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誕生日を終えれば、それでレザリア大陸でする事も終わり。次は獣人の国スピリット王国に向かう事になる。
「うう。一体どんな大騒ぎが私の国に起きるのか」
クリスが頭を抱えながら、何か失礼な事を言っている。
「大丈夫よクリス。バカが何か仕出かさない限りは、何も起きないハズだから」
「レイザラムみたいに、国を支える至宝が壊れてしまえなんて事態、いくらなんでも早々起きるはずないし」
「・・・・・・2人とも判ってるでしょ。確実にアベルに絡んでいく脳筋バカが居るのを」
クリスを慰めようとしたユリィとケイは、絞り出すように続けられた言葉に撃墜。
「その脳筋バカとは?」
「獅子の獣人を束ねるライオル・レーベリオン。アレは絶対に絡んで来る」
なんでも、獅子の獣人だけは顔がそのまま獅子の、ライオンの獣人が一定数居るそうだ。そして、彼らは身体能力と闘気の総量において圧倒的な力を誇り、獣人の中でも戦闘民族として知られているらしい。
「ライオルはES+ランクの実力者。それも、闘気だけならレジェンドクラスの超越者に匹敵する力を持つ、完全に肉体派のヤツなの」
「確か、魔法なんて邪道だ。己の肉体の力を持って戦ってこそとか、良く判らない事を主張しているんだっけ?」
「魔力も闘気も、自分の力の体現である事に変わりはないのに、不思議な方ですよね」
そこはもう、素直にバカと評して良いと思うよシャクティ。
それにしても、闘気だけに特化した実力者と言うのも珍しい。
ただまあ、今のままでは彼はどう足掻いてもレジェンドクラスの超越者にはなれない。
「それって、俺に勝って自分は既にレジェンドクラスの力を持っているんだって証明しようとか?」
「まさに、その通りに事をやらかすと思う」
それはまた、なんと言うべきか・・・・・・。
「どうして彼は、実力に見合っただけの頭脳を持ち得ないのか不思議だよね」
「あそこまでの脳筋バカって、他に知らないしね」
ユリィとケイによると、国を護るために魔物との戦いの最前線に立ち続け、100年に渡って守護者として君臨し続けていながら、頭の方は残念な英雄として他の国々にも知れ渡っている、本当の意味で残念な人物だそうだ。
「闘気をレジェンドクラスのレベルまで鍛え上げられるんだから、同じ様に魔力も鍛え上げれば、確実にレジェンドクラスの頂に至れるのに、それをしないで闘気の修行だけを専念していてね。いくら説得しても魔力の修行をしてくれないんだ」
「・・・・・・それは、本当の意味でバカなのでは」
なんだろう、話を聞いているだけで頭が痛くなってくる。
「そんな訳で、スピリットに着いたら、確実にライオルに勝負を挑まれるから、もう、思いっ切り叩きのめしてあげてくれる」
「それで良いのか?」
「良いのよ。いい加減自分のバカさ加減に気付いてもらわないと困るもの」
成程。その気持ちは良く判る。
正直、ネーゼリアに転生して以降、これ程のバカと遭遇するのは初めてだ。ザッシュよりも更にバカだ。
自分の欲望のために政治闘争とかを画策する連中とか、選民意識に凝り固まっていた聖域の管理者たちとは全く違うタイプのバカ。
「本当に意味での脳筋バカか、なんと言うか、想像もしていなかったタイプだよ」
「このままヒューマンとの関係改善が進めば、あのバカの事も知られる事になる。それだけは何としても避けたいのよ」
本当に気持ちは判る。
そもそもの話として・・・・・・。
「魔力の修行で魔力の総量を増やせば、それだけ闘気の総量も増えやすくなるって、そんな当然の常識も知らないのその人?」
「さあ? 流石に知らないハズはないと思うけど・・・・・・」
そうだよな。その程度の基本的な事、もしも当人が知らなかったとしても、周りの誰かが伝えないハズがない。100年も国防の要として戦い続けているのだ。その中で友の修行を積んだ者も多いだろう。そんな
彼らが闘気の修行のみに励むライオルに、魔力の修行と闘気の修行の相乗効果について話さないハズがない。
「そもそもそのライオルって、精神の力と生命の力。2つの力のバランスが崩れてしまってるんじゃないのか?」
要するに、ティリアの高魔力障害と同じだ。
生まれつき高い魔力、精神の力をもって生まれて来たが故に、まだ脆弱な生命の力との釣り合いが取れず、力のバランスが崩れてしまうが故に制御しきれず、暴走させてしまう。
これと同じように、強い生命の力を持っていたとしても、精神の力が脆弱ならばその力を制御できない。
