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シャリア視点です。

 世界は残酷で厳しいものだ。

 私はその言葉の意味を今日はじめて理解しました。

 優しいと思っていた私の周りの世界は、沢山の人の悪意や打算に溢れていました。

 いいえ、本当は初めから解っていたのかも知れません。判っていながら、見ぬ振りをしていただけなのかも知れません。

 だけど、何時までも現実から目を背け続けられるハズもありませんでした。

 私は、私たちは今日、ようやく自分たちの置かれていた現実に向き合ったのです。



 魔域の活性化が終わり、アレッサさんが新たに仲間に加わり、アベルさんの元で私たちは順調に力を付けていました。

 アベルさんは魔域の活性化の終わり方が余りにも異常だったため、何かが起きる様な事がないか確認するためにしばらくは留まって様子を見ると言って、私たちはまだマリーレイラの街にいますが、幸いな事に特になにも以上も変化もなく、問題なく旅に出られそうです。

 アベルさんは遺跡探索をすると言っていました。十万年前の遺跡で、発見されずに手付かずで残されているかも知れないと言う事です。正直に言って楽しみです。


 魔物を討伐する事が冒険者の仕事なのは判っています。

 私たちも自分の意思で冒険者になったのだから、魔物の脅威と対抗するために戦場に出るのを躊躇いはしません。

 ですが、やはり魔域の活性化の様な異常事態が起きて、命懸けの戦いを何日もずっと続けた後では、少し魔物との戦いばかりの日々から離れたいと思ってしまいます。

 アベルさんだって、Sクラスの人ですらそう思っているのですから、おかしな事ではないハズです。

 勿論、今回の件で自分たちの力不足は嫌と言うほど理解させられましたから、アベルさんの指導による訓練は欠かしません。自分たちが生き残るためにも少しでも強くなりたいと思います。

 本当に、今回私たちが生き残れたのは奇跡でしか、単なる幸運。そしてアベルさんのおかげでしかありません。自分たちの力で生き残った訳ではありません。

 それが解っているからこそ、少しでも強くなりたいと心から思うのです。


 そうして、訓練も順調に進み、アベルさんも問題なく旅を再開できるととなって、その前に約束通りに私たちの育った孤児院に行こうと言う話になりました。

 私たちが育った孤児院は百人を超える孤児を養っていますが、財政的には非常に厳しく、私たちも貧しい暮らしを続けていました。

 それは仕方の対事だと判っています。

 百人を超える子供の生活費となれば相当な額になりますし、国や領主からの補助金以外に孤児院にはこれと言った収入減がありません。

 国や領主にしても、財源が限られている中で無数にある孤児院の全てに十分な金額をまわせるハズがありません。

 それでも、餓死や凍死する事なく全員が貧しいながらも生活できるだけの補助金を送ってくれていたのですから、文句を言う方が間違っています。

 だから、私たちは冒険者になって得たお金の一部を孤児院に送っていました。それで少しでも子供たちの生活が楽になればと思って、その為に冒険者の道を選びました。

 その事を知るとアベルさんは、自分が何とかしようと言い出しました。

 何とかしようとは、孤児院の困窮ををどうにかすると言う事でしょう。

 確かに、アベルさんならどうとでも出来そうです。

 ES+ランク冒険者、レジェンドクラスにすら至るだろう超越者。アベルさんは私たちとは次元の違う場所にいます。

 一日の討伐で得る金額も桁が違います。

 普段は他の冒険者の仕事を奪ってしまわないようにしているそうですが、実際の所、お金を得ようとすればいくらでも得られるでしょう。

 それは解っていますから、アベルさんなら孤児院の財政くらいどうとでもなる事は判っています。

 でも、アベルさんには本来、関係の無い事です。

 そんな事をして頂く訳にはいきませんと断ったのですが、アベルさんは平然としています。

 曰く、自分一人ではお金を使い切れないから、稼いだ分は社会に還元しなければいけないけれども、一人ではそれも難しいから、等々。

 アベルさんは自分の好きに、自由に生きているだけだから気にする必要はないと言いますが、私には納得しきれません。

 高位ランクの、Sクラスの方に常識は通用しない。これまでに様々と見せ付けられてきましたから、納得できなくても諦めるしかないのも判っていますが・・・。

 

