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見渡す限りを埋め尽くす魔物の群に思わず舌打ちをする。
前後左右、上下の区分なく全てを魔物が覆い尽くしている。
「ライジング・ストリーム」
言葉に出す必要のない呪文を終えて口にするのは、苛立ちからか、不安を払うためか、自分を中心として放たれる全方位殲滅魔法により、直径一キロの範囲内にいた魔物、数十万匹が跡形もなく消し飛ぶ。
そうして空いた空間はすぐに押し寄せる魔物に埋め尽くされる。
そんな事はは解っているから、此方に襲い来るよりも早くこちらから距離を詰める。
向かい来るアクア・オーガの群に向かって距離を詰め、真横に剣を一閃。広範の飛斬一撃で百数十のアクア・オーガを真っ二つに切り裂く、同時に転移魔法でウロボロス・サーベントの真上に転移、魔道砲で展開された防御障壁を砕き、アストラル魔法、アイン・ソフ・オウルで確実に仕留める。
瞬間、襲い来る閃光を防御障壁で無効化し、魔道砲のシャワーでアビス・スレイブ集団を消し去る。
ほんの一瞬の遅れが致命傷になり、些細なミスが命取りになる。数え切れない程の数のSクラスの魔物が、絶え間なく攻撃を仕掛け続けてくる。圧倒的な破壊力を持つ攻撃を無効化していく度に、何重にも重ねて展開している防御障壁が砕け散っていく、もしも、新たに防御障壁を展開していくのが間に合わなくなれば、欠片も残さず消し飛ぶ事になる。
常に死と隣り合わせにある極限の戦場。
常に極限まで集中し、最善の選択をし続けなければ次の瞬間には死んでいる。
魔力や闘気、体力よりも先に、精神力が限界を超えそうなほどに張り詰めた緊張。
或いは、ネーゼリアに生まれてから初めてかも知れない、極限を超えた状況に、だけど俺は躊躇わずに突き進んでいく。或いは、メリアたちの、多くの命が俺の、この戦いにかかっていると言う重責が、俺を狩り立てているのかも知れない。
どれだけ倒しても魔物の数が減る気配はない。殲滅を始めてから五時間は経っている。何匹倒したかなど既に判るハズもないが、一千万より少ない事はないだろう。
元々、低ランクの魔物の素材は無視するつもりだったが、際限ない戦いの連続で、既にB・Aランクどころか、Sクラスの魔物の素材回収すらも難しくなっている。
Cランクまでの魔物なら、跡形も無く消し飛ばしてしまって構わないが、高位の魔物の素材は出来る限り確保したいのに、それも難しい。
食材として確保したいとか、報酬にならなくてもったいないと言うのも少しはあるが、一番の理由は魔石の確保のためだ。
魔域の活性化に対抗するためにマリージアは総力を挙げている。
竜騎士に騎士、軍に冒険者、動員できるだけの全ての戦力を持って対抗している。
その戦線を維持するためには莫大なエネルギーの動力。つまり、魔石が必要になる。
竜騎士が駆る装機竜と装機人、騎士が駆るパワードスーツ、飛空艇に、戦闘艦、戦車などの戦闘車両、保有するすべてを駆り出して戦線を展開し、国中の都市や町を守るための防御障壁の展開も常時展開し続ける必要がある。
そうして総力を決して戦い続けるために、どれだけ莫大なエネルギーが消費され続けているか、どれだけの量の魔石が必要とされるか、少し考えれば判る事だ。
そして、当然ながら活性化が終わるまでに魔石が足らなくなるような事は最悪の事態だ。
