17
「はい? レイル司令、いや、レイル王子が?」
アレッサを加えた訓練は順調に進み、六人ともこの調子なら、後数週間もせずにB-にランクアップ出来るだろうと言う所で、レイル王子から俺に呼び出しがかかっているときた。
ハッキリ言って、今の俺は一国の王子と言えどもそうそう簡単に呼び出せる相手じゃない。数日前から連絡を入れるか、場合によっては向こうから出向くのが普通だ。
「はい、至急行政府まで出向くようにと・・・」
それが解っているから、アレッサの代わりに俺たちの担当になった受付嬢も不安そうだ。
要件も言わずに一方的に呼びつけるなど、ケンカを売っているに等しい。
Sクラスの一人であり、隣国の貴族でもある俺に対する対応ではない。
ついでに、明らかにレイル王子のやり方とは思えない。
「何か明らかに厄介事の予感が・・・」
俺の呟きにアレッサが顔を引きつらせる。
つい先日、早々起きはしないと言っていた厄介事がやってきた。
王族からのぶしつけな呼び出し、これほどの厄介事もないだろう。
「これから出向けばいいのかな?」
「はい、出来ればすぐにでもと、それと、呼ばれているのはアベル様だけですから・・・」
弟子には用はないと、いったいどうしたのやら?
「判った。すぐに向かおう。アレッサたちは先に戻っていてくれ」
「はい判りました。あの、お気をつけてください」
「アベル、気を付けてね」
何か不穏なものを感じたのだろう、彼女たちも不安そうにしている。
「まあ、何か差し迫った危険がある訳じゃないのは確定だから」
とりあえず、そこまで心配する必要もないだろうと安心させて、俺は行政府に、レイル王子の元に向かった。
「来たか、呼び出してすまなかったね」
案内された一室にはレイル王子の他に、十八歳程の男と同じ年頃の女の子が四人いた。
男の方はレイル王子に似ている気もしないでもないが、そうすると・・・。
「ようやく来たか、お前がSクラスのアベル・ユーリア・レイベリスだな」
いきなりの上から目線。男は俺をバカにしたように見てきている。
その様子にレイル王子が顔を青くしているのにも気付いていない。
「レイル王子、彼は?」
「ああ、ベイル・アキュートス・マリージア。俺の弟の第四王子だ」
「なる程」
どうやらこの第四王子とやらが厄介事の大本とみて間違いないだろう。
「ベイルは武者修行の途中でな、彼女たちとパーティーを組んで各地を回っている」
パーティーメンバーを紹介されるが、まあ、予想通り妃候補の武系貴族家の令嬢たちだ。
特に役職もない第四王子の地位を笠に放蕩するバカ王子と言ったところか、そうすると、要件の方も大体見えて来るが、
「それで、至急の呼び出しとは何の御用ですか?」
確認してみるが、まあ、要件は決まっている。このバカ王子を弟子にしろと言うのだろう。
「呼び出したのは他でもない。貴様に俺の指南役の大役を命じてやる。ありがたく受けるがよい」
「ベイル、少し黙っていろ」
完全に無視していると言うのに、構わずに横から偉そうに命令してくる。
本当に何を考えているのか? レイル王子が慌てて黙らせようとするが、もう遅いだろう。
流石にここまでのバカをするとは思ってもみなかったと言う所か・・・。
「兄上こそ黙っていて欲しいものだな。そもそも、コヤツを呼び出したのは私だ、何の権限があって兄上が同席しているのかな?」
「お前は・・・、自分が何をしでかしているのか本当に理解していないのか・・・?」
レイル王子が頭を抱える。まあ、当然だろう。こんなバカ王子かよく今迄廃嫡にならなかったものだ。
後ろに控えていた妃候補たちは流石に事態に気付いたのか、全員が青い顔をしている。
何とかバカを止めようとしているのだか、完全に頭に血が上っているのか聞く耳も持たない。
・・・何と言うか、救いようがないな。
とは思うが、このバカ一人の為にここにいる全員が要らない責任を取らされるのもかわいそうなので、とりあえずは穏便に事を済ませる事にする。
「弟子入りを希望と言う事ですが、私は既に六人の弟子を育成中です。初弟子となりますのでしっかりと見ていきたいと思いますので、少なくとも彼女たちわ育て上げるまではお待ちいただきたい」
「そんな事か、下らんな、聞くところによると貴様の弟子たちは既にCランクにまで上がり、十分な成果を見せているそうではないか、ならばもう十分だろう。そやつらの育成を終わらせて私の指南に専念するがよい」
だから、本当にこのバカは何を考えているのだろう?
