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周囲を気にしなくて良いようになったおかげで、ヤマタノオロチ・スサノオの一撃目は何とか防ぐ事ができた。
もし、魔王たちがこの場に残っていたなら、俺は成す術もなく消し飛んでいただろう。
転移で逃げようとしても無駄。なんとも反則な一撃だったが、そのおかげで周囲のヒュドラたちも一掃されたのはこちらにとってはラッキーだ。
やはり、このヤマタノオロチ・スサノオは配下のヒュドラのことを単なる駒としか見ていない。
要するに、指揮官としては三流以下もいいとこなんだけども、それと反比例するように、個としての力は桁外れに強い。本当に、勘弁して欲しいくらいに強い。
因みに、周囲のヒュドラを一掃したヤマタノオロチ・スサノオ、長いからスサノオで良いな。の攻撃で魔王軍が討伐して回収できずにそのまま残していたヒュドラの死体も全部キレイに消滅した。
魔王としては大損害もいいところだ。
まあ、撤退を決めた時点で回収も諦めていただろうけど。
それに、それなりの数は既に回収してあったので、赤字になるとかそんな心配はないし。
とそん事を考えている場合じゃない。
本当に、ついつい現実逃避したくなってくるよ。
まあでも、それでも勝てない相手じゃない。理由は、俺は魔晶石を使って魔力を回復できるからだ。
逆に言えば、魔晶石による魔力の回復が出来なかったら、どうやっても勝ち目のない相手でもある。
魔力の大半を用いて防御障壁を展開し、即座に魔晶石で魔力を回復する。
その間に、ほぼ全魔力で展開した防御障壁はすさまじい勢いで削られていく。
敵の、スサノオの魔力は明らかに俺よりも大きい。
圧倒的な力にモノを言わせた凶悪な攻撃は、ほぼ全魔力をもってしないと対抗できない。
要するに、魔晶石で魔力を回復出来なければ、一回攻撃を防いだだけでほぼ魔力を使い切ってしまって終わりであり、また、魔晶石で魔力を回復できる内に倒さなければお終いと言う事だ。
本当に嫌という程ギリギリの綱渡りだ。
しかも、スサノオの魔力の方が先に尽きる可能性もほぼ無い。
さっきからバカみたいに凶悪な攻撃を見境なく放ち続けているのに、その魔力は半分も減っていない。
どれだけ無尽蔵な魔力を持っているんだと言いたくなる。
それに対して、俺が魔晶石で魔力を回復できるのは後4・5回が限度だ。
レジェンドクラスに至ったのと、2回の魔域の活性化での戦いの時に、散々魔晶石による回復をギリギリまでしていたおかげか、回復できる回数が増えていて助かった。
これがもし、10回くらいしか回復できなかったら確実に積んでいた。
スサノオの攻撃は、大地を割り、天を裂くほどに強力なので、その1つ1つを俺が受けて相殺する必要がある。
そうしなければ、倒したとしても魔人国ゲヘナが壊滅してしまいかねない。
直径1000キロを超えるクレーターをつくりだし、その場にあった全てを跡形も無く消し去るブレスの射程は1万キロを超える。要するにここから余裕で王都マハトまで攻撃が届くのだ。
そして、流石に魔人国の王都と言えども、スサノオの攻撃に耐えうる防御結界を展開する事は不可能。
つまり、万が一にもスサノオの攻撃がマハトに向かってしまえば、その瞬間マハトは完全に消滅し、ルシリス達も全員死んでしまうのだ。
正直、背負うモノが重すぎだ。
どれだけの人命を背負わなければいけないんだか・・・・・・。
そして、この国の存亡、未来も俺にかかっている。
「重すぎだからと言って投げ捨てる訳にはいかないのが困ったものだ」
ただ命懸けなだけでないのだからカンベンして欲しいが、それでもやるしかない。
出来れば、スサノオに攻撃の隙を与えないくらいの波状攻撃から一気に倒してしまうのが、間違いなく理想なのだけども、現実にはそれは不可能だ。
何故なら、俺よりもはるかに魔力の高いスサノオの防御障壁を破るための一撃は、確実に俺の全魔力を込めた魔法でも届かないからだ。
奴を倒すには全魔力の数倍分の魔力を込めた魔法が必要になる。
ぶっちゃけ、通常の魔法や闘気術では万の攻撃を叩き込んだとしても、スサノオの防御障壁を削ることすら叶わないだろう。
要するに、どれだけの波状攻撃を仕掛けたとしても、今の俺の実力ではスサノオの足止めにもならないどころか、僅かに動きを妨害する事すら出来ないのだ。
だからこそ、必殺の一撃で確実に仕留める。
魔晶石で魔力を回復の際、回復した魔力の一部をその為に蓄積し続けている。
既に俺の全魔力の10倍近い魔力が溜まっている。
