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気が付けば魔域の活性化は終わっていた。
あの後、マリーレイラに戻った俺は、そのまま極度の疲労と衰弱に意識を失い。目が覚めたのは三日が過ぎたのち、既に平和な日常が戻りつつある中でのこと。
メリアたちに散々心配したと泣き付かれた俺は、わざわざ出向いてまで事態の説明をしに来たレイル王子から、俺が手対すると同時に魔域に起きていた異変が終わり、同時に活性化も終わった事を告げられだ。
正確には、異変が終わったからこそ転移して帰還する事が出来たのだろう。
異変が始まると同時に、魔域とは完全に遮断され、竜騎士隊などの他に魔域内で戦っていた者も異変が終わるまでは撤退する事すらできなかったらしい。
既に三日が経っているが、何が起きたのか詳細は一切不明。過去のデータにも今回のような異常事態が起きたと言う記録は一切なく。唐突に終わりを告げた魔域の活性化と併せて、まさしく異常事態としか言いようがないらしい。
俺も異常が発生してからの状況説明を求められ、ついでに、今回の一件についての意見を求められた。
意見と言われても、あまりにも常軌を逸した事態で、その上、情報も乏しいので答えようもなかったのだが、思い付きでもなんでもいいから話を聞きたいとの事で、とりあえず思い浮かんだ疑問、考えを答えた。
今回の異常は、侵略を続ける向こう側の世界に何らかの原因があるのではないか?
今回の魔域の活性化は明らかに異常だった。だけど、こちら側に何か変化があった訳ではない。此方側から何か何時もとは違う何かを仕掛けた等と言う事は一切ない。それならば、今回の異常は魔物を送り込んでくる向こう側の世界で何かがあったからと言う事になる。
向こう側の世界で起きた何らかの異常がこちらにまで影響した。それ以外に理由は考えられない。
一体何があったのかはまるで判らないが・・・
そもそも、魔物を送り込んでくる世界についての情報は、十万年前の転生者が残した資料にすら載っていなかった。ゲームの中でも明らかにされていなかったと言う事なのか? たんに俺の手元にある資料に乗っていないだけなのか?
普通に考えて、彼らが残した資料や遺産は膨大な量に上るのだから、その中のほんの一部に過ぎない俺の手持ちの資料にそうそう都合よく知りたい情報が全て記載されている訳がないのだけど、
魔物についての情報と言うのは、この世界において最も重要で、根源に係わるとすら言ってもいい事柄だ。そう考えれば、多少なりともヒントを残してくれてもいいのではないかと思わなくもないが、
・・・この世界の真実ともいえる事柄に、何の苦労もなく辿り着けたのでは面白くない。そんな風に魔物や侵攻して来る向こう側の世界についての情報は秘匿しているのではないかと思えてくる。
まあ、自分自身で世界を知り、楽しんでこその異世界とも思うので、必要以上の情報を無闇に得られないようにしているのなら、その配慮はむしろ感謝するべきだろう。
とりあえず、思うのはカグヤの封印によって二つの世界のつながりは極めて限定的なものになった。無尽蔵に魔物を送り込んでいた向こう側の世界は、侵略の規模を大きく縮小せざるおえなくなった訳だが、何時までもそのままでいるだろうか?
カグヤの封印に対抗する手段を何時までも講じないままでいるだろうか?
と言う疑問。
カグヤ自体も、何らかの対抗手段が取られる事を前提として、それを無効化できるように造られているにしても、既に十万年もの時が過ぎている。
カグヤ自体が何時まで稼働し続けるものなのか? 等の疑問も含めて、更に俺がこの時代に転生させられた理由なども含めて不安はある。
やはり、そのあたりの疑問も含めて、遺跡を探索していくのが妥当だろう。
さっさと調べて情報を見つけ出す事が出来ればいいのだが、まあ難しいだろう。
・・・正直、カグヤにまで行かなければ必要な情報は得られないのではないかとも思うが、それならそれで面白い。
と、まあこれからの予定も決まった所で、三日ぶりのギルドに来ている。
活性化の終焉も正式にこう評され、避難した人々も戻り、俺が気を失っている間に平穏な日常の風景を取り戻したマリーレイラの街を散策し、今回の一件の報酬を受け取るためにギルドまで来たのだが
「良かったっ・・・、目を覚まされたんですねアベルさん。三日も意識を取り戻さなかったので心配しました・・・」
アレッサにも思いっきり泣き付かれてしまった。
「心配をかけてゴメン。見ての通り無事だよ」
「アベルさんがこの国を守るために懸命に戦ってくれていた事は判っています。でも、余りにも無理をし過ぎです。そうしなければいけなかったのも判っていますが・・・」
彼女とも随分親しくなったと思う。
俺の事を心から心配してくれていた事が解る。
「まあ、魔域の活性化なんて非常事態は早々起こるモノじゃないから、あんな無茶をする事ももうないよ」
と言うよりもあっても困る。いくらなんでもあんな命懸けの戦いを永遠と続ける様な死地はごめんだ。
いずれまた遭遇するにしても、向こう百年はごめんこうむりたい。
もっとも、確かにこの国の魔域が活性化する事はこれから数百、数千年はないとは言え、他の魔域が活性化する可能性は十分にある。何か、これから先、俺が訪れる国で活性化が次々と起こるフラグが経った気もしないでもないが、気のせいだと思いたい。