この前の騎士団長しかり、世の中には一定数の救いようのないバカがいるのは判っているが、これ程までの大馬鹿に遭遇するとは思わなかった。
「何を言う。師弟の関係とはそう簡単なモノでは無い。そのように途中で投げ出す様な真似ができる訳がなかろう」
「その通りですね。冒険者の師弟関係と言うのはなかなか複雑と言うか、曖昧なモノがありますが、途中で投げ出す様な真似は出来ません」
と言うか投げ出す気はない。せっかく美少女たちと友好な関係を築けているのに手放すバカがどこにいると?
少なくてもこんなバカの為に手放すなどありえない。
「それに、残念ですが私と貴方では友好な師弟関係を築けるとは思えません。互いに信頼し合える関係を築けない様では、師弟の意味もありませんから」
これは本心だ。と言うか、はじめから見下したような態度を取るような相手とどうやって信頼関係を築けと?
そもそも、それが教えを乞う態度かと言いたい。
飽くまでも俺の考えだが、師弟の間には互いに信頼し合えるだけの繋がりが必要だと思う。特に、命に係わる戦いの術を教える師弟の間には必須だろう。そのくらいの事はむしろ常識の範疇だ。
こういうバカは他にもいた。活性化が終わった後、何人か俺に弟子にしてくれと詰め寄ってくる奴らがいたが、そいつ等の幾人かがこのバカと同じように見下した、或いはバカにした態度だった。
恐らくは、十歳程度の女の子にしか見えない俺の見かけに、何かインチキでもしているか、国の広報かなにかと勝手に判断して、実力でSクラスの最高峰になったとはカケラも信じなかったのだろう。
・・・まあ、インチキについては否定しきれないが、あえて俺が明かしてやる必要は一切ない。
と言うか、弟子入りを、教えを乞うのならばせめて見た目だけでも敬えと言いたい。
どうせインチキをしているのだろう?
俺たちにもその秘密を教えろと上から目線で迫ってくるバカ共の相手は、ここ数日で慣れている。
「信頼関係だと? そんなものがなぜ必要なのだ? 貴様は黙って私に力の秘密を授ければいいのだ」
こんなバカ共に、アホ共にどうして教えてやらなければならない?
そもそも、Sクラスを敵に回すのがどういう意味を持つかも理解できないのか?
それとも、俺などタダのお飾りの作り物のSクラスに過ぎないとでも、本気で思っているのか?
そもそも、教えを乞うなら内面でどう思っていようと、せめて表面だけでも敬意を示すように取繕ったらどうだ?
師弟の関係とは、技や技術の継承もあるが、師を超える者を育て上げて発展させていくと言う一面もあると思う。
その意味では、いづれ俺を超えてやると息巻くのは別にいい。
実際に俺を超える実力を身につけるのは、俺と同じ転生者の、俺と違ってチートもちでなければ難しいとは思うが、
・・・と言うか俺のチート、平然と死地に向かう精神異常だけとはとういう事だ。
まあ、十二歳でSクラスの最高峰に上り詰め、レジェンドクラスへ至るのも確実と言うのだから、才能的にも十分にチートレベルであるのかも知れないが、果たして才能があったからなのか、チートトレーニング法のおかげなのかが定かではない。
まあ、とりあえず、このバカにそれを教えてやる理由はないし、いい加減相手をするのもバカらしくなってきた。
「力の秘密ですか、確かに秘密が無い訳ではありませんが、それを貴方に教えなければならない理由はありませんね」
「貴様っ! 無礼な、そのような暴言が許されると思っているのか!?」
それは此方のセリフだ。レイル王子の方はもう完全に諦めたらしい。まあ、既にこのバカの進退は決定していて、既にどうしようもないのだから当然だろう。ここにいる中でその事に気付いていないのはベイルとか言うバカ王子だけだ。
「暴言ね。先程から暴言を続けているのは貴様の方なのだが? ベイル元王子。貴様は自分が何をしているのか本当に理解していないのか?」
既に言葉遣いを改める必要もない。
言葉遣いが変わった事に激高しようとするが、その前に更に続ける。
「王族に対して経緯を表しないなど不遜とでも、残念ながらお前はもう王族ではない。今回の、俺に対する無礼で王籍を失う事になるのだからな」
「何を言っている。そんな事が・・・」
「事実だベイルよ。其方に王族たる資格はない。アベル殿に、救国の恩人たるSクラスに無礼を働くなど言語道断。場合によっては命を持って償ってもらう事になるぞ」
自分の行動がどんな結果を生むか全く理解していなかったようだが、知りませんでしたで、判っていませんでしたで済むほど世の中は甘くない。王族の責務は軽くない。
王子自らが国防に、国の存続の為に必要不可欠たるSクラスにケンカを売ったのだ。
そんな醜聞が広まればどうなるか?
