表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/398

9

リリア視点です。

 アベルは色々と考え過ぎだと思う。

 彼を見ていると何となくそう思えてくる。

 彼に出会って私の、私たちの人生は大きく変わった。


 私たちは孤児。別に珍しくもない。このマリーレイラの街にも孤児院はあるし、国中に、世界中にどれだけの孤児院と孤児が居るかは想像もつかない。

 親を失った、親に捨てられた子供、確かに不幸だけれども、それに対する社会制度はしっかりしているから飢える事もない。どの街にも国や領主が運営する孤児院があって、孤児はそこで普通に暮らしていける。

 私たちの暮らしていた孤児院には常に百人近い子供がいた。 

 それだけの人数になれば、当然だけど全員が仲良くとはいかない。

 自然と親しい者同士のグループに分かれて、苦手な、嫌いな相手とは近付かない様になっていく。

 私たち五人は自然と一緒になっていた。

 メリア。シャリア。エイシャ。アリア。そして私リリア。名前が似た者同士だったのはただの偶然。

 気が付いた時には私たちはずっと一緒にいて、強い絆で結ばれていた。

 だから、自然と私たちは同じ道を選んでいた。

 私たちの暮らす孤児院は貧しかった。生活に困窮したり飢える様な事はなかったけれども、生活は厳しかった。

 それも仕方ないと思う。孤児院の運営は国や領主からの援助で成り立っている。だけど予算には限りがあって、全ての孤児院に十分な運用資金を送るのは不可能なのも当然。特に私たちのいた孤児院の様に、百人もの子供を養うとなるとかかる費用も大きくなる。

 生活は確かに厳しいけれど、飢える事はない額の運営費を送られてきている事だけでも、十分だと感謝しないといけない。

 そんな生活を送っていたから、私たちは自然と冒険者になる事を選んでいた。

 元々、孤児の多くは軍に入るか、冒険者になるかのどちらかを選ぶ。

 これはある意味当然で、国にしろ領主にしろ、何の見返りもなく無償で孤児院を運営して、孤児を養っている訳じゃない、将来の働き手、特に防衛に必要な兵力の確保のために出資している。

 そして、普通に暮らしていれば、平和な暮らしを守るために戦う騎士団や軍隊、冒険者が必要不可欠だと言う事くらいは理解できる。

 だから、自然と孤児たちは軍に入るか、冒険者になる道を選ぶ。

 その中で、私たちが軍に入るのではなくて冒険者になるのを選んだのは、単純にお金になるから、

 安全を考えるなら軍の方が良いに決まっている。冒険者は新人の死亡率が最も高い職業だと言う事も判っている。

 それでも、冒険者の方が軍よりもお金を稼げるし、生き残る事が出来れば確実に強くなれる。

 私たちはお金を稼ぎたかった。お金を稼いで、私たちの暮らしていた孤児院に送りたいと思った。

 多少なりとも送る事が出来れば、あそこの暮らしも良くなるハズ。

 そう思った私たちは冒険者になる事を選んで、この一年間を生き延びてきた。

 運良く、私たちには才能があったようで、何度も大変な目にあったけれども、誰も欠ける事なく実力を着けて、着実にランクを上げて、数年後にはD-ランクに上がるのも確実と言われるまでになっていた。

 それでも、気を緩める事なく直向きに努力をかさめて、誰も欠ける事が無いようにと実力を着けていくのと一緒にパーティーの連携を高めて、確実に強くなっていった。

 一年目の新人としては考えられない程の額を稼げるようになったし、孤児院への仕送りも十分とは言わなくても、かなりの額を出来るようになった。

 勿論、何もかも順調と言う訳じゃあない。気が付けば、私たちを敵視しているような冒険者を多かったし、下心を持って近付てくるのも増えてきた。

 とは言っても、人は三人いれば派閥が出来ると言う様に、誰とでも仲良く、親しく出来ない事なんて孤児院の時から判っていたし、冒険者になってから新しくできた友人や、親しく付き合わせてもらっている人たちもいたので、私は気にも留めていなかった。

