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「疲れた・・・・・・」
「随分と弱っているみたいじゃないか、キミのそんな姿を見れるとはな」
俺とケイとの婚約パーティー。正式な婚約の儀式の様な物を無事に終えた俺は、本気で疲労困憊していた。
正直、魔域の活性化中の連戦時よりも疲れているかも知れない。
ぶっちゃけ、冒険者になると決めてからほとんど自国の社交界とかも無視して来たので、こういった場に慣れていない。完全な自業自得と言えばまさにその通りだが、まさかお姫様と婚約する事になるなんて想定していなかったので、いや、コレも言い訳だけどね。
「本当なら社交界なんてものには生涯関わらない予定だったからな。ガッチリと係わる羽目になるとは思わなかったんだよ」
「一冒険者と言っても、キミの実力で係わらないなんて不可能というものだよ」
言われなくてもそのくらい判っっているから、いい加減に黙ってくれないかなシュトラ。
それ以前に何故に当然の如く此処にいるのかが非常に気になるんだが?
「それはそうとして、シュトラ王子は何故ここに居るのかな?」
「随分と他人行儀だな我が義弟よ。義兄と呼んでくれて構わないよ」
明らかにこちらを揶揄っていると言うか、本題に入る前にイニシアチブを握っておくつもりか。
「くだらない冗談は良いからはやく本題に入れ。そうじゃなければ早々に立ち去れ。疲れているからな、くだらない冗談に付き合う気はないんだよ」
そういう駆け引きが重要な場面はあるのは知っているけど、俺に対しては全くの逆効果だと理解してもらいたいものだ。
「了解。成程ね。キミを相手に下手な駆け引きは逆効果だと知れただけでも収穫だよ。それはさて置き、本題だが、キミに幾つか譲って欲しいものがある。」
「交渉か? だがそれなら、ワザワザ俺の部屋にまで乗り込んできてまでする必要もないだろう」
婚約パーティーの後に、あえて婚約者を差し置いて部屋にまで乗り込んできてまで譲って欲しいものと、どう考えても厄介事にしか思えないんだが。
「そうもいくまい。キミの持っている物は下手に知れれば世界中が大混乱に陥りかねない物ばかりなのだからな」
「ああ成程、人前で譲って欲しいと頼むには憚られるものだと」
確かに、遺跡から発掘して代物を譲って欲しいなんて人前で頼まれでもしたら大問題だ。
とは言っても、俺が遺跡で見付けたモノの一部を報告しないまま回収しているのを知るのは極僅かだ。パーティーメンバーの中でも知らない方が多いハズ。
いや、やましい事は何もしてないよ?
単に一部の遺跡で見つかった危険な物をみんなを連れいてく前に回収しているだけだから。
いや、そうしないとどの遺跡もみんなを連れていくとか無理なんだよ。例えば、ごく普通の温泉施設だったハズの遺跡の中に平然と、転生者が使っていたらしいレイザラム製の装備が転がってたり、観測施設のハズなのに何気なくトンデモ兵器の設計図が残されていたり、世界樹の蜜から作られた蜜酒で、しかも十万年眠らせる事で熟成して、至宝の一品になった逸品とか、或いは、発掘した転生者がふざけて残していったと思われるBL本があったりとか、人知れず回収して無かった事にしておかないとマズい代物を回収しているだけだから。
・・・・・・本当に勘弁して欲しいよ。
特に回収したBL本なんて、ウッカリ中身を見てしまって目が腐るかと思ったし・・・・・・。
何を考えてあんな代物を残していったんだと、本気で呪詛の念を送りたいくらいだよ。これからもそう言う俺たちより前に転生した人たちの悪ふざけとかに翻弄される羽目になるんだろうなと思うと、心の底から深い溜息が出てくる。
それと蜜酒は本気でヤバい。世界樹の蜜から作られた蜜酒は、原材料の希少性からも元々とんでもない値段のつく物で、普通に同じ重さの金より高かったりする物だ。それが十万年物の一品ともなるとどれだけ根が跳ね上がるか・・・・・・まあ、最低でも一千倍以上の値が付くのは確実か。一リットルの瓶一本で数百億リーゼの値が付くのが確実とか、もう理解の範囲外にも程があるわ。
「別にやましいものを譲ってくれと言う訳ではない。」
「それは判っているけど、いったい何が欲しいんだ?」
そもそも、どうして俺に頼むのかが理解できないのだが、ユリィからも俺が持っている物についての情報が漏れていないハズだし、シュトラの立場ならワザワザ俺に頼まなくても大抵のものは手に入るハズだ。
「譲って欲しいのはレイザラム製の装飾品だ。ユリィから、キミがいくつか持っていると聞いている」
「装飾品? アクセサリーの類ならいくつか持ってはいるが、確か全部女性ものだぞ」
「問題ない。むしろ助かる。出来れば髪飾りがあると助かるんだが」
髪飾りか、確かあったと思うが、それにしても何事かと思ったら随分と単純な話だったようだ。
つまりは、誰にだか知らないが贈り物をするのに、目当てのモノが手に入らなくて困っていた所を都合良く俺が持っていると知ったと、単にそれだけの事らしい。
「それならいくつかあるから見せよう」
そう言って幾つかを出していく。
因みに、実はこれは全部俺が造った物だ。何故とか、何やっているんだとかのツッコミはなしで、いや、単に遺跡でレイザラムのインゴットをいくつも手に入れたので、それを使って作ってみただけだ。
