200
夜が明けようとする朝焼けの中、遂に遺跡の調査が始まる。
既にユリィたちは各防衛都市にて、グングニールに搭乗して警戒任務に就いているし、まだSクラスに至ってないレベリアはヒュペリオンに搭乗、火器慣性システムの使用許可も出している。万が一の時には即座に動き出せる万全の態勢だ。
これで仮にレジェンドクラスの魔物が複数体現れるなんて、非常事態が起きたとしても問題ない。
もしもの時の備えは万全。後は、俺が無事に遺跡の調査と元凶の排除が出来るかどうか次第。
出来るかどうかは判らない。だけどここで悩んだ所でどうしようもないので、覚悟を決めて行く。
魔域に入っても、昨日と違ってSクラスの魔物による波状攻撃はない。
流石にそんなに立て続けにあんな異常事態は起きないかとホッとしたいところだけども、残念ながら油断は出来ない。
それでも、遺跡に行かないなんて選択肢はないのだけど・・・・・・。
魔物の襲撃を受けないまま、それはそれで異常なんだけども、遺跡が地中深くに眠る地点に到着する。
そして何時もの様に遺跡に行くためのトンネルを造っていく。ただし、今回の場合は魔域の内部なので、後から魔物が追いかけてこない様にしないといけない。
そんな事を考えながら、地下1万メートルまで掘り進める。そして遺跡の前に辿り着いて、やっぱりそうだと確信する。
この遺跡は、地殻変動などによって地中深くに沈んだんじゃあない。遺跡を残した転生者によって、誰の目にも触れないように隠されたんだ。
その事実からも、この遺跡を残した転生者の悪意が感じられる。
そして、もしも本当にこの遺跡に、転生者の悪意が込められているのなら、 正直な話今の俺に手に負えるかは判らない。
いや、まず間違いなく俺の手には負えないだろう。
それでも、引くなんて選択肢はない。
「遺跡のロックは・・・」
遺跡に入るためのロックは10万年前の遺跡と同様の様だ。
この辺りの思考が似通るのは同じ元日本人だからか、もっとも、この遺跡を残した転生者が、ネーゼリアに対する深い怒りと憎しみを抱いているのなら、そもそも、ロックを解除して中入れるようにしてあること自体が罠である可能性も高い。
とは言え、例え罠であっても中に入るしかない。
内部の様子は、一目で向上と判るモノだ。問題は、いったい何を作っているのか?
この遺跡で作られている物が、魔域に異常を齎したのは間違いない。間違いはないのだけども、どうして30万年も経った今になってそんな事が起きたのかが判らない。或いは、過去にも何度となく同じ様な非常事態を引き起こしていたのか?
でも、もしそうだとしたら10万年前の時点で気付かれていておかしくない。
ひょっとして、ココで造られているなにかは、異常事態を引き起こした何かは、最近になってようやく完成したとでも言うのだろうか?
疑問は尽きないけれども、ココで考えていても答えは出ない。
答えを出す為にも生産ラインのある遺跡の、工場の中心部に向かう。何か侵入者に対する反応があるかと思ったが、ロックを解除して正面から入って来たからか特に反応はない。
そして、何事もなく生産区域の入り口に辿りつく。
「果たして何が待っているやら」
扉を開ける前に思わず声が出てしまう。
スライド式のドアの開閉ボタンを押して工場区へと入る。その瞬間、一面がライトで照らし出される。
眩しさに手で光を遮りながらあたりを見渡すと、中心部に直径50メートルに及ぶ巨大な漆黒の球体がある。
どこかで見た事のあるような物体。
これと同じような物を確かに見た事がある。
「良く来たな。同じ地球からこの地へと連れ去られた同胞よ」
巨大な漆黒の塊。間違いなく今回の件の原因であり元凶。それに気を取られていると何処からか声が響いてくる。
「私はアウグストス・レメル・ホーリエル。前世では真口賢斗と言う名であった」
続く言葉と共に、おそらくはアウグストスのモノであろう姿が映し出される。
「私は同じこの世界の被害者である。同胞たるキミたちに私の怒りと憎しみを伝えたい。この愚劣にして救いようのない世界に囚われた同胞であるキミたちに、私の絶望を知ってもらい。そして、願うならばキミたちが同じ道を歩まずに済む事を心から望む」
同じ被害者か、どうだろう。俺は今まで生きて来た中で、この世界に転生した事を後悔した事も絶望した事もない。
だけども、彼は心の底からこの世界に転生してしまった事を、転生させられた事を絶望し、怒りに震えている。
何が彼をそこまでの憎しみと怒りに駆らせるのか、いったい何が彼を絶望のどん底に叩き落したのか、これから語られる彼の言葉は、俺たちのこれからにも深く影響するのは確かだ。
「キミたちは知っているかどう知らぬが、この世界は常に異界からの侵略に晒され続けている。滅びの危機に常に瀕し続けているのだ」
随分と今更の話だな。そんな事はこの世界に生きる者なら幼児だって知っている。
「そして、その脅威に対抗するために凡そ10万年周期で封印を成す。異界からの侵略者を阻む封印で世界を覆い。魔物脅威から世界と人々を護るのだ」
今でいうカグヤ。やはり、カグヤと同じ封印システムは過去に幾度となく造られていたようだ。
「この連鎖は果てる事無く続いている。封印によってもたらされる平穏な時と、封印が破られて始まる存亡を賭けた絶望の戦い。そして新たな封印システムの構築。この世界は何十、何百万年と同じ事を繰り返し続けて来た」
判ってはいたけども、それ程か・・・・・・。
本当に、この世界はどれほどの時を魔物の脅威に晒され続けて来たのだろう?