 そんな訳で、アベルさんに孤児院の事をお任せする事になって、今回私たちも一緒に向かう事になりました。一年ぶりの事です。

 もうあの孤児院は私たちの帰る家ではありません。

 私たちは独り立ちして、孤児院を出たのですから当然です。

 それでも、これまでの人生の大半を過ごした家であり、私たちにとっては実家とも言える場所です。

 懐かしさと感慨深さがあります。

 アベルさんのおかげですが、私たちは一年前とは比べ物にならないほど成長して戻る事が出来ました。

 魔域の活性化。この世界の最悪の脅威とも立ち向かい、生き残った今の自分の姿を見て貰える事が嬉しくて、誇らしくもあります。


 ですが、そんな私たちの想いとは違い。現実は残酷でした。

 アベルさんと共に孤児院を訪れた私たちを出迎えたのは、私たちを尊敬の眼差しで迎えてくれる一年前まで共に暮らしていた顔滲みの顔と、院長先生の青い顔でした。

 まるで断罪者を出迎えるかのように体を震わせて、青い顔をした先生に、私たちは戸惑う事しか出来ませんでした。

 ですが、アベルさんは初めから全て判っていたようです。

 青い顔をした院長先生を一切機にせず孤児院の子たちと挨拶をすると、当然ですが、アベルさんの事にみんな驚いていました。

 そして、これからの事を話し合うために院長室に向かい、そこでいきなり院長先生は激高しました。

 私たちを罵り、自分の不幸を嘆き。アベルさんを化け物呼ばわりして激しく責め立てました。

 何が起きているのか、いったいどうしたのか?

 私たちには何も判りませんでした。ただ、アベルさんはそんな院長先生の様子に、


「やはり、思った通りか」


 と呟き、私たちに真実を話し始めました。

 真実は、ある意味で誰でも判るような当たり前の事でした。

 この孤児院が困窮していたのは、補助金が不足していたからではなく、お金の一部を院長先生たちが着服していたからなのです。

 私たちが苦しい生活を送っていたのは、苦労を共にしていると思っていた私たちの保護者が裏で仕向けていた事でした。

 国や領主からの補助金は全ての孤児院に、生活に支障が出ない十分な額が支給されていて、誰かが着服でもしていない限りは困窮する事などありえない。

 アベルさんは当然の事だと、平然と私たちに告げます。

 更に、この孤児院から卒院していった人たちの中には、私たちと同じようにお金を送っている人も何人か入るハズだと言います。

 孤児院を出た者の就職先の多くは軍隊か冒険者です。冒険者の道を選んだ者の内、一割が孤児院に仕送りをしていたとして、それだけでこの孤児院は問題なく運営できるだけのお金を手に入れる事が出来る。

 そう説明されて、私たちはそんな事も気付かなかったのかと呆然としました。

 言われてみれば確かにそうです。

 私たちの前に冒険者として孤児院を出て行った方たちの中にも、私たちと同じように冒険者としてお金を得て、孤児院の運営の為に送るんだと言っていた人は何人もいました。

 勿論、冒険者は非常に厳しい職業です。

 残念ですが、その中の幾人がまだ生き残っているのかは判りません。

 それでも、生き延びて冒険者として活動し続けている方は少なくないハズです。

 それに、私たちが送っていた金額だけでも、補助金と合わせれば十分に生活できる額になるハズです。今でも生活が苦しい様子なのは明らかにおかしいです。

 どうしてそんな簡単な事にも気付けなかったのでしょう?

 私たちは愕然としてしまいました。

 私たちを優しく育ててくれていたと思っていた院長先生が、自分の欲望の為に幼い子どもを利用する悪魔に見えてきます。

 何時も穏やかな笑顔を浮かべていたその顔が、今は醜悪な下卑た哄笑にしか見えません。

 私たちは本当に、今まで何を視て来たのでしょうか?


 憔悴しきった私たちを尻目に、事態は進行していきます。

 院長先生ら、着服に関与していた人たちは全員が逮捕され、この孤児院で行われていた悪事の全容が明らかにされます。

 その真実に、私たちは絶望の底に突き落とされました。


「そんな・・・、こんな事って・・・」


 メリアの声が掠れています。私は言葉を出す事すらできません

 ここまで残酷な現実が、私たちのすぐ隣にあったなんて・・・。

 どうしてこんな事が出来るのでしょう・・・?