勿論、マリージアも事前に用意できる限りの魔石をそろえているハズだ。
それでも、活性化が何時まで続くか判らない上に、戦線の維持には想像を絶する程のエネルギーが必要な以上、新たに魔石を、動力源を確保し続ける必要がある。
だからこそ、Sクラスの魔石などは最優先に確保しなければならないのに、それすらも困難な程に戦況が切迫している。
「ちいぃぃぃぃぃっ」
俺を噛み殺そうと、巨大な咢で防御障壁を噛み砕いて来るアビス・エイビスに、何度目になるかも判らない舌打ちと共に魔道砲の荷電粒子を放つ。
噛みついていた故に避ける事も防ぐ事も出来ず、体の中から焼き尽くされて爆散する。
木っ端微塵に吹き飛んでしまっては魔石も無事ではないだろうが、そんな事を気にしている余裕もない。
爆風に乗って海の中に飛び込む。事前に潜水魔法をかけてあるので、濡れる事も、水に動きを妨げられる事も、呼吸が出来ないなどという事もない。
水魔法で周辺の海水を自在に操り、向かってくる魔物を殲滅しながら、一気に五百メートル以上を潜り、周辺が完全に魔物で覆い尽くされたのを確認すると共に、最大出力で雷を放つ。狙いを付けるまでもなく、全ての方向へと広がっていく雷の余りの出力と熱量に、周辺の海水は一瞬で蒸発し、瞬間。大規模な爆発を引き起こし、全てを吹き飛ばす。
雷を放つと同時に転移して離れていた俺は、爆発の轟音が響くよりも早く、絶対零度の冷気の塊を全周囲に打ち出し、転移した先にいたダイブ・イーグルの群を凍り付かせ、四散させる。
絶対的な冷機に一気に凍り付いた空気を、爆発の轟音と爆風が吹き飛ばす。その余波で一瞬動きを止めたデス・ハーピーの大軍のただ中へと飛び込み、両手に剣を持って回転しながら振るい、闘気の飛斬の乱舞を放つ。
飛斬によって瞬く間に千を超えるデス・ハービーが切り裂かれていくけれど、どれだけ切り裂いてもその数が減ったようには見えない。
デス・ハーピーはB-ランク、本来なら数え切れない程の数が空を埋め尽くすなどありえない、高ランクの魔物だ。それがまるでゴブリンの様に大軍を成している。
いったいどれだけの数が出てきているんだと、魔域の活性化の脅威を改めて実感する。
流石に俺一人の力でどうにか出来るなどと己惚れていた訳じゃあない。
ネーゼリアには、数の暴力を上回る圧倒的な力がある。Dランクのオーク千匹よりも、Bランクのオーガ一匹の方が脅威な事など、その典型だろう。
数の力ではどうする事も出来ない圧倒的な力の暴力が、確かにこの世界にはある。
それでも、この事態を一人で解決してしまおうなどと思うなら、それこそVXランククラスの今の俺の百倍以上の実力が必要になるハズだ。そんな馬鹿げた事が今の俺に出来るハズがない。
それでも、今の俺は、俺の力は戦局を左右する。
ES+ランクとはそう言うものだ。
そして、実際に今の俺を戦線を支えるための常用な役割を果たしている。
俺の周辺にどれだけ倒しても魔物が絶えないのもその証拠だ。いくら活性化によって魔物が溢れているからと言って、ここまで常軌を逸した数が次から次へと押し寄せて来るのは、十万年前のチート転生者の遺産を、魔物寄せのマジックアイテムを使っているからだ。
魔物除けではなくて魔物寄せ。この世界では明らかに欠陥品のマジックアイテム。
ゲーム転生をした彼らは、ゲーム時代にはこれを使ってレベル上げを繰り返し、此方に来てからは際限なく湧き出てくる魔物を引き寄せるのに使っていた。
