにも、シャクティにもルシリスにもそれがあった。
そして、今度はシオンとキリアが示す番だと言う事。
「実際。これから先の戦いに臨む覚悟を、決意を持つのは並大抵の事ではないのだけどね」
「それは、俺たち全員が、既に実感していますよ。ロキとの戦いでね」
あの時感じた絶望的なまでの恐怖を乗り越えたからこそ、俺たちは今、こうして更なる力を求める事が出来ている。
あの恐怖と絶望を克服できなければ、俺たちは更なる力を求める事など出来るハズもなく、それどころかこれから先戦う事も出来なかっただろう。
「確かにね。良く逃げ出さなかったものだよ」
「逃げ出した所で意味はありませんから。むしろ、怖いからこそ立ち止まる訳にはいかないんですよ」
逃げ出した所で、この世界が危機に瀕ている事実に変わりはない。
結局、逃げ出しても脅威を増す魔物の侵攻に怯えながら、いつか来る滅びに、終わりに怯え続ける事しか出来ないんだ。
そして、大切な者が傷付き失われていく現実に絶望し続ける事しか出来ない。
それなら、俺は怖いからこそ現実から目を背けず。抗い続けたいと思う。
大切な全てをこの手で護り続けていたいと思う。
本当の絶望を知らないからそんなきれいごとが言えるんだと言いたいなら好きにすればいい。
だけど、俺は逆に聞きたい。逃げ出せる場所がある状況を本当の絶望と言うのかと。
本当の意味で神の絶望とは、死に逃れる事すら出来ない状況だろう。
そして、俺の置かれている状況は、確かにまだ死に逃れることも出来る。だからこそ、ある意味で本当の絶望とは言えないのかも知れない。
だがそれも、今がまだ本当に全てが始まる前だからいえる事だ。
「それも、今だからいえる事ですけどね。本当の戦いが始まった時、俺は今の自分の決断を後悔しているかも知れませんから」
「それは私も同じだよ。今はまだ何も知らないに等しいから、こうして普通にしていられるだけなのだから」
カグヤの封印が解かれたのちの真なる戦いが始まれば、いずれ天獣や龍神らと同じ、Ωランクを遥かに超えた力を持つ存在と相対する時も来るかもしれない。
その時、レイもまた自分の選択を心の底から後悔するかもしれない事は判っていると言う。
「でも、その時はその時だね。先の事ばかり気にして、今を疎かにする方が余程愚かなのだから」
「その通りですね」
10万年前の転生者たちも、あえて自分たちがどんな戦いをしたのかを詳しく残していない。だから、実際に10万年前にどんな戦いがあったのかを俺たちは知らない。
そして、歴史をどれだけ調べても10万年前の事について詳しい情報が残されていない事からも、あえて詳細は抹消されたと考えて良いだろう。
十万年後に、ふただび同じ事が繰り返されると判った上でだ。
「いずれにしても、私たちは今できる最善を尽くすしかない」
「確かに」
「それに、10万年前の転生者の方々が残してくださった遺産や、真皇様たちに加護がある」
「ならば、後は私たちがそれに相応しい事を示すだけです」
判らないからこそ不安になるけれども、同時に判らない事に不安になっても仕方がない。
今できる事をやるしかないのだから。
「とりあえず。真皇様にお会いするのは2日後となる。シオンもキリアも、身を清めておくように」
「「はい」」
うん? 天獣や龍神に会う時は事前に身を清めたりとかしてないぞ。
いきなり連れていかれたりしたし。
まあ良いか、多分、禊か何かするんだろうけど、どんなのか見てみたい気もする。
普通に考えてダメに決まっているけどね。
「何を考えているのかなアベル殿?」
「いえ、別に何も」
レイのもの凄い良い笑顔で釘を刺されたよ。
完全に俺が何を考えてたか判ってるね。
まあ、身と心を清める禊を覗こうとか考えてたんだから叱られないだけまし。
「では、私たちは霊壇に籠らせていただきます」
「2日後にお会いしましょう」
なんて考えていたらシオンとキリアがどこかに行ってしまう。
いや、話の流れから身を清めに禊に行ったのは確実なんだけど、えっ? 2日もかけて清めるの?
「うむ。シッカリと己を顧みて来ると良い」
レイは鷹揚に頷いて2人を送り出す。
そして、置いてけぼりの俺に気付いておかしそうに笑う。
「2日後になれば判る。己の身と心を清め、自らを省みた2人を見ればな」
そう言い残してレイも去って行く。
周りを見渡しても、何か知って良そうなユリィたちも口を閉ざして応えてくれそうにない。
これは、どうやら2日後にならないと何も判りそうにない。
「来たら2人とも」
「はい」
「シッカリと、自分を見詰め直してきました」
シオンとキリアの2人は、揃って巫女装束の様なモノを着ている。
いや、そうじゃない。問題はそこじゃなくて、明らかに2人の雰囲気が変わっている事だ。たった2日で、随分と大人びたように感じる。
「霊壇とは己自信と向き合う為の場所。2人は己自信と向き合い、真に己自信の事を理解したんだよ。それは何よりも過酷な試練とも言える」
「はい。ですが本当の自分の想いとようやく向き合う事が出来ました」
「何時までも自分自身から逃げている訳にはいきませんから」
自分自身と向き合うか・・・・・・。
それは、確かになによりも過酷な試練かも知れない。
結局、人間は誰よりもまず自分自身から逃げ出す。それは、他の誰の事よりも自分自身の事を知ってしまうのが一番怖いからだ。
だけども、だからこそ、本当の意味で自分自身と向き合う事が出来たなら、人はそれまでとは比べ物にならないくらい成長できるハズだ。
そして、それが今のシオンとキリアの姿。
「これが清めると言う事か」
「そう。己自信と向き合う事で、己の心の奥底に溜まった汚れを祓う事、それが清めの真の意味」
うん。反論の余地がまったくないね。
だけど、それ故にあえて言うけど、これまでこんなこと誰もしてなかったよ。
その辺りはどうなのって聞きたいんだけど、この雰囲気じゃとても聞けない。
「それでは、真皇様の元へ」
「勿論、俺も行かせてもらうから」
来るとは思っていたけど、厳かの空気を打ち壊してアスカ氏が乱入。しかし、それにもレイは動じない
「来るのならば好きにすれば良い。ただし、決して無礼のないように」
「その程度の事も判らないほど愚かではないさ」
対してアスカ氏も真剣に返す。
その様子にレイは無言で頷くと、俺たち全員を転移させる。
そして、俺たちは鬼人と王人の創造主と対面する事になる。




