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ルシリス視点です。
「ほら、この程度はユリィもケイも簡単にこなすレベルだぞ。この程度でへばっていてどうする?」
実に楽しそうに発破をかけるアベルの様子に、流石にシュトラ王子が可哀想になってくる。
「一週間俺の弟子として修行を受ける事」
婚姻に必要なレイザラム製の髪飾りを譲って欲しいと頼まれたアベルが、譲る代わりに出した条件がそれだったそうで、他に髪飾りを手に入れる手段のないシュトラ王子は一も二も無く快諾した。
だけど、間違いなく今は後悔していると思う。
「アレって大丈夫なの?」
「一応、アベル自身が自分に課したよりはマシらしいから大丈夫じゃないかな・・・」
私の問いに何とも自信なさげにユリィが返して来るけど、それも当然だと思う。
目の前で行われているのはもう修行なんて生易しいものじゃないよ。
アレはもう拷問か、イジメの類だと思うんだけど・・・・・・。
ユリィの言葉通りなら、アベルはこれよりも厳しい修行をしているの?
何か、アベルが僅か13歳にしてレジェンドクラスの超越者になるなんて、非常識な事をやらかした理由が理解できたよ。
「私たちがやってる修行でも、ありえないほど厳しいって思ったのに・・・・・・」
「その気持ちは良く判るよ・・・・・・」
スペシャルハードなんて言葉が生温く感じるくらいの地獄の特訓が目の前で繰り広げられている。
確かに今シュトラ王子がやっている修行は、私たちでもこなせるものだけども、それも一ヶ月近くかけて少しずつ慣らしてきたからで、いきなりやれと言われて簡単にできる様なモノじゃない。
それを平然の強制するんだから何というか・・・・・・。
「正直、冗談だと思っていたけど私たちの受けてる修行て本当に手加減されてたんだね」
「あの厳しさで手緩い位なんて、普通なら、誰も思わないから」
そう言いながらどこか複雑そうな様子のケイ。
その気持ちも判る。間違いなく彼女も、今回のアベルの意図に気付いているハズだし。
「本当にお節介なんだから。でも、やっぱり気持ちは嬉しいな」
「それは、アベルもお節介を焼いた甲斐があったね」
だけどすぐに屈託なく笑うケイに、ユリィも嬉しそう。
「仮にも儀兄になるんだから、何時までも苦手なままなのもってのも判るけど、ずいぶんな荒療治よね」
「でも、これが一番スッキりする方法かもね」
実際は無能な振りをするための演技だったらしいのだけども、シュトラ王子は以前ケイに言い寄っていて、その事がケイの中でトラウマに近い苦手意識になっていたのを治す為に、ケイの目の前で徹底的に叩きのめしているのだから、やる事が大胆と言うか、流石はレジェンドクラスの超越者。
少なくても普通なら王族相手にこんなマネは出来ない。
「一応それだけが理由じゃないらしいけど」
「ケイのお姉さんと結婚したら、すぐにでも王位を継ぐ事になるんだから、その前に出来るだけ強くなっておくべきだったっけ?」
「それと、Sクラスからアベルの修行を受けて、どの位まで力を伸びるかのサンプルも欲しいらしいよ」
E+ランクからアベルの指導を受けて、Sクラスにまで急成長したメリアたちの様に、アベルの修行は常軌を逸した成果を出すのは既に立証済み。
当の本人に言わせると、修行法自体がそもそも10万年前の転生者たちによって確立された物だし、そもそもどれだけ修行をしても才能が無ければそこまで強くはなれないハズとの事だけど、それならそれで、才能のある人間を見付け出して弟子にするアベルの観察眼が非常識なのは確かなのではと思う。
とりあえず、この修行法は才能を最大限引き出して極限まで強くなる事は確かだけど、それならこの修行をするまでもなくSクラスに至った者ならば、ひょっとしたらアベルと同じレジェンドクラスの超越者にまで至れるのではないかと、密かに囁かれているのも確かで、実は私たちも一部でそれを期待されているのは知っている。
・・・・・・正直に言わせて貰えば荷が重すぎるよ。
まあ、流石にそんな無理難題、不可能事を本気で期待しているようなアホウは極一部なので、大した問題でもないのだけども・・・。
曰く、ミランダさんもいずれはレジェンドクラスの超越者となるのが既に確定しているとの事なので、そうなると油断できなくなってしまうかも知れない。
「アベルにミランダさん。短期間でレジェンドクラスの超越者が新たに誕生するのは確実となると、どうしても更に続くのを誰もが期待しちゃうのは当然だからね」
「期待される方としては、本当に困るんだけどね」
「だからこそ、アベルとしても出来る限りサンプルが、データが欲しいんでしょ」
要するに、本当にあの修行法でレジェンドクラスにまで至れるのかを確認するためのデータが欲しいとの事。
それに、アベルにしろミランダさんにしろ、レジェンドクラスになるのは修行法だけでなく、世界樹の使徒に選ばれたのが大きいと考えているみたい。
実際に二人とも使徒や巫女に選ばれて、倍近くまで魔力が増大したらしいし。
そんな訳もあって、本当にあの修行法だけでレジェンドクラスに至れるかは判らないので、ある程度のサンプルが欲しいと語っていた。
詰まる所は、私たちもそのサンプルのひとつ。
まあ、アベルからの指導を受けてまだ間もないのに、目に見えて力がついて来ているのを実感できるので、それについては文句はないのだけど。
なんとなくだけど、自分ばかり目立ったりトラブルに巻き込まれるのを避けるために、私たちもレジェンドクラスの超越者へしてしまえと思っているのではないかと思えてしまうんだけど。
「ほら、もっとシッカリ集中する」
「この状況で集中しろなどと・・・・・・」
なんて考えている内に、次の修練に移っていたみたい。
今やっているのは、シュトラ王子の魔力の循環の中にアベルの魔力を流し込む事で、その循環量を増やし太くする荒業。
自分の魔力の総量を遥かに超える膨大な量の魔力を、無理やり循環させられているのだから、全身を張り裂けるような痛みが駆け抜けていくのは当然で、例えるなら、欠陥を中から無理矢理広げられている感じ?
