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「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ」
「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
俺がほんの少し洩らした殺気に、相対していたグレストくんたちが半狂乱になって悲鳴を上げる
いや、そこまで怖がらなくても・・・・・・。
なにかもう、完全に阿鼻叫喚で収拾がつかなくなっているんだけど、どうするかね?
昨日は成した模擬戦で、ほんの少し強めに殺気を出してみただけなんだけどね。
正面から俺の殺気を受けたグレストくんたちはもう正気を失っているし、近くにいたレーゼ少年たちは腰を抜かしちゃってる。
「アベルやり過ぎ。私ですら肝が冷えたわよ今のは」
確かに、ミランダも若干顔が青い。
成程、ほんの少しのつもりだったけど、ミランダすらひくほどの殺気を出してしまっていたらしい。
それならこの惨事も納得だ。むしろ、良くこの程度で済んでいる。
「俺としてはほんの少し殺気を向けてみただけのつもりだったんだけどね」
「アレの何処が少しなのよ?」
グレストくんたち以外の、なんとか正気でいるみんながその通りだと頷いている。
そう言われても、確かに少しやり過ぎたかなとは思ったけれども、俺としてはそれほどの殺気を出したつもりはなかったんだけどね。どういう事かな?
「アベル。アナタひょっとして自分で気付いてないの? この前の活性化の戦いの後、アナタの力が一気に膨れ上がったの」
「どうやら気付いていなかったようですね。天のアベルさんはジエンドクラスに匹敵する力を持っていますよ。それこそ、ヤマタノオロチ・スサノオを苦もなく倒せてしまえそうなほどに」
はい? それはつまり魔力が20倍以上に膨れ上がっているって事?
そんなバカなと思ったけど、自分の魔力をよくよく観察してみれば、前とは比べ物にならないモノになっている。マシか? 全く気が付かなかった。
なら、俺が今出した殺気も、普通に俺が意図したモノの20倍以上になっていた訳か、そりゃ個の阿鼻叫喚も当然だな。
グレストくんたちがショック死しない程度の殺気のつもりだったから、むしろ正気を失ってしまっていても、誰もショック死してないのだから大したものだよ。
「これは悪い事をしたな。とりあえず、グレストくんたちを落ち着かせるの手伝ってくれないか?」
「そうね。このままじゃ可哀想だわ」
5人全員を一人で落ち着かせるのは時間がかかる。と言うか、俺が近付くと余計に怯えて取り乱してしまうので、俺じゃあ落ち着かせることも出来なかったし・・・・・・。
「何とか落ち着いたみたいね」
「はい、でも仕方ないですよ。悪いのはアベルさんなんですから」
うん。今回は本気で反論の余地がないね。
実際、グレストくんたちが死んでいてもおかしくなかったので、今回は本当に全面的に俺が悪いよ。
「すまなかったね。加減を間違えたよ」
「本気で死ぬかと思いましたよ」
「あっ、その辺りは大丈夫。死んでもすぐに生き返らせるから」
「そう言う問題じゃないでしょう!?」
確かににね。
「だけど、あのくらいの殺気はすぐに日常茶飯事になるよ」
「どういう事ですか?」
「Sクラスの魔物の殺気はあんなものじゃないから」
グレストくんたちには1週間でAクラスまで、1か月後にはSクラスになってもらおうかと思っているので、すぐにあれくらいの殺気を放ってくる魔物と戦う事になる。
「ムチャですよ」
「それから、さっきのキミの殺気はES+クラスの魔物の殺気だったから。その辺り間違えない様に」
なんて説明したら、グレストくんたちに悲鳴を上げられて、ついでにミランダに突っ込まれた。
アレ、そこまでの殺気だった?
うん。不意打ちとは言えミランダが青くなる程なんだから確かにそうかも・・・・・・。
「魔物の相手をしている限り、常に殺気に晒され続ける事になるからね。今みたいに取り乱していたんじゃ戦いにならないし、格上の相手と遭遇した時に、逃げるチャンスを自分で潰してしまう事になるよ」
Aランクともなれば戦闘域は魔域近くになる、そうなると戦っている途中にSクラスの魔物が現れる危険性も常になるのだ。その場合、優秀に冒険者は危険を感知した瞬間に逃げ出す。
自分の命を自分で守るための、咄嗟の判断力と、近付いてきたSクラスの魔物の殺気にも動じない精神力。生き残るためにはこの2つが必要になる。
「実際の所、冒険者はランクが上がれば上がるほど、危険が増すからね。その為に危険を察知して即座に逃げ出せる、判断力や精神力が必要になるんだよ。とりあえず、格上の魔物が現れても、その殺気に動じないだけの胆力が必要になるし」
「それは事実ね」
それでも、今まではES+クラスにまで力を付ければ、基本的に自分より強い魔物は存在しなくなると言うか、現れないので死ぬ危険性は大幅に小さくなっていたんだけど、最近はそれも怪しくなり始めているからね。
その内、活性化も起きてないのにレジェンドクラスの魔物とかが現れだしそうだよ・・・・・・。
「そんな訳で、キミたちはこれからの模擬戦の中で、殺気にも慣れてもらうからそのつもりで」
「あの、諦めてください。ボクたち通った道ですから」
「そんなぁ・・・・・・・」
レーゼ少年が慰めると言うかトドメを刺しているけど、そこまで嫌がらなくても良いだろうに。
と言うか、これは戦う為には必要不可欠な修行だぞ。
一般人なら、Sクラスの魔物なんて目視しただけで死んでしまいかねない訳だし、戦闘職になる者はまずは魔物の殺気に慣れなければ話にならないんだよ。
例えば軍に入った者はまず、銃器の取り扱い方法を学ぶ前に殺気に耐える訓練を受けるらしいしね。
「と言うか、キミたちは既に実戦経験もあるんだから、既に殺気に慣れるための訓練もある程度受けているハズだよね?」
「確かに、父との組手の時に同時に殺気に慣れる訓練もしていましたけど」
「こんな、向けられた瞬間に死を確信してしまうような殺気を受けた事なんてありませんよ」
「これはもう、修行のレベルを超えていると思うんですけど・・・・・・」
とグレストくんにアリシエルにエアリエルの年長3人。
レーゼ少年たちや、メリアたちもウンウンと頷いている。
ルシリスたちは苦笑するにとどめているけど内心はこれいかに?