当時は今の魔域の活性化よりも遥かに大規模な魔物の侵攻が常に続いていた。そんな状況で全ての都市を守るのは流石に手が足りない、そこで、魔物寄せを使って引き寄せて殲滅していたとの事。
それと同じように、魔物寄せを使って魔物を俺の元に集まらせて、他の負担や被害を少しでも減らせるように、引き寄せた魔物を殲滅する事で活性化を少しでも早く終わらせるために、戦い続けてきたが、
流石にもう限界が近い。魔力も闘気も既にもう一割程度しか残っていない。
このままのペースだと後十分も戦えない。
と言うよりも、ここまで辛うじて戦い続けてこれた方が奇跡だろう。今まで使う機会もなかったから判らなかったが、このマジックアイテムは明らかに欠陥品だ。
いくら魔物を引き寄せるための物とは言え、限度と言うものがあるハズだ。
ゲーム内で廃人プレイヤーがレベル上げの為に使うマジックアイテム。確かに納得だ。
こんな物やり直しが出来るゲームの中でか、或いは既にカンストして、無双状態のチート廃人でなければ使えない。
確かに効果はてきめんで、他の戦線を助ける事は出来たと思うが、もう二度と使おうとは思えない。
命がいくつあっても足りない。
心の中で悪態をつき、酷使に耐えられなくなってきた剣に残りの闘気を全て込め、剣身が砕け散るのと同時に振るい、闘気の衝撃波を生み出して残りのデス・ハービーを殲滅する。
更に残った魔力の大半を魔道砲に変え、荷電粒子のシャワーを撃ち出すと共に魔物寄せのマジックアイテムの効果を切り、安全を確保したのを確認してから転移して、戦線を離脱する。
「ふうっ・・・」
マリーレイラの街に転移して戻り、極度の緊張状態から解放された事で、溜まった疲れが一気に出て崩れ落ちそうになる体を何とか支えて、一つ大きく息を吐く。
気が付けば全身汗だくになっている。これも当然だ。過酷と言う言葉では生温い、決死の戦場を駆け続けていたのだから、酷使した肉体と精神が悲鳴を上げている。
緊張が解けてようやく自分の状態が解った。
やはりあの魔物寄せは二度と使うべきではないと実感する。
今回生き残れたのは本当に奇跡だ。次に使えば確実に死ぬ。と言うか、何で使ってしまったんだろう?
早急に破棄、破壊してしまうべきだ。
ギルドに向かいながらそう思う。と言っても、状況次第ではまた使わなくてはいけなくなるだろう。
メリアたち次第かな・・・。
そう思いながら、彼女たちの無事を確認する。
すぐに彼女たちの無事を確認できる。既に今日の戦いを終えて此方に戻ってきている。五人とも無事に済んだことに思わずホッと息を付く。
とは言っても、活性化はいつまで続くか判らない。飽くまで今日は無事だっただけ、激戦の中でいつ命を押しても不思議ではない状況はこれからも続く。
それは、俺も同じだけどな・・・。
そう思いながらも、自分の事ならば同に出来るとも思う。
命の危険を感じたらすぐにでも転移魔法で撤退できるからとかではなくて、俺ならば本当に自分が危険な状況にはならない様に戦況をコントロールできる。
魔物寄せのマジックアイテムを使うか使わないかでではなく、そうする事が可能だと漠然と感じる。
ほんの少し前まで、死と隣り合わせの極限状態にあったハズなのに、死の恐怖と向かい合っていたハズなのに、当たり前のように自分は死なないと楽観視しているのだから、何所かおかしいのか? 俺はまだこの世界を甘く見ているのか?
