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試合は一進一退の攻防を繰り返している。
だが、実際には俺の方が少しずつ不利になってきている。圧倒的な経験の差。それが少しずつ明らかになってきているのだ。
(同格の魔物との戦闘経験なら、俺の方が上のハズなんだけどな)
そんな事を内心でぼやいても現実は変わらない。
実際の所、対人戦闘経験では足元にも及ばない事は判っていた。それに、俺は同等の力を持つ者同士の対人戦闘はこれが初めてだ。
ぶっちゃけ、これまでは修行の中で弟子の育成のために鍛えるために戦った事しかない。
だからこそ、不利なのは初めから解っていた。
1秒が何十倍、何百倍にも引き伸ばされた領域の中で、音速の何十倍、数百倍を超える速度でぶつかり合う。ただし、これも全力ではない。この小さに試合会場の中では、これ以上の速度を出せないのだ。
だけど、それはあくまでも俺はの話。戦闘空間が小さすぎて全力で動け回れない俺に対して、レオシルスは悠々と全力で動き回っている。
その速度は、既に俺の倍近くにまで及んでいる。
その圧倒的な速さの違いに対して、俺は予測演算を用いて対抗している。
つまり、相手の攻撃を予め予知する事で何とか躱し、いなし、防いでいるのだ。
「驚いたな。経験不足でまだ自分の力を完全に使いこなせていないにも拘らず、此処までやるか」
使いこなせていないか・・・・・・。
確かに、俺は自分の力を完全にコントロールできる様にはなった。だけど、それは使いこなせているのとは別の話。
どのタイミングで動くか、相手の動きに合わせて瞬時に最善手に行動を変更する。相手を惑わす為のフェイントのタイミングや技術。おげればキリのない戦闘テクニック、そのどれをとっても俺はレオシルスの足元にも及ばない。
それはミランダにも同じ事が言えたけれども、彼女は俺よりも実力では劣る。だからこそ、技術の違いを力で圧倒する事が出来た。
だが、今回は力においてほぼ互角。ならば勝負の決め手となるのは純粋な技術と経験の差。
本当の意味での実力の差がハッキリと出るのだ。
「実力の違いは判ている。だからこそ、負けるつもりはない」
だからこそ、俺はこの戦いに簡単に負けるつもりはない。勝てなくても負けない。それは最低条件だ。
1秒が数百倍にまで引き伸ばされた高速思考を更に高め、予測演算も更に高次元のモノへと高めていく。それによって自分の体、力の全てを手に取る様に理解でき、レオシルスの動きを含めて戦場全体の全てが手に取るように判るようになる。
あらゆる情報を支配する。因果律演算領域にまで踏み込んだ思考で、戦いに集中する。
「ほう。更に力を増すか。だが、俺もまだ全力ではないぞ」
そんな事は判っている。こちらのの実力を正確に読み取って、対抗できるギリギリの力でぶつかってきているのくらいすぐに判る。
俺の力を試しているんだ。ほんの少しのミス、読み違いで一瞬で勝負がつく極限状態の中でどこまで戦えるか?
レジェンドクラスとしての俺の力量を計っているんだ。
そうやって試されるしかないまでに、今の俺とレオシルスには力の差がある。
正直、此処まで絶対的な力の差とは思わなかった。
観客たちは、俺たちが何をしているかもまるで判らないだろう。だけど、そんな事を気にしている余裕はない。そもそも、はじめからレジェンドクラスの戦いを観戦しようと言う方が無謀なのだ。
Sクラスの者ですら、その動きを完全にとらえきれないハズなのだから、一般人には残像すら見る事も叶うはずがない。
「それにしても、その成長速度は反則だな」
「どの口が言う」
明らかに、俺との戦いの中で自身も成長している癖に良く言う。
そんな思いを込めて虚無魔法。マイクロブラックホールを放つが、特異点すらも容易くその手で握りつぶされる。
既に俺たち二人の動きは亜光速の領域に入っている。
秒速1000キロを超える速度でのぶつかり合いに、限定された空間が軋み、次元崩壊を引き起こす。
瞬時、崩壊した次元を問答無用で修復し、同時に放った闘気砲の衝突が特異点を生み出し、全てを飲み込み対消滅していこうとする。
「判っているけど、こんな限定空間で使う力じゃないな」
「だからこそ、こういう例外はオモシロい」
どうやら完全に楽しんでいるみたいだ。
俺としては、段々と加減がなくなって、この辺り一帯どころか星を丸ごと消し去るレベルの応酬が続いているのに冷や冷やなんだが・・・・・・。
実際、既に展開して結界が悲鳴を上げ始めている。これ以上は力のぶつかり合いの余波だけで何時破られてもおかしくない気がする。
「そろそろ終わりにしないとマズいと思うんだけど」
そう言いながら、レイザラムの太刀に魔力と闘気を全力で纏わせて振るう。レオシルスも自身の身長を超える大剣で俺の一撃を受け止める。