因みに、当然だけど剣や鎧とかもつくってみた。更に言えば、生成方法は炉で溶かして鎚で打ち鍛えてではなくて圧倒的な魔力量にモノを言わせて魔法で造り上げた、鍛冶職人のドワーフが見たら怒髪天の大激怒しそうなイカサマで造られた物だけども、実は超一流の鍛冶師が魂を込めてつくり上げた銘品よりも着るかに高品質と言う、これまたある意味でとんでもない代物だったりもする。
「これは・・・・・、ユリィから話は聞いていたが本当に、これ程の銘品は見た事がない」
「まあ、ケイが黄昏るくらいのものだからな」
いや、実はみんなの告白に答えた後に、自分の気持ちを伝える意味でも婚約指輪を送っているんだよ。
特に念入りに造り上げたレイザラム製の婚約指輪で、自分でも良い出来だと思う品を送ったんだけども、その時にのみんなの反応は想像以上だった・・・。
「アベル・・・・・・、これはもう国宝レベルを超えているんだけど」
その中でもケイが何とも言えない表情でかろうじてそう漏らしていた。
レイザラム王家に代々伝わる秘宝ですら、これ程のモノはそうないのに、何で簡単に作っちゃってるのと本気で途方に暮れていたっけ・・・。
「だろうな、これほどのものを簡単に作られてしまっては、彼女でなくとも途方に暮れるさ」
「それは軽から散々聞かされたからわかってるよ。それよりも、そっちはどうしてコレが必要なんだ?」
ドワーフの国の国名にまでなっている超希少金属だ。オリハルコンよりもさらに入手困難で、エルフの王族といえども手に入れるのは極めて困難なのは当の本人が一番よく分かっているだろう。
そんな物を必要としている理由が何なのか?
確実に異性へのプレゼントだが、こんな強硬手段を使ってまで手に入れてプレゼントする理由は?
「婚約者への贈り物だ。正確には正式に婚姻するための結納品だな」
「つまりは結婚指輪の様な物か?」
「そうなるな」
「それなら俺に頼ってレイザラム製のものを用意するよりも、ほかのものでも自分で用意した方が良いんじゃないか?」
「そうはいかない。これは絶対にレイザラム製の物じゃなければいけないんだ」
そこで一つ区切って説明してくる。
「その様子だと知らないだろうから説明しておくが、俺には皇太子になった時から決まった婚約者がいる。レイザラムの第三王女。ケイの姉君だ」
「ケイのお姉さんと婚約しているのに、ケイにちょっかいをかけていたのか?」
「それは忘れてくれ・・・。無能な振りをするための芝居の一環だったんだが、ケイには本気で嫌われてしまった・・・・・・」
どうやらシュトラとしてももう条件反射的なまでにケイに怯えられているのは堪えているようだ。
完全に自業自得だと思うが、いずれは義理の妹になる相手に嫌われている上に、すでに関係の改善も不可能なレベルになっているのは彼にとっては何よりも頭の痛い問題だろう。
「本当ならとうの昔に結婚しているハズだったんだが、キミも知っている通りこちらの都合で延期になっていた」
「国内の不穏分子を一掃するためにか」
「私としても、せっかく愛しのケーナリアを迎えるのだから、国の腐敗を取り除いてしまいたいと考えていたのでな」
まあその気持ちは判る。ただ、結果として随分の時間がかかってしまって結婚が遅れる事になってしまった訳だが、彼らからしたら百年くらいは特に問題でもないのだろう。
その辺りは、微妙にまだ前世の感覚を引きずってる俺との意識の差だな。
「それもキミ魔おかげもあって無事な終わった訳だからな。ようやく結婚の段取りとなった訳だが、そこで一つ問題があってな。ドワーフの王女が結納する時にはある仕来りがあって、国の名前を冠するレイザラム製装飾品を新郎が送らなければならないのだ」
「王族としてはむしろ当然の決まりだな」
「確かにな。だがだからこそ困るのだ。レイザラムはドワーフの秘宝。レイザラム王国内ですらその数は極めて少ない」
「つまり、手に入れようとしても手に入らないと」
「俺も婚約が決まると共に手を尽して確保しようとしたんだが、全て無駄だった」
そう言えば、選定の儀で俺がレイザラム製の太刀を造り出した時の大騒ぎだったしな。
しかも、厄介な事に送る品物についても制限があって、しかも毎回何を送るかが違うのだから更に大変。
今回の指定の品である髪飾りなんて、指輪などに比べて数も少ないので更に困難を極めると・・・。
と言うか、実は何とか指輪なら一つは手に入れたらしい。だけど肝心の髪飾りは何としても手に入らない。であればと、手に入れた指輪を髪飾りに作り変えてしまおうとも思ったらしいが、レイザラムは加工にも極めて高い技術が必要な上、その特性上、一度加工した者を造り替えるのが極めて困難でもある。
「このままだと何時まで経っても結婚できない可能性もあるからね。ユリィから話を聞いた時には天の助けと思ったよ」
「成程ね」
「だからこそ頼む。この髪飾りを譲って欲しい」
「構わないが、条件がある」
理由もわかったし別にあげても良いのだけども、ここはひとつ彼の愛の深さを貯めさせてもらおうか?
そんな風に考えながら笑うと、どう言う訳かシュトラは真っ青になって生まれたての小鹿のように震え出した。はてさて、いったいどうしたんだか・・・・・・?




