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「いきなり表れて力を貸せとは、随分いい根性をしているね?」
明日香氏の目が半眼になっている。かなり頭にきているみたいだが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「ジエンドクラスの誕生に立ち会ってほしいだけですよ。確か、アスカ氏がジエンドクラスに至った時は、特に何もなかったって言ってましたけど、一応は念のために」
「てっ、ジエンドクラスに至る者がいるのか? と言うか、キミももう何時なってもおかしくないし」
ここでアスカ氏はようやく今の俺の力を理解した模様。アスカ氏にしては随分と遅い。それだけ不機嫌だったり驚いたりしたんだろうけど。
「数千年前からレジェンドクラスであった、天人と獣人の御2人が、天獣の加護を受けてジエンドクラスに至りましたよ」
「天獣ってあの天獣か? 獣人と天人の創造主の? 会った事があるのかよ」
「ええ2回だけですけど、それと、龍神ともお会いしましたよ」
「なんだそれっ、羨ましすぎるんだけど」
俺の言葉にアスカ氏は頭を抱えて天に向かって吠える。
うん。気持ちは判る。俺だってアスカ氏と同じ立場だったら、やっぱり同じ反応をしていたと思う。
天獣も龍神もその姿を見せる事は稀である。と言うか、世界樹を除き各種族の創造主たちは余程の事が起きない限りはその姿を晒す事はない。
故に、天獣や龍神と出会った事のある転生者は、10万年前の転生者たち以降ではほとんど皆無で、アスカ氏も会う事は叶わなかったみたいだ。
しかし、そんな幻の神にも等しい頂上の存在、この世界に生を受けた転生者ならば、と言うかサブ・カルチャーの影響を受けた元日本人なら誰でも会いたいと願うのが当然。
どうやら6万年前にジエンドクラスに至ったアスカ氏も、あらゆる手を使って天獣らと会おうとしても叶わなかったみたいだ。
「手伝っていただけるのなら、龍神となら会せられますよ」
「ホントかよっ?」
「間違いなく。今度の事が終わったら、すぐにでも龍神に会いに行く事になると思いますので」
龍神の方も、間違いなく6万年もの時を超えたアスカ氏に興味があるだろうし、対面させるのは難しくないだろう。
と言うか、実の所アスカ氏一人でも今なら割と簡単に天獣や龍神に会うると思うけどね、ここは黙っておこう。
「そういう事なら、しばらく同行させてもらおう」
「まあそうなりますよね。その前に、ジエンドクラスに至る時に立ち会ってもらいますけど」
そんな訳で、アスカ氏の説得(捕獲)に成功した俺は、彼を連れてみんなの所へ急いで戻る事にした。
「さて、アスカ氏もきた事だし、ジエンドクラスに至る向こうは問題ないとして、問題はコッチ、2人の試練が何時始まるかなんだよね」
「確かに、2人の試練が同時に始まったりしたら対応しきれない」
「戦力をふたつに分けるのは危険だし」
ユリィとケイの言う通り、前回の様にサタン・ソウルクラスの魔物が現れた場合、はじめから臨戦態勢を整えているとはいえ、戦力を分散させてしまうのは危険だ。
「2人の試練が同時に始まらなければ、同じ日に試練があっても問題ないんだけど」
「これまでのパターンから見ても、そう都合良くはいかないと思うけど」
「確かにね。それでも、今回さえ乗り切れば次回からは大丈夫だろうし」