「だか、考えてみれば果てる事に括り返されてきたその歴史こそがおかしいのだ」
「なに?」
だが、継いだ言葉は想定外だった。思わず疑問が言葉に出るほどに、予想もしていなかった。
「そもそも、何故異なる世界からの侵略を受けたままでいる? 何故完全に侵攻から世界を開放する完全な封印を行わない? 何故侵攻してくる世界に逆に反撃に打って出ない? 出来るハズなのだ。魔物の侵攻を完全に終わらせる。異世界からの侵攻を終わらせる事が出来るハズなのだ。完全な封印を成すにしろ、逆に侵攻し魔物の世界を亡ぼしてしまってでも、果て無き侵略から世界を開放する事は可能なハズなのだ」
それは、確かにそうかも知れない。
俺の力じゃあ絶対に不可能だけども、例えば10万年前の超絶チート転生者たちならどうだろう?
彼らならカグヤによる封印ではなく、逆侵攻をかけて魔物の世界を亡ぼしてしまう事すら可能だったんじゃないか?
「だが、実際には一度としてそれらが試された事はない。そして、この世界は不毛な戦いを永遠に続け、果て無い絶望と悲しみを生み出し続けている」
それも、確かに紛う事ない事実だろう。果て無き戦いの中にある以上、悲しみと絶望はこの世界の人々の元に降り注ぎ続ける。
「私もまた愛する者を失い。全てを奪われる絶望と悲しみをこの世界に突き付けられた」
恐らくはジエンドクラス、それもΩランクの超絶者だったであろう彼ですら、全てを奪われたと・・・・・・。
「そして、この世界の在り方を変えぬ限り同じ事が永遠に繰り返される」
「それはつまり・・・」
その言葉で全てが判った。
「故に私は、全てを終わらせる兵器を、魔物の世界を亡ぼす兵器を後世の為に造り出す事を決心した」
つまり、あの漆黒の球体がそれだと。
「本来ならば私の手で全てを終わらせてしまいたかった。しかし、計算した所、魔物の世界を亡ぼしえる兵器の製作には最低でも30万年もの時間がかかる事が判った。魔物と言う強大な化け物を無尽蔵に抱える常軌を逸した世界を確実に亡ぼす為には、この世界を100億回破壊しても余りあるほどの絶大な力が必要なのだ」
・・・・・・いや、ちょっと待ってくれ。
「それに、こちら側から向こう側に対して攻撃する手段の確立にも長い時間がかかる。残念ながら、1万年程度に過ぎぬ私の寿命では、この兵器を完成させる事は不可能だ」
1万年の寿命って、Ωランク確定じゃないか、じゃなくて・・・・・・。
「だからこそ、私の全てを賭けて造り上げたこの生産システムを残し、後の世界の希望とする事にした」
希望か、確かに魔物の侵攻から解放されれば、今のこの世界の絶望と悲しみは消えてなくなる。
だけども、その先には新たに絶望と悲しみが待っているだけじゃないだろうか・・・・・・。
「キミたちが私と同じ絶望に囚われてしまわぬように、これ以上、何者かの出で踊らされているかのような、果て無き連鎖が続かぬように、私は此処に全てを終わらせる力を残す」
そこで言葉を句切ったアウグストスは、天を睨み付け、
「これが、私に出来る最後の抗いだ」
抗い。この世界の在り方に対する、或いは、そうある様に仕向けている居るかすら判らない何者かへの。
確かに気持ちは判る。判るけれども、この兵器は果たしてこのまま存在して良いものだろうか?
いや、その務めを果たして良いものなのだろうか?
確かにこの兵器がその役割を果たしたならば、この世界は魔物の脅威から解放される。
しかし、本当にそれだけで終わるだろうか?
侵攻を続ける魔物の世界、その世界が崩壊したとしたら、その影響はこちらの世界にまで及ぶ可能性だってある。
それに、世界そのものを亡ぼしても、それで魔物を全て倒せると決まった訳じゃあない。元々生きる世界を失った魔物が、攻撃の際の次元通路を逆に利用してこちらの世界に押し寄せて来る可能性だってある。
確かに、この兵器は魔物の世界を亡ぼせるかもしれない。だけども、同時にこの世界そのものも滅ぼす兵器なんじゃないだろうか?
そんな気がしてならない。
いずれにしても、どうするか俺一人で決められる様な代物じゃあないのは確かだ。