「アベル・ユーリア・レイベリスだ。討伐報告と状況確認をしたい」
つらつらと考えている内にギルドに着いたので、答えの出ない疑問はとりあえず打ち切って戦況の確認に移る。
「はい。ではギルド・カードをご提示ください。それと、現在の戦況については、アベルさんの場合は此方のIDで作戦本部のデータ・ベースに何時でもアクセスできます」
ギルド・カードを差し出すと逆にIDを渡される。
まあ、既にES+ランクだとばれているのだから、戦線を維持するためにも中枢に組み込もうとするのは当然だ。
作戦の立案や状況を見て戦略を考える事など出来るハズもないし、俺としてはこのまま前線で戦い続けているだけの方が楽なんだか、
「討伐記憶は、・・・えっ? 一千五百万? これは・・・?」
そんな事を考えながら、早速IDを使って戦況を確認していると、俺の討伐数に驚いたのか受付嬢が悲鳴を上げる。
そう言えば、ギルドの受付は前世のテンプレ通りに綺麗な女の子ばかりだよな、驚いて此方を見つめる受付の、メリアたちの友人のアレッサ、彼女たちと初めて一緒に来た時にも受付をしていた女性を見て思いつつ、まあ驚くのは当然だろうと気にせずに情報の確認を続ける。戦況は優勢。マリーレイラをはじめとする拠点となる海岸線の都市にまで魔物を接近を許す事なく、今の所は全ての魔物を掃討出来ている。
だけど、当然ながらこちら側の被害も出ている。死者だけで既に五千人。
装機竜や装機人は多少の損傷をした機体はあっても、大破した機体はない。だが、戦車などの戦闘車両、駆逐艦などの戦闘艦は既に相当数が墜されている。
被害としては軽微。想定の範囲内とは言え、何時終わるか判らない事から、蓄積した損害、損耗が致命傷になりかねないと言う不安がある。
此方の戦力には限りがあるのに、魔域のゲートから侵攻してくる魔物の戦力は無尽蔵。本当はそんな事があるハズがないけれど、どれだけの数が出てくるかも判らないと言うのは不安でしかない。
「おいっ!、聞いてるのかガキがっ」
そんな事を考えていると、何時の間にか回りが騒がしくなっている事に気付く。
何か今にも掴み掛ってきそうな勢いの男が喚いている。
「何か騒がしいけれども、討伐確認はもう終わったかな? 終わったのなら、魔石の引き渡しを済ませて今日はもう戻りたいんだけど?」
「あっ、はい。終わっています。討伐報酬などは活性化が終わってからの清算になりますから、魔石の引き渡しをしていただければ、帰っていただいて問題ありません」
喚く男はサクッと無視してアレッサに尋ねると、確認を終わったギルド・カードを返されて、帰って問題ないとの事なので、魔石を引き渡しを済ませてさっそく宿に戻る事にする。
「だから無視するなつってんだろっ! ガキが!」
「さっきから彼はどうしたんだ?」
無視していた男が業を煮やしたように肩を掴みにかかってくる男を躱して、男ではなくてアレッサに尋ねる。飽くまで無視され続けられた男は更に憤るが、知った事ではない。
と言うか、今更テンプレに絡んでくるかと思う。
ES+ランクだと明かした今になってテンプレイベントに遭遇するとは思わなかった。
「あの、アベルさんの討伐数が信じられないと、不正をしているに決まっていると、すいません。驚いて漏らしてしまった私の責任です」
「いや、アレッサの責任じゃないよ。しかし、俺のランクを知りながら難癖をつけてくるとは思わなかったな」
実際、無謀としか言いようがない。物理的に抹殺されても文句は言えないような暴挙だ。
今回の騒ぎで、確実にこの男はギルドからの追放処分になる。
男の実力は辛うじてD-ランクに引っかかる程度、おそらくは五十から六十と言う所だろう。Dランク以降は一気に長寿になる上、老化も緩やかになるため年齢不詳になるが、なんとなく雰囲気や風格、立ち振る舞いなどで年齢が解ったりもする。
この男はメリアたちに寄生しようとしていたのと同類の、自分の限界に心が折れて堕落したまま、他人を利用してだらだらと生き延びてきたタイプだ。
