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「改めてよろしくお願いします。アベルさん」
「ああ、よろしく、特訓と言っても、そんなに厳しくはないから気を張る必要はないよ」
真面目に頭を下げるアレッサに俺は気楽に返す。
実際、アレッサはB-になるための器が出来上がりつつあるので、後は器を完成させれば自然と魔力と闘気も上昇し始める。その器造りと上昇を少し後押しするだけなのだから、チートトレーニング法でそれこそすぐにでもランクアップできるだろう。
「とりあえずは、一年間休んでいた分の感覚を取り戻すところからだけど、それもあまり問題なさそうだ」
「はい、そちらは大丈夫だと思いますよ」
ブランクの間に鈍った戦いの感覚を取り戻さないと、いろいろと危険だと思ったけど、こうして視るとブランクを感じさせない、二十年以上戦場を駆け抜けた経験が体に染み付いている感じだ。
「それと、しばらく様子を見たら、俺たちは遺跡探索を始めるつもりだから、アレッサにも当然、一緒に来てもらうよ」
「遺跡探索ですか?」
「そう。俺が持っている古文書の中に、未発見の遺跡の情報があるみたいだから探してみようかと、正直に言って、魔物の相手ばかり続けるのは少しの間は遠慮したいからね。しばらくは好きな事をさせてもらうつもりだよ」
今回の魔域の活性化を思い浮かべたのだろう、アレッサも納得したように頷く。
だけど、実際の所、魔物の相手が嫌ならばしばらくはこの国にいた方が安全だ。
活性化があったばかりなのだから、少なくてもこれが数百年は活性化が起きる心配はない。もし、仮に俺の行く先々で魔域の活性化が起こるフラグが建っていたとしても、この国にいる限りは安全だ。
もっとも、その場合はベルゼリアで活性が起きる気がするが・・・。
祖国の危機となれば駆け付け無い訳にはいかない。
今回、さあ自由に旅を始めようと思った矢先に巻き込まれ、死ぬ思いをした事で、単にに疑心暗鬼になっているだけだとも思うけれど、なんとなく不安も消えないので、それならもう好きに動き回っていた方がマシだ。
「他にもやりたい事は沢山あるしね。まあ、魔物狩りもするけれど、非常時以外で余り俺が動くべきじゃないし」
「それは、確かにそうですね」
Sクラスの俺があまり動きすぎると、他の冒険者の仕事がなくなってしまう。
その意味でも、しばらくは趣味に没頭しても問題ないし、文句を言われる心配もない。
「でも、アベルさんのやりたい事って何ですか?」
心底不思議そうにアレッサが尋ねてくる。まあ、それも判る。十二歳と言う年齢と実力が余りにもかい離し過ぎている為、一般的な十二歳の少年と同じ括りには出来ないで、いったいどんな事に興味を持っているのかも判らないと言ったところだろう。
「別に大したことじゃないよ。まずは自分の専用機の装機竜人作りとかかな」
装機竜人とは可変式の機体の事を言う。やはり、せっかく自分だけの専用機を造るのだから思いっ切り趣味満載の機体にしたい。その中でも可変機能は欠かせないだろう。
「自分用の装機竜人ですか?」
「別にそれ程不思議な事じゃないよ。Sクラスになって装機竜や装機人を造れるようになった魔工学師や錬金術師がまず初めに造るのは自分の専用機なんだし」
そんなモノを造っていったいどうするのかと本当に不思議そうにしているアレッサに、苦笑しながら答える。
実際、Sクラスになった者はまず初めに自分の専用機を造る。何が悲しくて他人の機体を真っ先に造らなければならないのだ? と言うのが正直な気持ちだろう。
そして造り上げた自分の専用機を一通り楽しんだ後、注文を受けて装機人や装機竜を造っていき経験を積み、やがて腕が上がった所でまた自分用の真の専用機を造り上げる。
Sクラスに上がった人間は大体そうしていると言う。
まあ、巨大ロボットの魅力は世界が変わっても万国共通と言う事だろう。
どこまでも自分の趣味を優先し、自分の思うが儘に、自分の好きに生きる。そんな所がSクラスは常識の治外の存在と言われる所以だろうが、そんな事を気にするつもりもない。
「まあ、冒険者なんて基本的に自由に行きたいと思った人がなる職業なんだし、その意味でもしばらくは自由にさせてもらうよ」
これも事実で、冒険者は魔物を狩って街や人を守る義務があるが、それ以外は何をしてもいい自由な職業だ。軍の堅苦しい統制を嫌って、危険を承知で冒険者を選ぶ者も居るくらいで、自由度と言う意味ではどの職業よりも高いだろう。
