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焦った。一体何だったんだろう?
と言うか、俺は一体何をしていた? アリアに当たり前の様にアーンをしていた気がする。
アレッサに止められてようやく正気に戻った時には、羞恥でのたうちまわるかと思った。
何とか平静を装っていると、エイシャにも同じ事をせがまれて頭が真っ白になった。
あなたにも同じようにアーンをしろと?
突然の事に固まってしまう俺をよそに、早くとばかりに事らに顔を差し出して口を開いて見せるエイシャに本当にどうしたものかと思った。
なんとか切り抜けられたのは奇跡に近い。
と言うか、ぶっちゃけ奇跡でしかない。
アレッサが収めてくれなかったらどうなっていたか?
考えるだけで心臓に悪いし、本当に一体どうしたのだろう?
考えても答えが出そうにないが、エイシャの突然の行動はどうしたのか、何でもない様にしていたけれども、間違いなく顔が赤がった。
そんなに恥ずかしがるならやらなければいいのにと思うが、彼女自身、何か思うところがあってやったのだろう、どうしてあんな事をしたのかはまるで分らないけれども、
とりあえず、アレッサのおかげでこうして一人に成れたのは本当にありがたい。
ひとまず落ち着こう。
うん。ただのいたずら。或いは悪ふざけ。それだけ、変な勘違いはしない様に、
うん。エイシャが茶目っ気を出しただけだろう。気にしてはいけない。それより、そんな風にいたずらを仕掛けてくるくらいに互いの距離が縮まったのを喜ぶべきだ。
うん。落ち着いた。変に考える程の事じゃあない。師弟としてお互いに信頼し合える関係が築けてきた証拠だ。ただそれだけの事なんだから、変に動揺する必要もない。
気が付けば随分と時間が経っているが、どうにか夕食前に冷静に慣れて、落ち着けてホッとする。
あんな気が動転したままでは、一緒に食事も出来ない。満足に食事を、アスタートの料理を楽しむことも出来ない。
火山地帯の魔域から現れる魔物の肉を使った料理の数々。
当然、火山地帯であるのだから、魔域から現れる魔物も火属性や地属性のモノになる。魔物の肉の味はランクが高いほど良くなるのと共に、その魔物の属性によっても味の違いが出て来る。
例えば、同じワイパーンでも、通常のただのワイパーンと、火属性のフレイム・ワイパーン。水属性のアクア・ワイパーンではランクは同じでも味は大きく違う。
そして、火属性と地属性の魔物の味を最大限に引き出す。そのために特化したアスタート料理。その真髄がどれ程のモノか非常に楽しみだ。
そんな事を考えている内に夕食の時間になったので、俺は部屋を出て食堂に向かう。
「お待たせ。待たせてしまったかな?」
全員がもう席についていたので、俺も席について早速料理を待つ。
流石に最高級のホテルだけあって、食事のスペースもこれ以上ないほどの拘りに溢れている。利用者が心から食事を楽しめるように細心の配慮がなされているし、食事を更に美味しく楽しめるように設計されている。食べる環境も食事の一つの楽しみと言う事だ。
「それじゃあ、いただくとしよう」
運ばれてきた料理の数々が鼻孔をくすぐり。俺は早速食べ始める。
高位の実力者はその実力を維持するために、多くのエネルギーを必要とする。
核弾頭すらはるかに上回る圧倒的な威力の魔法を使うのに、相応の対価は必要不可欠。戦いに膨大なエネルギーを消費するのだから、その分摂取しなければ干乾びてしまうのも当然と言う事で、高位の実力者ほど常軌を逸した大食漢になるのだけれども、最高の美味を心行くまで楽しめるのを考えれば、前世からしたら目が飛び出るどころの騒ぎではない金額を飛んで行っても、大食いなのはむしろ大歓迎だ。
と言うか、金に困る事など、有り余る金の使い道くらいしかないので、食事にいくら掛かろうが全く何の問題も無い。
まずは手始めに、ベーコンとポテトを合わせたものを食べる。
「美味い」
一口食べた瞬間に思わず、感嘆の声が漏れる。
塊のベーコンは表面はカリッとしていながら、中は柔らかく肉汁が溢れ、ベーコンの油でサクッと揚がったジャガイモにはベーコンの旨みが染み渡っていて、中のほくほくの疾患と共に口の中でとろけだす。
味付けは塩と胡椒にガーリック、それにほんのりとマスタードが効いているだけのシンプルにものでありながら、素材の旨みを最大限に引き出し、極上の味に仕上がっている。
ありふれたシンプルな料理だからこそ、料理人の腕の違いがハッキリと出る。
この一品を食べただけで、料理人の腕がハッキリと解る。超一流、最高の料理人だ。
他の料理も同じく絶品であることが確信できる一品。
一口で食べた者を魅了できる最高の料理人が作り上げた極上の料理の数々に思わず頬が緩む。
燻製した鶏もも肉と温野菜のサラダ。レバーのパテ。タンシチュー。生肉を使ったテリーヌ。ローストビーフ。様々な料理が並べられるがどれも最高の味だ。
ヒューマンの名が出もっとも肉量にの優れた国の称号はウソでは無いようだ。ここまで、肉の旨みを引き出した料理を初めてだ。
その中でも特に絶品なのが、一見すると生肉の塊にも見えるステーキだ。
これはもっと大きな肉の塊を焼き上げて、その中心部だけを切り出した物で、一見生に見えながらシッカリと火が通っており、かけられたソースと共に極上のハーモニーを醸し出す。
それこそ本当に、贅沢の極みの様な料理であり。肉の旨みを残らず引き出し切った至上の一品でもある。