Dランクまでなれば、さらに上に上がれなくても十分過ぎる程の稼ぎになる。一生遊んで暮らせる程の金額を稼ぎ出して、早々に引退してしまて好きな事をして生きて行く事も出来る。
何時まで冒険者を続けるかは本人の自由だか、やる気もないままに、戦う意思を失ってもなお続けているのは、むしろ害悪でしかない。
「信じられる訳がねえだろうが、こんなガキが一人でどれだけの数を討伐して来たって? バカバカしいてんだよ。イカサマするにしても少しは信じられる数にしろ」
確かに、普通に考えれば信じられる数ではないのは事実だろう。
しかし、俺のランクを考えれはありえない数ではない。
何時もならば魔域から現れる魔物を全て殲滅した所で、こんな数になるハズもないが、今は活性化によって無尽蔵に魔物が溢れている。億を超える魔物が溢れているのだから、一千万の単位を殲滅する者が居ても不思議ではないハズだ。
「俺のランクを考えれば、別に不可能ではないと判るハズだけど、もしかして彼は俺の事を知らないのかな?」
「はい、多分そうだと思います。彼はD-ランクのベルゼさん。魔域の活性化に伴い招集されて、今日マリーレイラに着いたばかりの方ですから」
飽くまで男、ベルゼとやらは無視してアレッサに尋ねる。
完全に挑発している形だが、俺としてはこの男と向き合って話したいとはカケラも思わない。
「アベルさんのランクの事も含めて説明しているのですが、話を聞いてもらえず」
更に喚き散らす男をアレッサも無視して俺に思わずと言ったように愚痴を漏らす。
他にも冒険者の中にも信じられないと騒ぐ者が何人かいて、別の冒険者やギルドの職員が説明して窘めているが、納得せずに騒ぎ続けるのも少なくなく、中々騒ぎが収まりそうにない。
「この非常事態に、ギルド・カードの偽装までしてイカサマする方が、それにギルドが付き合う方がありえないと、少し考えれば判りそうなものだけど」
「はい、そう説明しているんですけど、聞き入れてもらえなくて」
「うるせえっ!、テメエみたいな男か女か判らねえようなガキがSクラスだと? バカバカしい、それこそありえねえだろうがっ」
無視され続けているのが相当頭に来たのか、無理やり話に割り込んでくる男の言い分も判らなくはない、俺の外見は年齢よりも幼く見られることが多いし、十代そこそこだと思われているのかも知れない、
・・・まあ、実年齢と余り差はないだろと言われればその通りだけど、
「ありえない、信じられないと言っても、ギルド・カードに職員の証言。十分過ぎる証拠があるんだけとねえ、逆に聞くけど、それじゃあいったい何を証拠に、何を根拠に嘘だと、偽装だと決めつけている?」
「はっ、だからテメエみたいなガキが・・・」
「俺の見た目は理由にも根拠にもならない。これだけの騒ぎを起こしたんだ。当然明確な証拠が、物証があっての事だろう?」
そんなものがあるハズもないが、そう内心で続けて、ふとこの男の目的が解った気がした。
この頭の悪そうな男に、そこまでの計算高さがあるか? とも思わなくはないが、態々危険を冒してまで騒ぎを起こした理由としては、十分に考えられる。
「いや、違うか、成程。そういう事か」
「どうしたんですか? アベルさん」
「なに、この男は別に本当に俺のランクや討伐数が信じられなくて、騒いでいるんじゃないという事だよ、騒ぎを起こして問題にされるのが目的だ」
「どう言う事ですか?」
「騒ぎの責任を取らされてギルドから追放されるのが目的だよ。今まで他の冒険者を利用したり、格下のランクの低い魔物を狩って適当にやり過ごしてきたのが、活性化が起きた事で一変。Dランクでは招集を断れないし、逃げ出しでもしたら犯罪者だ。何時死ぬかも知れない戦場に駆り出されるしかなくなったけど、戦場に出れば確実に死ぬ事が解っている。だから、こんな騒ぎを起こしたんだよ。Sクラスと敵対するような真似をしたのだから、ギルドからの追放処分は確定。そして、追放されて冒険者ではなくなれば、戦場に行く必要もなくなると言う訳さ」