そんな激痛に苛まれながらも、自分の魔力量とは比較にならない膨大な魔力の制御をしないといけない。
自分の中に送り込まれてきているアベルの魔力もキチンと制御して押さえ付けないと、それこそ魔力が暴走して大惨事になりかねない。
まあ、周辺の被害はアベルが出さないようにするにしても、シュトラ王子は爆死確実だろうし、命が掛かっているのだから必死にもなるよね。
実戦において極限まで追詰められても、冷静でいられる精神を鍛えるためにも最適な修行との事だけど、流石にスパルタ過ぎると言うよりも、度が過ぎるんじゃないかと思わなもない。
「同じ事をしろって言われても、絶対に逃げるよ」
「うん。アレは無理だよね。確かに効率が良いの事実だろうけど、あんなのしてたら命がいくらあっても足りないよ」
戦いは何時も命懸けなのは当然だし、少しでも危険を減らし、同時に確実に敵を倒して生還できるようにするための修行が厳しいのは当然だけど、だからと言って、修行の方が死と隣り合わせじゃ本末転倒だと思う。
「さて、次は送り込んだ俺の魔力を使って魔法を使ってみろ」
「そんな事が出来るハズが・・・・・・」
「出来ないハズがないだろう。シッカリと俺の魔力の特性を把握すれば良いだけだ」
また無茶な事を言っている。
いくら自分の体の中にあるからって、他人の魔力を使って魔法を発動するなんて普通は出来るハズがない。
魔力の性質は一人一人違うものだし、魔法に自分の魔力の性質に合わせて使うモノ。いきなり他人の魔力の性質で魔法を使うなんて出来ない。
それが普通の常識。
だけどアベル曰く、自分の制御下においてしまえば例えどんな魔力であっても自在に使えるらしい。
敵の、魔物の魔力を支配して自在に操って、魔法を発動させる事すらも理論的には可能との事。
もう完全に理解の範疇外の理論だけど、10万年前の転生者たちによって実際に検証されて実証された理論らしいから本当に・・・・・・。
とりあえず、今シュトラ王子がやらされているのは、その理論に沿った修練なのは間違いなさそうだけど、それが出来たとしていったいどうなるのだろう?
「また理不尽な事を言ってるね。自分の限界を超えた魔力が宿っているんだから、それを何とか抑え込むだけで精一杯なのに」
「でも、自分の魔力の何倍もの魔力を魔法に込める事だってあるし。必要な訓練なのは確かなのかも」
場合によっては、魔晶石を使って自分の全魔力の数倍にも上る魔力を込めて魔法を使う事もある。
私はまだやった事がないけど、高位の実力者程にそれらを必要とする事態に遭遇しやすいらしい。
「キミの魔力で魔法が使えたとして、それがいったい何になるのだ?」
「決まっている。戦いの中で魔力が底を付いた時、魔晶石も既に使い切ってしまった状況でも、倒した魔物の魔石から魔力を回復したり、或いは魔石の魔力を使って魔法を発動させたりして戦う事が出来るようになる」
とんでもない事をサラッと言いました。
「勿論、それだけで出来るようになる訳じゃないが、その為の一歩である事は間違いない」
ああ、これは同じ修行をいずれ私たちもやる事になるの確定みたい。
そうなると少しでもヒントが欲しいので、シュトラ王子には頑張ってもらわないと。
ここで頑張って私たちの為になってくれれば、ケイも見直してお姉さんとの結婚もスムーズにいくようになると思うから頑張って。
それにしても・・・・・・。
「本当にアベルは何処に行こうとして、私たちを何処に連れて行こうとしているんでしょう・・・・・・」
「・・・・・・・・・・さあ?」
本当に、こればかりは答えが出そうもない。
それが不安であると同時に、楽しみに思っているのは内緒。