 院長先生たちが行っていた不正は着服だけではありませんでした。それだけであったのなら、どれだけ良かっただろうと心から思います・・・。

 彼女たちは孤児院の子供たちを使って人身売買を行っていたのです。

 ・・・つまり、私たち彼女たちにとって、ただの商品に過ぎなかったのです。

 貴族や豪商などのお金持ち相手に、気に入った子供を高値で引き渡す。場合によっては持ち物をワザと壊させるなどして、その責任を取らせるために、借金の返済を名目に奴隷に落として従わせる。そんな非道すら行われていたのです。

 ・・・私たちの知っている。親しかった子もそうして連れ去られていたのだと初めて知りました。

  院から子供がいなくなることはたまにありましたが、私たちには養子縁組が決まったと説明されていました、実際に、義理の両親になると言う人たちと楽しそうに孤児院を出ていく子もいましたが、でも、それも全てウソだったのです。

 私たちの目を欺くための偽装でしかなかったのです。

 孤児を義理の子として迎え入れるのではなく、所有物として買い取りに来た人たちだったのです。

 その事実も知らないまま連れてかれた子たちは、今頃どうしているでしょう? どんな酷い目にあっているのでしょう?


 綺麗で優しい国だと思っていた私たちの国の、救いようもなく醜く残酷な一面が私たちの隣にあったのです。

 ひょっとしたら、私たちも誰かに買われていたかも知れない。そんな地獄の中で何も知らずに暮らしていた、突き付けられた現実に私たちは震える事しか出来ません。

 平然としているのはアベルさんとアレッサさんだけです。


「二人は知っていたのですか? ここでこんな酷い事がされているのを・・・?」


 だとしたら、どうしてそんなに平然としていられるのでしょう?


「横領が行われているのは判っていたが、ここまでの事がやられていたのは流石に予想外だよ」

「私も同じよ。シャリアたちには悪いけど、貴方たちの孤児院で不正が行われているのは明白だった、けれども私にはどうする事も出来なかった、そこにアベルさんが来て不正を一掃しようとしていたから、これで安心だと思っていたのだけと、こんな事が行われていたなんて予測も出来なかったわ」


 二人は横領が行われているのは明白だったけれども、ここまでの非道が行われているとは思わなかったと言います。


「貴方たちは知らなかったようだけど、孤児院への補助金が足りないと言う事はありえないの。孤児の多くは軍や冒険者として国を守るために戦う道を選ぶ、それが解っているから、国にしろ領主にろ孤児がしっかりと育って、きちんと教育を受け、戦力として十分に期待できるように先行投資を怠らないのよ」


 軍人や冒険者にならなくても、しっかりと教育を受けて働く者が増えれば国力が増していくのは判りきっているので、福利厚生を怠りはしないのが当たり前なのだそうです。


「それでも、中にはこうして不正を働く八が必ず出てくる。そして、不正には必ず権力者が関わってくる。今回の件は孤児院の運営を統括する立場の人間が関わって要るのは明白だったからな、ギルドの一職員に過ぎなかったアレッサでは告発も出来なかったんだ」


 一年近く前から知っていながら、何も出来なかったのは無念だっただろうな、そう続けたアベルさんの言葉に、アレッサさんは俯きます。

 不正を暴くにはどうしても相応の社会的地位が必要となるのだそうです、そうでなければ、暴こうとしても途中でも揉み消されてしまうか、最悪、不正の罪を擦り付けられてしまうのだそうです。

 今回、こうして不正を、犯罪を摘発できたのはアベルさんがいたから、アベルさんの社会的地位があったから、揉み消される事も擦り付けられる事もなく暴く事が、明らかにする事が出来たのです。

 だから知っていながら何も出来なかった。だけどもしも、もっと早く不正を暴けていたならば、救えた子もいたかもしれない。そんな後悔と自分自身への不甲斐なさへの憤りがアレッサさんの中に渦巻いているのが解りました。

 アレッサさんにとっても信じられない事なのは当たり前です。自分の生まれ育った国にこんな醜悪な一面があったなんて信じたくありません。


「レイルと知り合えたのは幸いだったな。今回の件で国の腐敗を一掃してもらおう」


 アベルさんも、良く見れば平然としているのではない事が解ります。

 表には出しませんが、とても深い怒りを感じます。或いは絶望でしょうか? 