「なっ・・・? ふざけるなっ、俺はそんな・・・」
驚いて言葉を失い、慌てて否定しようとするが、その様子が俺の言葉が真実だと明らかにしている様にしか見えない。
「そんな事を、でも確かに・・・」
信じられないと呟くアレッサ。
そんな馬鹿な事をするなど信じられない。
だけど確かにと、俺の言葉が正しいと、そう言う目的で騒ぎを起こしたのかとギルドの空気が変わっていく。
他の騒いでいた連中も、そんな事を考えていたのかと突き刺さるし視線に黙り込んで小さくなっていく。
実際にそんな理由で騒いでいなくても、本当の理由を話してももう言い訳にしかならない。たとえ本当は違っていても、多くの人がそれが正しいと思えばそれが真実になる。
俺の推測は、既に騒いでいた男たちの目的として真実になっている。
それに、強ち間違ってはいないハズだ。全員がそうではなくても、確実にその目的で騒いでいた八も少なくないだろう。それくらいの理由もなく、我と敵対するような真似をするなんて、それこそ自殺行為だ。
「まあ、そう言う事なら話は早いかな。アレッサ、今回の騒ぎの処分として、騒いでいた冒険者だけで部隊を編成して、戦線に加わらせることをギルドに提案する。統合作戦本部にも編成が決まり次第伝えてくれ」
「ふざけるなっそんなこ・・・」
「はい、解りました。すぐにギルド長に伝えてきます」
俺の意図が判ったのだろう。男の抗議を遮ってアレッサはすぐに動き出す。
言ってしまえば厄介払いである。
今まで散々他人を利用して生き延びてきたこいつらは、普通の冒険者と編成を組ませられない。
他の誰かを犠牲にして自分だけ助かろうと画策するのが目に見えているからだ。
ある意味では、ギルドを追放されて戦線に参加しなくなった方がマシとも言えるような連中だ。だから、そう言う連中を全てまとめて、一つにして戦線に放り込んでしまえばいい。
全員が自分だけは助かろうと足を引っ張り、何の役にも立たないまま全滅するか、生き延びようと必死になって戦線を支えるか、どちらに転ぶかわ判らないが、他の冒険者の安全も確保できて一石二鳥だ。
邪魔ならばそれこそ望み通り追放してしまえば良いと言う話じゃあない。こいつらは今までに何人もの冒険者を利用して生き延びてきた。自ら手を下した事はなくても、多くの命を奪ってきた事に変わりはない、他人の命を犠牲にして生きてきたのだ。その罪は償わなければいけない。自分たちだけが安全な場所に逃げだすなど許されない。
言ってしまえば、これは今まで犯してきた罪に対する罰だ。
「ふざけるなテメェ!、何の権利があってこんな・・・」
「権利も何も、Sクラスを敵に回すという事はどう言う事だと判っていたハズだ。それでも文句があるのなら、戦場で功績を立てて、生き延びてからにするかだな。俺は既に十分な戦果を挙げている。その実績があるから、ギルドに提案を受け入れてもらえる。それだけだ」
ギルドにとっても頭痛の種だった連中だ。今回の事はむしろ渡りに船だっただろう。完全に自業自得で、同情の余地は欠片もない。
「判ったならもういいか? さすがに疲れているからな、いい加減、宿で休みたい」
ベルゼとか言う男に問いかける風にして、ギルド職員に問い掛けると問題ないとの事なので、魔石の引き渡しだけ素早く済ませて、俺は早々に宿に戻る事にする。
茶番に付き合わされて更に疲れた気がする。
めんどくさくくなったので、残り少ない魔力でギルドから転移魔法で宿に転移して、さっさと休む事にする。受付でキーを受け取って部屋に戻る。
やはりテンプレはいらないと思う。無駄に疲れるだけだ。
茶番と解っていながら付き合わされるのが、どっと疲れる。
「アベル君お帰りなさい。良かった、無事だったんですね」
「お帰りなさいアベル。ギルドで騒ぎがあったと連絡があったので少し心配しましたが、何事もなかった様で安心しました」
くだらない事を考えていると、シャリアが出迎えてくれる。リリアは満面の笑顔を見せるが、俺は苦笑するしかない。