 そんな中で私たちは彼と出会った。


 彼と出会わなければ、私たちは間違いなく死んでいた。

 油断や気の緩みはなかったとしても、それだけではどうしようもない事もあると理解させられた。

 いるはずない場所に突然現れたDランクの魔物の群れ、私たちではどうする事も出来ない格上の相手。逃げる事も出来ないまま殺されるしかないと嫌でも判らされた。

 やはり私たちは少し油断していたのかも知れない、強くなっている事に気を緩めていたのかも知れない、此処は安全だと油断して警戒を怠っていた。もう少し早く、接近に気付いていれば逃げる事も出来た。

 後悔と絶望に押し潰されそうになる私たちの前に、彼は現れた。 

 まるで当たり前のように私たちに手を差し伸べてくれて、私たちを助けてくれた。

 その方法は予想外だったけれども・・・。

 そして、何故か彼の弟子になる事になっていた。

 本当に意味が解らない。

 いや、アベルから理由は聞いて、確かに納得できるし、私たち自身の為にもこれ以上ない幸運なのは解っている。

 だけど、あまりの事について行けない。

 気が付けばあっと言う間にDランクの実力を得ていて、

 目も眩むような値段の装備に身を包んでいて、

 私たちを敵視していた冒険者は居なくなって、

 だけど嫉妬の視線を向けられるようになって、


 魔域の活性化と言う想像を絶する事態が起きていた。

 

 魔域の活性化箱の世界で最悪の天災。

 いくつもの街が壊滅し、国そのものが滅んでしまいかねない、人が総力を挙げて対抗しなくてはならない危機。数百年、数千年に一度の災厄。

 逃げる事は出来ない。自分の意思で冒険者になった時から、私たちは逃げる事を許されないし、そもそも逃げる場所もない。

 だから、私たちは全力で立ち向かう。

 何時死んでもおかしくない。私たち程度の実力ではどうする事も出来ない事態だけれども、

 恐怖と絶望に押し潰されそうになるけれども、

 今できる事に全力を尽くすしかない。


 そして、今日から私たちも戦いに加わった。

 何時死んでもおかしくない。今までとは比べ物にならない程に過酷な、危険な戦いだけれども、実際には私たちの戦いはおまけの様なものに過ぎない。

 アベルたちSクラス、A・Bランクの本隊が魔域の内外で殲滅戦を繰り広げている最前線、そこを抜けた魔物を、騎士団と軍の魔道砲やミサイルなどの一斉掃射で倒せるだけ倒す。

 私たちが戦うのはその後、撃ち漏らした魔物に過ぎない。

 それでも、その数は想像を絶するものになる。B・Aランクの魔物すら数え切れない程にいる。 

 生き延びられたのは奇跡に近い。ただ運が良かっただけだろう。

 それに事前にアベルに備えとして渡されたいたものがあったから、アベルの弟子として力を着けてもらって、戦う術を教えてもらっていたから、

 私たちは生き残ったけれども、既に五千人以上の犠牲者が出ている。

 余りにも残酷な現実。何時終わるかも判らない過酷な戦い。

 その中心にいるアベルがどれだけ必死に戦っていたか、魔域内部の戦況を映す偵察衛星の映像で私たちは知っている。

 思わず言葉を失った。私たちとは比べ物にならない程に過酷な戦場。一瞬の迷いが、ほんの僅かなミスが死に繋がる極限状態が常に続く。常に死と隣り合わせの戦い。

 私たちよりも小さい、まだ十二歳のアベルはそのただ中で、誰よりも激しく戦い抜いていた。

 それも、たった一人で、尽きる事ない魔物の激流に贖い続けていた。

 これがES+ランク。Sクラスでも最上位に位置する者の戦い。 

 息をのんで、私たちは同時にアベルの事を何も知らないのだと知った。

 まだ、出会って三週間ほどしか経っていないのだから、アベルも私たちも互いの事を詳しく知らなくても当たり前だけれども、そう言え問題ではなくて、私たちは彼の好意に甘えながら、自分たちは彼に心を開いて正面から向き合っていなかったのではないかと気付いた。

 私たちは、私は、本当にアベルの事を知ろうとしていただろうか?

 彼の事を理解しようとしていただろうか?

