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戦いが始まって既に1時間が経とうとしている。
状況は一進一退。決して劣勢ではないが優勢でもない。辛うじて互角の戦いに持ち込むのが精一杯で、勝機を掴む事が出来ていない状況だ。
それでも、一瞬の気の緩みが即座に敗北につながる極限の戦いの中で、ライオルは懸命に足掻き続けている。
「それでも、このままじゃあ勝てない」
「このまま勝負を決められないままなら、アイツの方が先に力尽きるな」
だが、力を使いこなせないままムダに使ってしまっているライオルの方が先に力尽きるのは明白だ。このまま持久戦になれば先に力尽きて終わり。
そのくらいの事はライオルも判っているだろうけど、勝機を見出せないでいる。そして、このままでは自分が負けるハッキリと解るが故に、それは焦りに繋がり、ミスを誘いかねない。現状は、少しずつ不利になりつつある。
それが判っているからだろう。ココで勝負に出るつもりなのが判る。だが、その判断は果たして正しいか?
焦って勝負を急いだのならば、確実に待っているのは死だ。
瞬間、魔物から強大な閃光が放たれる。
しかし、次の瞬間、その閃光は放った魔物自身を貫き、同時に転移によって距離を詰めたライオルの一撃によって息絶える。
勝負あり。ライオルの勝ちだ。敵の攻撃を跳ね返して防御障壁を破り、同時に転移して相手が防御障壁を蓋だび展開する前に一撃で仕留めた。
実に合理的なやり方だ。力を使いこなせていない状況下で、最も勝算の高い確実な方法でもある。
ただし、最初の一回で成功させなければ次からはもう通用しない。だからこそ、絶対に外さない確信がなければ使えない。おそらく、ライオルは1時間戦い続ける事で、相手に自分の攻撃を跳ね返して来るかもしれないと言う警戒心を解いていたのだ。
そのやり方は正しい、しかしそれにしても慎重に過ぎるとも思う。
まあ、勝ったんだから問題ないの゛けどね。
「ほう。慎重すぎるとは思うが、思ったよりも頭を使って戦える様になっていてなによりだ」
「ええ、これなら試練も乗り越えられるかも知れませんね」
実際はそう簡単なモノではないのは判っている。それでも、出来れば乗り越えて欲しいと思う。
「それで、力を使いこなせる様になりそうな気配はあるの?」
「まだ一週間だぞ。そう簡単に使いこなせる様になったら苦労しないよ」
ライオルの試練が始まって1週間。2回目の戦いも無事に乗り越えはしたけれども、力を使いこなせる様になる目途はまだたっていない。
「と言うか、1週間程度で使いこなせる様になられたら、俺の立場がないんだけど」
「でも、アベルの時とは状況が違うでしょ。今回はレジェンドクラスの先輩が2人かがりでミッチリとコーチをしている訳だし」
コーチとは違うはずなんだけど、まう似たようなモノか?
「でも、あのライオルがシッカリと試練をこなしているなんてホント驚きだよ」
ついでに、クリスにしてみると救い様のないバカだったあのライオルが超越者の一人に至る試練にキチンと望みえている方が重要と言うか、これ以上ない驚きらしい。
まあ、彼女も一緒に居て、ライオルの急成長ぶりは間近で見て来た訳だけども、それでも、300年以上も国を悩ませ続けて来た問題児としての認識が抜けないんだろう。
「まあ、人の評価は早々簡単に変えられないのも当然だけども、今のアイツは以前とは別人なのは確かだよ」
「それは判ってるけど、どうしてもっと早くこうなってくれなかったかなって思うよ」
だろうね。俺でも間違いなくそう思うよ。
と言うか、今のライオルの激変ぶりを知っているスピリットの国民の総意じゃないかな?
