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「本部に召集?」
「はい。アベルさんは司令部に速やかに来るようにとの事です」
アレッサに召集命令を聞いて俺は首を傾げる。
これまでにも作戦本部、司令部には何度か顔を出しているが、緊急招集。それも召集命令を受けるのは初めてだ。急にそんな事をすると言う事は、
「何かあったか」
緊急事態が発生したか、少なくても大きく事態が動いたのは間違いない。
俺はアレッサに礼を言ってすぐに司令部に向かう。
何が起こったのかは知らないが、戦場に出る前だったのは幸いだ。
既に戦い始めた後では、何か非常事態が起きたとしても、すぐに戦場を離れて対応する事など出来ない。或いは、何か緊急事態が起きている事を知らなかったのが命取りになるかも知れない。
何かが起こったのだとしたら、早過ぎたろう。まだ活性化が本格化してから十日もたっていないぞ、
などと思いながらも、行政府に設置された司令部に着く。
このマリーレイラに限らず、魔域に接する防衛拠点となる街は全て王家や国の直轄地だ。
これは当然の事で、そもそも、国の存亡を賭けた魔物との戦いを一貴族に任せられるはずがない。どこの国でも魔域と接する地域は全て国の直轄地となり、国の総力を挙げた防衛態勢が取られている。
だからこそ、行政府はそのまま軍事司令部でもある。
「アベル・ユーリア・レイベリスだ。緊急招集との話を聞いて来た」
司令部の前で声をかけると、事前に通達があったのだろうすぐに中へ通される。
「アベル殿がいらっしゃいました」
「緊急招集との事だが、何があっ・・・」
「遅いぞっ! 呼ばれたら即座に駆けつけんかっ。愚か者め」
司令部にと連れらて、早速事態の説明を求めようとする俺の言葉に被さって怒声が響き渡る。
余りの事態に呆気に取られながらも、怒声の主を見れば、こちらを見下したような態度をとる中年の男、確か騎士団長をしていたハズだ。
もっともそれはさっきまでの話だが、一体何を考えているのか知らないが、たった今、自分でその役職を手放した。
と言うか、自分が何をしたか判っていないのだろうか?
空気は完全に凍り付いているし、指令室に集まった他のマリージアの高官たちは顔面蒼白だ。
当然だろう。まさかこの状況でSクラスにケンカを売るバカが居るなんて誰が想像する?
魔域の活性化中も、騎士団の被害が飛び抜けて大きい訳でもなく、戦果も十分に挙げているので、指揮官としては十分に有能だし、それなりの実績も実力もあるのだろうが、よくもまあ、こんな男が今まで国の要職についていたものだ。
「何を言っている。アガゼ元騎士団長。すまんなアベル殿、こちらの非礼を詫びよう」
「非礼だと? わしは当然の事を言って・・・」
「黙るがよい。アガゼ元騎士団長。そなたはこの国を亡ぼすつもりか?」
凍り付いた空気の中、こちらが何か言うよりも早く竜騎士団長がバカな男を諫め、俺に頭を下げて詫びてくる。その様子に更に声を荒げようとする男を、この場の最高責任者、司令官を務める第三皇子が止める。
それにしても、アガゼとか言う男は気が付いているのだろうか? 既に自分が元騎士団長の肩書で呼ばれている事に。
「本当に申し訳ないアベル殿。此度の非礼は、マリージアを代表して私から正式に謝罪させてもらう」
深々と頭を下げて謝罪をする第三皇子の様子に、今回のバカの暴走は、本当に馬鹿が勝手に暴走しただけでマリージアが何か画策した訳ではないのかと一様納得する。
このアガゼとか言う男は、今回だけでなくこれまでも何度か絡んできていたんだが、これまでは辛うじてギリギリセーフと言えなくもない、問題になるほどでもない嫌味や皮肉を吐く程度だった。
それでも、明らかに場を弁えない。状況を理解していない男に何なんだと首を傾げていたが、国自体が何かの思惑で俺にちょっかいを出している可能性もあったので、とりあえず今までは様子を見ていたが、
