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「あの、アベルさんは戦うのが怖くないんですか?」
「怖いよ、だけど、死ぬ方がもっと怖いからね」
地久じゃあ、人間同士の戦いで人を殺したくないって理由から戦わずに死んでしまう兵が全体の中で相当数いるとか聞いた事があるけど、この世界じゃそんなのは通用しない。
「それに、俺が戦わない事で多くの命が危機に晒され、失われてしまうのなら、戦わないなんて選択肢は取れない」
「慈愛の精神ですか?」
「単に、他人からの怨嗟がイヤなだけだよ」
まあ、どれだけ頑張った所で、全てを護り全てを助けるなんて不可能なんだけどね。と続けると、彼女、ドワーフの転生者であるルーンレイリは苦笑する。
因みに彼女、今年でもう二十歳になるそうだけども、外見はどう見ても12歳くらいにしか見えない。つまり小学生、辛うじて中学生か? くらいにしか見えない事を本人もだいぶ気にしていた時期もあったけど、もう諦めたらしい。
『こればかりは、種族特性なので仕方がないですよ』との事。
「キミは戦いが怖いかい?」
「怖いです。これまで何度も戦場に立ちましたけど、今でも震えが止まりせん。こんな思いをするくらいなら、いっそ死んでしまいたいと思った事もあります」
戦場に立ち続ける恐怖が、死の恐怖を上回ったと・・・・・・。
実際、それもよくある事らしい。
俺には理解できないけど・・・・・・。
「でも、結局は死ぬのが怖くて、気が付いたらガムシャラに戦っていました」
「それが正しいと思うよ。生き残る事を望むのは、生物の根源だから」
死を望んでしまうのは、生物としてありえない程に歪んでしまっている。
人間は絶望の果てに死を望んでしまう事も多いし、種として生き残るために個を犠牲にするのもまた珍しくはないのだけどね。
「キミが戦いたくないのなら、俺は戦いを強要はしないしね、ただ、強くなるための修行はキッチリしてもらうよ」
「それは判っています。この世界で、強くなる事がどれほど大切な事を思い知りましたから。それでも、どれだけ強くなっても私は、戦いが怖くて仕方がないんです」
当然だけども、彼女もどこかの商人の家とかの、生まれつき戦わなくても良い家には生まれていない。逆にどうやっても戦いを避けられない家に生まれている。
ホントに、誰か1人くらい商人や職人の跡取りとか、冒険者になったり、自分から軍に志願したりしない限り戦う必要のない家に生まれたりしないモノかね・・・・・・。
「まあ、俺たちは元々戦いとか、争いとは無縁の平和な日本人だった訳だからね。キミみたいな子はほかにも結構いるんだよ」
「当然ですよ」
まあ、そういう子に限って既に強かったりするんだけどね。
この子も既にB-の実力だしさ。
どうしようもない恐怖が、彼女を逆に強くした訳で、皮肉な事にその強さが、彼女を戦場に駆り立てる事になって行く。
「だけど、ここはもう日本じゃないんだから、何時までも前世に囚われている訳にもいかないのも、確かなんだよ」
「私はもう、日本人の紗理奈じゃなくてルーンレイリだって事ですか・・・・・・」
実際、俺たちは前世で死んだからこちらに転生して来たんだ。この世界に無理やり連れてこられた訳じゃない。だからこそ、どんなに日本が恋しくても、もう二度と帰る事は出来ない。
「俺たち転生者は、確かに前世の記憶があるけど、ただそれだけと言ってしまえばそれだけなんだよ」
「他の、この世界の人たちと何も変わらないって事ですか・・・・・・」
「その言い方がそもそも間違っているんだよ。俺たちもこの世界の住人なんだから」
前世の記憶があろうが、俺たちは今はこの世界を生きる人間に過ぎない。その事をシッカリと理解しておかなければ、取り返しのつかない失敗を犯しかねない。
「前世に呼んでた転生小説でも、そのあたりの事を理解できないままで、失敗するケースが良くあったしね」
「それは、確かに私も読んだことがあります」
「教訓があるのに失敗するのもバカらしいし。気を付けようよ」
彼女が、戦場を必要以上に怖がるのは、間違いなく日本人としての意識が抜けていないからだ。だけど、未だにまだ日本人の感覚でいるならそれは大きな間違いだ。
だからこそ、今の自分の事を素直に認めて欲しい。
「そうですね。何時までも前世の事を引きずっても仕方がありませんし」
「そういう事」
「随分と今更な話をしているのね」
と、呆れた様にリリアーナが話に入ってくる。
「まあでも、転生者ならだれもが通る道よね」
「リリアーナもか?」
「私は実際に戦う様になった時に乗り越えたわ」
とすると、10歳になるかならないかの時にはもう前世に引きずられるのは止めたって事か。流石。
「それは良いけど、キミなにをしているの?」
「ラグナメヒルの調査よ」
何故かリリアーナがラグナメヒルに張り付いているんだけど?