少し考えれば、子どもでも分かる最悪の事態だ。
下手をしなくても国が滅びかねない事ぐらい誰にでもわかる。
「この容姿だからね。侮られるのにも慣れているし、俺としては別にどうでもいいんだけどね。国としてはそうはいかない。マリージアの国としての威信の為にも、ベイル元王子、お前をそのままにして置く事など出来るハズがないんだよ」
「其方が何を持ってアベル殿を侮ったのかなど問題ではない。問題なのはアベル殿を侮り、侮辱した事実こそが問題なのだ。まさか王族の身にありながら、Sクラスの地位と名誉について理解してないハズもなかろうに・・・」
Sクラスはある意味で国家元首にも等しい権限を持つ、それだけの地位にあると正式に認められる存在なのだ。王族をしてあの方々と敬意を表されるレジェンドクラスとは比べるのもバカらしいが、国に仕えるSクラスは全員が公爵以上の爵位を得ているし、発言権も他の貴族とは比べ物にならない程に高い。
更に言えば現在のマリージアには仕えるSクラスは居ない。これがまだ、宮仕えのSクラスを確保していたのなら話は別だが、そうでないのにSクラスにケンカを売るなど正気の沙汰ではない。
五百人もいるのだから、一人ぐらいと仲を違えた所で問題ないなどと言う訳にはいかない。
五百人もいるのではなく、五百人しかいないのだ。
更に、確実に接触できる人数が限られている以上、接点を持つ事が出来たSクラスとの間に有効な関係を築こうとするのが当然であり、止む無き事情があったのならともかく、王族が自ら関係を険悪化させるなどありえない愚行だ。
「Sクラスの権威だと? ベルゼリアの策謀のマストに過ぎないコヤツにそんなものがあるハズなかろう」
「ベイル・・・、そなたはその様な戯言を信じていたのか・・・?」
レイル王子は思わずと言った風に呻くが、俺は納得がいった。もっとも、そんな戯言を本気で信じる奴がいるとは夢にも思わなかったが、
俺はベルゼリアの策謀によって仕立て上げられた偽のSクラスに過ぎず、ES+ランクの実力などあるハズもない。
何時の間にか出回っていた俺の噂だ。アホらしいと言うか、バカらしいと言うか、荒唐無稽の与太話と言うか、何所からこんな戯言が出て来たのか本気で理解不能だか、まさか信じるバカもいないだろうと放置していたが、こんな所に真に受けるバカがいるとは夢にも思わなかった。
「まさかそんな戯言を信じる人間が本当にいるとは・・・、驚いて、呆れてモノも言えないとは本当にこの事だな」
「全くだ。我が弟ながらここまで愚かとは思いもしなかった・・・」
俺とレイル王子だけでなく、妃候補の四人まで呆れている。
・・・彼女たちはかわいそうにとしか言いようがない。
物心付いた時からこのバカの婚約者として、第四王子の正室と側室となる事を義務づけられ、今まで過ごしてきたのに今回の件で全てが失われた。
まさか自分たちの婚約者が、自分たちの国の第四王子がここまでバカだとは夢にも思わなかっただろう。
或いは、彼女たちの誰かが俺の弟子入りして実力を付ける事を提案したのかも知れないが、まさかこんな事態になるとはカケラも思わなかったハズだ。
王族として、レイル王子よりも先にB-にランクアップして発言権を増す。それによって自分たちの立場も強化しようと思っていたのが、一瞬の内に全てが瓦解した。
「ベルゼリアの策謀などあるハズがなかろう。ベルゼリアは確かに大国ではあるが、国力は我が国とほぼ同じ、Sクラスの偽装などと言う暴挙が出来るハズもない事ぐらい、王族として国際情勢を知っていれば判らぬハズもなかろうに・・・」
レイル王子は心の底から深い、深い溜息をついた。
気持ちは判る。まさか自分の弟が、常識の範囲すら理解していないとは思いもしないだろう。