この様子だと、本当にこの男がただのバカだっただけの様だ。
「別に構いませんよレイル司令。この程度の事で腹を立てるつもりもありませんし、問題にするつもりもありませんから」
王族相手なのでこちらも礼節を持って言葉遣いを正す。
謝罪を受け入れたのと、俺が王族に礼節をもって応えた事で不問に付すと解ったのだろう。ホッとした安堵が広がる。
実際、下手をすると国が滅びかねなかったのだから当然だろう。
ハッキリ言って、この状況でSクラスを敵に回しかねない暴挙を行うなど、常軌を逸しいるとしか思えない。
こんな非常時でなくても同じだ、Sクラスは国の存亡に不可欠な存在。少なくても自分から敵対するような行動をするなど、国の要職に就く者として考えられない暴挙だ。
更に言えば、俺はベルゼリアの貴族だ。それも伯爵位を持つ高位貴族の一員。それを侮辱するなど、ベルゼリアと敵対する意思を示していると捉えられかねない。
国際問題にすら発展しかねない程の暴挙だ。
その暴挙をして見せた当の本人は、不満そうな様子でこちらを睨んでいるが、流石に第三皇子の命令を無視するつもりは無いらしい。
まあ、本人にとっては既に何もかも手遅れだが。
なお、一応は貴族籍にある俺が、普段様ではなくさんで呼ばれているのは、あくまで今の俺の身分が冒険者としてのモノだからになる。冒険者は身分に関係なく実績だけで評価される。A+と言う高位ランクとはいえ、実績の無い俺の評価はそこまで高くはなかった。
それもあくまで今まではの話だが、Sクラスだと知れて、さらに今回の一件での実績も加わった俺の評価は今までとは比べ物にならないレベルになるのは決まっている。
これからは、貴族としてだけでなく、冒険者としてもかたぐるしい世界に首を突っ込まなくては目に見えている。
「それよりも、緊急招集などと言うからには、何か非常事態が起きたのでしょう? 何時までも下らない事にかまけている場合ではないハズです。すぐに本題に入りましょう」
とりあえず、何時までも本題に入らないままグダグダしていても仕方がないので、呼び出された理由である緊急招集の理由を尋ねる。
活性化に何か状況の変化が起きたのならば、場合によっては一刻を争う事態だ。無駄な事に時間をかけている暇はない。
「確かにその通りだな。早速本題に入ろう。その前に、アガゼ元騎士団長、この場から早急に立ち去れ、そなたには既にこの場にいる資格はない。また、後任の騎士団長を宣している時間もないので、アガゼ配下にあった騎士団の指揮権は一時的にヘムール竜騎士団長に授ける」
レイル王子としても、何時までも無駄な事に時間を取られている訳にはいかないと本題に入る前に、余計なごたごたを片付ける。
そこでようやく自分が騎士団長の座を失ったと理解した男は騒ぎだそうとするが、竜騎士団長に問答無用で摘み出される。
「さて、早速だがこれを見てくれ」
「これは・・・」
モニターに映し出された映像に思わず息を飲む。
非常事態が起きているのは解っていたが、まさかこれ程の逼迫した状況に陥っているとは思わなかった。
映し出されたのは魔域中央のゲートから溢れ出て来るSクラスの魔物の大軍。ES+の最上位ランクだけでも百匹以上になる。
明らかに、これまでとは比較にならない脅威だ。ハッキリ言って、全軍の総力を結集しても対応できるか判らないだろう。
「Sクラスだけで千以上の軍勢、まさかこれ程の事態とは・・・、これは活性化に変化がっあったと言う事でしょうが、それが終焉に向かう前のモノなのか、活性化が真に本格化して、これからが本当の戦いの始まりなのか、判断できないのが辛いですね」
「ああ、出来ればこれが終わりの前の最後の難関であって欲しい。そうでなければ、流石に戦線の維持も不可能だ。残念ながら、今の所あの方たちと連絡も取れていないのでな・・・」