と言うか、ルーンレイリたちをヒュペリオン内部の案内して格納庫まで来て良かったよ。そうでなければ気付かない内にリリアーナにラグナメヒル解体されていたかも・・・・・・。
「それは俺の機体なんだけど?」
「だからこそよ。貴方が自分の専用機に選ぶ様な機体よ。とんでもない機体に決まっているじゃない」
それは否定しない。実際。ラグナメヒルは他の10万年前の転生者たちの専用機と比べても、飛び抜けてピーキー機体だと思う。
「実際。機体の情報を見て驚いたわ。この機体、言ってしまえば本体はウイングであって、他はオマケみたいなものじゃない」
「流石に気が付いてみたいだね」
そう。この機体は光速の3倍に及ぶ絶対的な加速度と機動性を可能とする。特使粒子を精製展開するウイングこそが期待本体と言って良い。
ウイングから生成された特殊フィールドが機体全体を覆い、それによって機体そのものを物理法則の輪からはみ出させる事によって、圧縮集束された光圧による加速を可能としている。
詰まる所、機体の最重要部であり、この機体の開発コンセプトをそのまま表しているのがウイングな訳。
「まあ当然か、この機体の技術はキミの夢を後押しするものだし」
「まさか、物理法則を塗り替えて、光の速さを超える速度を出せる方法があるとは思わなかったわよ」
この技術を応用発展させれば、転移機能を持たせなくても外宇宙へ行ける宇宙船が造れる。
俺の見たところ、この推進システムは最大で光速の100倍までの速度を生み出せる。秒速3000万キロ。とんでもない速さだよホント。
勿論、広大な宇宙を旅するにはその速度でも莫大な時間が駆るんだけどね。1万光年の旅が100年で出来るようになるだけだし。
神の、高位次元生命体のいる宇宙の中心部なんて、ここからだと20億光年以上離れているから、100分の1の時間でも2000万年以上かかるし。
「この機体の推進システムに興味があるのは判るけど、壊さないでね」
「失礼ね。壊したりしないわよ」
「でも、バラバラに解体して、ジックリと隈なく解析したいって思っているでしょ?」
「それはその通りよ」
悪びれもなく頷いたよ。
「一度解体したら、確実にもう一度組み上げられる保証がないから却下」
不完全に組み見上げられた機体が、戦闘中にバラバラになってしまったりしたらたまらない。
「確か。予備の推進システムがあったハズだから、調べるのならソッチでやってくれ」
「予備があるの?」
あるよ。と言うか、俺が既に隅々まで調べ尽した後だけどね。
その結果判ったのは、ラグナメヒルの速度を光速の3倍程度に抑えているのは、機体の耐久性の問題でそれ以上の速度が出せないのではなく、あえてその程度の速度に縛る事で、推進システムから撃出される膨大なエネルギーの余剰分を攻撃のために転用し、圧倒的な破壊力を機体に持たせるため。
・・・・・・実際、アレは本気でえげつない。
扱いを注意しないと仲間まで巻き込んでしまいかねないし、ある意味でラグナメヒル事態が究極の諸刃の剣の様なモノ。
「予備とは言え壊さない様にして欲しいんだけど」
「壊さないわよ。私が使わせてもらうんだから」
あっこれは完全に自分の物にするつもりだ。
まあ良いんだけどね。何に使うか判りきっているし、宇宙船を造るつもりだよ。
いや、彼女の事だから宇宙船自体は既に造ってあるかも、それに新たな推進システムとして取り付けるつもりか。
「なんと言うか、強烈な人ですね」
予備の推進システムの所にすっ飛んでいったリリアーナを呆然と見送って、ルーンレイリは何とかそう評した。
確かにね。でも、あの程度で驚いていたんじゃこれから先やっていけないよ。
「それはともかく、これから私たちはどうすれば良いんでしょうか?」
「どうって、昨日も言った様に、キミたちの修行はケイが主体となってやるから、とりあえず彼女の元で強くなって」
「いえ、そうではなく、私たちはこれからどこに行くんですか?」
ああソッチね。実は、もうレイザラムを出て次の目的地に向かっているんだけども、そう言えばまだ彼女たちに次の行き先を言ってなかったよ。
「今は獣人の国に向かっているよ。前回はライオルにかかりっきりだったせいもあって、獣人の転生者と対面出来なかったし」
うん。だから実はすぐにキミたちの後輩が出来るんだよ。その子たちとも仲良くやってね。