「確かに。変な先入観とか、おかしな考えさえ持ってなかったら、天才としか言えない程に優秀なのに、なんであんなにバカだったんだろう?」
「それは本当に、私が聞きたいよ・・・・・・」
まあ、それについては考えるだけムダだろう。
「それにしても、アベルの時は簡単にこなしているように思ったけども、レジェンドクラスに至る試練て本当に命懸けなんだ」
「俺の時も、本気で命懸けで全然簡単なんかじゃなかったんだけどね」
自分自身いずれはレジェンドクラスに至るのが確定しているユリィは、試練の過酷さに少し怯んでいる模様。
まあそれは仕方がないかな。俺自身、自分が潜り抜けた試練を思い出してアレはないだろって今でも思うし、因みにだけども、ミミールにいずれレジェンドクラスに至ると断言されているミランダも、いずれは自分もあんな試練に臨まないといけないのかと凹んでいる。
と言うか、あちらも俺の時にはさほど大変そうだと思わなかったらしいのには、大いに不満があるんだけど。
「と言うか、レオシルス曰く、試練を乗り越えられずにレジェンドクラスに至れなかった挑戦者も実はそれなりに居たらしいよ」
記憶に残されていないだけで、レジェンドクラスの力を持つに至ったモノの、力を使いこなせず、試練に敗れて散っていった者もこの10万年の間に相当数いるらしい。
「正確な数は判らないらしいけど、10万年の間に最低でも500人以上は居るだろうってさ。彼自身、これまでに2人、試練を乗り越えられなくて散っていった人を見送っているらしいし」
「それって初耳」
「だろうね。俺も昨日はじめて聞いたし」
何故に、もっと早く教えてくれないのかなって、レオシルスにトコトン問い詰めたよ。そしたら、
「ミミールが教えているモノと思ったが?」
と返されたよ。
勿論、彼女からそんな話は聞いていない。試練についてだって、俺が実際にレジェンドクラスに至ったら突然現れて、サラッと説明して、頑張ってねとか気楽に言ってそれまでだったし。
食材の調達には積極的に来てたけど・・・・・・。
そう説明すると。
「そうか、あの気紛れ者にも困ったモノだな。とは言え、知っていたからと言ってどうなるモノでもないし、別に問題なかったのではないか?」
と返されたよ。
しかも、言われてみれば確かにその通りで、反論のしようもないのが悔しい。
ついでに、もしも俺が試練に敗れたらどうするつもりだったのかと聞けば、その時はすぐにフォローできるようにさり気なくしていたと返されたし。
詰まる所、俺が試練に挑んでいた時も、今、俺とレオシルスがライオルが失敗した時の保険として控えている様に、ミミールがばっちり控えていたらしい。
冷静に考えれば当然だよな・・・・・・。
むしろ、どうしてその程度の事に今まで気付かなかったのか、完全にミミールに揶揄われているよ。
それと、これはおそらくだけど、過去にレジェンドクラスに至る試練を乗り越えられなかった人たちの中には転生者もかなりいたんじゃないかと思う。アレは転生者だからってだけで簡単に乗り越えられる様な生易しいモノじゃないからね。
「まあ、Sクラスに対してレジェンドクラスが余りにも少なすぎるんじゃないかなって思っていたけど、そんな理由があった訳だよ」
そもそも、レジェンドクラスの力に至ること自体が困難な上に、その力を使いこなす為の試練が余りにも過酷すぎる。
「私が試練に挑む時も1人でなんだよね・・・・・・」
「俺が全面的にバックアップはするけど、魔物との戦いはユリィ1人でだな」
レジェンドクラスの誰かが手を貸すのは論外だし、10万年の装機竜人を駆ってケイたちが援護するのもダメ。
あくまでも、時期レジェンドクラス候補が1人で挑まなければいけないのだから本当に過酷だ。
援護するくらいなら別に良いと思うんだけどね、俺は・・・・・・。
まあ、ユリィの時は、いざとなったらそれこそ本気で何でもやるつもりだけどね。
「とりあえず、今はライオルの方だよ。魔物が現れる気配のない日には、当然、俺とレオシルスでフルボッコ、もとい鍛えているんだけど、やっぱり1週間程度じゃほんの少し感覚を掴むことも出来てない」
ライオルをフルボッコもとい、しごいているのは、アイツに実戦を想定してどう戦うかを考えさせるためでもある。今は何とかなっているけど、いずれは俺の時の様に複数が同時に現れたり上のランクの魔物が出てくるようになってくるだろう。その時のための対策を考えておかなければ、力を使いこなせないままでは勝ち目はない。
勿論、一番は早く力を使いこなせる様になる事なんだが、早々簡単に出来たら苦労はしない。
それと、俺が付き合っている理由は、単純にあのバカの事が気に入ったのもあるけれども、ユリィやミランダの時のためでもある。
こうしてレジェンドクラスに至るための試練に付き合いながら、訓練を課していけば、レジェンドクラスの力を使いこなせる様になる為の効率の良い修行法とかもひょっとしたら見付かるかも知れない。
望みは薄いのは判っているけど、彼女たちの時により効率的に支援できるようにはなるハズだ。
「それは仕方ないと思うけど、あのね。私たちの時にもキミは同じ様にフルボッコにするつもりなのかな?」
なんて考えているんだけども、ユリィとしては別の意味で不安らしい。
確かに、俺たちとの実戦練習後のライオルの悲惨な姿を見れば誰だって不安になるか・・・・・・。
「いや、あそこまでする気はないよ勿論。ただ、実戦練習はしてもらうけど」
「耐えられるかな私。何か今から憂鬱になってきたよ」
この後、ユリィをなだめるのに本気で苦労したのは言うまでもない。




