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「あの、お兄様大丈夫?」
キリアが心配そうに尋ねるが、訊ねられた当の本人たちは応える気力も無いようだね。
「大丈夫。大丈夫。キミの兄たちなんだから、このくらいは問題ないよ」
「そうかな?」
「そうそう。このくらいで音をあげるようなら、明日以降はもっと厳しくしないといけないし」
「どっ、どういう意味ですかっ、それは?!」
俺の言葉に反応して、ベルゼスたちが跳ね起きる。うん。まだまだ元気だね。
「そのままの意味だよ。言ったでしょ?キミたちにはレジェンドクラスに至れるだけの才能があるって、だからこれから、俺の元でしばらく修行してもらうよ。ファファルみたいにね」
俺の宣言に、ベルゼスたちの顔が絶望に染まる。
いやまあ、かなりのブードキャンプをするつもりだから、死ぬほどつらいのは確定なんだけどね。
「まあ、俺が修行を付ける間に、レジェンドクラスにまで至れるかはキミたち次第だけどね。それと、心配しないでも俺はアスカ氏ほど厳しくはないから」
「アベル殿が我が国に滞在される期間と言うと、およそ2ケ月ほどですか。その間に、私たちがレジェンドクラスに至れるかは、あくまで私たち次第と・・・・・・」
「これは、至らない訳にはいかないですね・・・・・」
「確かに、ところで、アスカ氏とは?」
どうやら、ベルゼスたちはファファルに対抗意識を燃やしたようだ。なんとしても、彼と同じように俺の指導を受けている間に、レジェンドクラスに至るんだと闘志を燃やしている。
そして、当然だけどいきなり名前が出てきたアスカ氏とは誰ぞとの話になる。
・・・・・・そう言えば説明し忘れてた。
「アスカ氏は俺たちと同じ転生者。それも6万年前の転生者で、俺の祖国、ベルゼリアの建国王でもあるんだ。彼は人工冬眠で6万年もの間眠り続けていたんだよ。それがこの前目覚めたんだ」
当然だけど、6万年も前の人物と聞いてみんな驚いていたけど、彼が今、この世界で唯一のジエンドクラスの超絶者と知った時の驚きはその比じゃない。
まあ、驚くなと言う方がムリだよね。
「でまあ、目覚めたアスカ氏に俺は、模擬戦と言う名の修行を無理矢理させられたんだけど、容赦なく30回は殺されたよ」
あの恨みは決して忘れていないので、何時の日か必ず復讐してみせる。
「殺された・・・・・・。アベル殿がですか?」
「まあ、アレも経験を積ませて、油断や気の緩みをなくさせるための荒行なんだろうけど、正直どうかと思うよ」
「少なくても、自分が経験したいとは思わないですな」
「だろう? 俺は、いくら生き返るからって、蘇生魔法の使用を前提に修行をするのはどうかと思うんだよ」
だから、これまではキッチリとその辺りを見切ってやって来たんだけど、アスカ氏のやり方を体験してその辺りが揺らいでしまっている。
「だけど、アスカ氏は修行の過程で死ぬ事を躊躇いもしなかった。それが、彼をジエンドクラスにまで至らしめた理由なのかも知れないし、であるならは俺たちもそうするべきなのかも知れないけど」
「「「「「「絶対にダメッ!!!!!!」」」」」」
「「「「「「断固として反対っ!!!!!」」」」」」
「だそうなんだよ」
みんなそれはもう必死だ。
俺も気持ちは判るよ。これだけは絶対に譲っちゃいけない一線だよね。だから安心して、冗談と言うか、あのアスカ氏と同じ事をするつもりはないから。と言うか、彼女たちを殺すつもりななんてはじめからまったくない。
そんな事をしないと、彼女たちを強く出来ないなら、それは俺がよっぽど無能な証だろう。
絶対に別の方法でジエンドクラスにまで至ってみせる。
こと、ここまで来たら、もうジエンドクラスにまで至らなければならないのは確定だ。
カグヤに至るためには何をどうやっても、ジエンドクラスに至るしかない事がハッキリしたんだから、何が何でも至るしかない。
だから、何年かかっても必ずジエンドクラスに至ってみせる。それも、アスカ氏とは違ったやり方で。
「まあ、俺としてもアスカ氏に負けるのはゴメンだから、なんとしても彼とは違うやり方を貫くつもりだけどね」
「成程・・・・・・」
明らかな俺の怒りに匹がらも、ホッとした様子を見せるベルゼスたち。果たして、そんなホッとしていいのか謎だけどね。
「まあ、その辺りの事情は置いておくとしても、キミたちが、キリアたちと一緒に、俺の元で修行を受けるのはもう確定だから」
「拒否権はないと言う事ですね」
「腹を決めるしかない様だな」
「確かに、考えてみれば、願ってもないチャンスなのだから」
「後は、我らの力量次第・・・・・・」
「ならば、なんとしてもレジェンドクラスに至って見せるのみ」
うん。覚悟を決めたのか、やる気は十分みたいだね。それと、やっぱりファファルが良い刺激になっているみたいだ。
自分たちだけ取り残されてしまうのが我慢ならないんだろう。
なんとしても追いついてみせると、闘志を燃やしているのが明らかだよね。もし、此処にファファルが居たら火に油だったろうな。
「それじゃあ、キミたちには明日から頑張ってもらうから」
果たして、その闘志が何時まで続くかな?