自分自身の力を完全に支配するだけの意思の力が必要。当然の原理だ。
「それは確かにそうだと思う。だからこそ、あんなにバカなんじゃないかな」
成程、酷い言い様でもあるけど、確かにそうだろう。
要するに精神的に未熟だからこそ、自分の考えに凝り固まって人の話を聞かない、あるいは自分の事すら見えなくなってしまっているのだろう。
しかし、このまま闘気だけが強くなって、魔力が対して成長しないままと言うのもおそらくは危険だ。
下手をしなくても、闘気の力を抑えきれなくなって暴走させてしまう日もそう遠くないかも知れない。
そうなれば、単なる自爆では済まない被害を出してしまう恐れもある。
万が一にも街中で暴走するような事があったなら、下手をすれば数万人の犠牲者を出す大惨事にまで発展してもおかしくない。或いは、更に桁が違う被害を出してしまうかも知れない。
「なんでそこまで危険なバカを野放しにしているかね?」
「野放しになんかしている訳ないでしょ。何度となく説得しているのに、あのバカは効く耳を持たないのよ」
100年以上も説得し続けているのに、効果がなくてもう半分あきらめているらしい。
力ずくでどうにかしようかと考えた事もあるらしいけど、それも失敗したそうだ。
「レオシルスはどうしたんだ?」
獣人のレジェンドクラスであるレオシルス・アニマスピリアル。彼ならばそのバカをどうにか出来るハズだ。
「レオシルス様も一度は説得してみたのだけど、俺はお前と同等の力を持っているんだなんて言って戦いを挑んでボコボコにされて、それに不貞腐れて話を聞こうともしなかったんですって・・・・・・」
「・・・・・・おい」
「レオシルス様も、本気でここで殺してしまおうかと思ったそうよ」
だろうな、むしろ良く殺さなかったものだ。
「まあ、戦力にはなるし、バカの分ある意味で扱いやすくもあるから、力の暴走による自爆が起きないように魔道具を付けて置けば問題ないだろうって判断したみたい」
それで、絶対に外せない魔道具を無理矢理つけさせて、自爆する心配をなくした後はもう係わろうともしないそうだ。
気持ちは判る。俺も、自爆の心配がないなら別に会う必要ないだろと思うよ。
だけど、こっちが会いたくなくてもむこうは突撃して来るだろう・・・・・・。
「アベルも会いたくないし、相手もしたくないだろうけど、どうやったってむこうから突っ込んで来るから、その時は一思いにやっちゃって」
それは抹殺してくれと言う意味かな?
「いや、一応は国の守りの要なんだろ・・・・・・」
「それはアイツが勝手に思っているだけ。あんなバカに頼らなくても国の守りは盤石だよ」
それはそうか、そんな戦場に置いて好き勝手暴れるだけで、周りとの連携も何もあったモノじゃなさそうな脳筋バカを国の守りの要に据えるような真似をするハズもないよな。
「まあ良いか、場合によっては、無理やり魔力の強化をさせちゃえば良いんだし」
脳筋との戦いがされられないらしいけど、ボコボコニ叩きのめした後で、無理やり魔力の強化の修行をさせてしまえば良い。
才能もあるだろうし、やらせてしまえば見る見るうちに力を開花させていくハズだ。そうなれば精神の力も一気に強くなる。
精神的に強くなれば、多少はバカも改善されるだろう。
今の救いようのないバカさ加減は、生命の力に対してあまりにも脆弱な精神の力の、余りに不均等な力のバランスの歪みが原因だと思うし。
「本当にお願い、出来る事ならあのバカをどうにかして」
「何故にそこまで必死になる?」
「「「「それは、会えば解るから」」」」
当然の疑問に、理由を知っているクリスたち14人の声が揃った。
はてさて、どう言う事なのかな?
そんな事を考えている内に獣人の国スピリット王国に到着。
そのまま王城に向かい。国王に挨拶に向かう事になる。
なるのだけども、
「キサマがヒューマンでありながら、レジェンドクラスを僭称するアベル・ユーリア・レイベストか」
そんな俺たちの前に立ちふさがる男が1人。黄金の鬣が眩しい獅子の顔を持つ大男。間違いなく、コイツがライオル・レーベリオンだろう。
「それにしてもキサマ、我が愛しきクリスさまを事もあろうに連れ回すとは、許されざる悪行」
「私がアベルに同行しているのはスピリット王国の総意としてですよ」
「何を仰いますか。クリスさまは我が婚約者にしてこの国の王族。国の要でございますぞ。その様な輩と一緒におられるなど言語道断であります」
うん? 今なにかおかしな事を言わなかったかコイツ?
「婚約者?」
俺の疑問に、クリスは頭が痛そうにしながら、首を横に振った。