だからこそ俺も冒険者になったのだから、
・・・俺の場合は、十歳の時に既に学校を飛び級で卒業し、ギルドの入会資格を得ていたのですぐな入った。正直言ってその判断は正しかった。当時の自分をほめてやりたいぐらいに適切な判断だった。
と言うのも、その後すぐにSクラスの魔物と遭遇して倒すと言う事件があったからで、もしギルドカードを造るのが少しでも遅れていたら、Sクラスの実力がある事を誤魔化す事が出来ず、こうして国を出て自由に旅をすることも出来ない非常に面倒な事態になっていたのは確実だからだ。
「その前に、メリアたちの育った孤児院に行くし、何かこの国でまだ面倒事に巻き込まれそうな予感もするんだけとね」
メリアたちと一緒に孤児院を訪れるのは既に約束している。多分、そこで彼女たちは残酷な現実を知る事になるだろうけれども、それは仕方がない事だ。俺が自分で決めた事でもある。
だけどそれ以外にも、何かまだこの国で厄介事に巻き込まれそうな気がする。
単なる気のせい。被害妄想の様な物だったらいいのだけれど、どうにもまだこの国で何かもう一波乱ありそうな気がして仕方がない。
まあ、魔域の活性化の様な非常事態が早々度々起きるハズもないので、何か俺個人が面倒事に巻き込まれるだけだとも思うが、それもそもそも勘弁して欲しい。
「そんな、面倒事なんて早々起きませんよ」
アレッサは、俺が面倒と思うほどの厄介事が早々起きてたまるかと思っているに違いない。
俺もそうであって欲しいと思うが、面倒事と言うのは俺の意思に関係なく向こうからやってくるものだ。
「だといいんだけどね・・・」
「あっ、アレッサさんいらしてたんですね。これからは同じアベル君の弟子ですね。一緒に頑張りましょうね」
アレッサの苦笑に応えているとシャリアが入ってくて、アレッサに嬉しそうに挨拶する。
「はい、よろしくお願いすねわね。ところで、シャリアだけなの? 他の皆は?」
「特訓を終えたばかりですからね。皆お風呂に入ったりおやつを食べたりして疲れを癒してますよ」
「そんなに疲れるほど、厳しい特訓を課してるつもりは無いんだけど?」
疲れを癒していると言われて心外だとこぼした俺のセリフに、アレッサとシャリアは顔を見合わせてやれやと言った風に苦笑する。
その様子こそ心外なのだか・・・。
「アベルさんの基準では厳しくなくても、Cランクの実力では厳しいと言う事ですよ」
「そう言う事です、私たちも短期間に力を付けてきているから、何とかついて行けていますけど、アベル君の課す課題が厳しいのは確かですね」
二人揃って言い返されてしまった。むう。そう言うものなのか、俺自身がこなしたモノよりはだいぶ緩いと言うか、生温いレベルだと思うのだが、それでもまだ厳しいのだろうか?
「そうなのか? 弟子を取って育てるなんて初めてだから加減が解らないんだけど」
「いえ、確かに厳しいですけれど、ちゃんとついて行く事が出来ますし、初めてでこんなにしっかりと指導できるのはスゴイと思いますよ」
「確かにそうですね。実際、冒険者としては優秀でも、指導者としても優れているとは限りませんし、弟子の育成に失敗してしまったり、上手くいかずに四苦八苦する方も少なくはないのですから、はじめから指導者としても優れた才能を発揮なさるのはすごい事です」
俺が思わずボヤクと二人で慰めてくれる。
と言うか、やっぱりこの高位冒険者の義務としての弟子育成も、全てが上手くいっている訳ではないようだ。まあ、人に何かを教えるのにも才能が要る。
地球では選手として一流でも、指導者としてはイマイチだったり、逆に選手としてはイマイチでも、指導者としては優れた実績を残したりと言う様なスポーツの監督などがいたけれども、それと同じだろう。
優れた冒険者に弟子を育てさせて、新人を育てようとしてもそう全てが上手くいく訳がない、育成に失敗するケースも少なくはないのだろう。
だからこそ、上手く弟子を育て上げられる優秀な指導者でもある冒険者には、弟子の育成依頼が殺到する事になるのだろうけれども、その意味でも微妙に嫌な予感がする。
「それよりも、私としては最近の食事の量の増加が気になるんですけど・・・、魔力と闘気の絶対量が増えて、その回復に必要なエネルギー摂取するためだっていうのは聞きましたし、確かに納得できるんですけれど、やっぱり心配です」