転移魔法でギルドからすぐに戻ってきたので、まだ、トラブルが起きたと連絡されただけで、詳細は知らないのだろうけれど、俺に何かあるようなトラブルが起きたなら、ギルドがどうなっているか判らない。
果たして何を心配したのやら・・・。
「あっ、アベルお帰り。キミなら心配ないってわかっているけど、やっぱり顔を見るとホッとするね」
「アベルくんお帰りなさい。私たちも大変だったけど、アベルくんはもっと大変だったんですよね。無事でよかったですよ」
「アベルお帰り。私たちも貴方のお陰で無事に戦い抜ける事が出来たわ。改めてありがとう」
エイシャ、アリア、メリアもシャリアたちの声に俺が戻った事に気が付いて此方に駆け寄ってくる。
こうして美少女たちに出迎えてもらえるのは、体験してみると確かい嬉しい。
メリア、リリア、エイシャの三人は俺の名前を呼ぶ時の君がなくなった。元々、俺の方が年下なのだから呼び捨てで良いと言っていたのだけど、昨日の出来事の後から呼び方が変わっていた。
お互いの心の距離が縮まったのは、俺の思い上がりじゃあないハズだ。
師弟としてなのか、友達としてなのか、異性としてなのかは判らないが、彼女たちから好意を寄せられるのは純粋に嬉しい。
「ただいま。キミたちも無事て本当に良かった」
いったん言葉を止めて五人の顔を見回して微笑んで続ける。
「メリア、リリア、シャリア、エイシャ、アリア、五人とも無事で本当に良かった。良く戦い抜いたな、流石俺の弟子だ」
何時、格上の圧倒的な力の差がある魔物の襲撃を受けるかも知れない、その意味で彼女たちの戦線も、激烈を極める最前線と変わらない熾烈な戦いが繰り広げられていたハズだ。その中を戦い抜いて、生き延びたのは純粋に彼女たちの実力。
「私たちが無事に戦い抜けたのは、やっぱりアベルのおかげ。貴方が私たちを強くしてくれただけじゃなくて、戦いを生きて切り抜ける術を教えてくれたから」
「それにキミがくれた色々な物のおかげだね。いくらなんでも過剰過ぎと思ったけど、生き残るためには無駄な事はないと判ったよ」
「俺の教えも含めてキミたちの実力だ。持たせた物は、役に立ったようでなりより」
メリアはまだ、生き残れたのが自分の実力だと信じきれないようだ。
渡しておいたアイテムは役に立ったようでなにより、まだ必要そうなものはあるかと尋ねると、流石にもう大丈夫だとエイシャに苦笑される。
実際に今日を戦い抜いて、いざと言う時の為に不足はないと確認できたのなら、大丈夫だろう。
彼女たちには今回の戦いの為に出来る限りの装備やマジックアイテムなどを渡している。
これまで使っていたマシンガンやアサルトライフルの代わりのレールガンや連射レーザー砲。リニアミサイルランチャーに反物質爆雷、歪曲フィールド発生装置にプラズマシールド。テレポートリング等々。必要と思う物は全て渡しておいた。
高出力のレールガンやレーザー砲なら、Bランク以上のの魔物に対してもある程度は対抗できるし、強力な火器を持っていれば魔力や闘気の消費を抑えながら戦うことも出来る。
他にも色々な用途の、様々な状況に対応する装備やマジックアイテム。贔屓と言うなら言えば良い、否定はしない。実際に渡した時には過保護すぎると苦笑された程だ。
それに別にメリアたちだけに渡したのでもない、メリアたちの紹介で知り合ったりしたこの三週間で親しくなった冒険者たちにも渡しているし、何人かのギルド職員にも、必要と思う冒険者に渡す様にと預けてある。全員に渡すなど不可能なのだから、贔屓だろうが、気に入った相手が死なない様に、渡す相手を選ぶのは当然だ。
「だけど、やっぱりアドルくんのおかげだよ。戦況を見極めてまだ余裕がある内に撤退する。戦いの基本だって聞いたけど、本当にそうなんだって今日実感したしね」
アリアがそう言うと他の五人も頷く。
今回のような何時終わるかも判らない戦いでは、何時、どのタイミングで戦線を離れるかが生死を分ける大きなポイントになる。
戦場でいつまでも戦い続ける事など出来ないのだから、ある程度戦ったら他の舞台と後退して下がるのは当たり前だ。当然だからこそ、何時下がるかが生死を分ける事になる。