そう。今回さえ乗り切れれば、こちらもジエンドクラス目前の超絶者候補が俺にユリィとケイ、クリスとヒルデの5人になり、それぞれが専用機に乗れば、ジエンドクラスの魔物とも対等に戦えるし、それにミランダがヒュペリオンを駆れば、ジエンドクラスの魔物に対抗できる戦力が6人になる。
そうなれば、3人ずつ二手に分かれても、十分にサタン・ソウルクラスの魔物に対抗出来るハズだ。
更に言えば、次回からはミミール達や、ジエンドクラスに至ったレイストリアたちの力も借りるつもりだし。
アスカ氏? 彼は基本放置で。
「なんて言っている内に始まったみたいだね」
ホントに勘弁して欲しいんだけど、こちに少しは対策を考えるくらいの時間をくれと言いたい。
因みに始まったのはアークセイヴァーの、ヒルデの方の試練。クリスの方の試練はまだ始まっていないみたいなのが幸い。
なら、さっさと終わらせて急いでクリスの方の試練が始まるのに備えるが吉。
そんな訳で、俺たちはヒルデを先頭にアークセイヴァーの魔域へと向かう。なお、当然だけどもクリスは同行しない、彼女にはスピリットで何時試練が始まってもいい様に待機してもらっている。今はシャクティが付いているし、もしも試練が始まった時には、俺たちが到着するまで何とか長引かせておくように伝えてあるので、大丈夫だろう。
ヤマタノオロチ・スサノオ当りが複数出て来る可能性もあるけど、1匹を出てきた瞬間に抹殺し、もう1匹を魔力を回復させながら凌げば問題無いハズ。まあ、魔域内部の地形が激変する事になるのは間違いないけど、どの道いくら破壊されようが魔域内部の環境は魔素によって再生されるし。
なんて考えている内に既に魔域の中心部に到着。例によって漆黒の巨大な球体が浮かんでいる。
「それじゃあ、ヒルデは試練を頑張って」
「勿論。すぐに終わらせてクリスの元に行くんだから」
ヒルデの方は試練を前にしても何の気負いもないみたいだ。
それにしても、相変わらず彼女とクリスとシャクティの3人は仲が良いよね。ユリィとケイも仲が良いけど、あの2人とはまた違う形でこの3人も仲が良い、なんと言うか、本当に信頼しあっている感じ。
「その意気だね」
気負った様子のない様子に感心しながら、俺たちはそれぞれの機体を下がらせてヒルデから距離を取る。
少なくても、これからの試練の戦いはヒルデだけのものだ。俺たちが手を出すべきものじゃない。既に俺たちの方も完全武装で臨戦態勢を整えているけど、それはあくまで試練が終わった後に備えての事。
そして、ヒルデの方も試練の戦いに臨む準備は万端だ。既に魔晶石を使い、己の全魔力に近い魔力を込めたアイン・ソフ・オウルをふたつ展開済みだ。
そして、漆黒の球体がひび割れ、砕け散ると当然の様に2匹のヤマタノオロチ・スサノオが出て来る。
それを確認するよりも早く、ヒルデは2匹に対して展開していたアイン・オフ・ソウルを放ち、即座に瞬殺する。
レジェンドクラスの最高峰、XYクラスの中でも特に強大な力を持ち、その脅威度はジエンドクラスの魔物に匹敵するとも言われるハズのヤマタノオロチ・スサノオが、気が付けば単なるザコ扱いになっている。
・・・・・・俺自身、初めてあれと相対した時は本気で死を覚悟したんだけどね。随分と遠い昔の事の様な気がしてくるよ。
まあ良い。何はともあれ、これでヒルデの試練は終わったハズだ。そうなると、問題はこのあとに更なる何かが、異変が起きるかどうか?