「虚像のSクラスを造れるほど世界は甘くはない事ぐらいは、今回の魔域の活性化で実感したと思うんだがな、それに、もし俺がただの虚像に過ぎないのなら、弟子になっても実力を上げる事も出来ないで、何の意味もないって事ぐらい判りそうだけど」
つまり、実際に俺がメリアたちを弟子にして育て上げ、短期間にランクアップを果たしている事からも、俺が偽りのSクラスだなどと言うのは戯言に過ぎないと証明されているのだ。
まあ、実際の所、余りにも若くしてありえない実力を得ている事から、何らかの秘密がある事は間違いないだろうと、それを暴こうとする動きの方が多いのだが、
俺もこの王子もその類だろうと思っていたし、それを匂わせる発言もしていたのに、ふたを開けてみればまさかの戯言。
一体何がどうなっているのやら・・・?
「Sクラスは虚像でも、そう勘違いさせられるだけの力を貴様がその歳で得ている事は事実だろう。ならば、何らかの秘密が、強くなるために秘訣、或いは秘薬があるに違いない。ベルゼリアが独占しているその秘密を得る事が出来れば、我が国は一気に躍進できる。兄上こそ何故その程度の事が解らん」
おや? なんとなく見えてきたかな?
しかし、だとしても悪手な事に変わりはない。
国の為に何としても俺の力の秘密を得ておきたかったのだろうが、それならばもっと手段を選ぶべきだ。
「成程、そう言う事だった訳だ。国の為に秘密を暴いてしまおうと、しかし、先程から言っているのに、まだ勘違いしているようだけど、俺は虚像のSクラスじゃあない。正真正銘のES+ランクの冒険者だよ」
恐らく、ベイル元王子にとっての誤算は、十二歳に過ぎない俺が本当にES+ランクの化け物だった事だろう。
本当は精々がAランク程度の実力しかないのに、ベルゼリアの後ろ盾を利用してSクラスとランクを詐称している。そう勝手に思い込んでしまったのだ。
本当はAランクにに過ぎないと思い込んでいたからこそ、高圧的な態度で秘密を無理矢理にでも聞き出そうとしたと、まあ、大体そんな所だろう。
だが、思惑とは裏腹に俺は正真正銘のSクラスだ。キチンと事実確認をしておけば良いものを、思い込みで暴走した結果が今回の茶番と、
「お前は、今回の魔域の活性化におけるアベル殿の戦いを見ていないのか? もし、あの戦いを知りながらアベル殿のランクを疑ったと言うのなら、お前はそれこそ救い様の無い愚か者だ」
レイル王子が呆れ果てた様に問う。
ベイルは何を言っているんだと言う様に辺りを見渡して、自分以外がレイル王子の言葉に頷いているのに気付く。
自分の婚約者たちが呆れた様に自分を見ている事に、その目がどこまでも冷たく冷め切っている事にようやく気が付いたようだ。
「そんな、まさか本当にSクラスだと・・・?」
ようやく事態の深刻さに気が付いたようだが、本当に燃もう遅い。
今更青ざめても取り返しはつかない。
「ようやく理解したようだな。ベイル。其方には父上より正式に今回の件についての沙汰が出よう。それまで謹慎しておれ、其方等が責任を持って見張っている様に」
バカが自分のバカさ加減をようやく理解した所でレイル王子が連れ出す。婚約者、元婚約者たちは自分たちの保身の為にもベイル元王子をシッカリと監禁するだろう。
流石にこれ以上何も言う事なく静かに姿を消す。
「ふうっ」
何かどっと疲れた気がして、ドアが閉まると同時に思わず溜息を付くと、同じく深くため息を付いたレイル王子のものと重なる。
「今回は誠に申し訳ない。まさかこのような事になるとは・・・」
「別に今回の件を公表するつもりは無いから安心していい。俺としても予想外だったが、まあ、こう言う経験もたまにはいい」
