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さて、既に屋台を周って四日目になり、制覇した屋台の数も既に二千を超えている。問答無用の暴飲暴食だ。
流石に食べた総量がとんでもない量になっているので、メリアたちにノインなどは三日目で食べ過ぎでノックアウトした。
それに対して俺はまだ腹八分目どころか精々半分程度、とは言え、残りはあと3日、その閣議られた時間内でいかに効率よく屋台を周れるかがカギだ。
それも、美味い屋台を見極めて回らなければ意味がない。
マズい屋台ばかり次から次へとまわってもただの苦行でしかない。
そんな運と言うか、美味い物を見付け出す嗅覚、美味い物を引き寄せる才能の様なモノが必要な屋台巡りで、既に何人かお気に入りに料理人を発見してキープもしてある。
その一人がクマーラ・ジュール。どこかで聞いたような名前の料理人だが、彼のつくる海鮮パイは絶品だ。
今のところ屋台で売っていたパイの腕しかわからないが、あの腕ならフェスタ本戦への出場と上位入賞は間違いないだろうと確信できる。
場合によっては引き抜きたいなとか思う料理人だ。
しかし、あのパイは本当に見事だった。魚にエビ・カニに貝、様々な素材を使ったパイは、全ての素材の味が見事に調和してひとつの味として成り立ちながらも、ひとつ事つの素材の旨みも個々に楽しめる。あのパイひとつで、ローレラントの冬の海の幸を存分に楽しめる出来だ。
「さて、クマーラを上回る料理人は果たして居るかな?」
今のところ屋台の料理人の仲ではクマーラがダントツのトップだ。だが、未だ周っていない屋台が星の数ほど残っているのだ。その中に更なる料理人が待っている可能性もゼロではない。
「流石に難しいってよりも、無理でしょ。正直、私としては今回、あれほどの料理人に巡り合えるとは思ってなかったし」
「スゴイですよね。この国だけじゃなくて、周辺の国々からも名を上げようと多くの料理人が集まっているそうですけど、ここまで盛大なイベントを毎年行っているなんて」
それだけの料理への、食への情熱がここに集結している訳だ。
不思議そうにしているサナはどうやらそれ程でもないみたいだが、正直、俺自身もネーゼリアに転生して食へのこだわりが半端ではないレベルになった。
とにかく地球で生前に食べていた物とは次元の違う美味が星の数ほど溢れているのだ。
場合によっては、自分の手で自分の望む最高の味を造り出すことも出来る。
魔法よりもなによりも、この世界で最大の衝撃で、この世界の最大の楽しみは何よりも美味い物を食べる事。最高の美味を見付け出す事だ。
「まあ美味い物を食べるのは人生の楽しみだから、人生を楽しもうとする情熱が溢れていると思えばいいさ」
料理人として成り上がろうとする熱意と、より美味い物を食べたいと思う人たちの熱意が今ローレライには溢れている。
ならば、その熱意の中に自分たちも飛び込んでしまえば良い。
そして誰よりも楽しむに限る。
人生は楽しんだもの勝ちだし、祭りはただ素直にその熱気に身を任せるのが一番正しい楽しみ方だろう。
「そんな訳で、屋台の制覇を目指して楽しもう」
「いえ、私たちはそこそこに楽しみます」
俺やミランダのペースに乗せられたメリアたちは食べ過ぎで既にグロッキー。これからは自分たちにあったペースで祭りを楽しむそうだ。
そんな訳で自分にあったペースで別れて祭りに駆り出す。
俺とミランダを筆頭とするガンガン行くぜ系は少数先鋭部隊と化してまだ回っていない屋台に特攻する。
「まだまだ屋台はいくらでもあるけれども、大半はそこそこ程度かハズレなんだから、そんなのに時間を取られている暇はないと言う事で、ショートカットで行くわよ」
ミランダはこれまでの全ての屋台の売り上げ総数から、まだ回ってない上位の屋台を縛り出し、一気に責め立てるつもりだ。
さて、はじめに向かったのはドリアに似た料理の屋台。この国の魔域から良く現れる氷鳥の肉を使った、鶏の旨みが溶け出したクリーミーな味わいが良い。
次は500グラムを超える肉の塊を豪快に串焼きにしている屋台。肉はアイス・バイソンのモノで、Cランクの魔物の肉なのだからそれなりに高価だし、素材の味自体がかなり良い。それを炭火で焼き上げた素材の味を直に楽しむ食べ方だが、絶妙な火加減と最高の味付けで素材本来の味を更に高めている。シッカリ火が通った外側の肉は歯応えの良い固さでありながら、中の肉は軽く噛み切れる程に柔らかい。
ガッツリと肉をキツメの酒と一緒に楽しんだ後は、エビのフリッターの屋台。20センチを超える大きさのエビをサクッと揚げて特性のソースに通している。このソースがまたエビとの相性が抜群だ。プリップリのエビを存分に楽しめる。
酒と良く合うのが続いた所で志向を変えて次はクレープの屋台。色々な組み合わせで思い思いのクレープが楽しめるのが一般的だが、ここはあえてなのか強気にシンプルな一品だけ。それとお茶をセットにして売っているのだが、どちらも最高だ。互いに相性が良くて単独で食べたり飲んだりするよりもはるかに美味しい。このお茶との組み合わせがあるからこそ、あえてシンプルなメニューだけに拘ったのだろう。