「そうですね。魔域の活性化なんて早々起こるモノでもありません。アベルさんが無理をしなければならない様な事なんて普通はありませんからね」
「まあ、これでもSクラスの最高峰だからね」
本当にフラグが建って、行く先々で活性化に巻き込まれでもしない限り、俺が命懸けで戦う事などまずありえない。
ワイパーン等のSクラスの魔物でも、一匹や二匹相手なら何の問題もない。
「だから心配はいらないよ。まあ、心配してくれるのはうれしいけど」
「はい」
実際、アレッサは美人だし性格もいい。彼女が親身になってくれるのは普通に嬉しい。
「ふふ、それにしてもアベルさんは年齢に比べて本当にしっかりなさっていますね。まるで大人の男性を相手にしている様でドキッとしてしまいます」
それはまあ、精神年齢三十過ぎですからとは言えない。
「そうかな? と、それより今回の報酬なんだけど」
なので話を変えて誤魔化す。元々、報酬を受け取りに来ていたのだから話を戻したとも言う。
「あっ、はい。そうでたね。アベルさんの報酬は二百億リーゼになります。ギルドカードに入金しますか?」
「ああ、頼む」
報酬額に周りが騒がしくなるが、無視してギルドカードを出す。
日本円で二千億円。確かに大金。一生遊んでくれしても有り余るほどの大金なのだから、まあ驚くのも、騒ぐのも仕方がないだろう。
と言っても、今回俺が倒した魔物のランクと数を考えれば、これでも本来ならありえない程に少ない。
数えるのもバカらしくなる程に倒した魔物の多くが、跡形も無く消滅しているか、魔域に取り残されているので素材の買取金額が含まれていないのと、魔石に関しては必要な分だけ残して引き渡していた事もあってこの程度の金額になっている。
ちなみに、魔域内部に大量に散らばっている、倒されたSクラスの魔物の素材は竜騎士団と騎士団によって回収され、国の財源とされる。
活性化が終わったと言うのに、宮仕えの厳しさと言うべきか、魔域内外で散乱した魔物の死体の回収を続けている竜騎士と騎士を若干哀れに思わなくもない。
国が回収して財源に入れるのでは、火事場泥棒ではないかと思うかも知れないが、魔域の活性化に対抗するために掛かった費用は膨大な金額になる。それに、活性化自体が終わっても今度は報酬を支払わなければならない。下手をするとそれだけで、と言うよりも確実に、俺が倒した魔物の素材の買取も含めた報酬を支払おうとしたならば、この国の財政を逼迫し、破綻しかねない程の出費になってしまう。
それを避けるために、活性化で疲弊した国を立て直すためにも、魔域の活性化が終わった後、魔域内外に残された魔物の所有権は全て国に移り、消費した魔石などの補填に充てられることが認められている。
俺としても何の問題もないし、はじめから解っていたので、ある程度の魔物はアイテム・ボックスに確保してある。
食材も魔晶石の原料になる魔石も十分にある。
正直、今回の一件で魔晶石の不足を痛感したので、十分な数を確保しておくに越したことはない。
・・・非常時の備えをしておく辺り、術にまた厄介事に巻き込まれるだろうと自分で確信しているようだけど、それがどうした。実際にまた巻き込まれて、準備をしていなくて後悔するよりはましだ。
「はい、入金が終わりました。ギルド・カードをお返しします」
「あれ? 何か騒がしてけどどうしたの?」
ちょうど報酬の入金が終わった所でギルドに入ってきたメリアたちはギルドの様子に首を傾げ、アリアが不思議そうに尋ねてくる。
「皆さん、アベルさんの報酬額に驚いているのですよ。今までのアベルさんの報酬額は確かに凄い金額でしたけど、今回は桁が違いますから」
「ああ、なるほど」
思わずといった様に苦笑するアレッサに五人とも深く納得してみせる。
「Sクラスは桁が違うと」
微妙に呆れたようなエイシャに、アレッサも一緒に頷いているが、Sクラスの本当の稼ぎはこんなものではないとだけ言っておく。
心の中だけで、言葉にするようなバカな真似はしないが・・・。
「ところで、皆さん揃ってどうせれたんですか? 活性化も終わって間もないですし、まだ休まれているものかと」
「修行だよ。アベルも無事に目を覚ましたし、私たちも今回の事で力不足を痛感したからね」
不思議で仕方がないと首を傾げるアレッサに、メリアは平然と、力強く答える。
実際、最後の一日を彼女たちが生き残れたのは奇跡以外の何物でもない。
目が覚めて彼女たちがそばにいるのを知った時、本当に安堵した。
マリーレイラに戻った後、すぐに節を確認したかったが、その余裕すらなく気を失ったので気がかりだったが、
「もうですか? いえ、確かに強くなっておくに越したことはありませんね」
一瞬驚いたようだが、すぐに納得する。アレッサとしても活性化中メリアたちの事を心配していたハズだ。強くなればそれだけ危険も減る。メリアたちを想うからこそ、その思いにすぐに気付く。
「まあ、彼女たちはこれからまだまだ強くなるからね。今回の件も、Bランクに上がる前に経験できたのはむしろ幸運かも知れないし」
「ふふ、アベルさんが仰るのなら確かですね」
Bランクに一瞬反応して、少し落ち込んだアレッサに、俺は平然と爆弾を落とす。
「そう言う事、俺が言うんだから間違いない。と言う訳だから、アレッサもこれから一緒に修行しようか、君なら今から一緒に始めれば、メリアたちと一緒にB-ランクに上がれるから」
「はい?」
俺の言葉が完全に予想外だったのだろう。呆気に取られてポカンとしたアレッサが何とも言えず、可愛らしかった。