 どうしようもない人間の愚かさに怒り、憎み、絶望する。

 何故かそんなフレーズが頭を過ります。


「確かに、本当にそれだけは幸いでしたね。今回の件でこの国の腐敗は完全に一掃されますから」


 アレッサさんもそんなアベルさんの様子に気が付いているようです。

 

 そして、これでこの国の不正が、腐敗が一掃される事は私にも判ります。

 今回の事はマリージアにとって余りにも致命的です。

 魔域の活性化が終わって間もない時期に、活性化から国を守るために最前線で戦い抜いた恩人に、Sクラスの最高峰であり、いずれレジェンドクラスにも至ると言われるアベルさんに知られたのです。それこそ活性化ではなく、今回の件が鯨飲でこの国は滅んでもおかしくはありません。

 それ程の一大事なのです。

 アベルさんはそこまで事態を深刻化させることはないでしょう。

 それでも、アベルさんは犠牲になった孤児たちの救出と、二度とこんなことが起きないように腐敗を一掃する事を求めるでしょうし、マリージアとしても、今回の件に係わっていた人たちだけをトカゲの尻尾きりで粛清して終わりとはいきません。全ての事業、全ての部署で徹底した調査と査察が行われ、全ての不正を明らかにして係わった者を一人残らず処分する。国の存続の為には腐敗を根絶したと言う明確な姿勢が必要です。もしここで見逃して、後に明るみに出ればその時こそ本当に国は終わります。

 レイル王子は国の存続の為に私情を捨てて徹底して腐敗を一掃し、不正に書か張った者を全て罰するでしょう。

 仮に親しい人物が不正に係わっていたからと言って、処分を甘くすればそれはレイル王子自身の破滅に繋がります。アベルさんの付き添いで数回お会いしただけですが、あの方はその様な愚かな事は決してしないでしょう。

 売られていった子たちも全員が助け出されるハズです。

 何も知らないまま過ごしていた無邪気な私たちが許せない思いもありますが、アベルさんのおかげで全てが明るみに出て、全ての不正が正されますし、犠牲になった人たちも救われるハズです。

 

 それに、もし私たちが事実を知っていたとしても、アレッサさんと同じように何も出来なかったのです。それどころか、真実を知っていたら口封じをされていたかも知れません。

 奴隷として売り払われていたか、殺されていたか・・・、どちらにしろ私たちの人生は閉ざされていて、この国に蔓延していた腐敗が正される事も無かったでしょう。

 今回の事が、結果としては最善だったのは確かです。

 私たちが何も知らないままアベルさんに会えたからこそ、孤児院で行われていた犯罪を止める事が出来たのですから、何時までも後悔しているべきではありません。

 魔域の活性化に続いて、また自分たちの無力さを思い知る事になりました。

 私たちにはまだ、大切な、親しい人を守り助けるだけの力もない。

 その事実を本当の意味で痛感しました。

 だからこそ、私たちは、私は力が欲しいです。大切な人たちを自分の手で守れるだけの、助けられるだけの力と地位が欲しいです。

 私たちはようやく、本当に力が欲しいと心の底から願いました。


「アベルさん。本当にありがとうございました」

「気にしなくていい。俺は自分の好きに生きているだけだからな。それで誰かが助けられたとしてもそれはただの偶然だよ」


 私たちは声を揃えてアベルさんにお礼を言います。

 アベルさんは何でもない事に様に返してきますが、この国でアベルさんは数え切れない程の命を救ってきました。 

 それがどれ程凄い事なのか判らないハズがありません。

 確かにアベルさんは自分の思うが儘に生きているのでしょう。自由に、自分の意思のままに生きて行けるだけの力が彼にはあります。ですが、例え自由に生きて行く事が出来る力があっても、実際に本当に自由に生きて行く事は難しい事は判ります。

 人の社会の中で生きている限りはどうしても自由は制限されます。意にそぐわない事を強制させられる事もあるハズです。

 冒険者と言う職業だってそうです。冒険者は確かに自由ですが、同時に命を懸けて戦い続ける義務も背負っています。今回の魔域の活性化などでは命懸けの戦いを強制させられます。


「貴方の場合は、偶然で誰かを助けるのも自分の意思でしょうけど、確かにそうですね。アベルさんの言う通り貴方たちが気にする必要はありませんよ。彼は、全て自分がしたいからしているのですから」

「それは確かにそうだが、もう少し言い方あると思うが・・・」


 アレッサさんがアベルさんの言葉に心から楽しそうに返し、アベルさんはやれやれと頭を振ります。

 その様子に心からこうなりたいと、アベルさんの様になりたいと思います。

 驕る事無く、ありのままの自分で居続ける。自分の意思で全てを決めて、自分の責任で全ての事と向き合う。そして、自分の思うが儘に生きる。

 人によっては傲慢と、我儘で尊大と取られるかも知れません。

 ですが、その生き方はどれだけ崇高でしょう?

