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ノイエ視点です。
「こんなアッサリ・・・・・・」
目の前の光景が理解できない。ううん。判っているんだけども頭が付いてこない。
五十メートルを超える巨大なワイパーンは、アベルさんの魔法で呆気なく倒された。
余りにも圧倒的過ぎる光景に言葉も出ない。
アベルさんはレジェンドクラスの超越者、ES+ランクの魔物すら歯牙にもかけないのは判っていたつもりだった。だけど、実際にその光景を目の当たりにすると言葉も出ない。
強いとかそんなレベルの話じゃない。
コレが、今この世界で最強の一角を成す超越者の力の鱗片・・・・・・。
しかも、更に比較にならない程の圧倒的な力を持った化け物がこの世界には存在している。
それも敵として宇宙に居る。
そして何より、あんなデタラメな力をいずれは私たちも持つ様になるのがあの人の中では確定しているみたい。
本当に冗談じゃないよと思う・・・・・・。
なんで私がこんな事になっているの?
毎日毎日死ぬ思いをしながら訓練を続けて、今日はイキナリ魔物との実戦に駆り出された。
初めて魔物とは言え生き物を、それも巨人とはいえ人の姿をした相手を殺したけれども、特に嫌悪感を抱く事も無く当たり前の様に戦えたのが、私には何よりも衝撃的だった。
どうして躊躇いも無く殺せてしまうの?
戦いの中にありながら、私の頭の中はその疑問で一杯だった。
だけど、いくら考えても答えは出ないし、それに、殺さなければ自分が死ぬという明確な現実が目の前にあった。
だから、私は考えるのを止めた。ただ、生きる為に殺し。生きる為に戦う。そう決めた。
決めたのだけども、イキナリSクラスの魔物を目の当たりにして、自分の中の決心が砕けそうになった。
だって、あんなバケモノに勝てるハズがない・・・・・・。
しかも、もしアベルさんが守ってくれなかったら、私たち死んでいた・・・・・・。
あのブレスを受けて、防御も回避も出来ないまま跡形もなく消し飛ばされて終わっていた。
戦場の死の恐怖をまざまざと感じさせられた。
怖い。死ぬのは嫌。
そんな思いに支配された私に更なる衝撃が待っていた。
私たちを殺そうとした死と破壊の権化である魔物。50メートルを超える巨大なワイパーンは、アベルさんによっていとも容易く倒されてしまった。
「余りの急展開過ぎて頭がついて行かないよ」
「それは悪かったな。だけど、この程度の事で驚いている様じゃ、戦場で生き残れないぞ」
「そうかも知れませんけど、初陣にしては刺激が強過ぎますよ」
「あーー、それは確かに・・・・・・」
流石のアベルさんもやり過ぎなのは認めてくれたみたい。
でもこの人の事だから、これからもこんなのは日常茶飯事なんだろうな・・・・・・。
それで、気が付いた時には私たちもアベルさんの様なトンデモナイ人間になってしまっていると。
「アベルさん、絶対ワザとやってますよね? そうやって私たちの感覚を麻痺させて、自分色に洗脳して行こうとしてますよね?」
「いや、そんな事は考えてないぞ」
「ウソです。絶対にウソです。起用の事だって全部アベルさんのしなりを通りなんでしょ? でなければ、転移した先にあんなに都合良くオーガの大軍がいるハズないですし、倒し終えたと思って気を緩めた瞬間を狙う様に、いきなりSクラスの魔物が攻撃して来るなんて、そんな都合の良い展開になるハズないじゃないですか」
そう。冷静になって考えれば、いくらなんでも展開が出来過ぎている。
オーガの大軍については、事前にそこにいるのを確認していただろうし、さっきのワイパーンは、間違いなく私たちがオーガを倒し終えたら攻撃するようにアベルさんがけしかけたに違いない。
本来なら、魔域の端とはいえ此処は私たちが来るには早すぎる場所。
ココに来るのならSクラスになってからでないと、来ること自体がただの自殺行為でしかない。
そんな場所に私たちが連れてこられたのは、周囲の脅威からアベルさんが守ってくれるから。
私たちは倒すべきオーガにのみ集中していればいいからこそ、今回の実戦訓練は成り立っていた。
それなのに、最後の最後にSクラスの魔物に攻撃されるなんて普通に考えて絶対にありえない。
「戦闘中は周りを気にしなくていいと言っておきながら、最後の最後、倒し終えて気が緩んだ瞬間にブレスが来るなんて、これを仕込みや遣らせでなくて何だというんです」
「自作自演?」
「同じ事です。本気でふざけないでくださいアベルさん」
ついに認めましたよこの人。
本当にたちが悪いなんてものじゃないよ。
「まあ、Sクラスの魔物の力と実戦の恐怖。死を実感してもらうにはちょうどいい機会だったからね」