 真摯に彼と向き合っていれば、彼が私たちを弟子に選んだ本当の理由も、彼が母国を離れてこの国に来た理由も判ったハズ、知り得たはずなのに、私たちは何も知らない。

 彼と解り合おうとしなかった。彼に多くの事を教えられ、多くのモノを与えられながら、私たちは本当の意味で彼の弟子になろうとしていなかったのではないだろうか?

 見も知らぬ他人と信頼を築くのが取れ程難しいかは判っている。

 無闇に人を信じるのはただの愚か者だと言う事も確かに事実。

だけど、私たちはアベルに多くのモノを与えられ、教えられ、導かれてきた。信頼して心を開くに十分なだけの想いを彼は見せてくれていたのに、私たちはそれに答えていなかった。

 ただ一方的に利用しているだけの関係では、私たちを利用しようと言う下心を持って近付こうとしていた連中と変わらない。

 そう気が付いて愕然とした。

 このままではいけないと心から思った。

 だからメリアたちにも伝えて、アベルともっと真剣に向き合うべきだと話し合った。

 今までの自分たちに衝撃を受けて、このままじゃいけないと本気で思って、私たちはアベルと正面から真摯に向き合う事を決めた。


 真剣に話し合いをしているとギルドから連絡があった。アベルが無事に戦場から帰ってきたけれども、ギルドでトラブルに巻き込まれていると言う。 

 連絡があってから間もなく、無事にアベルが返ってきた事に心からホッとして声をかける。

 大丈夫だと言う事は解っていても、斧想像を絶する戦いの中にいたのを知っているから、実際に会うまで拭いきれなかった不安が消えていく。

 そんな私たちにアベルは逆に、私たちが無事で良かったと言う。

 私たちが今日の戦いを無事に切り抜けた事を、心から喜んで、安心している。

 

 どうしてそんなにも私たちの事を気にかけるのだろう?

 私たちは彼に甘えるだけで、何一つ彼に返せていないのに・・・。

 確かに弟子だけども、私たちなんて彼にとっては取るに足らない存在のハズなのに・・・。

 疑問が溢れてくる。今まで気付きもしなかった、考えようともしなかったおかしな事が、私の中に溢れかえってくる。

 それよりも、まずはこれ以上、彼を私たちの事で不安にさせない事だ。

 確かに、今日、私たちが生き残れたのは実力ではなくて運。そして何よりもアベルのおかげだと判っている。それでも、今日の戦いで確かな感触を掴み取る事は出来た。

 明日からも戦っていける。生き延びて行けると思えるだけの経験を、多くのモノを学び、掴み取る事が出来た。

 だから私たちは大丈夫だ。

 そう伝えると彼は穏やかに微笑んで見せる。

 どうしてそんなにも穏やかに微笑むのだろう? アベルを見ていると調子が狂う。

 Sクラスにいる様な化け物は、自分の思うが儘に生きる変人ばかりだと聞いていた。

 気に入らなければ国と敵対する事も躊躇はない。人類の存亡の為に戦い、力を尽しはするけれども、その上でどこまでも身勝手で、何物にも縛られない常軌を逸した人たち。それが私だけではない、世間一般に広まっているSクラスの認識。

 確かにアベルは私たちの常識でははかる事が出来ない。だけどそれは持っている力の差を考えれば当たり前の事でしかない。

 立場が変われば常識も変わる。そんな当たり前の範囲での違いでしかなかった。

 疑問に思うのなら考えればいい。判らないのならば聞けばいい。

 これまで、私たちはそんな当たり前の事すらもしていなかった。

 それがどれだけ恥ずかしい事かも判っていなかった。


 これ以上、彼を心配させたくない。

 これ以上、こんな無様なままではいられない。

 そう思うと、自分の中で何かが大きく変わったような気がする。

 不思議に思いながらも皆を見回すと、私だけでなく全員が同じ感覚を覚えているのが解る。

 今までずっと一緒に居た。誰よりも近くにいた皆の事が、更にハッキリと解るような気がする。

 まるで一つになったような感覚。

 今日。私たちは本当の意味で解り合う事が出来たのかも知れない。

 生まれ変わったと言ってもいい。本当に彼は私たちをどんどん変えていく。

 だからこそ、穏やかな笑顔と共に、明日からの戦いへの決意を滲ませる彼を見詰めながら。私たちも彼を変えていく事が出来るようになりたいと強く思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