 私にはどんな宝物よりも輝いて見えます。

 Sクラスは常識の治外。その言葉の意味がハッキリ判りました。ですが、それはどれほど素晴らしいモノでしょうか?


「凄いです・・・。私もアベルさんみたいになりたいです」


 心からそう思います。

 今の私たちにはあまりにも遠いけれども、何時かは辿り着きたいと思います。

 私だけでなく皆そう思っていたようで、揃って思わず口に出た言葉にアベルさんは苦笑します。


「常識の治外になりたいとは、また酔狂な事で、まあ、自分の人生だ。好きに生きると良い」

「当然好きにさせて貰いますよ。ここまでのモノを見せられたのです。私も覚悟を決めました。本気で貴方と共に歩ませてもらいますよ」

「はい。私も頑張ります。アベルに頼るばかりじゃなくて、自分で何かが成せる様になりたいから」

「ようやく君の生き方の本当の意味が理解できたんだ。私たちがそれにどう感じ何を思うかは私たちの自由なのだから、私も自分の感じたままにさせてもらうよ」

「今日、初めて本当の意味でアドルさんを理解できたと思うんです。だから、私たちはこれから本当の意味でアドルさんとお付き合いできるようになったと思うんです。それが何より嬉しくて、共に歩みたいと思うのも当然じゃないですか」

「本当にキミと共にありたいと思えば、キミと同じ場所に行くしかないのは当たり前なのだから、私たちの想いも同然でしょう?」

「私は、今日初めて自分が本当に成りたいモノを見付けたと思うの、だから、それに向かって精一杯努力するのは当然だよ」


 アベルさんは理解しているでしょうか?

 私たちは貴方に心を奪われてしまった事に、

 Dランク以上になって、既に人間の常識からはみ出していると言われて動揺していたのがウソの様です。

 

 私たちは確かに自分の無力さを思い知りました。

 だからこそ、自分たちで何とか出来るだけの力が欲しいと心から思いました。

 アベルさんに頼るしかない自分の無力さを嘆くのではなく、

 アベルさんが何とかしてくれると無責任に喜ぶのでもなく、

 アベルさんにただ任せているだけの無力な自分で居続けるのでもなく、

 自分の力で大切な何かを守り、救う事が出来るようになりたいと心から思い、願いました。

 そして、アベルさんの元で力を付けて行ける今の自分の状況に心から感謝しました。


 でも、ただ力を手に入れただけでは意味がありません。

 手に入れた力をどう使うかが問題なのです。

 ただ闇雲に力を振るうだけでは、誰かを守る事も救うことも出来ません。

 力は使う者の意思が何より大切なのです。そうでなければ、今回の様な、或いはもっと悲惨な悲劇を生みかねません。

 横領や人身売買と言う犯罪も、孤児院の院長や国の役人、貴族や豪商などのお金持ちなど、地位や権力にお金に立場など、様々な力があったからこそ起きたモノです。

 力の形は千差万別で、力は使うもの次第で人を傷付けも救い守る事も出来ます。全ては使う者次第です。

 私たちは純粋に守りたいモノを守るための力を、それに付随してついてくる社会的地位と立場を手に入れたいと思います。

 それがあってはじめてできる事が沢山あると思い知ったからです。

 そして、手に入れた力の使い方を誤らない様に、正しく使うための見本がアベルさんでした。

 自分の意思と責任の下で、自分の思うが儘に生きる。その在り方は何よりも気高くて、私たちの心を掴んで離さない、理想的な在り方でした。

 