「ああ、それは・・・、誰もが通る道よね・・・」
話を逸らしたと言うよりも真剣に悩んでいるのだろうシャリアの溜息に、アレッサ自身もかつて経験したのだろう、納得したように肩をすくめる。
まあ、食事の量がみるみる増えていくのは、大丈夫だと言われても女性としてはどうしても気になるだろう。つまりはまあ、体重が・・・。
「その心配はないって何度も言っているだろうに・・・、そもそも、俺なんかキミたちの更に数倍は食べているけど、一向に太る気配がないだろう? それに、君たちは俺と同じでまだ成長途中なんだから、しっかり食べないと成長が止まってしまうぞ?」
彼女たちはまだ十六歳なので、まだ体の成長途中にある。後数年は成長期が続くのだから、確りと体の成長の為にも栄養を取る必要がある。
「アベルさん、そこは判っていても気になるモノなんですよ。女の子としては仕方がないんです」
アレッサの言う事も判らなくはないが・・・。
「そう言われてもね、俺には理解できないとしか言えないし・・・」
男だって体重を気にしない訳ではないが、太る気配も心配も全くないのに気にしてしまう女の子の気持ちと言われても、理解しろと言う方が無理な話だ。
「むう。アベル君こんなに可愛いのにやっぱり男の子なんですね。食べる量が増えるのは女の子には深刻な問題なんですよ? そんな事も判らないようじゃモテないですよ」
太る心配はなくても、大食いと思われるのも嫌と言う事だろうか?
それならば少しは判るかも知れない。
今の彼女たちの食べる量は大の男よりも多い。それも数倍の量に既に成っているので、自分たちがこれからどれだけ食べるようになるのか不安に思うのも当たり前かも知れない。
「まあ、なんとなく判ったけど、そうは言っても、強くなる上で誰もが通る道だからね。諦めろと言うか、慣れろとしか言いようがないんだけど」
「確かに、これは慣れる以外に方法がありませんからね」
自分の経験を思い出したのだろうアレッサも同意する。
この世界では強くなればなる程、寿命が延びて若いままになるし、食べる量も信じられない程に増えていく。それこそ人外一直線の変化が付き物なので、慣れるか諦めるしか道はない。
ぶっちゃけ、一般人からしたらDランクで既に自分たちとは違う人外に片足を突っ込んだようなモノなので、彼女たちが俺を見て人外と感じるのと同じような事を、自分たちが既に一般の人から思われていると理解した方が良い。
そう告げるとシャリアはひどくショックを受けた様に落ち込んでしまう。
何がそんなに気に入らないのやら?
「アベルさん・・・、確かにそれは事実ですけど、もう少し言い方が・・・」
ストレート過ぎるのがいけないのだろうか?
もう少しオブラートに包んで、優しく伝えろと?
結局は同じだと思うのだが、冒険者の道を選び、戦闘職になった時から人とは違う道を歩む事は理解していたハズだし、判っていた事だろうに、
これも、女の子は難しいと言う事なのだろうか・・・?
実の所、前世も含めて女の子と付き合った経験のない俺には難しい。
前世の俺は、・・・ハッキリ言ってそんなものに興味もない様な淡泊な人間だったし、
生まれ変わってからは、強くなったり知識を得るために忙しくてそんな余裕が今までなかった・・・。
「むう、女の人と言うのは難しいな」
そうとしか言い様がない。俺にどうしろと言うのだ?
俺がうんうん唸っていると、何時の間にか二人で顔を見合わせて笑っている。
「何がそんなにおかしい?」
「いえ、そうしているとアベルさんも普通の男の子だなと」
「はい、なんだかすごく嬉しいです」
そう言う二人の笑顔が普段と少し違う気がしてドキドキしてしまう。
むう。精神年齢アラサーとは言え、異性に全く免疫が無いのでどうしていいのかが解らない。
何なのだろうかこの感覚は?
「二人が喜ぶような事などなかったと思うけど?」
そう言う事じゃあないと判っていながら、そんの事しか言えない。全く、歯痒いと言うか何と言うか、
本当に俺はどうしたのだろう?
母や姉以外では、女の子と、女性と親しくした事もないので、自分の事なのに全くどうして良いのかも判らない。
「今日はとっても得した気分です」
「はい。とっても良いモノが視れて幸せです」
「あっそう。それは良かったね・・・」
今迄で最高の笑顔を浮かべる二人に、俺はそう返す事しかできなかった・・・。