因みに、サーレルとナクトロットの年少組は項垂れてしまっている。
「いや、さっきみたいな殺気はもう出さないから、とりあえず荒れの20分の1くらいから慣れて行ってもらうつもりだから」
「全く慰めになっていませんよアベルさん」
そうかな?
何かルシリスにもの凄く呆れられているんだけど、彼女ってかなり悪戯っ子だったのが、俺の所為でフォロー役になっている?
まさかな・・・・・・。
「とりあえず、今日は魔力と闘気が尽きるまで、俺と模擬戦をやりながら殺気に慣れる訓練もしてもらうのに変わりはないから、頑張って」
「ココは全力で行って、次で終わりにするのをお勧めするよ」
レーゼ少年による的確なアドバイス。
確かにとグレストくんたちは魔力と闘気を全力で纏う。
彼らは1日で既にBランクに近い魔力く闘気を手に入れている。この調子なら、上手くすれば明日にもB-ランクに至れるかも知れない。
「それじゃあ、はじめようか」
俺が言い終わると共に、グレストくんが正面から突っ込んで来る。同時に他の4人俺の背後を取るように動き出す。
そして、グレストくん突っ込む勢いそのままに体当たりでもするよう、手にした槍でに突きを繰り出してくる。
同時に他の4人も魔法攻撃を仕掛けてくる。属性は4人とも炎。
5方向からの一斉攻撃。うん。悪くない、これで実力が伴っていれば相手に致命傷を与えられるだろう。 だけど、上が開いているのはいただけないな。こういう時は逃げ道を完全に塞ぐように攻撃するんだよ。 俺は上空に飛んで攻撃を躱すけど、流石にこの程度は想定済みだったのか驚く事なくそのまま突きの軌道をを上空に変えて追って来るし、炎の魔法も避けられるのを想定していたらしく、ホーミングして俺を追ってくる。
それならと、同威力の魔法弾を4つつくって放ってまず魔法を相殺する。
次いでグレストくんの突きと同威力になる突きを放とうとしたところで、アリシエルたちが今度はありったけの魔力を込めて魔法を連発してくる。
成程ね。短期決戦で一気に勝負をかけに来た。
と言うか、彼我の実力差があり過ぎて、長期戦を挑む余地がないのを本能的に理解しているな。
それなら、相応の対応をするとしよう。
向かい来る魔法と同じ威力の魔法をつくりだして尽く相殺して行く。同時に、グレストくんを迎え撃つ。
槍に自身の全魔力と闘気を込めた渾身の一撃を正面から同威力の突きで迎え撃つ。
突きと突きが正面からぶつかり合い。グレストくんが止まる。
さて、これで終わりかな?
それとも、何かまだ手が残っているかな?
突撃の勢いを殺されたグレストくんはそのまま地上に落ちて行く。
そして、地上に着くと同時に魔法を放ってくる。残りの4人は闘気砲だ。
成程、地上に降りるまでの時間で魔晶石を使ったな。残りの4人は魔力は空だけど闘気は残っていた。それを全部使って来るか。
5つの攻撃は、真っ直ぐに俺に向かってはこないで、螺旋を描きながら向かってくる。そして、俺の上にまで到達すると、5つの光弾、魔力と闘気の塊はひとつになって俺に向かってくる。
成程、そう来るか、それなら。
俺は魔力を込めて右腕を付く上げる。
ひとつとなった魔力と闘気の塊が俺の右手の掌に衝突し、呆気なく消し去られる。
グレストくんたちは、まるで力を込めているように見えない掌で、アッサリと消し去られたのに呆然としている様子。と言うか、魔力も闘気も使い果たしてもう動く力も残っていないかな。
うん。とりあえずご苦労さん。今日の模擬戦はこれでお終いだよ。