「流石に、活性化が本格化してから間もない今の段階では、彼らは動きませんよ。まあ、此方の状況は把握しているでしょうから、俺たちで対応しきれないと判断すれば、即座に駆けつけて来るハズです」
世界中で五百人しかいないSクラス。そのさらに上をいく、この世界の真の守り手、四人だけの守護者たる存在。レジェンド・クラス。EXランク以上の想像を絶する力を持つ超越者達。
彼らが来れば、今の状況も確実に切り抜けられる。
もしも、今回のSクラスの大軍の出現が、活性化の本当の意味での本格化の予兆に過ぎず、これから先、同規模の軍勢が幾度となく押し寄せて来る事になったとしても、彼らが来ればそれだけで十分に対応可能。
それ程に絶対的な力を彼らは持っている。
今の俺とは比べ物にならない程の圧倒的な力だ。
ES+とEX、Sクラスとレジェンドクラス。その間には絶対的な差がある。
魔域の活性化と言う天災に対しても、人類が希望を失わずに立ち向かえる本当の理由。人類の、世界の守護者たる切り札。それがレジェンドクラスの四人。
だが、彼らは容易には動かない。魔域の活性化が起きたとしても、本当に戦線が維持できなくなる危機に陥るまでは、全力を尽くしてそれでも力が及ばなくなるまでは動かない。本当に危機的状況に陥るまで彼らは決して動かない。
だが、それも当然の事だ。どんな状況でも彼らが居るのだから大丈夫だなどと甘えてしまわない為に、次世代の成長の為に、彼らはむしろ容易に事態に干渉するべきではない。
今のネーゼリアには四人のレジェンドクラスが居る。彼らはSクラスと比べてもさらに長い時をそれこそ千年以上を当たり前に生きる。だが彼らとて不死ではない。何時か彼らも寿命を迎える。
彼らに頼り切っていたら、彼らの死後はどうするのか? 彼らが居なくなったらどうするのか?
当然の問題に直面するのは判り切っている。
だからこそ、彼らに次ぐ次世代を育てる為に、頼り切るのではなく自らの手で戦い、守り抜く姿勢を忘れない為に、彼らは容易には動かないようになっている。
「まずは私たちだけでどうにかする事を考えないと、とは言え、厳しい状況なのは変わりませんが・・・」
確かに全軍の総力を持って臨めば対抗できるだろう。
だが、此処で全ての戦力を集中させる事など出来るハズがない。
何時終わるとも知れない魔域の活性化に対応するために、綿密なタイムスケジュールを組んで部隊を編成し、展開して戦線を維持しているのだ。
全軍で挑み、何とか今回の侵攻を切り抜ける事が出来たとしても、それで活性化が終わらなければさらに溢れ続ける魔物との戦線を維持できなくなる。
それでも、レジェンドクラスが来てくれれば立て直す事も出来るかも知れないが、甚大な被害を出す事になるのは間違いない。
それこそ国の存続すら危ぶまれるる程の被害を、犠牲を出したのでは意味がない。
「私が魔域内部で出来る限り迎撃、殲滅しましょう。他の出撃できるSクラスと竜騎士は迎撃陣を展開して撃ち漏らしを抑えてください。まずはそれで出来る限りの数を減らします」
「それは・・・、可能なのか? いくらなんでも自殺行為に等しかろう・・・」
俺の作戦とも言えないプランに思わず言葉を失ったのは、レイル王子だけではない。話を聞いていた全員が無謀だと絶句している。
当然の反応だろう。死にに行くと言っているのと同じ、いくら何でも一人で立ち向かえる数ではない。
だけど、今動員できる戦力は、Sクラスが他に十人。竜騎士が冒険者も含めて四百までが限界。とてもではないけれども、千を超えるSクラスの侵攻に対抗できる戦力ではない。
さらに、ESランクの百を超える魔物に対抗できるのは、倒す事が出来るのは同じES+ランクの俺だけだ。俺以外に集まっているSクラスに、ESランクの者はいないし、竜騎士が対抗できるのはSSSランクまで、少なくてもESランクの魔物を俺が倒すしか道はない。