「これは良いな。同じ物を追加で500」
「5っ・・・500ですか?」
追加注文の数に驚きながら急いで作っていく屋台の人たち。
この光景ももう同じみになっている。一部では名物みたいな扱いになっているらしいが、気にしないでおこう。
当然だけども、気に入った屋台では追加注文をする。出来たのはそのままアイテムボックス行きと、その場で食べたりのどちらか。
でまあ、俺たちが追加注文をした屋台はアタリとして人気が出てるらしい。いや、そんなの関係なく普通に美味いのだからどのみち人気が出て客が集まったハズ。
まあ、何にしてもこの数日でお気に入りの料理が大量に手に入ったのは事実だ。
因みに、俺のアイテムボックスの中には、ローレラントの全国民が一年は食べていけるくらいの食べ物が入っている。あくまで自分たちで食べるためのモノで、誰かに放出するつもりは無いが。
「うん。屋台の食べ歩きは久しぶりだけど、この感じもヤッパリ良いな」
正確には、ネーゼリアに転生してから初だ。地球では祭りの時に屋台巡りをしたりもしたが、こちらに来てからはこれまでその機会がなかった。
「まあ、正直私たちは有名過ぎるから、屋台の食べ歩きとかもこういう機会じゃないとしづらいのよね」
「私は、こんな風に食べ歩きをするの事態はじめてです」
ぶっちゃけ、少なくても既にヒューマンの大陸で俺やミランダの事を知らないのはいないだろう。当然ながら街を歩けば注目される。そうすると、気になる屋台を見付けてもなかなか立ち寄り辛かったりする。それに、ミランダについてはその奔放に性格が知れ渡っているので、屋台に顔を出したりすると店の人が慄いて戦々恐々になったりする事もあったらしい。
それについては、微妙に自業自得。
それとティリア、キミが初体験なのは当然だから。
それと、これまた当然だけども、ティリアは俺たち本気組に同行しているが、ガチの本気食いはしていない。最初から自分のペースで楽しんでいるのだから大したものだ。
「さて次はと」
自分の分の追加も確保したところで、ミランダは次の標的となる屋台に狙いをつける。
そして向かおうとしたところで騒ぎが起きる。
何かを思えば順番待ちをしている人たちの列に割り込みしたバカがいた様だ。
「どうしてあの手のバカはいなくならないのかナゾよね」
ミランダは呆れたとばかりにため息をつく。
本気でどうでもいいんだが、周りの騒ぎからバカの情報が集まってくる。
どうやら割り込みをしたバカはそれなりの実力の冒険者らしい。Cランクで実力はあるのだけど、素行が悪くて人望もない。自己中心的で自分が良ければ周りの迷惑もお構いなしのタイプと・・・。
またかとか言われてるから割り込みも日常茶飯事の常習犯のようだ。ついでに常習犯らしくやり方も手馴れていて、警邏の見回りの目がない瞬間を狙ってやっているから始末に悪い。
「せっかくの祭りがしらけるから、さっさと退場してもらおうか」
ああいうバカはせっかくの楽しい気分を台無しにしてくれるから腹がつた。
俺が一歩前に出るとみんなが一歩引いたのは何なのか・・・?
近付いてみると、どうやら屋台の店主が割り込みをしたバカには頑として売ろうとしないでいるらしい。その態度が気に入らないらしいバカは俺は客だぞだの、それが客に対する態度かなどと喚いている。
とりあえずうるさいので黙らせる事にする。
屋台の店員に殴りかからんとばかりに振りかぶった手を取って地面に押し倒す。ついでに腹に足を乗せて動けなくする。
「何しやがるガキがっ!! ぶっ殺すぞっ」
突然すぎて何が起こっのかわからずに一瞬キョトンとした後、自分の格好に怒り心頭で喚いてくる。
周りは俺のことに気付いたみたいだけども、頭に血が上ったバカはわかってない。
「邪魔だ。せっかくのフェスタに無粋な真似をするな」
人気の屋台になれば待ち時間も長くなるし、色々な屋台を楽しみたいとの待ってばかりで回れないとイライラしてしまうのもわかるが、行列に並んで待つ時間も楽しみの一つだ。その程度の事も判らないならそもそも祭りを楽しむ資格はない。
「ふざけるな。俺にこんなマネ手たたで済むと思ってるのかガキがっ!!」
「人がせっかく気分良く楽しんでるところに水を差しておいて、随分な言い草だな」
このまま喚かせているとイラッとしそうなので、足にほんの少し力を込めて強制的に黙らせる。
何かカエルが潰れたような声がしたが気にしない。
「いい年して人に迷惑をかけるな。マナーもルールも守れないようならここに居る資格もないぞ」
人の社会には当然マナーやルールがあるのだ。それを護れないなら社会の中で生きて行く資格はない。それこそ何処かで一人で生きて行けばいい。
「騒がしいな何事か?」
「大したことじゃない。営業妨害をしてたバカを抑えただけだ」
ようやく見回りの警邏が来たようなので明け渡す。
警邏が来た途端におとなしくなったくせに、何かこちらを憎々しげに睨んでいるのが笑える。
「俺はアベル・ユーリア・レイベストだ。俺が誰だか判った上で文句があるなら来るが良い」
逆に睨み返してやったら気を失ったのはなんなのか・・・。
とりあえず、小物感が半端ないバカも連行された事だし、気を取り直して続きを楽しむとしよう。