再びサタン・ソウルクラスの魔物が現れたのなら、今回は初めから全力を持って瞬殺してみせる。
全神経を集中し、何か異変が起これば即座に反応できる様にしながら状況を見守る。
1分。2分と時が過ぎ、5分経っても何も起こらない。
「どうやら、今回は何も起きないみたいだね」
「ふう。良かったけど、この緊張感はたまらないよ」
確かに、5分も全神経を集中させて張り詰めていたから、何もしてないのに疲労感が半端ない。とは言え、実際にまたサタン・ソウルクラスの魔物が現れて戦いになるよりは数億倍良い。
「それじゃあ、アークセイヴァーに一応は魔域への警戒を続けるように連絡したら、すぐにクリスの所に行こうか」
それに、戦わなかったので力を温存できたのも大きい。このままクリスのいるスピリットに向かって、すぐにクリスの試練が始まるような事態になったとしても対応できるし。
・・・・・・と言うか、確実にそうなりそうな予感が。
「アベル、クリスから連絡。試練が始まったって」
「すぐにクリスの元に行くぞ」
ほらね。こうなるんだよ。
でも大丈夫。それでも俺たちはまだまだこの程度じゃあ負けない。
連絡を受けると同時に、魔域の中心部から離れて即座に転移を行う。転移座標はスピリットの魔域の淵。
そこから即座に最大速でクリスが戦う魔域の中心部に向かう。
1分と経たずして辿り着いた先では、クリスが試練の相手である魔物と戦っていた。だけど、アレはヤマタノオロチ・スサノオじゃない。
「シャクティ。状況の説明を」
「クリスの試練が始まると同時に、2匹の魔物が現れた。1匹はヤマタノオロチ・スサノオで、そっちは現れると同時に倒した。もう1匹がアレなんだけど、アレは多分、先に倒したヤツより強い」
確かに、体長5キロを超えるであろう巨人は、明らかにスサノオよりも強い。
だけども、あの魔物はいったいなんだ?
いくらなんでもあそこまでの巨体の巨人ははじめてみる。異常な大きさでありながら当然のように人の姿をしているのが、ありえない程に悍ましく感じてしまう。
そんな嫌悪感を抑えながら、ラグナメヒルのアーカイブから魔物の情報を引き出す。この機体には、10万年前の転生者たちが実際に戦った魔物の詳細な情報がインストールされている。
そして、その中から引き出された魔物の名はウートガルサ・ロキ。巨人の王であり、悪神ロキと同一視される事もある北欧神話の王の1人の名を冠せし魔物。幻を操り奸智に長けた策をもちい、雷神トールすらも打ち負かしたとされる物の名を冠する魔物。
成程、ヤマタノオロチ・スサノオを上回る強さなのも当然だろう。
「クリス。その魔物は幻を操り、奸智に長けている。気を付けろ」
「大丈夫。手こずっていたんじゃなくて、キミたちが来るの待ってただけだから」
クリスは俺たちが着た事に安堵した様子で応えるけど、人形の魔物は総じて知能が高い。特に奸智を得意とする巨人の王、その名を冠した魔物となれば尚更だろう。幻を操ると言うのも不安要素のひとつだ。必殺の一撃を放ったと思ったら、幻だったなんて事になったら目も当てられない。
なんて思っていたら、ウートガルサ・ロキの体がぶれて行くと思ったら、その巨体が消え、代わりに500メートル程の巨人が10匹現れる。
お得意の幻か。あの中に本体が居るのか、それとも本体は別の所に居てあれは全て幻に過ぎないのか、その区別がラグナメヒルのセンサーをもってしても出来ない。
となると、幻かどうかを判断するには1匹ずつ攻撃して行くしかない。だけども、生半可な攻撃じゃあ意味をなさないだろう。しかし、全ての幻を打ち倒すには相当の魔力が必要になる。そうなると、既に消耗しているクリスには相手を倒しきる事が出来なくなってしまう。
どうする?
とこちらにが心配するのをまるで意に介さず。クリスは残りの全魔力を集中する。
一撃でケリを付けるつもりだ。しかしどうやって?
そんな俺の疑問は、躊躇いもなく襲い来る巨人たちを無視して放たれたクリスの一撃によって霧散する。
何もない虚空に向かって放たれたハズのその一撃は、幻の幻影を撃ち破り、隠れていたウートガルサ・ロキを貫き、その命を刈り取る。
その瞬間、巨人の幻影も消え去り、幻影を見破り破ったクリスの勝ちが決まる。
これでクリスの試練も終わりだ。
後はこのあと何が起こるか?
そして、それに対抗するのは俺たちの役割だ。
さあ、来るのなら来るが良い。全力で叩きのめしてやるよ。