「多少無茶ですが、残りの魔晶石を全て使い切ればなんとかなるハズです。もっとも、それで私の魔晶石の手持ちは尽きますから、明日以降は戦力としてだいぶ落ちる事になりなりますが」
魔晶石とは魔力を使い切った、動力として使い切った後の魔石をベースに作られたマジックアイテムで、中に魔力を込めて置く事で非常時、戦闘中に魔力が付きかけた時などに込められた魔力を取り出せる。魔力回復アイテム。魔力タンクの様な物だ。
ゲームなどでお馴染みの魔力回復アイテムだが、実際に使うと、無理やり枯渇した魔力を回復させるため相応の負荷がかかり、一日に、一回の戦闘でそう何度も使える物でもない。
それでも、手元の魔石の質次第で、元々の魔力量の何倍もの魔力を使えるのだからとんでもないチートアイテムである事に変わりはない。
「それは、無茶どころの話ではないのでは・・・?」
とは言え、使い過ぎて負担が蓄積し過ぎれば、使用者の体が爆散する危険性すらあるのだから、そう思うのも当然だろう。俺自身、いくら何でも無謀過ぎると思わなくもない。
死に行くようなものだと思われても仕方がない、無謀どころではない特攻に見えるだろう。
「別に思うほど無茶ではありませんよ。元々、私は年齢的にそう多くの魔晶石を揃えられていませんでしたから、今までの戦いで消費した残りの数なら、何とか負荷を抑えて使い切れるハズです」
「それは・・・」
俺の言葉に一応納得したように見える。
魔晶石は魔力を使い切った魔石を基に作る。当然、込められる魔力は基になった魔石のランクによって変わってくる。
当然、ES+の俺にはAランク程度の魔力では雀の涙程度の効果しかないので、少なくても同じSクラスの魔石を基にした魔晶石が必要になってくるが、実力を隠してた上、年齢もまだ十二歳に過ぎないので、そうそう簡単に集められるモノでもない。
それでも、かつての転生者が残してくれた記録に、複数のAランクの魔石を一つに錬成してSクラス相当の魔力を込められる魔晶石を作り出す方法が残されていたので、何とかそれなりの数を揃えられた。
「まあ、魔晶石の使い過ぎ以前に、あの数のSクラスの軍勢に挑むこと自体が無謀だとは思いますが、ESランクの魔物は俺以外では対抗できません。魔域の外で散らばってしまう前に、魔域の中で殲滅してしまわなければ終わりです」
一匹ずつ倒していくのが確実で安全だとしても、俺しか対抗できる者がいない以上、時間をかけて倒していったのでは、例え倒せてもそれまでに壊滅的な被害が出るのは判りきっている。
少なくてもESランクの百を超える魔物は、俺が倒すしかないのは決まっている。
レジェンドクラスが何時参戦するか全く予想できない以上、無茶でもやらなければ終わりと言う訳だ。
流石にここまで切迫した事態になると、そんな無茶をしなくても、一般人に被害が出たとしても責任を問われる事はないと判っているが、
好きに生きると決めたのは俺だし、やれる事があると判っているのだから、出来る限りを尽くしてみるのもありだろう。
勿論、命を懸けると言っても死ぬつもりは全くない。
「すまない、私たちの力が及ばないばかりに、君にばかり負担を強いてしまう・・・」
ないのだが、俺の言葉にあるハズもない悲壮な決意でも感じたか、司令部にいる全員が悔しそうに、、ついでに何故か俺を英雄でも見るかのように見詰めてくる。
別に好きに様に戦うだけなので、そんな風に感動される理由はないハズなんだが・・・。
何かがおかしい。何か盛大な勘違いをされている気がするが、
「っ!、敵、Sクラス魔物部隊、動き出しました」
少なくても今は、そんな事を気にしている場合ではない。
少しの遅れが致命傷になりかねない。数千万、或いは数億の命がかかった非常事態だ。
「では、私は行かせてもらいます。残りの迎撃をよろしくお願いします」
絶望に贖うべく。俺は転移魔法で魔域へと、戦場へと飛んだ。