巨大な大剣は間違いなく同じレイザラム製。そして、同じく膨大な魔力と闘気を纏った剣は全てを切り裂く力を持つ。
その二つの刃がぶつかり合う。
検診に絣でもしたらその瞬間に消滅してしまうだろう。展開している防御障壁も子の刃に込められた力に耐え得るものではない。
だとしても、今更、防御障壁をより強力な物に展開しなおしている暇はない。その為に意識をほんの少しでも割いたならば、その瞬間に敗北が決まる。イヤ、この状況じぉあ敗北イコール死だ。
互いに1秒間に数百を超える斬撃を放ち続け、その尽くを避け、弾き、太刀と大剣をぶつけ合う。
人間の限界を逸脱したとか、そんな次元じゃあ済まない運動量に、魔力と闘気で強化した肉体が悲鳴を上げ始める。この戦いが終わったら、しばらくは全身筋肉痛で動けないだろう。それ以前に、全身の筋肉が断絶して、全身複雑骨折の大怪我で生きてるのが不思議なレベルになるのも確定。
と言うか、今現在なんとか動けているのも、ボロボロになって行く肉体をその瞬間に推服して元に戻しているからだ。
実際、剣と剣がぶつかり合った瞬間に受ける衝撃は、トラックに正面衝突したどころか、飛行機の墜落に巻き込まれたレベルだ。もしあのバカの、ライオルの闘気による防御を知っていなければ、覚えていなかったらとっくの昔に動けなくなっていた。
「終わらせるには惜しいが、確かに何時までも続けられるものではないな」
「そういう事。それにしても、こんなふうに剣をぶつけ合うのは初めてだ」
「確かに、そうそうある事でもないな」
創作モノでは、良く剣と剣がぶつかり合う戦闘シーンが描かれるが、実際にはそんな事をしたらどちらの剣もすぐに刃こぼれしてボロボロになって折れてしまう。
・・・・・・まあ、だからこそ中世ヨーロッパの剣などは斬るための刃物ではなく、むしろその重量と斬撃の運動エネルギーで叩き付け砕く、鈍器の性質を持つ武器だった訳だが、それでも実戦で剣と剣をぶつけ合うような戦い方はまずしないだろう。
そんな事をしたら、今の俺みたいにお互いの斬撃の持つ破壊力を直接に腕で受け止める羽目になる。
今の俺が受けている衝撃は置いておいて、例えば騎士の持つ剣が、重さ凡そ3キロほどだとして、差の剣を全力で振り下ろした時、その速度が秒速100メートルに達したとする。その運動エネルギー同士がぶつかり合った時、持ち手である騎士に帰って来る衝撃がどれ程のものになるか?
なんなら、サンドバックにバットでフルスイングしたら、どれくらい腕が痺れるかでも良い。
そんな衝撃が、1秒間に何百回と続くのだ。回復している間から次から次へとダメージが蓄積して、もう感覚も無くなってきている気がする。
「俺はそもそも剣術については素人同然なんだけど、これは明らかに間違っているのくらいは判る」
「ふん。剣に正当も異端もない。ただ純粋に、最も敵を倒す為に効率化された技術こそが正しいのだ」
言葉と同時に、剣と合わせて拳を繰り出してくる。剣と体術を合わせた戦いに打ったのを即座に理解する。
そしてそれは、確かに剣戟だけの攻撃とは比べ物にならない程の脅威だ。そして、体術を織り交ぜた戦いに移った事で当然だけども、戦いの様相も一変する。
まず、剣と剣がぶつかり合う事がなくなった。
いや、ぶつけ合えないのだ。そんな事をしたら一瞬で負ける。
剣をぶつけ合えば、当然、その瞬間、衝撃に一瞬体の動きが止まる。そこに追撃の拳が放たれてくる。或いは、ほんの僅かな体の動きだけで、鍔迫り合う剣を支点に投げ飛ばされてしまう。攻撃の際に逆に隙が出来る蹴りなどは使わないで、確実にこちらを追いつめる打撃と投げ技などの体術を織り交ぜてくる。
「流石に卑怯じゃないかな。剣術ならともかく、体術とか格闘技はほとんど齧りもしてないんだけど」
「それはソチラの怠慢だな」
ごもっとも過ぎて反論の余地もない。
格闘技なんて、前世の学校の授業で柔道や空手を少し習ったくらいだ。当然だけど、そんな付け焼刃は何の役にも立たない。
それに、過去の転生者たちが広めたのか、ネーゼリアには柔道や空手、果てにテコンドーやジークンドーまで、地球の格闘技もほどんどが体系として確立されているし、多少齧ったくらいでは何の役にも立たない。
そんな訳で、状況は更に不利になった訳だけども、それでも負けるつもりはない。
予測演算をさらに加速させ、因果律演算どころか、因果律操作に近い領域にまで高める。
この戦闘空間における全ての事象を、自分の都合の良い様に、自分の望む様に進めて行く。
そうする事によってようやく状況を互角にまで引き戻し、次の瞬間、互いの太刀と大剣が首筋に突き付けられる。
斬撃のエネルギーは砕け散った防御障壁によって全て対消滅され、纏っていた魔力と闘気も全て使い果たされている。
互角、相打ちによる決着。それが、俺が因果律を捻じ曲げてまで何とか到達できた最高の結果だった。