「情けないな。この程度でへばってどうするのさ?」
とは言っても、いくら対抗心を燃やしてね。それだけでヤル気や闘志は長続きしないんだけどね。
その意味では、良く頑張った方かな?
「そうは言われましても、少し休ませていただけなければ、我らの体力が持ちません」
冷静に反論して来たのは次男のクラック。こいつもベルゼス程ではないけど、4メートル近い長身で、他の兄弟と比べると細マッチョでしかも頭脳で、9人兄弟の何では、例外的に暑苦しくないタイプ。
イメージとしては、優秀な参謀型だろう。
「何を言っているのさ。体の方は大丈夫。シッカリと回復させているんだから」
「そう言う意味ではありません」
うん。言いたい事は判っているよ。
いくら消耗した体力を魔法で回復しても、体に蓄積した疲労の記憶は残っている。それが、ずっしりと鎖のようにまとわりついて来るって事だよね。
でもね。活性化の戦いになったらそんな事は無理矢理ねじ伏せて、問答無用で全力で戦い続けるしかないんだよ?
ゲヘナの活性化で痛感したけど、一度戦いになれば1ヵ月くらいの完徹は当たり前。
そんな程度で音をあげている様じゃあ、お話にならない戦いがこれから連続するんだよ。いや、完徹が続いたんじゃあ、魔力と闘気が回復しないから、その為の睡眠はとる事になるけどね。
「キミの言いたい事も判るけど、それも含めての修行だよ。このくらいの疲労で戦線を離れる訳にはいかない戦いが、これからは多くキミたちを待ち受ける事になるからね」
「それは、ゲヘナの戦いを終えての確信ですか?」
俺が頷くと、クラックは苦虫を噛み潰したような顔をするけど、こればかりは諦めてくれとしか言いようがない。
「だから、どれだけ疲労が蓄積しても、それを歯牙にもかけない精神力と集中力が必要なんだよ」
少なくても、今の彼らの疲労感なんて、ベルゼリアの指揮を執り始めて2週間後の俺の疲労と比べたらまだマシで、この程度で音をあげている様じゃ困るんだよ。
「戦いの中で、魔晶石でどれだけ魔力を回復しても、回復魔法で体力を回復しても、全身に纏わりつく疲労感だけはどうしても残ってしまう。それが、焼酎力を乱して、結果として致命的な隙に繋がりかねない。その事はよく理解しているでしょ? だからこその修行なんだよ」
「それに、この修行は他の面でも効果的ですし」
俺の説明より、続いたキリアの言葉に押し黙ったなキミ。
いや判っているんだけどね。キミたちのシスコンぶりはさ・・・・・・。
それでも、もう少し師である俺の言葉を真剣に聞こうよ?
「当然だけどね。この修行は魔力や闘気の総量を上昇させる意味でも効果的なんだよ」
なによりも疲れにくくなるし、体力も付くから良い事尽くめなんだよ。ただ、とんでもなく辛いけどね。
フルマラソンを休みなしで50レース完走するみたいなものと言えば良いかな?
或いは、通常の50倍の距離のトライアスロンをやるみたいな?
いや、ES+ランクランクのこいつらはそんな程度じゃ疲れもしないか・・・・・・。
うん。その1000倍、いや1万倍くらいかな?
とりあえず、そのくらいの運動を絶え間なく続けていると思ってくれていいよ。
「それは判りますが・・・・・・。。あの、アベル殿もこの修行をこなされたりするのですか?」
「俺のはもっとハードかな。そのくらいのならキリアたちにもかしてるし」
勿論、毎日じゃないけどね。1週間に1度くらいでこの修行もやっているんだよ。うちのメンバーは全員ね。
新人たちはまだついて行けないので、半分の量に抑えているけどね。
「本当かキリア?」
「はい。あの・・・・・・、実を言うと、この修行は、アベルがかす中では、比較的簡単なモノですよ」
うん。そうだね。この修行は単に肉体的に辛いだけだからね。ある意味、なれてしまえばどうって事はないんだよ。
だからね。キミたちはこんな所で躓いている暇はないんだよ?
何か不穏な空気を感じたのか、9人兄弟は揃って、顔を青くして俺の方を振り向くけど、大丈夫。辛いのは初めだけだから。苦痛が快感になるとか、そんな危険な事も言わないよ。ただ、すぐに何も感じなくなるだけだよ。
さあ、何も考えずに、ただ効率よくおのれを鍛え上げて行く事だけに集中する。その領域にはやく辿り着こうか?
そうすれば、後は楽だからね。
正気に戻った後の事は知らないけど・・・・・・。
そっちまでは責任持てないよ。