 アベルさんの様になりたい。アベルさんの様にありたい。


 とめどなく溢れてくる想いは、同時にアベルさんへの憧れであり、気付かない内に私たちの心を占めていたアベルさんへの好意そのものでした。

 今の私たちとアベルさんではすむ世界がまるで違います。比喩ではなく、生きる時間を取ってもまるで違うのです。

 その事が解っていたから、私たちは無意識にアベルさんと距離を置いていたんだと思います。

 ですが、もう、そんな事は関係ありません。

 生きる時が違うのなら努力して縮めればいいだけです。

 努力した所でSクラスになれる訳ではない事は判っています。ですが、だからと言って何もせずに諦める理由にはなりません。

 これが本当の意味での恋なのか、恋愛感情なのかは判りません。

 ただ、溢れ出る彼への想いは間違いなく本物です。

 自分の思う儘に生きる。そうありたいと思うのだから、自分の想いに従って生きればいいだけです。

 だから、私たちは皆、本当にアドルさんと共に歩んで行きたいと思います。



 それから数日が経って、事件の全容が、孤児院で行われていた犯罪の全てが明らかになりました。

 院長たちの着服していたお金の総額は一億リーゼ、人身売買で得た総額は五億リーゼに上るそうです。

 確かに大金です。人を惑わせるのに十分な金額なのかも知れません。

 ですが、私たちが感じたのは、そんな程度の額を稼ぐためにあんな非道をしたのかと憤りでした。


 何故、そんな僅かなお金の為に他人を平然と犠牲に出来るのだろう?

 どうして、その程度の事の為に道を踏み外してしまったのだろう?


 どうしようもない怒りと悲しみ、憤りとやるせなさが溢れてきます。

 感情が爆発してしまいそうで、私たちは自分の想いのままに捉えられている元院長たちの元に向かっていました。 

 そして、心の底から溢れ出す想いのままに問い質し、罵倒する私たちを、彼女たちは化け物を見る様に見つめ返していました。

 そして、逆に罵倒してきました。

 ですが、彼女たちの言葉は何一つ私たちの胸に響きませんでした。

 どれだけ口汚く罵倒されても、私たちは何も感じませんでした。

 お金が欲しいのが当たり前だと言うのならば自分の手で稼げばいいだけです。お金を得るための手段ならいくらでもあります。それなのに犯罪に手を出した彼女たちの言葉は良い訳にもなりません。

 自分たちだって辛かった? 平然と子供を自分たちの道具にしていた彼女たちの言えるセリフではありません。辛いと思ったのなら初めからやらなければ、或いは途中で止めて罪を償えばよかったのです。バレにい限り続けていた彼女たちの言葉は詭弁でしかありません。

 お前たちなんかに私たちの気持ちが解るか? 判るハズがありません。判りたいとも思いません。彼女たちの様な人として最低の屑の気持ちが解るようになどなりたいハズがありませんし、これからもなるつもりはありまらん。

 お前たちさえいなければ、確かに私たちがいなければ彼女たちはまだ犯罪を続けていたかも知れません。ですが、それは罪もない子どもに不幸を押し付けてい続けたと言う事です。そんな事を認める訳がありません。彼女たちの非道が明るみに出るきっかけを作った事を、誇りこそすれ後悔する事はありません。


 平然と言い返す私たちをやがて彼女たちは人外の怪物でも見るかのように怯えて視ます。

 ですが、私たちこそ彼女たちが怪物にしか見えません。

 自分の欲望の為に平然と他人を犠牲にしてカケラも心の痛まない非情な怪物。人間の心を失っているのですから、彼女たちこそが本当の怪物なのです。

 それが人間の本質だと言うのなら、私たちはそんな人間にはなりたくありません。

 喜んで人間の常識の治外になります。

 私たちは彼女たちにそう言い残してその場を離れました。もう二度と彼女たちと会う事も無いでしょう。

 彼女たちとの間にあった繋がりを完全に断ち切って、私たちは先に進みます。

 過去の優しかった、嬉しかった記憶も全て偽りのモノに、ウソで塗り固められたモノに過ぎなかったのです。私たちは、あの孤児院にいた全員が、そんなものに縛られていてはいけないんです。


 激情に駆られて彼女たちの元に押しかけましたが、思うが儘に行動してよかったと思います。

 これで私たちは過去を振り切って、新しい一歩ㇹ踏み出す事が出来ます。過去との決別。ほんの少しだけ私たちの中に残っていた、もしかしてと言うありもしない希望に縋る弱さを打ち払う事が出来ました。

 これが、この在り方が、人間の常識の、人間の治外と言うのなら構いません。私たちは自分の意思で、喜んでその道を進んでいきます


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