バカ王子の自爆などはむしろテンプレの定番だ。巻き込まれたのは事実だが、目の前で茶番が起きているのを特等席で見るのも一興。ファンタジーの世界に転生した醍醐味の一つだろう。
それに、今回は本当に運が良かった。俺とレイル王子含めて知る者が七人しかいないので、誤魔化す事も容易だ。事実上は無かった事にするのも簡単だったのか今回の件で最大の幸運だろう。
「感謝してもしきれん。アベル殿、本当に感謝する」
「だから、気にしなくていい。俺としても面倒事はゴメンだしな」
レイル王子、いや、レイルとは活性化の終焉後も何度かあっていて、親友同士と言っていい関係になっている。勿論、多少の打算はあるにしても、人柄的にも親友になれたのは幸運だと思う。
「ベイルがまさかあんな事をするとわな、やはり焦っていたのだろう。焦って事実確認を怠ったか、現実が見えなくなってしまったか・・・」
レイル王子を含む他の兄弟は側室の子で、ベイル元王子だけが正室の子だそうで、第四王子とは言え正室の子であるベイル元王子には、王位継承の可能性が十分にあった。
実力を着け、B-ランクにまで上がればそれこそ確実に次期王の座を得る事も出来たハズだが、問題となるのが年齢差で、数十年かけてB-にランクアップするよりも早く、第一王子が王位を継ぐ可能性も高かった。それに焦って、武者修行と称して冒険者として実戦経験を積んでいたらしい。
・・・王位か、俺には何の興味もないが、ベイルは何としても手にしたかったのだろう。
その結果、全てを失ったのだから救い様がないが、実際、能力的にも才能的にもレイル王子を超えているとは思えないので、所詮は無理だったと諦めるしかないだろう。
「成程、王位を狙う余りの暴走か、だけど、それならむしろ幸運だったのでは? 今回の件で彼には王位を継ぐだけの器量がないのは明らかだ。王の器に無いものが王とならずに済んだのだから、マリージアとしてはむしろ幸いだろう」
「確かに、ベイルには王になれるだけの器量が無かった。だが、己の力不足を知ったとて諦める事もなかっただろう。結果、無為な混乱を招く事になっていたかも知れん、そうならなかっただけ、今回の件も無駄ではなかったな」
残酷な言い方だが、無能な者が王になるほど国にとって悲惨な事はない。三億人の命と生活が懸かっているのだ。国家元首の選出は慎重に行う必要がある。
少なくても、その実力がない者がなるなど論外だ。
実際の所、第一王子に王の資質があるかどうかは知らないが、そこまでは知った事ではない。
仮に無いのなら、レイル王子には王の器と資質があるから、レイル王子が王になればいいだけだ。
「それにどの道、面倒な事になると判りきっていながら王族を弟子にするつもりは無かったからな、どうやっても思い通りにはならなかったさ」
婚姻やらなんやらで国に囲われるのを嫌って、自由に生きるためにこの歳で国を出たのだ。王族の指南役などになるハズがない。
「それも少し調べればわかりそうなもの、全く我が弟は何をしていたのやら」
下級貴族の次男坊で、長男が家を継ぐことも決まっていて保険としての予備としてしか価値がないと見なされる身の上に、自身の努力で実力を着けた結果、囲い込もうと婚約の話が出始めて、それを嫌って成人前に国を出て自由に旅を始めた。
少し調べれば直ぐにそんな噂に辿り着く。
そして、おおよそでは事実だ。
権力に興味もなければ、地位に興味もない。貴族になどなった所で面倒なだけで、煩わしいだけで何のメリットもない。既に冒険者として活動していくだけで十分に不自由なく、権力に無理やり従わされるような煩わしい思いをする必要もなく暮らしていけるだけの実力があるのだから、そちらの道を取るのは当然だ。
「まあ、俺には国なんて面倒な物に係わる気は全くないから、当面は自由に旅を続けさせてもらうよ」