ネーゼリアの戦いは魔力と闘気で成り立っている。Dランク以上が一般人とは隔絶した力を持つのも、魔力や闘気があるからだ。逆に言えば、その二つが尽きれば一般人と変わらない力しか持たない事になる。
だからこそ、戦場で全ての力を使い切るのは自殺行為でしかない。生き残るためには詰めにまだ戦えるだけの余力を残しておく。これは基本だ。
戦場では部隊の交代で下がる時も常に危険だ。むしろ、戦場にありながら戦いの緊張感から離れた、最も無防備で危険な状況とも言える。
だからこそ、戦線を離れる時は余力を残したまま、戦いの緊張感と集中力を途切れさせずに速やかに退かなければいけない。
と言っても、メリアたちにはテレポートリングを渡してあるので、撤退するときは即座にマリーレイラまで戻る事が出来るのだけれども、
テレポートリングは、登録した場所に転移できるマジックアイテムだ。彼女たちに渡した物にはマリーレイラの街が登録されているから、使えば戦場からでもすぐに戻る事が出来る。これを使えば撤退の危険性を大幅に減らす事が出来るので渡しておいた。
それでも、転移しようとした瞬間に殺される可能性も十分にあるから、戦線から下がる瞬間が危険な事に変わりはない。
テレポートリングを使っても、退くタイミングの難しさを実感したのか、他の冒険者や兵士たちが力の限りに戦い過ぎて、次の部隊に変わる事も出来ずに殺されていくのを目にしたか、メリアたちは真剣な様子で互いに見つめ合っている。
彼女たちは実際に多くの命が失われる戦場にいたのだ。感じる事も多かっただろうし、学ぶ事も多かっただろう。
「とりあえず。その様子ならこれからも大丈夫そうだ。決して思い上がらないで、冷静に状況を見極めて戦っていけば、キミたちはこれからも生き延びる事が出来る」
「はいっ!」
今日の戦いで多くの事を学び取り、掴み取った様子に安心する。それでも一様、注意すると、揃って力強く応じる。
心配事が一つ減った。
メリアたちは俺が心配するまでもない程にしっかりしている。
既に一面以上、冒険者として過ごしてきたのだから当然だけど、戦いの厳しさをしっかりと理解した上で向き合っている。
誰でもできる事じゃあない、ギルドで絡んできた男の様に、何十年かけても向き合えずに、逃げ出してしまうのも少なくない。
だから、死んで欲しくないと思う。
・・・正確には、この世界に蘇生魔法が無い訳じゃあない。
人を、死者を生き返らせる魔法は確かにある。
だけど決して万能ではなく。
地球の医学知識から見て確かに可能だと理解できる範囲の蘇生に過ぎない。
死んだ人間の体の時間を時空魔法で死んだ直前まで巻き戻し、傷を治し、体を再生し、細胞を活性化させて、心臓に微細同を与えて再稼動を促し、魂と肉体を再び結び付ける。
地球の蘇生術の延長とも言える蘇生方法。
だが、心臓を貫かれていても、既に死後時間が過ぎていても蘇生できる。
老衰か、バラバラに吹き飛ばされるか再生不可能な程に損傷するか、アストラル系の魔法のような魂を消し去られる攻撃を受けていない限り、病死であっても病を全治させて生き返らせる事が出来る。
極めて高度な蘇生魔法。
だがそれも完全ではない、既に五千人の死者が出ているのからも明らかだ。
助けられた者は蘇生魔法で蘇生してなお、それでも五千人の犠牲が出ている。
その中にメリアたちが入らない事を心から願う。
彼女たちの様子から大丈夫なのは解る。それでも絶対はない。
守りたいと思いを押し付けるのは傲慢でしかないと判っている。彼女たちは自分たちの力で戦い抜き、守り抜き、生き抜く事を自分たちの意思で決めたのだから、
それでも、死んで欲しくないと、何か出来ないかと思うのは我儘なのか?
強い意志で戦いと向き合っている彼女たちと比べて、ぐだぐだと悩み続けている俺はずいぶん不純だなと苦笑して、 自分の好きな様に生きると決めたのだから好きにすればいいだろうと割り切る事にした。