こんな手間をかけないでも、ジエンドクラスの魔石から魔力を持って来て魔法を使えば、確実なんだけども、実はその手は実戦ではまず使えない。
自分の魔力を込めた魔晶石から魔力を回復したり、その魔力を使うのならともかく、魔物の魔力そのものが込められている魔石から魔力を引き出すには相当の集中力と時間が必要になる。
実戦の中でそんな事をするのは自殺行為だ。
戦闘から、相手の魔物から注意を逸らし、魔法の発動だけに全神経を集中させる。そんな事をしたならばその瞬間に死が確定する。
なので、最低でもその間相手の気を引き付けてくれる仲間が居ない限りは使用不可能なのだ。
今回の場合は、最低でもレジェンドクラスの超越者が後1人いてくれないと無理。
まあ良い、そんな事よりも準備は整った。10倍の魔力に、更にあと10個の魔晶石から魔力を取り込ん
で魔法を放つ。
俺の20倍の魔力の一撃。これで倒せるはずだ。
20個の魔晶石から一度に魔力を取り出して魔法が使えればこんな手間をかける必要もなかったのだけども、それが出来ないのだから仕方がない。
そもそも、今回の10個の魔晶石から一度に魔力を取り出して魔法に転換するのも、ほとんど自殺行為に等しいような力技だ。
そんなに簡単にホイホイと自分の何倍もの魔力を好きに使いこなせるのなら苦労はしない。
スサノオに向けて全神経を集中した状況で、辛うじて一度に取り出す事が出来る魔力の限界が、魔晶石10個分。
それも、ギリギリの綱渡りに近い賭けでだ。
それでもやらない訳にはいかない。
他に勝算がないからだ。
他に勝てる手段があるなら間違いなくソチラを選ぶ。しかし、残念ながら俺が今とりえる方法で他にスサノオを倒せる手段はない。
どれだけの予測演算を繰り返し、未来予測までしてもその事実は変わらない。
だからこそ、俺は唯一の可能性に賭ける。
10キロを超す巨体でありながら、音速の百倍もの速度で暴れ回るスサノオは、もう完全に暴虐の化身だ。俺が攻撃を無効化しているにも拘らず、戦闘領域の半径50キロの領域には既に何も残っていない。
スサノオが8本の首を縦横無尽に振り回すだけで、大気が悲鳴を上げている。
と言うか、気が付けばスサノオの周りは既に真空状態だ。空気もない状態なのに平然と生きているのには、驚くだけムダだろう。
問題はそんな事じゃない。準備は整った。後は攻撃に移るタイミング。
万が一にも避けられたりしたら一巻の終わりだ。相殺された場合ももう手の打ち様がなくなる。
絶対に直撃させないといけない。
出来れば、ほんの少しでもスサノオに隙が出来てくれればいいんだが、それはいくらなんでも虫が良すぎるか。
なんて思っているとスサノオが動く。術との咢をこちらに向けて大きく口を開く。
ブレス。8本の閃光が俺に向かって放たれる。
圧倒的なまでの破壊の奔流。だけども、これは好機。
全てのブレスをスサノオに向けて反射する。
勿論、自分の攻撃でやられてくれるような相手じゃない。それどころか、普通なら跳ね返された攻撃を受ける事もないだろう。
だけども、ここに来て今まで激しく戦い続けてきた事が功を表する。
戦闘領域に蓄積されていた暴風のような戦いの余波が、遂に限界を超えて暴走する。
突如として荒れ狂う奔流にスサノオの動きが一瞬止まり、その一瞬が反射したブレスを避ける時間を奪う。
轟音。そして閃光。全てを薙ぎ払う衝撃波。
スサノオの防御障壁とブレスがぶつかり合ったのはほんの一瞬の事。一瞬で互いに相殺しあい、消えていった。
そして、その一瞬こそが好機。スサノオの防御障壁がブレスによって相殺されて消えた瞬間。
「アイン・ソフ・オウル」
今まで貯めていた魔力と、魔晶石から取り出した魔力、俺の全魔力の20倍の魔力で放った魔法がスサノオに直撃する。
そして、勝負は決した。
20倍の魔力で放ったアイン・ソフ・オウルはスサノオの命を刈り取りきるだけの力を持っていた。
万が一にも、この魔法でも倒しきれなかったら終わりだったが、どうやら倒しきれたようだ。
勝利に喜ぶ間もなく、今度は俺に戦闘の余波が襲い掛かる。次元を軋ませるほどの力の奔流をいなしながら、どうにか勝てた事に安堵する。
ヤマタノオロチ・スサノオ。本当にトンデモナイ敵だった。
後は・・・・・・。
「これで終わってくれると良いんだがな」
今回のヒュドラの侵攻は確かにこれで終わりだろう。
だが、もしもこれが魔域の活性化の兆候であったならば、本番はむしろこれからだ。
いったいこれからどうなるか?
考えても答えは出ないのは判っているが、それでも考えずにはいられなかった。