せっかくの自由気ままな生活だ。手に入れるためにこれまでひたすら努力を続けて来たのだから、そう簡単に手放すつもりは無い。
気に入った相手が居れば弟子にとって、他の冒険者の仕事を奪わない程度に魔物を狩っていれば何をしていようが文句を言われる心配も無い。
ようやく手に入れた自由を手放すつもりは全くないし、邪魔をするのならば排除するのも辞さない。
「自由だな。キミが羨ましいよ」
「まあ、キミだって何時までも義務に縛られている訳でもない。力を付けて、後数十年義務を果したら、残りは自由に生きればいい」
王族としての義務を果たさなければならないレイルとしては、むしろその責務から解放されたベイルが羨ましいのかも知れない。
ネーゼリアの王族や貴族は、かつての地球の王族や貴族、或いは物語に出てくるモノの様に優雅で、好き勝手に生きれる存在ではない、むしろ、必ず戦場に立ち国を守るために戦い続けなければならない以上、平民よりも危険で自由が少ないとすら言える。
平民には徴兵制はないが、王族や貴族は必ず魔物と戦う義務があるのだから、ある意味で命懸けの地位とすら言える。
まあ、それでも何時までもその義務に縛られ続ける訳ではない。騎士として、或いは冒険者としてでも三十年戦場に立ち、魔物を倒していればそれで戦う義務は果たした事になる。後は家督を子どもにでも継がせるなどして、残りの人生は好きに生きることも出来る。
レイルの場合でも、五十歳まで頑張って責務を果たせば、今の段階でもCランクにあるのだから、少なくても残りの百年以上の人生を好きに生きる事も出来る。
まあ、まだまだ先は果てしなく長く、途中で命を落とす危険性も少なくない事を考えれば、やはり王族の責務は厳しいとしか言えないだろう。
「そう簡単な事ではない事くらい判っているだろう? まあ、王族である分、兵士や下級貴族よりも安全なのは確かだが、魔域の活性化が終わった事でしばらくは危険も減るのは確かだが」
それでも、戦場にある以上、王族だから死なないなどと言う事はありえない。
かと言って投げ出す事も出来ない。
俺の場合は、元々は下級貴族に過ぎず家督を継ぐ兄も健在な以上、冒険者として魔物の討伐さえしていれば文句を言われる事はない。
・・・正確には、俺を囲い込もうとしていたベルゼリアの上層部など不満満載だろうが、こうして冒険者として魔物を討伐し、弟子を取って育成している以上、文句を言うことも出来ない。
だが、王族となればそうもいかない。第三王子とは言え王位継承者の一人である以上、その地位に相応しい責務を果たさなければならない義務がある。
自由を手に入れるまでの道のりは果てしなく遠く険しい。
それは解っているが、せっかく得た親友だ。出来れば幸せに、自分の思うが儘に生きて欲しいと思う。その為の手助けくらいは惜しまないつもりだ。
「言っただろう? 力を付けてと、立場があるから正式に弟子にする訳にはいかないが、レイルには俺の修行法を授けるから実践してもらうよ。それで遅くても数年後にはB-にランクアップしているハズだ。勿論だが、一切秘密で、洩らしたなら相応の覚悟をしてもらうが」
確実に強くなる方法を無闇やたらに広めるのは余りにも危険だ。それによって魔物の被害が減り、多くの命を救う事になるのは判っているが、同時に戦争と言う数え切れない程の命を奪う愚行を引き起こす危険性がある事も判っている。取り扱いには細心の注意を払わなければならないし、弟子にして教える人物も良く選ばないといけない。
その事を理解したのだろう。もしも洩らしたら本当に俺を敵に回す事になる。
レイルは大きく息を飲んで驚愕した後、静かに意を決したように頷いた。