「死を実感て、一歩間違えれば私たち全員死んでましたよ」
「そこは、間違えるハズもないから」
そうですね。この人があのブレスを防ぎそびれるなんて万が一、億が一にもありませんね。
つまりは安全対策は万全で、私たちに圧倒的な力の差を持つSクラスの魔物の脅威を見せ付け、一瞬の気の緩みが死に直結する戦場の厳しさと、死の恐ろしさを理解させたと。
本当に、何もかもがアベルさんの掌の上・・・・・・。
本当にどうにかならないのかと真剣に思うけど、どうにもならないよね・・・・・・。
「もうヤダこの人・・・・・・」
「失礼な。俺は優しい方だと思うぞ。単に力を、技や技術を身に付けさせるだけじゃなくて、戦場のなんたるか、戦うための心構えまで教えているんだからな」
それはそうかも知れないけど、確かに単に強くなるよりもそちらの方が大切なのかも知れないけど、それにしたってやり方がヒドイと思う。
「まあ気持ちは判るけどね。こういうのはいくら言葉で説明しても、実際に経験しないと判らないものだから」
「それも確かにそうかも知れませんけど・・・・・・」
確かに、私たちはアベルさんに戦場での心構えを既に教えられていたのに、結局は全く身に付いていなかった。
今日の出来事があって、初めてその大切さを理解したんだ。
ううぅぅぅ。自分の愚かしさが恥ずかしいよ。
これじゃあ強く反論も出はない・・・・・・。
「まあ無事に全て終わった事だし。後はお楽しみってね」
「一体何が御楽しみなんですか?」
「勿論、アレだよ」
アベルさんが指さしたのは、哀れにも瞬殺されたワイパーン。
「ワイパーンのお肉、美味しい」
「ドラゴンの肉には劣るけどな」
ドラゴンは最低でもレジェンドクラスの魔物なので、比べる方がおかしい。
それにしてもあんな凶悪な魔物がどうしてこんなに美味しいのか、まるで理解不能。
理解不能なんだけども現実にとんでもなく美味しい。
「生ハンバーグ。舌の上でとろける」
「この食べ方についてはワイパーンの肉が一番かも知れないな」
毒針のある尻尾のお肉でつくると、それこそドラゴンの肉で造って者にすら勝る至上の味らしい。
その代わり、扱いが非常に難しく、生で調理できるのはごく限られた人だけなんだって、要するにフグを裁くのに専門の技術と免許が必要なのと同じ。もっとも、その日じゃないくらい難しいらしいけど。
それでまあ、当然のようにアベルさんはそのごく限られた料理人の中に入る。自分は料理人じゃないし、つくる料理も精々が素人料理だとか言っているのに、この人は一体何なんだか。
「実の所、ワイパーン系の肉は料理するなんてとんでもないって一部の人たちが騒ぐんだけどね」
「そうなんですか? こんなに美味しいのに」
食べないならいったいどうするというのか?
「ワイパーンは装機竜人の素材だからね。それを食べて無駄にするなんて言語道断という事らしいよ」
「ああ成程。そういう事ですか」
装機竜人の生産者にはかなり強烈な人が多いと聞く。
実際、研究にのめり込んでそれ以外の事は全部二の次なんてのも珍しくないとか・・・・・・。
そんな人たちからしたら、結核の研究材料、新たな機体を造るために素材を食べてしまうなんて許し難い蛮行となるんだろう。
正直、私としてはあまりお近づきになりたくない人たちだ。
「うちの姉もその1人でね。まあ、ヒューマンの国では装機竜人は国の守りに直結するから、食べるよりも1機でも多く生産するのが当然となるんだけど」
それも言われてみれば当然の話。
だけど、アベルさんはそんなのお構いなしにワイパーンのお肉を好きに食べていたと思う。
自分が討伐した魔物なんだから、どうするのも自由とか言って好きにしていたのが目に浮かぶ。
冒険者ギルドなんかはワイパーンの素材を出してくださいと頼み込んでいるのに、アベルさんは平然と自分で使うからダメとか言っている。
「そんな光景がアリアリと思い起こせますね」
「いや、そんな事は・・・・・・」
「確かにあったわね」
「何百匹て数のワイパーンを討伐して、それを買取に出さないから冒険者ギルドが慌てふためいて」
「国から直接交渉された事も何度もありましたよね」
「それが原因で装機竜人の研究・遺髪をする人たちから必要に追い回される事になったんですよね」
やっぱり実際にそんな事があったんだ。
本当に、この人はワザと騒ぎを起こそうとしているとしか思えない。
「やっぱりですか、貴方はワザと騒ぎを起こして楽しんでいるタイプですね。そんな事と一種だなんて、これからどうなるのか本当に心配です」
何か当の本人が本気で心外そうに弁明をしていますが、私としてはこれからの事を考えると、おもしろそうで仕方がないよ。