「うーん。確かにこれは凄いね。肉の旨みをここまで引き出すのはなかなかできる事じゃないよ」
ケイも大満足のようだ。
実際。この料理は単に贅沢なだけでなく、火加減から切り出す肉の厚みまですべてに細心の注意がされている。
ほんの少し火が通りすぎていても、逆に火の通りが甘くても、斬り出す肉の厚みがほんの少し違っていても、この料理はここまでの味を引き出す事は出来ないだろう。
本当に肉の味を最大限に引き出せる絶妙な匙加減が成されているからこそ、これ程の至上の味わいが実現できているのだ。
技巧の極致を極めた、正しく至高の一品。
これほどまでに肉の味を引き出す調理方法は他にないだろう。
「スゴイ」「こんなの初めて」「美味しいです」
メリアたちも恍惚の表情で、口々に感嘆の声を上げている。
これだからこの世界はたまらない。
常軌を逸した怪物が当然のように跋扈する、地球とは比べ物にならないほど危険な世界。
その反面、美食に関して地球など及びもつかない至高の世界。
ネーゼリアに溢れる最高の美味に巡り合うごとに、この世界に転生して良かったと心から思う。
「流石だな。これ程の肉料理は初めてだ。これはこれからが楽しみになってきたな」
この料理にも、B・Aランクの魔物の肉が使われている。だからこその至上の味ではあるけれども、この世界にはさらに上が存在する。Sクラスの魔物の肉。それを使って作られる料理がどれ程のモノか、想像しただけでも涎が溢れてきそうだ。
どの道、遺跡探索の為に魔域に入るのだ。ついでにSクラスの魔物を仕留めて繰れば、更に極上の味を楽しむ事が出来る。
既に俺のマジックボックスの中には、マリージアの魔域の活性化で倒したSクラスの魔物が多数入っているが、海に面したマリージアの魔物は、基本、水や氷属性で、炎や大地の属性の魔物は残念ながら入っていない。
アスタートの料理は、火か地属性の魔物の肉にこそ最高の調和を発揮するのだから、ここはやはり、フレイム・ワイパーンやアーク・ドラグニル・ロードあたりでも狩って、調理してもらうのが一番だろう。
「ああ、その様子だと、結構な大虐殺は確定だね」
「これもよくある事だよね。美味しい物を求めて世界中を旅して周るSクラスも珍しくないって事だし」
ユリィとケイがやれやれといった様にこちらを見るが気にしない。
俺が旅をする目的の中に、多くの美食と巡り合う事が占める割合は確かに大きいのだし、極上の味を考えれば当然の事だ。それに、
「そういうキミたちも、各地の美味を求めて旅している面があるのは、否定できないんじゃないかな?」
極上の味に魅入られているのは別に俺だけじゃない。
俺が言い返してみれば、ユリィもケイも舌を出した笑って同意する。
彼女たちが旅をする目的の一つは、自分たちの国では味わえない他国の至上の味わいを楽しむ事だろう。そのためにヒューマンの国にまで来たと言う一面もあるだろうし、
「確かにね。マリージアでもこの国でも、存分に楽しめて大満足だよ」
「我がドワーフの国にも劣らぬ肉料理を楽しめたのだ。それに、やはりドワーフのモノと違う。こうして新たな食文化と出会えるのも旅の醍醐味なのは確かだよね」
二人とも大満足と心から笑う。
力を持つ者はその分義務や責任に縛られる事になるので、食事の楽しみは息抜きに欠かせないのだ。特に二人は王族としての責務も背負っているので、重圧は今の俺の比ではないだろう。
もっとも、俺の重圧も日に日に増していく事は目に見えているのだけれども・・・。
「まあ、食事の楽しみは冒険者の醍醐味の一つですからね。これを楽しまないなんて損ですよ」
「はい。私もそう思います。アベルさんに出会って、世界には美味しいモノが溢れているんだって実感して、味わっていくのが何よりも楽しみになりました」
アレッサの言葉にシャリアが即座に同意する。彼女も美食の底なし沼にハマったようだ。
俺のせいかもしれないが、別に悪いとは思わない。むしろ、せっかくの世界の楽しみを知らない方が損だ。せっかくの人生なんだから思いっきり楽しんだ方がいいに決まっている。
「美味しいモノを楽しむのは確かに幸せだけど、目的も忘れちゃ駄目よねアベル。遺跡探索はいつから始めるの?」
「うーん。まあ急ぐ必要もないし、ある程度の準備も当然必要だから一週間後くらいからかな」
メリアがいつ遺跡に行くのか尋ねてくるので、少し考えて大体の目安を答える。
実際、遺跡にどんな仕掛けがされているかも判らないのだから、十分な準備と事前の調査は必要不可欠だ。俺一人で事前に下見に行って、彼女たちを連れて行けるかどうかの確認もしておかないといけない。
「それじゃあ、アベルくんは明日から私たちとデートだね」
そんな計画を立てていると、何やら不思議な事を言われた気がする。
「・・・・・・はい?」
「デートだよアベルくん。せっかくの新しく来た国なんだから、まずは目一杯楽しまなきゃ。女の子を喜ばせるのも紳士の仕事だよ?」
アリアにそれは嬉しそうに、無邪気に断言されて俺は返す言葉がない。
いや、それはまあ確かにその通りなんだけど・・・。
この前に続いてまたデートですか?
何やら、ユリィとケイも楽しそうにアレッサやメリアたちと話しているので、どうやら八人全員とデートする事になりそうだ。誰からどの順番で、と話されているのが聞こえてくる。
一人づつしたら全員でもいいねなどと聞こえるのは気のせいだろうか?
確かに、女の子に優しくするのは男の務めかも知れないが、本当にどうしてこうなったと言うか、何がどうなっているのだろうか?
・・・・・・困惑するばかりだ。




